はぴまり~薄幸オメガは溺愛アルファのお嫁さん

藍沢真啓/庚あき

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happy1

8:深夜会合

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「これは……」

 カウンター席のテーブルに並ぶ紙片に指を伸ばし、義兄の総一朗が怪訝な眼差しを玲司へと向ける。義兄が到着してすぐに一連の事情を話しておいた。

「桔梗君が見つけました。昼に僕が郵便受けを見た時にはなかったので、カフェの営業時間のどこかで投げ入れたのでしょう。消印も住所も書いてませんでしたし」

 店内から店側のポストは金木犀の生垣に遮られて見えない。人の通りも多くないことから、こっそりと投函するのは難しくないだろう。

 悪意の塊である書簡にはおもて面に桔梗の名前だけが印字されており、明らかに個人の手によって投函されたのだと分かる。
 総一朗はパズルのピースのような写真の欠片を指先で弄りつつ、玲司が淹れたコーヒーを口に含む。

「で、Y商事のバカ息子がやってないって根拠は?」
「直感ですかね」
「おい」
「冗談ですよ」

 人が淹れたコーヒーを不機嫌な顔で飲まれるよりかはいいと、玲司がさらりと軽口を叩いた途端、総一朗の渋面が更に深くなる。すぐに冗談だと返したものの、深く刻まれた眉間の皺が緩む事はなかった。

「根拠はですね、彼は栄転という名の左遷で、すでに日本には居ないからですよ」
「それは確かか?」
「勿論。そうしないと、僕の会社からの融資はしないと言ってありますし、契約書にもそう明記してますから」
「そういうことは決まった時点でいうべきだろうが」

 まだ桔梗には話してないが、玲司はちゃんとした会社を『la maison』だけでなく経営している。総一朗の会社の業務委託を主とした企業で、税金対策の為の会社ではあるが。それでも正式に運営自体はされていて、Y商事よりも規模も収支も桁違いだった。

「一応、僕の代理で視察に行った秘書から、隠しカメラで撮った映像をリアルタイムで送ってもらいました。約束通り彼はいませんでしたよ」
「それが事前に情報が知られて姿を見せないって証拠にはならないだろう?」
「ええ、ですから、うちの会社からアルファを一人出向させています。人手が足りないだろうからと善意・・でこちらから申し出たら、向こうの社長はコメツキバッタのように頭を下げてたそうです。まあ、あの社長よりも上位のアルファですから仕方ないでしょうね」

 豚がバッタとは滑稽ですよね、と玲司は唇の端を笑みに歪め。

「まあ、数年後にはうちが吸収しちゃいますけど」

 くすくすと声を漏らす玲司に、総一朗は「それならいい」と吐き捨てるように小さく頷いた。

「いっそのこと、オメガ中心にした会社にしてもいいかもな」
「また厚生省から優良会社として表彰されそうですね」
「オメガ中心にすれば、あの会社をクビにさせられた彼らも再雇用できるからな」

 件の会社は、総一朗からじかに現在政治家をしている知人を通して告発をされており、厚生省からオメガ雇用推進の補助金支給を解除された。尚且つホームページには対象除外企業としてブラックリスト入りしてしまったのだ。誰もが目にする事のできるネットで、これはかなりの痛手ではないかと思う。
 あれだけオメガを見下していたにも拘らず、どうやら水増し雇用をしていたようで、その分の補助金がなくなっただけでなく国から返還を求められ、経営も暗雲が立ち込めているらしい。

「因果応報ですね。馬鹿な息子さえいなければ、もっと緩やかに破滅の道を辿れたのに」

 くすり、と微笑む玲司の言葉は辛辣で、「相変わらず黒いな、お前」と皮肉する総一朗へ「おかげで桔梗君に会えたのでいいですけどね」と整った美貌を笑み崩したのだった。

「とりあえずは、これから来るだろうお客人の返答待ちになるだろうが、もし、向こうが桔梗君を連れ帰ると言ったらどうするつもりだ?」

 義兄からの質問に玲司は一瞬目を見開いたものの、すぐさまいつもの穏やかな作られた・・・・笑みを浮かべ。

「幾ら『扇合おうぎあわせ』のトップである香月家でも、寒川家に楯突くことは得策じゃないでしょう。僕が寒川の愛人の子供だとしても、血は継いでる訳ですから」
「玲司……、何度自分を卑下するなと言えば……」
「でも事実ですよ。どう転んだって母は寒川の父の愛人でした。例え、二人の関係が『運命の番・・・・』だったとしても、母は親友だった寒川の母を裏切り父と関係を結んでしまった。……愚かな人でしたよ」

 冷ややかに告げた言葉に、総一朗は背筋に冷たいものが伝うのを感じていた。

 亡くなった寒川の父と彼の母の間に生を受けた玲司は、次男という立場であっても、正式な後継者候補から外されている。長らくアルファ同士での婚姻しか認められなかった父は、家のしきたりにより同じ『四神』のアルファ女性と結婚をした。それが総一朗と三男の実母であり、玲司にとっては自分を救ってくれた義母だ。
 母は母なりに父を愛していたからこそ、総一朗が誕生したのだが、それは父に運命の番が現れるまでだった。父の運命の番は、母の親友だったのだ。
 中学時代からの親友だった玲司の母は病弱な麗人で、一度会っただけの幼稚園児だった総一朗ですら、彼女の美貌に見蕩れてしまった位だ。
 当然の事ながら、運命の番である父と玲司の母はあっという間に結ばれてしまった。
 しかし、親友の夫を寝取った事に悩み、憔悴した彼女は、母にだけ玲司を妊娠した事を告げ、消息を絶ってしまったのである。
 一時期、父は番を失った為に、軽い発狂状態となるも、母の叱咤により気力を取り戻し、会社の運営の傍ら玲司の母を捜索していたのだった。
 だが、彼女は若くして亡くなり、ほぼ同時期に父も続けて他界した。総一朗が小学二年の頃の話だ。
 父には内緒にしていたが、母はずっと玲司の母と秘かにやり取りを続けており、自分に何かあった時には、玲司だけでも手を差し伸べて欲しいと、母に託した。
 そして、音信普通になって一年後、変わり果てた親友と餓死寸前の玲司を保護したのだ。

 普通なら、夫にも親友にも裏切られた母は被害者とも言えるだろう。
 しかし、母は豪快な人だった。

「それなら、玲司も寒川の血を引いているんだし、総一朗の弟にすればいいんじゃない?」

 その頃には玲司の他に人工授精で生まれた弟がいたが、母はあれよあれよと周囲が反対する前に玲司を寒川の戸籍に入れ、父の遺産の一部を譲渡したのである。
 玲司もあの時は鳩が豆鉄砲を食らったかのような顔をして母を見ていたな、と総一朗は思い出す。

「私はあの子を恨んじゃいないよ。私にこんな立派な息子を遺してくれたんだもん。だから、玲司。今日からあなたは私の子供でもあるの。いい? 分かった?」

 母はそう言って、退院して少しだけふっくらとした玲司を抱き締めた。
 ずっと気を張っていたのだろう。義弟が初めて静かに涙するのを、総一朗はあたらしい弟も一緒に大事にしていこうと決めたのだが──

「どうして、こんなにおっそろしい子になっちゃったかね」
「恐ろしいとは酷い事言いますね、総一朗兄さん?」

 だからそれが怖いんだって、と口にしようとした総一朗の耳に、カロンと軽やかな音色が静かな店内に広がる。

「……ようこそ、香月朔音さん」

 玲司が営業スマイルを浮かべるのを見て、振り返った総一朗は瞠目する。

 入口で佇む香月朔音は、姿形すがたかたちは桔梗と同じだった。だが、彼の纏う空気はアルファの高潔なそれで、どこか傲岸な雰囲気を持つ朔音は誰が見てもアルファそうだと納得させる容姿をしていた。

性別バースが違うだけで、こうも違って見えるとは)

 呆然と朔音を眺めていた総一朗は、今更な感想を内心で吐露する。

「初めまして、香月朔音と申します。夜分遅くの訪問失礼致します」
「いいえ。こちらこそ突然お電話を差し上げて申し訳ありません。僕は寒川玲司と言います。それで、こちらは兄の寒川総一朗です」
「初めまして、寒川の当主の総一朗です」

 総一朗はスツールから立ち上がり、流れるような動きで名刺を取り出すと朔音へと向ける。

「あなたが『四神』の……」
「俺は面倒くさがりの母に代わって当主をしてるだけであって、実質は母が切り盛りしてますよ」

 はは、と笑って内情を話せば、数回瞬きをした朔音は苦笑に顔を歪め、総一朗から名刺を受け取り、自分も同じく名刺を総一朗へと差し出す。綴られたゴシック体には「P・Hope Co. 代表 香月朔音」とある。P・Hopeコーポレーションと言えば、最近出てきた香水を取り扱う会社だ。
 個人のフェロモンに合わせて匂いを調合する、少し変わった会社だと総一朗は記憶していた。

「僕は香月家次期当主の朔音と申します。『四神』の方にお会いできて光栄です」

 総一朗も丁寧に名刺を受け取り、朔音を自分の隣の席へとエスコートする。
 玲司もそれを読んだかのように朔音の前へコーヒーを置く。

「外は寒かったでしょう。まずは温まってください」
「……ありがとうございます」

 朔音は目礼をしてから、湯気の立つカップへと手を伸ばす。
 ふう、と一息吹き、恐る恐る啜る姿が桔梗と重なり、性差が違っても双子なんですね、と微笑みを浮かべる。ただ、桔梗はコーヒーが苦手らしく、彼が飲む時はミルクが殆どのカフェオレを出している。
 しばらくそれぞれがコーヒーに舌鼓を打っていると、おもむろに朔音が口を開く。

「それで、桔梗の番がどうして僕に突然連絡してきたんですか?」

 玲司は毅然と話す彼に「その前に」と前置きをして尋ねる。

「今日、僕達と会合する事を、ご両親にお話になりましたか?」
「いいえ。会社の方で問題が起きたからと言って出てきました。あの人達は桔梗を無いものとしてますから……」

 朔音はそう言って、寂しげに睫毛を揺らす。それだけで玲司も総一朗も調査の通り、両親と桔梗の間に深い溝があるのを確信する。

「でしたら安心です。こちらとしても今回の件で『四神』の権力を使いたくなかったので」
「それはどういう……」
「先にこちらを見ていただけますか?」

 す、と朔音に差し出したのは、無機質な封筒と切り刻まれた写真、それから悪意あるメッセージが印刷されたカード。
 初めは何か分からず首を傾げていた朔音だったが、それが弟に向けられたものだと気づくと、零れそうな程に目を見開き唇を戦慄かせる。

「これ……は、いったい、だれが……」
「正直、僕達にも。疑ってた人間は今海外に居ましてね、八方塞がり状態なんです。それで、もしかしたら香月の方で何かあったのかもと、こうして出向いて戴いた次第でして」

 朔音は視線を写真に固定したまま「うちは特に……」と抑揚なく言葉を返す。
 香月のお家騒動ではないと確定できたものの、実行犯への手がかりが完全に途絶えてしまったとも言える。
 これからどうしようか、と思案していた玲司の耳に、「そういえば」と何かを思い出したのか、朔音の言葉が聞こえる。

「僕は直接応対していませんが、うちの秘書の報告で、『百花ひゃっか』の紫村しむらという女性が、僕に会いたいと訪ねて来た事があるそうです。調べてみたら、Y商事という会社の社長子息の婚約者だったという話しですが」
「『百花』の紫村……」

 玲司も総一朗も指を唇に充てて思案に暮れる。

 アルファ、ベータ、オメガ、とそれぞれのヒエラルキーがあるが、カテゴリーごとにもまた家格付けされている。
 寒川が位置する、アルファのアルファと呼ばれ国の中枢を担う一族が多い『四神』。
 香月が位置する、『四神』の次に立ちはだかる、花鳥風月かちょうふうげつを名に冠した『扇合』。
 それからアルファでは最下層の位置に居る、千紫万紅せんしばんこうを名に冠した『百花』。

 ベータにも御三家と呼ばれる名家があり、どちらかと言えばアルファの傍流で優秀なベータがまとまった家柄だ。

 それから、オメガの如沢しかざわを本家とする意次おきつぐ宝生ほうしょう珠城たましろの四家。そういえば、寒川家の専属医師である藤田ふじたの妻であり、総一朗のアドバイザーである花楓かえでは、珠城の出だったと思い出す。

 ちなみにY商事の社長である葛川は、名を有しない一般のアルファ家系だった。

「名持ちが一般のアルファと婚約とは、かなり珍しいパターンだよな」
「そうですね。逆なら割と多くありますけど。ところで、その紫村という女性は、あなたに何か言伝とかはしてなかったんですか?」
「ええ、秘書の話だと、僕と桔梗が血縁関係だったかの確認の為に来てたようです」
「秘書の方は何と?」
「名持ちだったので、正直に香月桔梗は僕の弟だと答えたそうです。女性はそれを聞いて納得したのか、逃げるようにして帰ったと言ってました」

 名持ちが災いしたか、と総一朗が呟く。
 アルファの中でも格付けされているものの、名持ちと呼ばれる家系はそれなりに交流がある。そうでないと、『四神』にアルファもしくはオメガが居ない場合は、他の『扇合』や『景観』、果てはオメガの『如意宝珠にょいほうじゅ』から相手を探す事になるからだ。
 多分、秘書も名持ちの関係者なのだろう。それもあって気軽に答えてしまったのかもしれない。

「それにしても、バカ息子の婚約者なら、一緒に海外に行ってるんじゃないのか?」
「ですよね。もしくは何かあって婚約破棄になった可能性も……」
「玲司さん?」

 話に夢中になって微かな物音に気付けなかった。
 勢いに任せて振り返れば、薬が効いているのかトロンとした目をした桔梗が、自宅に続く扉に凭れて立っていたのだ。
 
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