傭兵から商売を始めたら、いつの間にか領主になっていた件

篠の目

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第171章 行軍の号砲、迫る影

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ウェインは短く息を整え、押し殺したような声で続けた。
「ダービー城とドヴァ城の距離は近くない。もし食糧供給が滞れば……我々六万の大軍は、生殺与奪を握られた子羊に過ぎなくなるだろう」
――確かに。兵站が止まれば、どれほど武器が優れていようと、ただの群衆だ。
フィルードは内心で静かにうなずいた。
「それに、お前は北域を離れていたゆえ、北方の獣人の猖獗ぶりを知らない。もし一万の兵だけ残せば……数日と経たずに、奴らは牙を剥いて攻め寄せるだろう」
「その時ダービー城が陥落したら……我々は陛下にどう弁明すると言うのだ?」
ウェリアムは眉を寄せ、考え込んだが、まだ反論を諦めてはいなかった。
「速ささえあれば、緩和の余地は十分にあると思います」
……速さ、か。
若さ特有の楽観。悪くはないが、戦場はそれだけでは動かない。
「叔父上の部下の一人の団長が、百ポンドの巨石を百メートル先へ投げ飛ばす攻城兵器を発明したと聞いています。もしそれを大量に作らせることができれば、ドヴァ城などすぐに攻略できるはずです!」
フィルードはその瞬間、心臓が跳ねた。
(……は? 俺の投石器のことか? 獣人にしか見せていないはずだぞ。
内部に裏切り者か……厄介だな)
ウェインも兵器の存在を知っていたらしく、苦い顔でうなずいた。
「確かに強力だ。しかし、あれは製作が容易ではない。大量の時間が要るうえ、移動に不便だ。城下で製作する必要があるが……その最中、敵騎兵の襲撃をどう防ぐ?」
ウェリアムは自信満々に胸を張った。
「小叔、ご心配なく。私は王都で戦争指揮も学びました。精鋭部隊を四方に配置し、長矛で陣線を固めれば、騎兵の突撃など恐れるに足りません」
(……机上の空論、だな)
フィルードは静かに理解した。
現実の騎兵突撃を、書物通りに止められるほど甘くはない。
ウェインでさえ顔をしかめた。
「もういい。お前の言うことはすべて理論上の話に過ぎん。戦場では変化が多すぎて、その通りに進む保証などどこにもない」
そして低く続けた。
「私は昨晩、一睡もせずに策を練った」
……老侯爵の執念。侮れない。
「城内の馬車をすべて徴用し、職人にも大量に作らせ、軍団を囲む盾壁を作る。これなら、騎兵の突撃にある程度耐えられる」
「準備には数日を要するだろうが、揃ってから攻めるべきだ」
「その間、まずカールトン子爵領へ大量の食糧を運ぶ。ドヴァ城に近いゆえ、補給拠点として最適だ」
「また、獣人との結託の有無を確かめるため、北方の山岳に兵士を派遣し、半人馬(ケンタウロス)の動向を探る必要がある」
ウェインの声が止むと同時に、貴族たちは拍手喝采を送った。
「老成した国策だ」と口々に称賛し、場は一気にウェイン案で固まった。
ウェリアムも納得している様子だったが、プライドが邪魔をした。
「小叔、確かに悪くはありません。しかし、陛下が急かしておられるため、予期しない事態が――私はやはり自分の意見を堅持します」
ウェインは手を振り切った。
「陛下には私が手紙を書く。多数の兵を守り安全に連れ帰ることこそ、最優先だ。性急に進めて犠牲が出れば、本末転倒だ」
ウェリアムはついに沈黙し、しぶしぶうなずいた。
こうして会議は散会し――北域全体に、重い戦雲が広がり始めた。

北境のすべての馬車が徴用された。
表向きは代金を支払っているが、売りたくない商人には強制執行。
ウェインの近衛兵に殴られた瞬間、彼らは素直になった。
半月後、城外には三千台以上の馬車が並んだ。
南方の子爵領からも馬車が買い上げられ、北域全体の木工職人が総動員されていた。
ただ――馬車はあっても牽く馬が足りない。
最終的にはロバや雄牛まで徴用され、馬の代わりに繋がれることになった。

会議から十日後、フィルードは領地へ戻り再編を行った。
・正式傭兵1000名を残し、農奴兵は防衛へ
・敵対獣人からの報復に備え、領地の守りを厚く
・さらに農奴1000名を補充し、総勢3000に整備
長期の訓練と十分な食料で、農奴たちの体つきも見違えるほど逞しくなっていた。
フィルードは万一に備え、兵士一人ひとりに干し肉を数ポンド持たせた。
さらに、彼の切り札――弩砲(バリスタ)30台を馬車に載せ、準備を整えた。

翌日、フィルードは大軍と合流した。
視界を埋め尽くす兵の海。
――前世でも、これほどの“物量”は見たことがなかった。
甲冑の鈍い光、武器の冷たい輝き、重い地響き。
暴力そのものが形を成したような圧力に、思わず息を飲んだ。
ウェインは紅潮した顔で興奮を隠せず、貴族たちはまるで散歩に来たかのように談笑していた。
――勝てると、本気で思っているのか?
フィルードは冷静に、しかしどこか醒めた目で彼らを見た。
昼食後、一行はさらに進み、夕刻に野営。
フィルードは大軍とは距離を置いて駐屯した。
不慣れな連合軍は、奇襲を受ければ壊滅しかねない。
自身の隊は陣営を明るく照らし、歩哨を大量に配置し、夜間警戒を徹底した。
翌早朝、再出発。
進軍を開始したその時――
周囲に、数千の騎兵が現れた。
フィルードの目が冷たく光る。
(来たか……ようやく“戦”が始まる)
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