傭兵から商売を始めたら、いつの間にか領主になっていた件

篠の目

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第168章 アモン王国、奮進

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大黒は、まるで捨てられた子犬のようにフィルードたちの周囲をぐるぐる回っていた。
フィルードはわざとそっぽを向いていたが、最後には気まずそうに小さくうなずいた。
「……そんな誠実アピールされたら、今回は見逃してやる。
だが次はないぞ、いいな?」
完全にツンデレである。
エレナは口元を手で押さえていたが、笑いが漏れそうになっていた。
二人が大黒の背に乗り込むと――
大黒の後ろ脚がふにゃりと崩れ、危うく横転しかける。
フィルードはこめかみを押さえ、深くため息をついた。
(……まだ若いのに、どれだけ無節制なんだこいつ。
この調子じゃ数年後には、たとえ母牛の群れに放り込んでも何もできず、ただため息つくだけの老牛になるぞ。まったく。)
「聞け大黒。これからは俺みたいに前向きで向上心を持て。
一日中“そっち方面”に脳みそ全部持っていかれるな。
どうしても制御できないなら……数日後にちょっとした小手術で“一生平和”にしてやる」
フィルードが冷静に言い放ちながら大黒の股下へ視線を落とすと――
ヒュオォ……と冷たい風が通った気がした。
大黒の全身がビクンと震える。
次の瞬間、牛の中で何かが爆発した。
蹄が火花を散らし、山道を疾走し始めた。
(……証明したいわけだな。まだ“現役バリバリ”で、仕事に支障はないと)
だが後ろからは、四頭の小母牛が石像のようにこちらを見つめ、
夫を待つ妻のように一歩も離れようとしない。
エレナはそれを見て、くすりと笑う。
「ふふ、大黒の“妃たち”ね。あの二頭の中級見習い魔獣を魔樹に吊るしたのに、未練なんて全然なさそう。元気な若者の方がいいってわけ」
彼女は小声で続けた。
「でもね……このまま行ったら、あの黄牛の群れ、ハイイロオオカミに襲われる可能性もあるわ。
森の探索も全部終わってないし……あの群れ、魔獣の素質がある。あんな普通の魔獣なんかに狩らせるのは惜しいのよ」
フィルードはしばらく考え、静かにうなずく。
「そうだな。なら悪いが、君はここで群れの護衛をしてくれ。
俺は領地に戻って魔樹を移植する準備をする。山の黄牛もまとめて連れ帰る」
「……給料は?」
「月10金貨アップだ」
エレナは一瞬だけ躊躇ったが、すぐに腰を折った。
「お金のために働く女に文句ある?」
「ない」
話がまとまると、フィルードは彼女を巨大な樹冠の上へ送り届けた。
そこには以前二人で作った簡易避難所が残っていた。
そしてフィルードは大黒を連れて領地へ戻り、300名以上の農奴を召集。
前回よりさらに一日遠い場所だが、大木の掘り出しと運搬を強行した。
山上では、大黒の後ろに四頭の超凡黄牛が相変わらずついて来ていた。
フィルードが離れると、大黒はすぐに自身の“四妃”の元へ駆けて行く。
だがその四頭はまだ少し人を警戒しているのか、距離を置きつつ“彼”だけに懐いていた。
ある時、大黒に星魔草を与えると――
大黒はクチャクチャと噛むふりをし、そっと吐き出して四妃に献上した。
(……優男かお前は)
まさに“妻を溺愛する猛牛”である。
フィルードはその光景を見ながら、森への興味をますます強めていた。
(この蛮荒の森……やはり何か巨大な秘密がある。
あの奇妙な大木は三本。だが、まだ他にもあるはずだ)
エレナと共に引き続き探索する予定だった。
――その時。
ウェイン侯爵から急使が到着した。
『軍事の話がある。至急ダービー城へ』
(……軍事? なんで俺に?)
大スポンサーの召喚を無視するわけにもいかない。
フィルードは大黒に跨り、城へ急行した。
四頭の小黄牛もついてくるが、人間の都市に連れていけば捕まって食肉まっしぐらだ。
フィルードは大黒に指示する。
「この子たちは魔樹のそばで瞑想させておけ。……食われるなよ?」
もちろん大黒には言葉が通じない。
だが、人間の都市の方向は理解しているらしい。
四妃と名残惜しそうに絡み合った後、彼は「モーモー」と鳴いて何か説明し、
最後に四頭が切なげな目で見送る中、素早く駆けだした。
フィルードは振り返り、少し嫉妬を覚える。
(……牛のくせに“後宮”持ちかよ。貴族なら誰もが持つ三妻四妾は言うまでもなく、エレナすら攻略しきれてないんだが?)
ついカっとなり、大黒の後頭部を叩く。
「いいか、雌雄のことばっか考えてる愚牛め。いつか痛い目見るぞ! ほら走れ!」
大黒は「モー」と鳴き、戸惑いながらも速度を上げた。
一日あまりでダービー城外に到着。
そこには見慣れぬ軍用テントが無数に並んでいた。
(……なんだこれは。三万人以上はいるな)
大規模な軍勢が城外に駐屯している。
興味を引かれつつ伯爵邸へ向かうと、門番はすぐ敬礼し案内した。
裏庭に通されると――
ウェイン侯爵は羊皮紙の本を読みふけっていた。
表紙には『いかにして良き将軍となれるか? 実戦編』
机には『将軍はいかにして鍛えられるか』
隅には同系統の本が山積み。
(……放浪詩人の虚勢本じゃないかこれ。普段真面目そうなのに、意外と読み物の趣味は可愛いな)
フィルードが入室すると、ウェインは慌てて本を置き、笑顔で迎えた。
「フィルード団長、よく来た!」
使用人を全て下がらせると、フィルードは敬礼して言う。
「侯爵様の召集です。知らせを受けてすぐ、夜通しで参りました」
ウェインは満足げにうなずき、声を落とす。
「城外の軍を見ただろう? あれは王国が派遣した援軍だ。四万だぞ。
私の二万と合わせて、北境の兵は六万になる」
しかし続けた言葉は重かった。
「……だが悪い知らせだ。前回の敗戦で、陛下は私の指揮能力にとうとう堪忍袋の緒を切られた。
私の弟、ウェリアム侯爵を“北方軍団の副元帥”として送り込んできた。
肩書は副元帥だが、実際には私と同等の権限を持つ。
彼が連れてきた四万は完全に彼の指揮下だ。
……つまり、私の手元は元の二万だけになった」
ウェインの声は怒りと無念を押し殺していた。
フィルードは静かに息を吸う。
(いよいよアモン王国の軍事情勢が動き出したな……)
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