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第332章胡桃花領主――腹を満たす者が、人を動かす
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フィルードは、この方法で春の終わりまで農奴たちに根菜を植えさせ続けた。
そして、ある時点で明確に「止め」をかけた。
(これ以上は意味がない)
植え付けが遅れれば、成熟前に冬の寒気で凍死する。
作物は数ではなく、時期で決まる。
彼の見積もりでは、最終的な作付面積は五十万亩から、多くて百萬亩。
正確な数字は秋の収穫を見なければ分からないが――
いずれにせよ、また一度、領地全体を覆う豊作の波が来る。
(人口を増やす土台は、これで整う)
――場面は変わる。
レーガンは、粗末な小屋の前に立っていた。
小屋の中には、以前運び込ませた簡易石臼が据えられている。
中では、顔色がやや黄色くなった二人のジャッカルマン兵が、全身の力を込めて石杵を押していた。
楕円形の石杵が平たい石板の上を往復し、その下に敷かれた榆の樹皮を、延々と押し潰していく。
樹皮はすでに日干し済みだ。
圧力をかけ続けることで、木質繊維と澱粉を分離させる。
澱粉が十分に浮き出ると、隣のジャッカルマンが箒で慎重に掃き集め、
残った繊維は脇へ捨てられる。
この簡易製粉所は、ほぼ二十四時間体制で稼働していた。
夜間も休ませない。
レーガンはすでに、大量の榆樹皮澱粉を備蓄している。
(数字は……悪くない)
記録によれば、日干しした若木の樹皮十ポンドから、一~二ポンド程度の澱粉が取れる。
含有量は高くないが、普通の樹皮よりは遥かに優秀だ。
何より、あの榆林の広さが強みだった。
この澱粉のおかげで、配下のジャッカルマンたちは一日二ポンドの配給を受けている。
この時代では、十分に「裕福」と言える水準だ。
もちろん、レーガンは相当量を非常食として蓄えている。
粗食の補給が安定したことで、
榆の樹皮粉に少量の黒麦粉と野草を混ぜ、
薄いパンケーキ状にして配る余裕も出てきた。
朝食は根菜の粥。
食後、レーガンは数人の人間農奴が管理する苗床へ向かった。
根菜は植え付けから数日。
丁寧な世話のおかげで、すでに小さな新芽を伸ばしている。
(順調だな)
農奴たちは彼の姿を見ると、慌てて頭を下げた。
「守備官様、おはようございます」
レーガンは軽く手を振る。
「苗の具合はどうだ。
いつ頃、植え替えができそうだ?」
年配の農奴が少し考え、慎重に口を開いた。
「成長は早いです。あと十日から半月もすれば、手のひらほどになります。
団長様のおっしゃった通り、その頃が適期かと」
レーガンは頷いた。
「なら、その間に俺の方で土地を整えておこう。穴も掘っておく」
農奴は深くうなずく。
「はい。それなら水やりも楽ですし、育ったらすぐ植えられます。
ただ……こちらは獣人の数が少なく、一気に広い面積を植えるのは、正直厳しいかと……」
レーガンは手を振って制した。
「問題ない。
今日は地元の領主のところへ行って、手を借りてくる」
(団長様の指示もある)
「薄い粥を数杯出すだけで十分だ。
今の時代、それだけでも破格だろう」
普通の獣人部族民は、
草の根や樹皮を齧って、今日を生き延びるのが精一杯だ。
そう言い残し、レーガンは苗床を離れた。
別の小屋から、一頭の戦馬を引き出す。
これは連盟が守備官に支給した専用馬だ。
軍団時代に騎乗術を学んだことがあるレーガンにとって、移動用途なら問題ない。
彼は鞍を見下ろし、内心で感心する。
(何度見ても、よく考えられている)
かつては、これがなければ馬に乗ることすら難しかった。
今は違う。
倉庫から、榆の樹皮粉の袋を一つ担ぎ出す。
百ポンド近い重量だ。
それを馬の背に載せ、
自らは手綱を引き、
十名の牛頭人戦士を伴って北へ向かった。
目的地は、ジャッカルマンの領主――胡桃花の駐屯地。
小隊は速かった。
数十分で到着する。
駐屯地の外では、ジャッカルマンたちが無秩序に寝転がっていた。
日光浴で消耗を抑える者。
地面を這い、草の根や虫を探す者。
(……相当追い詰められているな)
レーガン一行が近づくと、
本能的な恐怖が走った。
一匹が跳ね起き、叫び声を上げながら部族内へ駆け込む。
やがて、比較的身なりの整った大柄なジャッカルマンが姿を現した。
レーガンを認めると、愛想良く歩み寄ってくる。
通訳が素早く訳す。
「尊敬なる治安官様、本日はどのようなご用件で?」
レーガンは決して威張らず、丁寧に礼をした。
「胡桃花領主。
本日はお願いがあって参りました」
「青石城での会議の折、
連盟最高領主フィルード様より、根菜栽培の命が下りました。
しかし、人手が足りません。
どうか、お力をお貸しいただけないでしょうか」
胡桃花は顔をしかめ、周囲を指さす。
「ご覧の通りです。
腹が減りすぎて、動かせば倒れかねません」
「役に立たないと思いますが……
それでもよろしければ、お連れください。
ただし、無理はさせないでください。
死なれたら、人口は戻ってきませんから」
レーガンは笑って首を振る。
「ご心配なく。
働いてもらう者には、こちらで食事を出します」
「一日三杯までの薄い粥ですが、
塩はしっかり利かせます」
(ここが肝だ)
「数日もすれば、体力は戻るでしょう」
レーガンは、最初に「飯」という切り札を投げた。
塩は惜しまない。
連盟はすでに、複数の大規模塩鉱を押さえている。
その中の一つは、高品質で、ほぼ未精製でも使用可能だ。
味は良くないが、問題ではない。
(獣人は、塩があれば従う)
この塩鉱は、長年見過ごされてきた。
表面の塩土だけを削っていたに過ぎない。
だがフィルードは知っていた。
良質な塩は、下に沈む。
掘り進めれば――
答えは、必ず出る。
そして事実、
大量の高品質塩が、地中から姿を現した。
(腹を満たし、塩を与える。
それだけで、人は動く)
そして、ある時点で明確に「止め」をかけた。
(これ以上は意味がない)
植え付けが遅れれば、成熟前に冬の寒気で凍死する。
作物は数ではなく、時期で決まる。
彼の見積もりでは、最終的な作付面積は五十万亩から、多くて百萬亩。
正確な数字は秋の収穫を見なければ分からないが――
いずれにせよ、また一度、領地全体を覆う豊作の波が来る。
(人口を増やす土台は、これで整う)
――場面は変わる。
レーガンは、粗末な小屋の前に立っていた。
小屋の中には、以前運び込ませた簡易石臼が据えられている。
中では、顔色がやや黄色くなった二人のジャッカルマン兵が、全身の力を込めて石杵を押していた。
楕円形の石杵が平たい石板の上を往復し、その下に敷かれた榆の樹皮を、延々と押し潰していく。
樹皮はすでに日干し済みだ。
圧力をかけ続けることで、木質繊維と澱粉を分離させる。
澱粉が十分に浮き出ると、隣のジャッカルマンが箒で慎重に掃き集め、
残った繊維は脇へ捨てられる。
この簡易製粉所は、ほぼ二十四時間体制で稼働していた。
夜間も休ませない。
レーガンはすでに、大量の榆樹皮澱粉を備蓄している。
(数字は……悪くない)
記録によれば、日干しした若木の樹皮十ポンドから、一~二ポンド程度の澱粉が取れる。
含有量は高くないが、普通の樹皮よりは遥かに優秀だ。
何より、あの榆林の広さが強みだった。
この澱粉のおかげで、配下のジャッカルマンたちは一日二ポンドの配給を受けている。
この時代では、十分に「裕福」と言える水準だ。
もちろん、レーガンは相当量を非常食として蓄えている。
粗食の補給が安定したことで、
榆の樹皮粉に少量の黒麦粉と野草を混ぜ、
薄いパンケーキ状にして配る余裕も出てきた。
朝食は根菜の粥。
食後、レーガンは数人の人間農奴が管理する苗床へ向かった。
根菜は植え付けから数日。
丁寧な世話のおかげで、すでに小さな新芽を伸ばしている。
(順調だな)
農奴たちは彼の姿を見ると、慌てて頭を下げた。
「守備官様、おはようございます」
レーガンは軽く手を振る。
「苗の具合はどうだ。
いつ頃、植え替えができそうだ?」
年配の農奴が少し考え、慎重に口を開いた。
「成長は早いです。あと十日から半月もすれば、手のひらほどになります。
団長様のおっしゃった通り、その頃が適期かと」
レーガンは頷いた。
「なら、その間に俺の方で土地を整えておこう。穴も掘っておく」
農奴は深くうなずく。
「はい。それなら水やりも楽ですし、育ったらすぐ植えられます。
ただ……こちらは獣人の数が少なく、一気に広い面積を植えるのは、正直厳しいかと……」
レーガンは手を振って制した。
「問題ない。
今日は地元の領主のところへ行って、手を借りてくる」
(団長様の指示もある)
「薄い粥を数杯出すだけで十分だ。
今の時代、それだけでも破格だろう」
普通の獣人部族民は、
草の根や樹皮を齧って、今日を生き延びるのが精一杯だ。
そう言い残し、レーガンは苗床を離れた。
別の小屋から、一頭の戦馬を引き出す。
これは連盟が守備官に支給した専用馬だ。
軍団時代に騎乗術を学んだことがあるレーガンにとって、移動用途なら問題ない。
彼は鞍を見下ろし、内心で感心する。
(何度見ても、よく考えられている)
かつては、これがなければ馬に乗ることすら難しかった。
今は違う。
倉庫から、榆の樹皮粉の袋を一つ担ぎ出す。
百ポンド近い重量だ。
それを馬の背に載せ、
自らは手綱を引き、
十名の牛頭人戦士を伴って北へ向かった。
目的地は、ジャッカルマンの領主――胡桃花の駐屯地。
小隊は速かった。
数十分で到着する。
駐屯地の外では、ジャッカルマンたちが無秩序に寝転がっていた。
日光浴で消耗を抑える者。
地面を這い、草の根や虫を探す者。
(……相当追い詰められているな)
レーガン一行が近づくと、
本能的な恐怖が走った。
一匹が跳ね起き、叫び声を上げながら部族内へ駆け込む。
やがて、比較的身なりの整った大柄なジャッカルマンが姿を現した。
レーガンを認めると、愛想良く歩み寄ってくる。
通訳が素早く訳す。
「尊敬なる治安官様、本日はどのようなご用件で?」
レーガンは決して威張らず、丁寧に礼をした。
「胡桃花領主。
本日はお願いがあって参りました」
「青石城での会議の折、
連盟最高領主フィルード様より、根菜栽培の命が下りました。
しかし、人手が足りません。
どうか、お力をお貸しいただけないでしょうか」
胡桃花は顔をしかめ、周囲を指さす。
「ご覧の通りです。
腹が減りすぎて、動かせば倒れかねません」
「役に立たないと思いますが……
それでもよろしければ、お連れください。
ただし、無理はさせないでください。
死なれたら、人口は戻ってきませんから」
レーガンは笑って首を振る。
「ご心配なく。
働いてもらう者には、こちらで食事を出します」
「一日三杯までの薄い粥ですが、
塩はしっかり利かせます」
(ここが肝だ)
「数日もすれば、体力は戻るでしょう」
レーガンは、最初に「飯」という切り札を投げた。
塩は惜しまない。
連盟はすでに、複数の大規模塩鉱を押さえている。
その中の一つは、高品質で、ほぼ未精製でも使用可能だ。
味は良くないが、問題ではない。
(獣人は、塩があれば従う)
この塩鉱は、長年見過ごされてきた。
表面の塩土だけを削っていたに過ぎない。
だがフィルードは知っていた。
良質な塩は、下に沈む。
掘り進めれば――
答えは、必ず出る。
そして事実、
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(腹を満たし、塩を与える。
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