傭兵から商売を始めたら、いつの間にか領主になっていた件

篠の目

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第228章 恐慌を刈り取る夜

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一時間後、兵士たちは再び馬に跨がり、追撃を再開した。
夜気を切り裂くように進む騎兵の列の先に、やがて敵の大軍が姿を現す。
敵将は、突然現れた五、六千の騎兵を目にした瞬間、顔色を失った。
もはや無事に逃げ切ることは難しい――その事実を、直感的に悟ったのだ。
フィルードは大黒の背に揺られながら、冷静に敵軍を観察していた。
(……やはりな)
編成を見ただけで分かる。
この部隊は、おそらく城塞の守備を担っていた兵力だ。
農奴兵が全体の半数以上を占め、正規軍は多く見積もっても五、六千。
(逃げる前提の軍ではない。
 だからこそ、崩れた時の脆さは致命的だ)
やがてウェインの指示で、騎兵は敵軍を大きく取り囲み、間断なく矢を浴びせ始めた。
敵も必死に矢を返してくる。
だが、この形での射撃戦は、明らかに不利だった。
歩兵の弓は威力も安定性も騎弓を上回る。
長引けば、こちらが消耗する。
その点を即座に見抜き、ウェインは方針を切り替えた。
騎兵を率いて大きく回り込み、敵の後方――農奴兵の集団へと襲いかかる。
この時点で、農奴兵たちはすでに驚弓の鳥だった。
数日前、主力軍が壊滅したという報せを聞き、動揺したまま撤退を続けていたところに、これほど早く追撃されるとは思っていなかったのだ。
一度の襲撃で、彼らの精神は限界まで追い詰められた。
こうして夕暮れまで圧迫を続けた結果、敵軍は地勢の高い山坡に陣を張り、野営に入った。
夜。
フィルードとウェインは簡素な食事をとっていた。
杯を交わしながら、フィルードは声を落として切り出す。
「侯爵閣下。今の敵軍は、完全に驚弓の鳥です」
ウェインの視線が向く。
「今夜、夜襲を仕掛けませんか。
 主な標的は農奴軍団です。脅かすだけで、かなりの確率で陣は崩れます」
フィルードの思考は、すでに結果まで見据えていた。
「一度恐慌が炸裂すれば、正規軍も巻き込まれます。
 成功すれば壊滅。
 しかも相当な戦功になるはずです」
ウェインは眉をわずかに上げ、しばらく黙考した後、頷いた。
「悪くないな。
 我が騎兵の中には夜目が利く者も多い。一、二千は集められるだろう」
さらに言葉を重ねる。
「加えて、超凡者も援護につく。
 よし、その案で行こう。今夜は夜襲だ」
彼の口元に、獰猛な笑みが浮かんだ。
「一晩中騒がせてやれ。
 明日になって、どう逃げるか見物だ」
深夜まで仮眠を取った後、ウェインは突如として兵を起こした。
今回の襲撃は、完全な無予告。
騎兵の中から夜目の利く者を選抜し、五十名の超凡者精鋭を先頭に、静かに敵陣へ忍び寄る。
敵は一日中緊張を強いられ、疲労困憊だった。
営地は鼾の音に満ちている。
前回の教訓を活かしたのか、営地はかなり明るく照らされていた。
だが、それが仇となった。
襲撃兵たちは水袋を提げ、突入と同時に篝火を次々と消していく。
見張り兵は、超凡者によって瞬時に喉を掻き切られた。
闇が落ちる。
続いて、超凡者が兵を率いて農奴営地へ殺到。
帳幕に飛び込み、脅し斬りを加えて即座に離脱する――それを繰り返した。
やがて、農奴軍団は狂ったように営外へ飛び出してくる。
ウェインは、まだ火が足りないと判断し、正規軍区域にも突入。
同様に一通り斬り回った。
ただし、騎兵たちの夜襲経験は浅く、撤退時に四百名以上が隊列から取り残された。
とはいえ、多くは戦死ではなく、暗闇で道に迷っただけだろう。
営地は地獄絵図と化した。
泣き叫ぶ声、斬り合う音、命乞い――夜の闇に混じって響き渡る。
目的を果たしたウェインとフィルードは、悠然と馬を返し、自陣へと帰還した。
そして何事もなかったかのように眠りにつく。
翌朝。
五千余の騎兵が、再び敵営の近くに姿を現した。
営内の混乱は、ようやく収まりつつあった。
だが、一夜の恐慌で敵は完全に疲弊していた。
元々一万五千を超えていた兵力は、今や八千にも満たない。
昨夜の戦闘で二、三千が死傷し、残りの多くは逃散していた。
騎兵がゆっくりと迫ると、敵将は抗戦不能と悟り、潔く降伏を宣言した。
ウェインは満足げに頷き、武器をすべて没収。
千名を残して監視に当たらせ、残る四千余の騎兵を逃亡兵の追捕に向かわせた。
開けた地形で、歩兵が逃げ切れるはずもない。
正午までに、ほとんどが連れ戻された。
捕虜は一万を超えた。
二日後、後方の歩兵部隊が追いついた時、敵はすでに殲滅されていた。
エドモンは驚きと興奮を隠さず、二人の肩を交互に叩く。
「見事だ!
 まさか数千の騎兵だけで、一万以上の歩兵を食い尽くすとは!」
彼は高らかに宣言した。
「これでよい!
 もう直接反攻に移れる。
 今度こそタロン王国に思い知らせてやる!」
捕虜を護送させた後、エドモンは五万の大軍を率いて進軍を再開した。
目標は明確――国境の関隘。
三日後、大軍は関隘近くに到着する。
守備兵は狼煙を上げた。
エドモンは即攻撃を命じず、投石機の製作を指示した。
城壁を崩し、一気に突破するつもりだ。
その様子を、フィルードは大黒に跨って山頂から観察していた。
城壁上にいるのは、ほとんどが農奴兵。
精鋭の姿は少ない。
(……隠している可能性はある。
 だが、今のタロンに、その余力はないはずだ)
結論は早かった。
フィルードはすぐにエドモンのもとへ向かう。
「陛下。
 もしかすると――これ以上、時間をかける必要はないかもしれません」
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