秘密はいつもティーカップの向こう側 ~追憶の英国式スコーン~

天月りん

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第四章 ティーカップの向こう側

完結記念SS & 翠のレシピノート

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「そういうことだから、今後は君も、私のことを亜嵐と呼ぶように」
「……はい?」

 亜嵐の手を取り、喜びに浸っていた湊は、いきなり手をぐいと引かれてよろめいた。
 いや、手を引かれたからだけではない。
 この男――今なんと言った?

「え、えっと……西園寺さん?」
「亜嵐だ」
「でも、西園寺さんは俺より年上だし……」
「亜嵐」
「今日会ったばかりで……」
「亜嵐!」

 一切妥協しない亜嵐の態度に、湊は戸惑った。

(だって……いきなり呼び捨てだなんて……!)

 そこへ、控えめなノックの音が響いた。

「藤宮くん、ちょっといいかしら?」
「み、翠さんー!!」

 助けてとばかりに自由な方の手を振る湊に、翠は眉を下げた。

「亜嵐さん、藤宮くんが困っているようだけど?」
「私は悪くない」
「さ、西園寺さん……!」
「亜嵐だ!」

 小学生のような二人の遣り取りに吹き出す翠に、亜嵐は厳しい視線を、湊は泣きそうな目を向けた。

「藤宮くん。こうなった亜嵐さんは、絶対に折れることがないの。彼の言うとおりにしてあげてくれない?」
「で、でも、いきなり呼び捨てなんて……」
「うーん、それもそうねぇ……あ!じゃあこうしましょう」

 翠はぱちんと手を打つと、裁定の女神のように微笑んだ。

「亜嵐さん」
「はい、なんですか?」
「んもう、あなたに呼びかけたんじゃありません!――だからね、藤宮くんも私と同じように、亜嵐さんって呼べばいいんじゃない?」

 さ、これで問題解決ね!とばかりに二人の手を取る翠に、湊も亜嵐も逆らうことなどできなかった。

 ***

「それでね、これを藤宮くんに」
「えっ……あ、これ!」
「ふふっ、作ってみてね」

 翠から渡されたメモに記されていたのは、ローズメリー特製スコーンのレシピだ。

「ありがとうございます!……うわぁ、材料買いに行かなきゃ!」
「ん?そんな特別な材料が必要なのか、湊?」

 肩が触れるほど近寄ってメモをのぞき込む亜嵐に、湊はどぎまぎするばかりだ。

「ぜ、全粒粉なんて、うちには置いてないです!それから……小麦粉も、同じ銘柄のほうがいいですか?」
「そうねぇ、難しいようであれば、普通のものでも構わないけれど……」
「スーパーバイオレット……?うーん……」

 首をかしげる湊を見遣り、顎に手を当てた亜嵐は「ふむ……」と頷いた。 

「小麦粉か。確かに日本のものと英国のものとでは、性質が違うな。日本の薄力粉は蛋白質がやや少なめで、軽い仕上がりになる。小麦の香りも少なめだ。そこへ全粒粉を加えることで、風味と噛みごたえが補われるというわけだな。要は――」

 理屈っぽく語り出した亜嵐に、湊は「へぇー!」と目を輝かせた。
 どうやら今日一日で、亜嵐の語りにすっかり魅了されてしまったようだ。
 その素直な反応に気をよくしたのか、亜嵐はさらに熱を込めて語ろうとするが――。

「はいはい、その話はまた今度にしてちょうだいね」

 割って入られ、亜嵐はしぶしぶ口を閉じた。
 翠は二人を微笑ましげに見比べた。

「藤宮くん。一人で悩むより、亜嵐さんと二人で材料を見に行ったらどうかしら? 駅ビルにある大型食材店なら、全て置いてあるはずよ。きっといい勉強になるわ」
「えっ……ふ、二人で!?」
「そうだな。悪くない」
 
 真っ赤になり視線を泳がせる湊をよそに、亜嵐はあっさりと言い切った。

「さ、西園寺さんっ!」
「亜嵐だ!」

(あらまあ……ふふっ)
 
 わいわいと騒ぐ二人の姿は、まるでじゃれあう子猫のようだ。
 知らず頬を緩め、翠は心の中でそっと呟いた。

(少しずつ――叶ってきたわね)

 夜のローズメリーに、陽だまりのような温かさが満ち始めていた。


***翠のレシピノートより***

 英国式のプレーンスコーン
  薄力粉 190グラム
  全粒粉 40グラム
  ベーキングパウダー 大さじ1
  塩 ひとつまみ
  製菓用グラニュー糖 大さじ2
  無塩バター 70グラム
  生クリーム 50cc
  牛乳 60cc
  ※表面に塗る牛乳は適宜

 ◆・◆・◆

 秘密はいつもティーカップの向こう側
 シリーズ2作目「サマープディングと癒しのレシピ」
 どうぞお楽しみに☕

 秘密はいつもティーカップの向こう側の姉妹編
 ・本編番外編シリーズ「TEACUP TALES」
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 ・番外SSシリーズ「SNACK SNAP」
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