秘密はいつもティーカップの向こう側 ―TEACUP TALES―

天月りん

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冬いちご、甘く実りて

「今年もいよいよね……」

 英国式ティールーム・ローズメリーの女主人である桂木翠は、カレンダーの日付を確認して拳を握った。

「今年は人数も確保できたし――いけるわ!」

 閉店後の薄寒い店内に、闘気がめらめらと燃え上がった。

 ***

「おはようございま~す!」
「おはようございます」

 一年で最も日照時間が短い季節の早朝。
 湊と美緒は日も明けきらぬうちから中メタセコイアの階段を抜け、ローズメリーの店先にやってきた。
 そこには既に亜嵐と翠が待っていて、翠はにっこりと微笑んで二人を手招きした。

「おはよう、二人とも。今日はお願いね」

 その装いは、いつもの黒いワンピースではない。
 髪は緩く括られ、ボアの付いたコートはいかにも温かそうだし、裾から伸びる足はコーデュロイのパンツに包まれていた。

「うわぁ、私服の翠さんもステキ!」
「あら。お世辞でも嬉しいわ」
「お世辞なんかじゃないですよぉ!」

 きゃぴきゃぴする女性陣を横目に、白い息を吐く亜嵐は不機嫌さを隠そうともしない。
 湊は仏頂面の男に近付いて声をかけた。

「亜嵐さん、どうかしたんですか?」
「何でもない。いや、何もしていないことが問題なのだ」

 小首を傾げる湊に、亜嵐は言い募った。

「レンタカーを用意すると提案したのに。なぜタクシーを呼ぶのか、私には全く理解できない」
「クリスマスを前に、命を懸けたくないからですよ」

 容赦のない翠の突っ込みに、亜嵐は尚更顔を顰めた。

「待ちに待ったシーズンだし、いちごはたくさん摘みたいけれど、それも安全あってのことですからね」
「私のドライビング・テクニックに危険など――」

 そのとき――。

「あ、タクシー来ましたよ」

 黒いミニバンタイプの車がやってきて、四人の前にするりと停車した。
 ドアが開いて、二列目に翠と美緒が乗り込む。

「ほら、亜嵐さんも!」

 湊と並んで座れると知った途端、亜嵐の顔に浮かれたような笑みが貼り付いた。
 全員が座席に収まり、顔を見合わせて笑みを浮かべる。

「――よし。いざ行かん、いちご狩りへ!」

 ゆっくりとスライドドアが閉まり、タクシーは朝日に向かって軽快に走り出した。

 ***

「今日行く農家さんはね、ハウスで土耕栽培をしているのよ」
「土耕栽培?」

 語尾が疑問形の美緒に、亜嵐の説明モードが発動する。

「土耕栽培とは、地面に苗を植える昔ながらの栽培方法だ。それに対して近年増えているのが、高設栽培――背の高い培地に養液を満たして苗を育てる、いわゆる水耕栽培だ」
「土の方が美味しいいちごになるんですか?」

 湊の問いに、亜嵐は首を横に振った。

「必ずしもそうとは限らない。土耕栽培と高設栽培、どちらにも利点がある。結局、味を決めるのは作り手の腕だ」
「そっか。じゃあ土耕栽培のいちごは、翠さんのこだわりってこと?」

 美緒が首を傾げると、翠は微笑み「いいえ」と言った。

「こだわっているのは栽培方法じゃなくて味よ。三代続く土耕栽培の農家さんでね。味が濃くて、とびきり美味しいのよ」

 翠が「とびきり美味しい」と太鼓判を押すいちご――それだけで、大学生たちの期待値は跳ね上がり、美緒に至ってはごくりと生唾を飲み込んだ。
 そもそもこの時期のいちごはまだ高価なのだ。それでも量を確保しようというのだから、それだけでも相当熱の入れようだ。

「量り売りで買い取るから――いいわね、みんな。摘んで摘んで、摘みまくってちょうだい!」
「ラジャー!」
「頑張りましょうね、亜嵐さん!」

 タクシーの車内で、突として『いちごハンター・チームローズメリー』が結成される。
 やる気満々の三人を横目に、亜嵐は小さくため息を漏らした。

 ***

「えっ、どうして……」

 ビニールハウスがいくつも並ぶ田舎道でタクシーを降りた一行は、ぽかんと口を開けた。
 というのも――。

「いやぁ、オリーさんにはかなわんなぁ」
「ハウス一つ分、どうぞたくさん採っていってくださいね」

 作業着の上にダウンジャケットを着込み、寒そうに手を擦り合わせる中年夫婦と朗らかに談笑していたのは、亜嵐の従兄にしてイギリスで会社を経営するオリヴァー・ウェストフィールド氏だった。
 オリーはローズメリー一行を見ると、破顔一笑した。

「やあ! やっと来たか、みんな。ふふふ、オーナーさんに話はつけておいたよ。左から二つ目のビニールハウスが、今日の私たちの狩場だ!」

 爽やかに腕を広げて宣う金髪のハンサム・ガイに、四人の目が揃って細まる。

「えっと、オリーさんも誘ってたんですか? 翠さん」
「いいえ。日本に来ているなんて聞いていなかったもの」
「それでもいるとか……えぇー、胡散臭過ぎだよ」

 足を止めてこそこそ話す三人の前に一歩出ると、亜嵐は「そんな気がしていました」と言った。

「あら、亜嵐さんが呼んだの?」
「まさか。ただ予感というか、この男なら現れてもおかしくないと思っていただけです」

 その言葉に、オリーの顔はぱぁっと光り、湊の顔はむっと渋くなった。

「はっはっは、アラン。それは以心伝心というやつだよ。さすがは我が弟だな」
「虫の知らせだ。慣用句は正しく使うように」

 オリーを睨みつけたそのとき。
 ふと、コートを引っ張られた気がして亜嵐が振り返ると、すぐ後ろに湊が立っていた。
 その頬は不満げに、ぷくっと膨らんでいる。

「亜嵐さん。早く行かないと、摘みきれませんよ」
「あ、ああ。そうだな、早々に取り掛かるとしよう」
「オリーさんも。おかしなこと言ってないで、ちゃんと働いてくださいね」

 ちらりとオリーに視線を送り、湊はぷいっと顔を背けた。
 湊にしては珍しい行動に、翠と美緒は顔を見合わせてくすりと笑った。

「いやぁ、いじめるつもりはなかったんだけどな」

 確信犯の笑みを浮かべるオリーをひと睨みして、亜嵐はコホンと咳払いをした。
 そして改めて、高らかに宣言した。

「では諸君。いざ――ハンティング開始だ!」

 ***

「やだよぉ、オリーさん。オバさんをからかっちゃダメだよ~」
「ノー、ノー。からかってなどいません。素晴らしい味わいのいちごに、魅力的なレディのみなさん。ここはまるで天国ですよ」
「あっはは! ほら、ミルクもっと使いなよ」

 農園のお姉さま方と輪になって、追加のコンデンスミルクをもらうオリーをチラ見して、湊はため息を吐いた。
 オリーはまったく動く様子を見せず、採ってもらった完熟いちごを味わっている。

 一方で、コートを脱いだ翠と美緒はもくもくと収穫を続けており、特に美緒の手つきは驚くほど正確で素早かった。

「びっくりだわ。私にこんな才能があったなんて」

 呟く間も手は動き続ける。瞳は爛々と輝き、頬は紅潮している。
 その様子に、翠はいたく満足げだ。

「俺ももっと頑張らないと……」

 あらためて気合を入れた湊の耳に、熱心な哲学者のような声が届いた。

「見たまえ、湊。このいちごの完璧な調和を。――大きさ、芳香、そして色彩。どれ一つ欠けても成立しない。まさに理想形だ」

 うっとりとした亜嵐の声音に、湊は苦笑した。

(そこまで気にしなくても。今日のいちごは全部ジャムにするって、翠さん言ってたし)

 ハンティング開始早々、「私は量より質を重視する!」と宣言した亜嵐は、たわわに実る畝をうろうろしては、その中から「これは!」といういちごを採取している。
 そして一つ選ぶたびに、いちいち湊に見せに来るのだ。

 まったく戦力にはなっていないものの、亜嵐が厳選したいちごは本当にどれも最高で、湊は素直に感嘆の声を上げた。

「うわぁ、それもすごく美味しそうですね!」
「ふふ。では味見をしよう。さっきは私だったから、今度は湊の番だ」

 つやつやの真っ赤ないちごを湊の手のひらに置いて、亜嵐はにっこりと微笑んだ。
 ミルクをつけず、そのままで頬張ると――。

「……っ! 甘っ!」

 強い甘みと、きゅんとした酸味が、口いっぱいに広がる。
 いちご特有の濃い香りが鼻に抜けて、湊は思わず頬っぺたを押さえた。

「最高に美味しいです!」
「うむ。――では私は、次の宝石を探してこよう」

 ひらひらと手を振り離れていく亜嵐に、湊も手を振り返す。
 ステップを踏むような亜嵐と、どこかのんびりとした湊を見遣って、翠は「あの二人は期待できないわね。主に亜嵐さんが」と呟き、ため息を吐いた。

 ***

「うふふ、大漁ね」

 山積みになったいちご箱を前に、翠の顔には達成感が滲んでいた。
 その後ろでは美緒が腰を叩きながら、「良い汗かいたわ!」とタオルで額を拭いている。
 亜嵐は満面の笑みで、湊はややばつが悪そうに腹をさすった。

「ところでこの量……どうやって持って帰るんですか?」
「タクシーを二台呼べばいいかしら」

 頬に手を当て、翠が首を傾げていると――。

 ブロロロ、ブォン。

 一台のピックアップトラックが、ビニールハウスの前に横付けされた。
 見るからに国産車ではない。大きな車体は光を受けて、鈍い輝きを放っている。

「えっ、何この車! どういうこと?」

 美緒は目を丸くして、一歩退いた。
 青いドアがゆっくりと開き、サッと降り立ったのは――。

「オリーさん!?」
「ははっ。帰りの足は準備済みさ!」

 燦々とした笑顔を浮かべて親指を立てたオリーに、亜嵐以外の三人がわっと沸き立った。

「まあ、オリーさん。今日のエースね!」
「胡散臭いのにグッジョブ!」
「すごいです、オリーさん!」
「ふふん、私だってやるときはやるのさ」

 四人は順番にハイタッチを交わした。
 そして湊と美緒、翠とオリーに別れて、リレー形式でトラックの荷台にいちご箱を積んでいく。
 その間、亜嵐は腕を組み、憤慨した様子でトラックを睨みつけていた。

「アラン。子どもみたいに拗ねていないで、早く乗りなよ」

 いちごを積み終え、車のエンジンをかけたオリーが、亜嵐に声をかけた。
 けれど亜嵐はそっぽを向いたままだ。

「……ふん。私は電車で帰る」
「何を言ってるの、亜嵐さん。藤宮くんの隣なら空いてるわよ?」
「エースでグッジョブですごい男の車になど、乗りたくありません!」

 むきになって背を向けた亜嵐の耳に――ジャリッ。
 未舗装の砂利道を歩く音が聞こえた。

「亜嵐さん」

 その声に振り返ると、コートを羽織った湊が歩み寄ってくるところだった。

「湊?」
「亜嵐さんが電車で帰るなら、俺もそうします」
「湊――何を言っている!?」

 狼狽する亜嵐の腕を取り、湊は「だって」と続けた。

「俺、亜嵐さんと今日の話をしながら、一緒に帰りたいんです。だから、亜嵐さんが車に乗らないなら、俺もそうします」

 途端、逆立った猫のようだった亜嵐は、しゅんとおとなしくなった。
 弱々しい目で、湊の顔を窺う。

「ここから電車でとなると、帰宅時間は保証できない。……構わないのか?」
「それは亜嵐さんだって同じでしょう?」
「だが……君は今日、私と違ってたくさん収穫していた。疲れている君に、そんな無理はさせたくない」

(自覚あるのかよ!)

 翠と美緒が、心の中でだけ大声で突っ込む。
 そんなことは露知らず、湊が「それでも亜嵐さんと一緒がいいです」と言い切ると、とうとう亜嵐は組んだ腕を解いて大きく息を吐いた。

「――わかった。私も車に乗ろう」
「亜嵐さん!」
「オリー、この借りはすぐに返す」
「オゥ、私は何も貸したつもりはないけれどね?」

 薄い雲から、冷えた午後の太陽が覗いている。
 明日から寒波が来ると、ニュースのキャスターが言っていた。

「春になったらまた来ますね!」

 手を振る農家の皆に、湊と亜嵐は窓越しに手を振り返した。
 そして青いピックアップ・トラックは、横浜への帰路についたのだった。

 ***

<おまけ>

「それにしてもオリーさんたら、準備が良くてびっくりよ」
「ははっ、もっと褒めていいんだよ?」
「すごい車……こんなレンタカーもあるんだぁ」
「いや、これは私の車だよ」
「え?」
「しばらく日本で仕事をするんだ。荷物を積める車が欲しくて買ったんだよ」
「…………(買った? こんなゴツイ車を?)」
「ところでアランは静かだけど、どうかしたのか?」
「オリー」
「ん?」
「次のサービスエリアで運転を変わってくれ。私の運転技術を、ぜひみんなに披露したい」
「…………(オリーさん、サービスエリアは全部無視して!)」
「…………(ラジャー!)」



 秘密はいつもティーカップの向こう側 TEACUP TALES
 冬いちご、甘く実りて / 完

 ◆・◆・◆

 秘密はいつもティーカップの向こう側
 本編もアルファポリスで連載中です☕
 ティーカップ越しの湊と亜嵐の物語はこちら。

 秘密はいつもティーカップの向こう側の姉妹編
 ・本編番外編シリーズ「TEACUP TALES」
  シリーズ本編番外編
 ・番外編シリーズ「BONUS TRACK」
  シリーズSS番外編
 ・番外SSシリーズ「SNACK SNAP」
  シリーズのおやつ小話
 よろしければ覗いてみてください♪

 

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みんなの感想(1件)

トッコ
2025.11.29 トッコ

はじめましてです。
湊くんのおにぎりがすごく美味しそうで、コメントしました。
亜嵐さんの反応も可愛くて、このシリーズが大好きです。
これからも読み続けたいです!頑張ってください!

2025.11.29 天月りん

トッコさん

はじめまして。
コメントありがとうございます。

湊くんのおにぎりを気に入っていただけて、とても嬉しいです。
亜嵐さんの反応は、これからもっと過激になる……かもしれないので、これからも是非よろしくお願いいたします。

天月りん
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