傭兵から商売を始めたら、いつの間にか領主になっていた件

篠の目

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第333章塩と粥――一袋百斤の交渉術

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フィルードは、その塩鉱を即座に連盟の私有財産と定めた。
――すなわち、自分の私有財産である。
(資源は、握った者のものだ)
治安隊の部下には毎月定量を支給する。
だが、それ以上に重要なのは余剰分の使い道だった。
余った塩は、普通の獣人部族を懐柔するための「餌」にする。
剣よりも、塩の方が効く時がある。
少なくとも今は、そうだ。
 
胡桃花領主は「飯を食わせる」という言葉を聞いた瞬間、ほとんど間を置かずに頷いた。
「問題ありません。飯さえ出していただけるなら……。
そうすれば、彼らもまともな物を口にできます」
彼は苦笑しながら続けた。
「部族分割の時、私たちに回る食料は治安隊の皆さんよりずっと少ないのです。
毎日、粥を一碗飲ませるのがやっとで……。
私自身も、長いこと肉など口にしていません」
そう言って、自分の口を指差した。
「根菜ばかりかじっていたら、口の中が腫れてきましてね」
 
レーガンは、確かに胡桃花の口元が赤く腫れているのを確認した。
根菜中毒の典型的な症状だ。
(……超凡者が、ここまで落ちるか)
ほんの一瞬だけ、同情がよぎる。
だが、それを表に出すほど甘くはない。
レーガンはわざと小さくため息をつき、静かに言った。
「胡桃花領主、その言い方は感心しません」
空気がわずかに張り詰める。
「大城で物資を分配した際、あなたも現場にいましたね。
物資は一箇所に集め、頭数に応じて公平に分けたはずです。
治安隊の兵士が一粒でも多く取った証拠はありますか?」
胡桃花の表情が一瞬、固まる。
レーガンは続ける。
「今、私たちの手元に多少の余裕があるのは、
連盟最高領主フィルード団長の支援があるからです。
我々は直属部隊。特別糧食があるのは当然でしょう」
(団長様の名を出せば、重みが違う)
「それでも今は、毎日薄い粥でしのいでいます。
連盟全体が困難期です。
軽々しく不満を口にすべきではありません」
 
その一言で、胡桃花は露骨に慌てた。
両手の狼の爪を振りながら、必死に弁明する。
「誤解です、レーガン治安官!
そんな意味ではありません!」
「連盟長様の恩は天より重い。
あの方がいなければ、私は今でも大部族の下っ端のままでした」
声を落とし、続ける。
「ただ……我らの苦労を少しお伝えしたくて。
ほら、この腫れを見せただけで……」
 
レーガンは、そこで再び柔らかく笑った。
(押して、引く)
「お気持ちは分かりますよ、胡桃花領主」
「あなたは立派な領主です。
部族民を守るため、自分は根菜をかじり続けても牛羊を屠らない。
連盟全体を見ても、そこまで耐えられる者は多くありません」
胡桃花の目が、わずかに潤む。
「今は羊が少ないだけです。
数年耐えれば、群れは増える。
その時は毎日、焼いた羊を食べられます」
(希望を与えれば、従順になる)
胡桃花は何度も頷いた。
苦しい生活を選んでいるのは、自分の意志だと再確認するように。
 
レーガンは、馬の背から布袋を下ろした。
守備団専用の丈夫な袋。
人間世界で買えば数銅芬尼はする。
「これは、領主様への贈り物です」
袋を軽く叩く。
「私が作った特製粉。
パンケーキにするなら根菜粉を少し混ぜると良い。
粥に入れれば、濃くなり、ほんのり甘みも出ます」
胡桃花の目が輝いた。
「こ、これは……」
口では遠慮を装いながら、
手は正直に袋を軽々と持ち上げる。
「労働力はお好きなだけお使いください。
期間も問いません。
ただ、死なせない程度で……」
「直属村と本部で約千五百。
残りの二村は小領主に分けました。
私の命令には従いますが……できれば、あなたからも直接話を」
 
話しながら、胡桃花の目は忙しく動いていた。
(もう一袋、いけるか?)
レーガンは見抜いていた。
表情を一変させる。
「胡桃花領主」
低く、鋭く。
「これ以上は半袋までです」
袋を指す。
「その代わり、青壮年千名を一週間。
私のところへ出してください」
「嫌なら――今の袋を返してください」
声に一切の冗談はない。
「この食料は、歯の隙間からこそぎ集めたものです。
今、食糧がどれほど貴重か……あなたも理解しているでしょう」
 
胡桃花は即座に態度を変えた。
片手で袋を抱え込み、もう片方の手を激しく振る。
「いえいえ! 誤解です!」
「千人、今日中に出します!
半袋は結構です!」
「ああ、そうだ!妻が今日、子を産むのです!
では失礼!」
 
袋を担いだまま、彼は逃げるように走り去った。
その速度は明らかに異常。
魔法を使っている。
レーガンは小さく鼻を鳴らした。
(抜け目ないが、扱いやすい)
 
翌朝。約千名の獣人が、まばらに守備営地外へ集まった。
部下たちは即座に警戒態勢に入る。
人間五名、ミノタウロス二十名が鎧を装着。
彼らは監視役として立ち、
ジャッカルマン兵と部族民を指揮する。
作業工程は単純だ。
鉄の鍬を持つのは人間農奴五名のみ。
他は、先端を削った木棒。
直轄青壮年も全員参加。
少年まで穴掘りに加わる。
榆の樹皮粉が十分にあるため、体力は回復している。
(数はいる。だが質が問題だ)
獣人たちは驚くほど不器用だった。
穴は歪み、列は曲がり、間隔もばらばら。
レーガンの口元が何度も引きつる。
(これが農業未経験というやつか……)
叱りつけたい衝動を抑える。
彼らは畑仕事などしたことがない。
結果、一人一日平均半亩。
三千亩を掘り終えるのに丸四日。
二平方間隔区画なら一日一亩は可能なはずだが、
全体的に効率は悪い。
主因は、やはり飢え。
胸が背中に貼り付くほど痩せ細り、
掘る速度が遅い。
レーガンが出す食事も、決して豪華ではない。
根菜。榆の樹皮粉。砕いた少量の黒麦。
それらを混ぜた粥。
飢えをしのげる――
ただそれだけだ。
(十分だ)
飢え死にしない程度。
働ける程度。
それ以上は、まだ与えない。
すべては計算の内。
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