秘密はいつもティーカップの向こう側 ~サマープディングと癒しのレシピ~

天月りん

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第三話 秘密基地ティールーム

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「えー?本当にこんな場所にティールームがあるの?」

 一か月前の俺と同じ疑問を口にしながら、白石さんは俺の隣を歩いている。
 亜嵐さんに指定されたある日の夕方。
 俺は彼女をローズメリーに案内しているところだ。

「うーん……。どう見ても、ただの『ちょっと良い』住宅街にだよ?」

 そう言って口を尖らせる白石さんは、今日もラフなパンツスタイルだ。
 ただボートネックの肩口に控えめにリボンがあしらわれていて、やっぱり少しだけ女の子らしさを添えている。

 栄養学の参考になるからとローズメリーに誘うと、彼女は二つ返事でオーケーしてくれた。

「どんなお店?……えっ、ティールーム?ドレスコードは?」
「大丈夫だよ、俺もいつも普段着で行ってるから」
「そう――なら、楽しみにしてるね!」

 愛嬌のある明るい笑みを浮かべて、白石さんはこくんと頷いた。

 ***

(亜嵐さん……どんな手があるのか、結局教えてくれなかったな)

 ぶつぶつと考えつつ、メタセコイアの奥にある階段を上る。
 白石さんは「うわぁ!秘密基地みたい!」と興奮気味だ。
 それに反して、俺の不安はローズメリーが近づくにつれて、どんどん膨らんでいった。

 亜嵐さんのことは信用している。それこそ――信じ過ぎなくらいに。
 白石さんは素直な性格だし、亜嵐さんに失礼な態度を取るとは考えにくい。

(でも。なーんか亜嵐さん、しつこく拗ねてたっていうか……)

 最後に連絡を取ったときのことを思い出す。

『白石女史がどんな人物なのか――ふん、この目で見極めてやるとも!』

 通話が切れたスマートフォンの画面を、複雑な思いで眺めた晩。

 亜嵐さんの人見知りについては、翠さんからも聞いたし、一緒にお茶を飲むようになって俺もすぐに理解した。
 傲慢なわけでも居丈高なわけでもない――ないが。
 西園寺亜嵐という青年は、少々気難しくて、とっつきにくいところがあるのだ。

(打ち解けて話せば、ものすごくチャーミングなんだけどな……)

 できれば、白石さんとも仲良くなってほしい。
 彼女が持つ『人との距離の縮め方』の上手さは、亜嵐さんの心にある壁を乗り越える武器になる。

 そんな思いに耽っていると、白石さんの明るい声が耳に届いた。

「ねえ、藤宮くん。今日会わせてくれる藤宮くんの師匠って、どんな人なの?」

 どんな人――どう言えば、白石さんは亜嵐さんに興味を持ってくれるだろう?
 第一印象を決めかねない言葉選びに、俺は慎重になった。

「えっと……芸能人並みか、それ以上のハンサムだよ」
「……ふーん」

(あれ?年頃の女の子なら、一番喜びそうな特徴なのに)

 白石さんの声色は、完全に『興味ナシ』だ。
 空振りの理由を問おうと、俺は言葉を継いだ。

「イケメンは好きじゃない?」

 ちらりと隣を見ると、白石さんはつまらないといった表情で、本当にどうでも良さそうに言った。

「外見って、そんなに重要かな?そりゃあ、あまりにだらしないのもどうかと思うけど」

 意外な言葉に立ち止まると、彼女はたたっと俺の前に回り込んで続けた。

「看護ってさ、その人の一番弱ってるところを見るじゃない?そういうときの判断基準って、外見の美醜じゃないんだよ。その人の心の一番奥にあるもの、っていうのかな?私はまだまだそんな境地には辿り着けていないけど、一番大切なのは『何を考えて何を信じてどう生きてるか』だと思うの」

 ――なるほど。俺は、白石美緒という人間を見くびっていた。
 明るく振る舞うだけじゃない、その精神を貫く真っ直ぐな芯を、俺は彼女の中に見た。

(彼女なら、きっと亜嵐さんとうまくいく)

 そう信じて、俺はローズメリーへの最後の角を曲がった。

 ***
 
「いらっしゃいませ、藤宮くん」
「翠さん、こんにちは」

 いつも通り、温かな笑顔に出迎えられる。
 ほっとしたところで、俺の後ろから白石さんがひょこっと顔をのぞかせた。
 すると翠さんは、うれしそうな声を上げた。

「まあ、かわいらしいお嬢さんね。ローズメリーへようこそ」
「初めまして、白石美緒です。本日はお招きいただき、ありがとうございます!」

 ポニーテールを揺らして白石さんがお辞儀をすると、翠さんはころころと笑った。

「あらあら、そんなにかしこまらないで。お席はこちらですよ」

 姿勢を戻した白石さんと俺は、翠さんの後について店の奥へと歩を進めた。

「あれ?亜嵐さんは?」

 無人のテーブルに首を傾げる。

「それがねぇ……編集さんとの打ち合わせが長引いて、少し遅れるそうなの。本当にごめんなさい。すぐ飲み物をお持ちするから、待っていてね」

 慌て気味にカウンター奥へ戻っていく翠さんを見送り、俺は腰をかけた。
 
(いつもきっちりしてるのに……珍しいな)

 少し心配になり窓の外に視線を送ると、隣に座った白石さんに脇腹を小突かれた。

「ちょっと、藤宮くん!ドレスコード、ありまくりじゃない!!」
「……へっ?」
「このお店よ。店員さんもお客さんも、すっごく素敵!……ううん、素敵過ぎよ!!」

 そう言い募られて、改めて店内を見回す。
 
 クラシックな装いの翠さん。
 英国アンティークを思わせる内装。
 日本語と英語が入り混じった、常連客の会話。
 
 今でこそ『当たり前』になったけれど、そういえば初めて来たときは、俺も緊張で固まっていた。
 頬を膨らませる彼女に、俺は精一杯の笑みを浮かべた。

「うん、すごく良い店なんだ。でも本当にドレスコードなんてないし、翠さんも常連さんも気さくだから、気にしなくて大丈夫だよ」
「そんなこと言われても……」

 周囲をうかがい、もじもじと落ち着かない白石さんの様子に、つい眉が下がってしまう。

(いつもの白石さんらしくないな……この様子じゃあ、亜嵐さんに会ったらどうなるか――)

 そこへ、こつこつと木の床を踏む音が近付いてきた。

「お待たせしました。今日は少し暑かったから、アイスティーにしましたよ」

 アンティーク風の厚手のグラスを置きながら、翠さんは肩を竦めた。

「本当はケーキもお出ししたいけれど。この後のこともあるし、ちょっと我慢してくださいな」

(後ってことは、亜嵐さんの仕掛けはケーキなのかな?)
 
 想像しながら、添えられたストローの袋を開ける。
 琥珀色のグラスは光を受けてきらきらと輝き、添えられたミントの葉が清涼感を添えている。

「これは何ていう茶葉ですか?」
「ディンブラよ。アイスティーにしても味わいがしっかり残るの」

 ストローを差して一口含むと、茶葉の豊かな香りがぶわっと広がる。
 渋みもほどよく、すっきりとした後口だ。

「……っ!すごく美味しい……!」

 隣から感嘆の声が上がる。
 よかった、白石さんも気に入ったようだ。

「あのっ!こんな美味しいアイスティー、私、初めて飲みます!」
「ふふっ、ありがとうございます」
「内装もおしゃれだし、店員さんも素敵だし……ここ、すごく気に入りました!」

 興奮した様子で、白石さんは捲し立てた。
 その様子が好ましく映ったのか、翠さんは笑みを深くした。

「まあ、嬉しいわ」

 翠さんの反応に、白石さんはぱっと表情を明るくした。

「あ、あの!私も店員さんのこと、翠さんって呼んでもいいですか?」
「もちろんよ。じゃあ、私も下のお名前で呼ばせてね――美緒ちゃん」
「きゃーっ!うれしい!」

 快活な声が、店内に響く。
 盛り上がる女性陣に挟まれて、俺は所在なげにアイスティーのグラスを持った。

 そのとき。

「お待たせして申し訳ない」
「あら」
「えっ?」
「あ、亜嵐さん……!」

 西園寺亜嵐――その人が、異国からやってきた王子様のように、静かな気品をまとって店内に姿を現した。
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