傭兵から商売を始めたら、いつの間にか領主になっていた件

篠の目

文字の大きさ
149 / 345

第149章 深淵への誘い ― 俺が仕掛けた罠

しおりを挟む
ウェイン侯爵は一切ためらわず、即座に行動を開始した。
フィルード、ライドン、エレナ――そして40名余の超凡者を率い、静かに隊列から進み出る。
斜面の風が頬を打つ。
俺は弓を引き絞りながら、わずかに呼吸を整えた。
「距離、150……今だ。」
次の瞬間、矢の雨が放たれる。
イナゴの群れのように飛び交う矢が、獣人の騎兵たちを貫き、地面に叩きつけた。
突如として襲った死の雨に、獣人たちは一瞬、何が起きたかも理解できなかった。
斜面の最前列で、獣人兵が塊のように崩れ落ちていく。目視で数十名――上出来だ。
ウェイン侯爵も魔弓を手に取り、次々と矢を放つ。だが命中率は甘い。
それでも、彼なりに戦場の熱に取り憑かれているらしい。
俺とエレナの矢は、正確に急所を穿っていく。
「……いい腕だな、エレナ。」
「あなたこそ。」
冷ややかに言いながらも、彼女の口元にはわずかな笑みが浮かんだ。
だが、相手は獣人の中でも精鋭部隊。
ボア・マン戦士千名、その馬も特殊な強化品種――重量に耐えながらも速度を失わぬ“鉄の獣”だ。
俺はすぐに地形を見渡し、脳内で戦況をシミュレーションした。
――まずいな。この斜面、長期戦には不向きだ。
「撤退だ。ここは長く持たない!」
獣人が反応し、山肌を駆け上がってくる。
土煙の中で、彼らの目が怒りに燃えていた。
ウェイン侯爵はなおも笑い、矢を放ち続けている。
「侯爵様、撤退します!」
俺はその腕を掴み、強く引き寄せた。
「このままでは包囲されます!」
ウェインはようやく現実に戻ったように頷き、「うむ……だが、もう一つ贈り物を」と呟いた。
魔力が一気に膨れ上がり、火球が生まれる。
――ドンッ。
爆炎が獣人の突撃線を飲み込み、ボア・マンたちが燃え上がる。
悲鳴と肉の焦げる匂いが夜風に混じった。
「お前たち忌々しい獣人を焼き殺せ、ハハハハ!」
……やはりこの男は、戦場に立つと狂気に近い。
冷静な時は聡明で人心を読む才もあるが、刃の交わる瞬間に理性を失う。
俺は静かに目を細めた。――戦争熱狂症、か。
だが、今は彼を止めるより、利用するほうが早い。
獣人側も超凡者を前に出し、反撃を開始した。
矢が唸りを上げ、岩を跳ねる音が絶え間なく響く。
俺は大黒の盾で二人を庇い、矢を受け止める。
「エレナ、次の矢を。――落ち着け、照準を外すな。」
彼女は冷たく鼻を鳴らしながらも、確実に矢を放ち続けた。
ウェイン侯爵も、貴族らしからぬ執念で後方に踏みとどまっている。
その姿に、俺は少しだけ見直した。
……この男、熱狂していなければ、悪くない。
しかし、戦線はじわじわ押され始めた。
敵の超凡者が近づき、一人の下級見習いが胸を貫かれる。
血が噴き上がり、戦場に赤い霧が漂った。
ウェインはすぐに撤退命令を出した。
前方には緩やかな斜面。
ロバたちが積んだ補給品を守りながら、一気に駆け抜ける。
30分足らずで、俺たちは山間の隘路に到達した。
予想通り、獣人軍は執念深く追ってくる。
「来たな……」
俺は短く息を吐いた。
隘路を抜けた直後、山上から岩が落ち始める。
轟音が谷に響き、獣人たちが人馬もろとも押し潰される。
俺たちは立ち止まり、再び矢を放つ。
二重の攻撃。
火と石、そして矢の雨。
地獄のような光景だった。
ボア・マンたちは次々と倒れ、獣人の頭領はようやく撤退命令を出す。
「逃がすか。」
俺は合図を出し、人間兵士たちが一斉に斜面を駆け下りた。
追撃戦。
逃げ遅れた獣人たちは容赦なく斬られ、血飛沫が岩肌を染めた。
ようやく敵が再編を終えたところで、俺は撤退の号令をかけた。
ウェイン侯爵は興奮のあまり肩を震わせていた。
「見事だ、フィルード! これほど痛快な戦は初めてだ。
我々の損害は二桁にも満たず、敵は数百を失った。これは大勝利だ!」
俺は軽く首を振った。
「侯爵様、これは“始まり”にすぎません。
敵はまだ四倍の兵を残しています。我々が勝つには、血を流させ続けることが必要です。」
ウェインの笑みが消え、真剣な表情に変わる。
俺は続けた。
「三百の兵を分け、先行して次の伏撃地点を探させます。
険しすぎる地形は避け、動かせる岩の多い尾根を選ぶべきです。
我々は一度で勝つ必要はない。何度も、少しずつ削ればいい。」
「なるほど……お前は本当に将の器だな。」
ウェインは深く頷いた。
やがて、三百名の先遣隊が山奥へと消えていく。
俺は彼らを見送りながら、静かに息を整えた。
――この地形、この敵、この速度。
俺の計画通りに動くなら、獣人たちは逃げられない。
その夜、谷に残ったのは死体と、俺たちが奪い取った戦馬だけだった。
ウェインと共に、俺はそれらを回収し、負傷兵を片付けた。
獣人たちはただ、黙って見ているしかなかった。
突撃しても無駄、退いても狙われる。
俺は岩陰で空を見上げ、微かに笑った。
「――次は、もっと深く刺してやる。」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

転生社畜、転生先でも社畜ジョブ「書記」でブラック労働し、20年。前人未到のジョブレベルカンストからの大覚醒成り上がり!

nineyu
ファンタジー
 男は絶望していた。  使い潰され、いびられ、社畜生活に疲れ、気がつけば死に場所を求めて樹海を歩いていた。  しかし、樹海の先は異世界で、転生の影響か体も若返っていた!  リスタートと思い、自由に暮らしたいと思うも、手に入れていたスキルは前世の影響らしく、気がつけば変わらない社畜生活に、、  そんな不幸な男の転機はそこから20年。  累計四十年の社畜ジョブが、遂に覚醒する!!

元勇者は魔力無限の闇属性使い ~世界の中心に理想郷を作り上げて無双します~

桜井正宗@オートスキル第1巻発売中
ファンタジー
  魔王を倒した(和解)した元勇者・ユメは、平和になった異世界を満喫していた。しかしある日、風の帝王に呼び出されるといきなり『追放』を言い渡された。絶望したユメは、魔法使い、聖女、超初心者の仲間と共に、理想郷を作ることを決意。  帝国に負けない【防衛値】を極めることにした。  信頼できる仲間と共に守備を固めていれば、どんなモンスターに襲われてもビクともしないほどに国は盤石となった。  そうしてある日、今度は魔神が復活。各地で暴れまわり、その魔の手は帝国にも襲い掛かった。すると、帝王から帝国防衛に戻れと言われた。だが、もう遅い。  すでに理想郷を築き上げたユメは、自分の国を守ることだけに全力を尽くしていく。

辺境で静かに暮らしていた俺、実は竜王の末裔だったらしく気づけば国ができていた

平木明日香
ファンタジー
はるか五億四千万年前、この星は六柱の竜王によって治められていた。火・水・風・土・闇・光――それぞれの力が均衡を保ち、世界は一つの大きな生命のように静かに巡っていた。だが星の異変をきっかけに竜の力は揺らぎ、その欠片は“魂”となって新たな生命に宿る。やがて誕生した人類は文明を築き、竜の力を利用し、ついには六大陸そのものを巨大な封印装置へと変えて竜王を眠りにつかせた。 それから幾千年。 現代では六つの大国がそれぞれ封印を管理し、かろうじて世界の均衡を保っている。しかし各地で異常な魔獣が出現し、封印の揺らぎが噂されはじめていた。 そんな世界を気ままに旅する青年がいる。名はブラック・ドラグニル。三年前からハンターとして魔獣を討伐し、その肉を味わいながら各地を渡り歩く放浪者だ。規格外の実力を持ちながら名誉や地位には興味がなく、ただ「世界のうまいものを食べ尽くす」ことを楽しみに生きている。 ある日、光の王国ルミナリア近郊で王女ユリアナが大型魔獣に襲われる事件が起きる。死を覚悟した騎士団の前に現れたブラックは、その怪物をわずか数十秒で討ち倒す。彼にとっては雑魚同然だったが、その圧倒的な強さは王国中に知れ渡る。王女は自由に生きる彼の姿に心を奪われるが、ブラックは次の目的地へ向かう計画を練るばかり。 だが彼自身はまだ知らない。 自らが竜族の末裔であり、世界を再び“統合”へ導く鍵となる存在であることを。 竜の封印が揺らぐとき、自由を愛する青年は世界の命運を左右する選択を迫られる。 これは、竜の記憶と人の魂が交錯する壮大なファンタジー叙事譚である。

記憶喪失の私はギルマス(強面)に拾われました【バレンタインSS投下】

かのこkanoko
恋愛
記憶喪失の私が強面のギルドマスターに拾われました。 名前も年齢も住んでた町も覚えてません。 ただ、ギルマスは何だか私のストライクゾーンな気がするんですが。 プロット無しで始める異世界ゆるゆるラブコメになる予定の話です。 小説家になろう様にも公開してます。

追放されたけど実は世界最強だった件 〜異世界でスローライフを満喫してたら、元婚約者が泣きついてきた〜

にゃ-さん
ファンタジー
王国一の魔術師と呼ばれながらも、冤罪で追放された青年レオン。 田舎でのんびり暮らすつもりが、助けた村娘が実は聖女、拾った猫が神獣、弄った畑が伝説の大地に!? やがて彼の存在は国を超えて伝説となり、かつて彼を見下した者たちが次々とひざまずく――。 ざまぁあり、無自覚ハーレムありの、スカッと系異世界リベンジ譚。

辺境の落ちこぼれと呼ばれた少年、実は王も龍も跪く最強でした

たまごころ
ファンタジー
村で「落ちこぼれ」と呼ばれた少年アレン。魔法も剣も使えず、追放される運命だった。 だが彼の力は、世界の理そのものに干渉する“神級スキル”だった。 自覚のないまま危機を救い、美女を助け、敵を粉砕し、気づけば各国の王も、竜すらも彼に頭を下げる。 勘違いと優しさと恐るべき力が織りなす、最強無自覚ハーレムファンタジー、ここに開幕!

英雄将軍の隠し子は、軍学校で『普通』に暮らしたい。~でも前世の戦術知識がチートすぎて、気付けば帝国の影の支配者になっていました~

ヒミヤデリュージョン
ファンタジー
帝国辺境でただ静かに生き延びたいだけの少年・ヴァン。 彼に正義感はない。あるのは、母が遺したノートに記された、物理法則を応用した「高圧魔力」の理論と、徹底した費用対効果至上主義だけだ。 敵国三千の精鋭が灰燼城に迫る絶望的状況。ヴァンは剣を振るわず、心理戦と補給線攪乱だけで、たった三日で敵軍を撤退させる。 この効率的すぎる勝利は帝国の中枢に届き、彼は最高峰の帝国軍事学院への招待状を手に入れる。 「英雄になりたいわけじゃない。ただ、母の死の真相と父の秘密を知るため、生き残らなきゃならないだけだ」 無口最強の仮面メイド・シンカク、命を取引に差し出した狼耳少女・アイリ。彼は常にコスパの高い道を選び、母の遺したノートの謎、そして生まれて一度も会ったことのない父・帝国大元帥のいる帝都の闇へと踏み込んでいく。 正義も英雄も、損をするなら意味がない。合理主義が英雄譚を侵食していく、反英雄ミリタリー学園ファンタジー。

他国から来た王妃ですが、冷遇? 私にとっては厚遇すぎます!

七辻ゆゆ
ファンタジー
人質同然でやってきたというのに、出されるご飯は母国より美味しいし、嫌味な上司もいないから掃除洗濯毎日楽しいのですが!?

処理中です...