傭兵から商売を始めたら、いつの間にか領主になっていた件

篠の目

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第174章 草原を覆う影──キプチャク国の介入

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フィルードは歯を食いしばり、静かに問いを突きつけた。
「侯爵様……もし“栄誉”と“アモン王国の利益”を天秤にかけるとしたら、あなたはどちらを選びますか?」
真正面からの一撃に、ウェインは言葉を失った。
彼の瞳にはわずかな揺らぎ――迷いが生まれている。
「……難しい質問だな。正直に言えば、私は家族という集団に親愛など感じたことがない。アモン王国にしても、侯爵でありながら実質的な封地すら持っていない。私に“王国のために尽くせ”と言われても……私はそこまで偉大ではない。」
ウェインはわずかに自嘲気味に笑った。
「だが栄誉があれば違う。後世に名を遺し、家族でさえ私に領地を与え、子孫を安泰にできる……。どちらが正しいのか、自分でも分からないのだ。もちろん、プランタジネット家の一員として、王国が滅びるなら命さえ捧げる覚悟はある。しかし今のアモンはまだ健在だ。沈む気配すらない。だからこそ、皆……自分の利益ばかりを見る。」
――これが人間の“性”か。
フィルードは胸の奥に沈むような悲哀を覚えた。
まるで戦国時代や幕末の動乱をそのまま見ているようだ、と。
フィルードは一歩踏み込み、核心を突く言葉を口にした。
「侯爵様、この戦争に勝ちたいのであれば……まずウェリアム侯爵と“和解”してください。彼に十分な利益を与え、軍の指揮権を手に入れてください。そうしなければ、私が傍らで策を巡らせても、彼が横やりを入れれば全てが水泡に帰します。」
ウェインの瞳が細められる。
フィルードは続けた。
「私は先ほど、“栄誉と利益、どちらを取るか”を尋ねましたが……本当の意味は、功労というカードを切らなければウェリアムは動かない、ということを伝えたかったのです。」
さらに彼は淡々と裏面の策も口にした。
「戦争後に“証言”を集め、あなたが主導したと王都に示す……そのような裏工作も可能ではあります。ですが、おすすめはしません。ウェリアム侯爵を完全に敵に回すことになります。」
ウェインはしばらく黙した後、静かに頷いた。
「……分かった。話してみよう。王国のためなら、利益の大半を譲り渡しても構わん。」
(……よかった。これでようやく盤面が動く。)
フィルードは胸の内で小さく息をついた。
ウェインは丘を下り、ウェリアムを呼び出し、長い話し合いが続いた。
二人がどんな取引をしたのかは不明だが、戻ってきたウェインの顔には疲労が浮かび、しかし確かな成果を手にしていた。
――軍団全体の指揮権を獲得。
ウェリアムもいつもの傲慢さを引っ込めていた。

大軍が再び行軍を開始した午後。
遠方から地を震わせる轟音が鳴り響いた。
――騎兵。
以前の二倍、まるで草原を覆い尽くす黒い波のようだった。
フィルードは瞬時に数を見積もる。
(……二万。しかも全員、戦場慣れした草原騎兵。)
1人が白旗を掲げ、陣の前まで駆け寄り、声を張り上げた。
「アモン王国の侯爵殿! 我らキプチャク国のマハル侯爵は、直ちにアモン王国領へ退却するよう命ずる! ここは草原伯国の土地であり、我々の承認済みだ! これ以上侵せば、キプチャク国は貴国に宣戦布告する!」
ウェイン侯爵は怒りを隠さず応じた。
「ドヴァ城は建設当初からアモン王国の領土だ。貴様ら、手を伸ばしすぎだぞ! 戦争を望まないのなら、今すぐ去れ!」
伝令兵は何も答えず引き返し、二万の騎兵が周囲で嫌がらせの機動を開始した。
まるで囲うように、じわじわと圧をかける。
行軍速度は激減し、三日の道のりが七日かかるほどになった。
奇襲も四度受け、千名以上の死傷者が出る。
(……まずい。これではドヴァ城どころではない。)
そして三日目――
草原の向こうに、地平線を埋める歩兵が現れた。
装いは……キプチャク国正規軍。三万。
フィルードは背筋が凍りついた。
(……終わった。)
ウェインもウェリアムも、同じく顔色を失っていた。
フィルードは走り、ウェインに迫る。
「侯爵様! 陣形を絶対に崩してはいけません! 一度乱れれば全滅します! 草原では我々は子羊です。二万の騎兵の前では、逃げ場もありません!」
ウェインもそれを理解しているはずだが、動揺は隠せていなかった。
「東の山脈へゆっくりと退きましょう。一日持ちこたえれば、多くの兵士を救えます。」
策など、もはや“時間稼ぎ”の域だ。
しかしそれ以外の方法はない。
敵歩兵が十数里まで迫る中、大軍は後退を開始した。
騎兵はさらに攻め寄せ、行軍を遅らせる。
背後の三万歩兵は速度を上げて追う。
(これが絶対的な“力”か……。策略など、ただの紙屑だな。)
フィルードは苦く笑った。
夕暮れ。
敵歩兵は食事を取り決戦へ備える。
フィルードも兵士たちに食事を命じた。
(腹が減っては逃げ足も遅い……これは最低限の準備だ。)
そして夜。
将校たちが集まり、ウェリアムが提案した。
「夜陰に乗じて行軍を続けるべきだ。山脈にさえ入れば、騎兵は追えない!」
だがウェインは即座に立ち上がった。
「ならん! 五万の大軍だぞ? 夜間行軍は危険すぎる。混乱し崩壊する。敵に襲われずとも自滅だ!」
彼の声には焦燥を押し殺した決意がこもっていた。
――残された時間は、もうわずかだった。
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