傭兵から商売を始めたら、いつの間にか領主になっていた件

篠の目

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第181章 静かな離任、動き始める野心

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ウェインは、まるで長年積み上げた力を一度に奪われたかのように、ぐったりと椅子に沈んでいた。
二人はテーブルを挟んで向かい合い、遅い夕食を取っていた。ウェインは酒を何杯も空け、すでに顔は赤く、酔いの気配が濃い。
「小僧……私は、おそらく近いうちに北境から外されることになるだろう。後任はウェリアムになる可能性が高い。あれは陰険な男だ。君は必ず警戒しろ。彼が割り当てる任務は……細部まで慎重に判断するんだ」
ウェインは重々しく続けた。
「もし君が金に困っていないのなら、北境治安団の官職は辞任した方がいい。何しろ君は私の腹心だ。彼は君を信用していない。君がその地位に居続ければ、奴はいつでも君を動員し、危険な任務に突っ込ませるだろう。官職を捨てれば……君はただの男爵だ。どんな行動をしても、百名ほどの兵を連れて参戦すればいいだけの立場になる」
(――そこまで考えてくれていたのか。やはり、この男は “本物” だ)
フィルードは内心でわずかに胸が温かくなる。
ウェインの言葉は、建前でも政治でもない。純粋に自分を思っての忠告だ。
「……では、侯爵様。どうか私の辞表を受け取ってください。あなたはまだ北境元帥なのですから」
迷いのない返答に、ウェインは満足げに深く頷いた。
「よろしい。食事が終わったら、すぐに文書を作成しよう。君という小僧は本当に優秀だ……この戦いでも、どれほど助けられたか。だが、運命は私に味方しなかった。私は去らねばならん」
そこでウェインは、ふと真剣な眼差しで問いを投げた。
「最後に一つ尋ねたい。君の人生の目標は何だ? あるいは……君の“目的”は何だ? 君はあまりにも出自が低い。男爵にまで上り詰めただけでも尋常ではない。私は、君が生きているうちに子爵までは行けると信じている。それ以上は……大きな家柄か軍閥でなければ無理だろうがな」
(目的、か……。“大陸統一”などと言ってしまえばその瞬間に狂人扱いだ。ここは無難に流すしかない)
フィルードは意識的に肩の力を抜き、平然とした表情を作った。
「侯爵様。私は今の地位に満足しています。もし機会があって子爵になれるなら……もちろん嬉しいですが、それ以上は望んでいません」
もちろん、それは表向きの言葉に過ぎない。
ウェインは「ふむ」と頷き、静かに笑った。
「そうか。私には、君は領地経営より軍団元帥の方が向いているように見えるのだが……まあいい。人には人の志がある。今回の敗戦で、王国はシウスと宥和するだろう。高い自治権を与えるはずだ。彼が離反しない限り、陛下は水面下で多くの利益を渡すだろう。……だが、その辺りはもう私には関係のない話だ」
ウェインは杯を置き、穏やかな声で続けた。
「時間がある時は、王都へ来なさい。また肩を並べて戦える日が来るといい。それと……もしエレナが自然に回復できないなら王都に連れてこい。彼女を治療できる者を必ず探してやる」
フィルードは深く頷いた。
二人はその後も夜遅くまで語り続けた。
◆ ◆ ◆
翌日。
フィルードは“ただの男爵”としてダービー城を後にした。
北境治安団はそのまま廃止。
新任のウェリアムが再編するかもしれないが、もはやフィルードには関係がなかった。
(……これでいい。無用な危険は切り捨てる。すべては、次の段階に進むための準備だ)
三日後、フィルードは領地へ帰還した。
エレナもすでに戻っており、出迎えに現れた。
「傷の具合はどうだ?」
フィルードが尋ねると、エレナは複雑な表情で頷いた。
「あの薬水、本当にすごいわ。基本的には完治した。ただ……時々、乾いた咳が出るくらいね」
フィルードは胸の中でひそかに息をつく。
(治療薬の効果は十分……だが、後遺症が残る可能性はまだあるか。様子を見て判断するしかない)
「しばらくは療養が必要だ。咳が続くようなら、王都に連れて行く。ウェイン侯爵が、人を探すと言ってくれた」
そして、苦い報告を続ける。
「……すまない。北境治安団は解体され、私は団長を解任された。君の副団長の地位も同じだ」
エレナは気にした様子もなく笑った。
「あってもなくても同じよ。あなたには傭兵団があるんだから。私は相変わらず副団長よ」
だが、首をかしげて続けた。
「でも……どうして急に取り消されたの?」
フィルードは短く息を吐いた。
「ウェイン侯爵は近く解任される。最大の後ろ盾がいなくなったんだ。新しい北境元帥が前任の私たちをどう扱うか……読めない。最悪、使い捨てにされる。だから離れるのが最善だ」
「なるほどね……ウェイン侯爵、良い人だったわ。残念だわ」
エレナはしみじみと呟いた。
「あなたはこれからどうするの?」
フィルードは肩をすくめ、迷いなく答えた。
「どうするも何も……領地を発展させる。それだけだ。まずは食糧の自給自足を整える。しばらく休んだら、また北へ行って獣人の略奪だな」
エレナは苦笑しつつ頷いた。
二人が領地へ戻ると、大黒がまるでハスキー犬のような勢いで走り寄ってきて、フィルードは軽く目を見張った。
その身体の変化に気付いた瞬間、彼は思わず声を上げる。
「……突破したのか!?」
エレナは満面の笑みで説明した。
「怪我をした影響なのかしらね。魔石を一つ食べさせたら、なんと突破したのよ。あなたが長い間、中級魔薬を与えていたことも関係あるはずだわ。突破後は……走る速度が馬より速くなったみたい」
(……いや、原因は明白だ。お前が毎日追い回したせいだ)
フィルードは心の中で苦笑する。
「突破する前、こいつはお前に追いかけられていた。走る本能が骨の髄まで染み込んでるんだ」
二人は笑いながら峡谷へ入った。
すでに木柵の奥には、壮大な城壁が築かれている。
それはフィルードが前世の“甕城”の構造を応用して設計したものだった。
複雑な構造、多角的な攻撃点、そして圧倒的な防御力。
建設には膨大な時間と資源を要したが、ついに形になったのだ。
外側の土壁は撤去されず残されている。
(大戦になれば、ここで敵を焼き払い、そのまま“埋葬地”にする……)
そこへ、ケビンが慌てた様子で駆け寄ってきた。
「団長様、良い知らせがございます! 領地の高資質戦士二名が学徒級超凡者に突破しました。魔法使いも一名突破。それにメイヴ様とライドンを加え……我々の領地にはすでに七名の超凡者がいます! これは子爵領に匹敵するほどです!」
さらに続ける。
「もう一つ。黒牛が学徒級魔獣へ突破しました! 人間への拒絶が少なく、餌を与えている農奴でさえ乗れます!」
フィルードは満足げに頷いた。
(四頭の子黄牛も成長すれば……領地の超凡者全員に魔獣の乗騎を配れる。戦力の跳ね上がり方が桁違いになる)
領地の未来は、確実に加速し始めていた。
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