上司と雨宿りしたら恋人になりました

藍沢真啓/庚あき

文字の大きさ
22 / 30
番外編

番外編5

しおりを挟む
「……椙崎」

 それはそれは渋々といった感で、私から離れた蓮也さんは、顔全体に不機嫌と言わんばかりの表情を浮かべ、我が社の副社長様を睨んでいる。やけに親しげだけど、友人だったんだっけ。
 あ、これも総務の友人からの情報です。

「就業中に騒ぎを起こすなよ。ただでさえ、お前の半休やら諸々でこっちはてんやわんや状態だってのに」
「だったら、彼女と一緒に全休にするから、あとは頼んだ」
「待てっ、待てまてマテ!」

 あれぇ? 蓮也さんよりも副社長の方が立場って上……だよね?
 さっくり休みを宣言した蓮也さんを、副社長が慌てて引き止めてくる。

「こんなに忙しいのは、お前のせいだろうが! それに、例の処理・・・・もやらないといけないんじゃないのか?」
「……はぁ。そうですね、ソレ・・がありましたね。真唯」
「は、はい?」
「すみませんが、昼食はまたの機会でいいですか。ちょっと面倒な事後処理があって」

 とてもすまなさそうな消沈した顔で謝ってくる蓮也さんに、私は「大丈夫です」と無理くり笑みを作って応える。正直、これだけ注目を浴びてる状態で、蓮也さんが離れた途端、何が起こるか想像もつかないけども。
 それよりも、ふたりの会話に妙な含みがあるような気がして、自然と首をかしげてしまう。

「お互い仕事ですから。頑張ってください、千賀専務」

 内心は寂しいとは思っていても、それなりの年齢だし、社会人だし、と言い訳をして、蓮也さんにそう告げたんだけど、何故かまた機嫌が悪いのが滲み出していた。

「……」
「千賀専務?」
「蓮也?」

 急に沈黙してしまった蓮也さんに、私と副社長が怪訝な顔となって、それぞれに彼の名を呼ぶ。本当、蓮也さんの地雷が全く分からない。すごく大人かと思ったら子供のように拗ねたりと、不思議な人だ。私よりも年上で大人な年齢のはずなのだけど。

 不機嫌の原因は言わなくても分かってはいるのだ。

「真……唯?」

 仕方ないな、と私は小さく吐息を落とし、小声でも届くような位置まで距離を詰めると、照れくさいとは思いつつも口を開く。

「蓮也さん。離れるのは寂しいですけど、お互いお仕事頑張りましょう? それで、終わったら、私をお迎えに来てくれますか?」

 あー! 元カレにも、過去の彼氏面々にも、こんなねだるような事なんて言ったことないから、もう小っ恥ずかしくて色々つらい!
 しかし、私の苦労も報われたものです。私からの言葉に不機嫌だった蓮也さんの顔はふわりと笑みを浮かべる程柔らかく変化してくれたのですから。これでまだ機嫌悪いとかだったら、もう私は全力で逃げますよ。

「それなら、真唯をオフィスに送って、君の上司に挨拶してから仕事に向かうとするよ」

 すっと伸びてきた右手が、私の髪の中へと滑り込んでくる。周囲から悲鳴のような雑音が聴こえてくるけども、そっちに意識を向けるとあとあと面倒なので無視する。

「わかりました。元々、私の上司に報告するって言ってましたね。ちゃんと専務のお仕事頑張ってくださいね」
「専務、じゃなくて名前で呼んで、真唯」

 少し節立った指が頭皮を撫でる心地良さを堪能していると、呼び方を指摘する蓮也さんの声が聞こえてくる。さっきもそうだけど、十把一絡げな『専務』呼びされるのが嫌だったんだろうね。一応、こっちは公私混同したくなくて役職で呼んだんだけども、それすらお気に召さなかったようだ。
 とはいえども、あんまり大声で彼の名を吹聴するのもな。

「名前を呼ぶのは、二人きりの時だけにしましょ。だって、蓮也さんの名前を他の人の耳に入れるのちょっとだけ嫌」

 蓮也さんの手の上に自分の手を重ねてにっこりと微笑む。営業の仕事で培ってきたこのスマイルを見てみよ!

 挨拶は仕方がない。結婚に逃げ道があるなら逃げたいけども、そうしたら地の果てまで追いかけてきそうだけども、その点については半分諦めるとして。上司への報告は、今後の事──他への出向やら引き継ぎやら──の事もあるから、絶対にしなくてはいけないのだろうけども、できうることなら、結婚自体をもう少しだけでも送らせたい。
 婚約はね、蓮也さんにお腹いっぱいになるまでナカに出されたから、結果論としては『してもいいかな』程度で諦観している。
 ただ、正直なところ、仕事が楽しいんだよね。苦労やら試行錯誤することも多々あるけど、達成感は事務仕事では得ることのできないものだから。
 蓮也さんの時折見える本音を察するに、彼自身は私を軟禁状態で囲いたいのだろう。片鱗が顔出してるし。バカ正直に「仕事は続けたい」なーんて言おうものなら、速攻軟禁という名の監禁ルートに急速展開しそうなので黙る。まだお外で過ごしたい。

 それに、軟禁、監禁は別として、元カレらしい仕業の空き巣事件も解決していない。まあ、昨日今日の話だから、そうそうに解決ー、なんてマンガじゃあるまいに。
 元カレについては、まともに別れ話をした訳じゃないしなぁ。しかも別れ話もメッセージ、次に顔を合わせた場所はラブホテル。逆にこっちが浮気を疑われそうだわ。
 ただの八つ当たりなら、自業自得か、と納得できないまでも諦めもつくけど、アレはそういったタイプの人間じゃないのは、二年付き合った自分が知ってるからな。
 あの人、自分が派遣社員ってのを卑下してるせいか、やたらと正社員を目の敵にしてる部分もあって、それが悪態として口から溢れ出てくるらしい。
 そのくせ見栄っ張りで、安いものは男が下がるとか言っては、ブランド物を買っては自慢してくる。
 で、いつも金欠だから、いっつもデート代は割り勘か、私が奢ったりしていた。

 そんな自尊心の高い元カレが、自分から乗り換えたオトコが専務で高給取りだって知ったのなら……うーん、想像するのもきっつい。

 私はちらりと甘やかに微笑む蓮也さんを見上げる。

「ん? どうかした?」
「うーん。大丈夫とは思うんですけど、万が一っていうのもありますので。蓮也さん、もしかしたら、元カレが何かしてくるかもしれない可能性があるので、本当に気をつけてくださいね。もし、異変があったら、教えてください。SNSはブロックしてしまったし、向こうの携帯番号は会社の貸与の方しか知らないのですけど、何とか連絡手段を見つけて抗議しますので」
「……」

 一気にまくしたてた私に、蓮也さんはきょとんと目を瞬かせたあと、砂糖に蜂蜜とチョコレートシロップとガムシロップやら甘い何かをてんこ盛りな笑みをして、

「大丈夫。逆に真唯はおとなしくしてくれた方が、俺の精神も不安定にならなくて済むかな」

 ごく自然に私の腰に手を添えて、うっとりと私を見つめてくる蓮也さん。一応、ここ真っ昼間のオフィスなんですがそれは……
 ほうぼうからギャーやらキャーやらイヤァーやら聞こえてきてるけど、きっと蓮也さんの耳には届いてなさそう。心臓に毛でも生えてるんじゃないだろうか。
 あ、私は胃がシクシクしています。割と繊細なんです。

「んー、それじゃあ、部屋の件は警察にお任せで、他は蓮也さんにお願いしてもいいですか。……私も蓮也さんを守りますけど、蓮也さんも私を守ってくださいね?」

 彼に視線を合わせてまっすぐに言葉を伝えれば、何故か笑顔のまま固まった蓮也さんは、すぐさま再起動でもしたのか、空いた手で顔を覆い「この小悪魔め」と呟いていた。
 誰が小悪魔なんでしょう?


 その後、蓮也さんのエスコートで営業部に向かい、蓮也さんの口から婚約の旨を報告した途端、秘かにガッツポーズしている男性社員や、机に突っ伏してハンカチを噛み締めてる若い独身女性社員や、遠い目をしている上役の面々と、かなりカオス状態ではあったものの、かろうじて婚約の話は波紋が広がるように周知されていったようである。

 元カレの件もあるけども、ぶっちゃけ、私的には若く優秀な男をゲットした事による四面楚歌の方が辛いです、蓮也さん。
 果たして無事で帰れるのかなぁ……
 頼むから、嫉妬心ば暴走して、少女漫画的展開にならないように祈るしかないだろう。
しおりを挟む
感想 11

あなたにおすすめの小説

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

俺様上司に今宵も激しく求められる。

美凪ましろ
恋愛
 鉄面皮。無表情。一ミリも笑わない男。  蒔田一臣、あたしのひとつうえの上司。  ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。 「おまえの顔、えっろい」  神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。  ――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。 **2026.01.02start~2026.01.17end** ◆エブリスタ様にも掲載。人気沸騰中です! https://estar.jp/novels/26513389

ドSな彼からの溺愛は蜜の味

鳴宮鶉子
恋愛
ドSな彼からの溺愛は蜜の味

女の子がほとんど産まれない国に転生しました。

さくらもち
恋愛
何番煎じかのお話です。 100人に3~5人しか産まれない女の子は大切にされ一妻多夫制の国に産まれたのは前世の記憶、日本で亭主関白の旦那に嫁いびりと男尊女卑な家に嫁いで挙句栄養失調と過労死と言う令和になってもまだ昭和な家庭!でありえない最後を迎えてしまった清水 理央、享年44歳 そんな彼女を不憫に思った女神が自身の世界の女性至上主義な国に転生させたお話。 当面は2日に1話更新予定!

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)

かのん
恋愛
 気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。  わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・  これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。 あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ! 本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。 完結しておりますので、安心してお読みください。

処理中です...