31 / 47
happy2
13:家族
しおりを挟む
穴があったら今すぐにでも埋まってしまいたい……!
昼近くに目が覚めた桔梗は、起きた瞬間に恥ずかしさで逃げ出したくなっていた。
(あぁっ! 玲司さんの実家で何盛ってんだ、俺は!)
実際は実家ではなく別邸なのだが、ツッコミを入れてくれる筈の実兄もいない。何故か番の玲司も不在の中、桔梗はベッドの上で頭を抱えていた。
入籍してから二ヶ月近く。十二月に入るまでは、毎日毎夜とはいかなかったものの、蜜月期で割と頻繁に玲司と肌を重ねていた。
手垢のついていない純真な桔梗の体は、玲司の巧みな愛撫によって日々開発され、ある意味、玲司だけに反応する体となったのだ。
つまり、どれだけ優しくされようが激しくされようが、玲司以外には濡れなければ、勃起すらしないという体に。世の中のアルファが聞いたら、理想的な番の痴態に、ハンカチを噛み締めて羨ましいと叫ぶ状況である。
その開発された体も、十二月になってからは、玲司が経営する『La maison』のクリスマス特別ディナーの為に触れられる事はなかった。
実際、玲司も桔梗も自分たちの欲を満たす程、精神的余裕がなかったのだ。
桔梗はまだ病み上がりなのもあり、比較的肉体疲労はなかった。だがディナーメニューを一緒に考えたり試食を無理ない程度にしたり、飾り付けをしたりと忙しく、玲司も日々味や飾り付けの探求で疲れ果てていた。ある意味この時期の二人の頭にはクリスマスというワードに脳内を埋め尽くされていた状態だった。
だから反動で箍が外れた昨夜は、思い返すと色々アレだったと撃沈していたのである。
普通、発情期間は、番がいない場合は発情抑制剤を飲んで、ひたすら津波のように来る淫欲に耐え続けるしかない。
性欲の薄い桔梗であっても、発情時は後孔がしとどに濡れ、いつまでも埋まらないソコがひくひくと疼き続ける。特に酷い時にはどれだけ陰茎を擦って射精しても、満たされなくて狂いそうになるものだ。オメガという性を何度も恨めしいと思ったことか。
発情時専門の性風俗があるのを知ってはいたが、そこまで酷くなかったのと、もし父親にそんなものを利用したと知られたら何があるか分からなかった為、知識として知っていた程度だった。
そんな自分が通常であそこまで乱れるとは。
しかも発情時は記憶が完全に飛んでしまうのに反して、昨夜の行為の殆どを記憶していたのである。
結果、ベッドの上で悶絶する状況だった。
「あぁ……何やってんの、俺は……あんな……あんな……」
トロトロになって玲司を誘い、挙げ句のはてには自ら玲司に跨って腰を振り、玲司の精で膨らんだお腹を撫でながらうっとりしたり。
玲司の目の前で彼の蜜を指に絡め、ねっとりと見せつけるように舐めてみせたり。
奥深くで種を蒔いて欲しくて、玲司の腰に足を絡ませて自分へと引き寄せたり。
痴態の限りが脳裏を駆け巡り、桔梗はのたうち回った。
「うわぁぁ……っ」
まさか自分が性に開放的なタイプになるとは思ってなかった。でも……
(久しぶりなせいか、物凄く気持ちよくて、何度もねだっちゃったんだよなぁ)
内壁をぎっちり満たす剛直も、ゴリゴリと前立腺を削るカリ高な先端の摩擦も、子宮口で感じた飛沫の熱も、自分が玲司に染められていく感覚が心地よかった。
(今日はこの後ホテルに年明けまで宿泊するって話だし、やっぱり……する、んだろうな)
気持ちいいけども、あんなに乱れに乱れた自分を見せるのは恥ずかしい。だけど愛されてる実感を得るのは嬉しい。
「やっぱり、抑制剤飲んでおいたほうがいいのかも」
起きた時に、ナイトテーブルに開封済のペットボトルと、PTP包装シートの欠片が放置されていた。あれは桔梗が医師の藤田から処方されていた避妊薬の方だった。
大量の服用は禁止されていた為、旅行中に発情が起こらないよう、念の為に抑制剤の処方もしてもらっていたのだ。しかも寒川製薬の薬だから、前に使っていた抑制剤よりも反動がなくて、なおかつ効果も高い。おかげで体調も以前よりも良くなっていた。
玲司は桔梗はヒートになっても構わない……というか、むしろ喜々として世話をやいて桔梗を満たしてくれるだろうが、せっかくの旅行でベッドだけの思い出しかないのは辛い。個人的に。
それに、プレ新婚旅行で妊娠というのも避けたいところだ。そもそも自分が子どもを妊娠する姿が想像できない。
長年アルファとしての教育を受けていた弊害なのだろう。
「せめて、あと二年くらいは二人で過ごしたいな」
子供は授かりものというが、お互いが納得し、安定した中で産みたい。
そして、バース性がどれであろうとも、大事に、愛を注いであげたい。
自分が、玲司が、形は違えども、無縁だった分だけ、子供にはそれ以上に慈しんで子育てをしたいから。
その為にはやはり薬を飲んでおこうと、ベッドから降りたものの、腰に力が入らず、ヘタリと床に座り込んでしまう。原因はいわずもがな、昨夜の行為のせいだ。
「……これはもしや、玲司さんに抱っこ案件なのでは」
これはマズイ。このままなし崩しにベッドの住人になる気配が濃厚になる。
それでは場所が変わっただけになってしまう。
なんとか上半身は何事もなかったので、ほふく前進で荷物が入っているキャリーバッグへと向かう。
ズリズリズリと腕の力だけで進んでいると、カチャリと扉の開く音が聞こえ「桔梗君?」と番の窺うような声が聞こえ、全身が固まる。
桔梗は「あははは」と乾いた笑いしかできなかった──
「僕が来るまで待ってたら良かったのに……」
「うぅ……すみません」
桔梗は玲司に捕獲されたあと、横抱きされたまま移動したソファに座り、温かいさつまいものリゾットを食べながら猛省していた。
玲司と出会った頃も体力がなくて頻繁に抱えられて移動をしていたが、原因が原因だけに今の方が恥ずかしい。
それでも人間というのは慣れる生き物らしい。玲司の膝の上で給餌されても、普通に対応できている。
「それに、お薬を飲むのなら、空腹時はダメですからね」
「ほんとに、なにからなにまで」
お腹に優しいリゾットをもぐもぐと口に入れながら、窘めてくる玲司が優しくて、泣きそうになる。
中学を卒業してから玲司と出会うまで。体調が悪くなっても自己治癒力に頼り、発情の時には限界ギリギリまで薬を飲んでは、治まるまで布団の中で自分で満たすしかなかった。
それが今では体調が少しでも悪くなれば、医師の藤田が診察をしてくれ、体と心に優しい食事が出てくる。本格的な発情も玲司と番になってからまだ訪れてないものの、番を得ると楽になると訊いていたので、きっとこれまでとは比較にならない程短く済むのではないかと思う。
「いいんですよ。昨日は僕も随分無理をさせちゃいましたから」
「……っ」
ふわりと頭の上に乗った手が緩やかに撫ぜたものの、玲司から発せられた言葉に、桔梗はリゾットを喉で詰まらせてしまう。
ごほごほと噎せながら、昨夜の痴態が脳裏に流れ、顔だけでなく首も真っ赤に染まる。番の羞恥する姿に玲司も昨夜のことを思い出したのか、目元をうっすらと朱に染めながら、ゴホンと小さく咳をする。
妙にいたたまれない雰囲気の中、小さく扉を叩く音が聞こえ、ピンク色になりかけた空気が一気に散ったのだった。
『玲司さん? こちらにいらっしゃいますか?』
扉の向こうから聞こえたのは、ここの家政を担う香織の声だった。
食事を終え、念の為にと発情抑制剤を服用した桔梗は、玲司に手伝ってもらいながら着替えを済ませ、薔子がいる私室へとひとりで向かう。腰のだるさも湿布を貼ったおかげで随分と楽になった。
というのも、先程現れた香織は荷物を運び出す件についてと、桔梗と二人で話したいという薔子の伝言を伝えに来たのだ。
最初は渋面していた玲司だったが、香織から「渡したいものがあるから」と薔子の伝言を聞き、それならすぐに用件が終わるだろうと判断したらしい。渋々ながら送り出してくれた。確実に早く終わらせないと、昨日のように乗り込んでくる可能性もあるため、無駄話にならないようにしなくてはと心に留め置く。
薔子の部屋の前に辿り着いた桔梗は「桔梗です」とノックののちに声をかける。間を置かず「どうぞー」と軽やかな声が返ってきて、少しだけ緊張しながらドアノブを回した。
「ごめんねー。出発前の慌ただしい時に。……って、なんだかへっぴり腰になってるけど、どっかで転んだのかしら?」
「……いえ、これはなんでもないのでお気になさらずに」
口元をひくつかせ弁明した桔梗だったが、どうやら薔子にはその原因が判明したらしく、にやっと唇を釣り上げる。その姿はどう見ても女王様にしか見えない。
義兄弟たちが彼女を『女帝』と言うのがわかる気がした。
「まあ。それは大変だったわね、とだけ言っておく事にして。……私があなたを呼んだのは、これを渡したかったからなの」
窓を背に執務机に座っていた薔子は、引き出しから一枚のカードを出して盤面に置く。
銀色の薔薇が箔押しされたカードには、寒川薔子、と名前だけが印刷され、コーティングされた紙片は見た目よりも硬い。
「これは?」
名刺と呼ぶには簡素で、カードと呼ぶには用途が分からない桔梗は、首を傾げながら薔子に問いかけた。
「これはね、完全に桔梗君がうちの子になりましたよ、って周囲に知らせる免罪符みたいなもの。これがあなたのお父上にどこまで通用するか分からないけど。もし、自分でも玲司でもどうにもならなくなった時に使いなさいな。桔梗君なら絶対に悪用しないだろうしね」
音がしそうな睫毛が囲った瞳をパチリとウインクさせ、手渡してくるカードを、桔梗は震える手で受け取る。
これは実質、薔子が──寒川家が桔梗を家族と認めた証だ。
「ありがとう……ございますっ」
カードを胸に抱き締め、深々とお辞儀をする桔梗に、
「やめてよー。桔梗君はもううちの子なんだから、そんな改まってお礼言われちゃうと、お母さん困っっちゃう。それに、お礼言うのはこっちよ。寒川の生涯独身の内ひとりが片付いてくれたんだもの。それも一番厄介な玲司が、よ?」
「はぁ」
薔子は今にも踊りそうな程の喜びでそう言っているが、桔梗は総一朗なのか凛なのか気になるところだ。あえて口にしなかったが、まさか二人ともはないだろう。
「あの子にも寒川の会社をひとつ任せてるんだけど、カフェバーの経営が面白いらしくて、基本そっちは代理に任せっぱなしなのよね。桔梗君、前の会社では優秀な営業さんだったんでしょ。玲司が許せばだけど、そっちの会社も手伝ってくれると嬉しいわ」
「……は?」
「え?」
「会社……ですか?」
「もしかして知らなかった?」
「ええ」
突然落とされた爆弾発言に、まだまだ自分は玲司を知らなかったと撃沈したのだった。
「それじゃあ、気をつけて行ってらっしゃいね。今度は向こうでも会いましょー」
「今度色々持ってそっちに行くから。一緒に遊ぼうね、桔梗さん」
「玲司に桔梗さん。また店に行くからよろしく」
「あ……、は」
「来なくていいです。桔梗君には会わせませんし、遊ばせません。というか、凛。来てもご飯は出ないのでそのつもりで。あと、総一朗兄さんと薔子さんは突撃で来たら、速攻締め出しますからね」
「「「ええー、ケチー」」」
薔子、総一朗、凛の順で見送りの言葉を掛けてくれたので、桔梗が反応する前に遮られた玲司の言葉は辛辣で、家族なのにいいのかなぁとハラハラする。
しかし玲司の塩対応に慣れてるらしい三人は、文句を口にしながらもどこ吹く風で受け流す。玲司は深々と嘆息を漏らし、思わず桔梗は笑みが零れた。
これから二人は年越しを経ての松の内までの九日間、別邸から車で三十分程走った場所にある保養地のホテルで、プレ新婚旅行を過ごす予定だ。
どうやら玲司はすでに、本番の新婚旅行先を決めているらしく、今回は期間も短いのと、こちらに挨拶を含めているとの事で、プレ新婚旅行と名付けたみたいだ。
ちなみに本番の新婚旅行先は、玲司が留学していたフランス。ホテル滞在もあるが、基本的には郊外に家を借りて、のんびりと時間を過ごそうと提案された。
部屋ではなく家……
しかも期間も一ヶ月ほど。
当初聞かされた時には、今回のプレ新婚旅行を本番にすればいいと遠慮したのだが、どうしても連れて行きたい場所があるからと、半ば強引に押し切られ、春になったら行くことが決まった。時々押しの強い番に、桔梗はドキドキしっぱなしだ。
そんな桔梗を横目に見て微笑んだ玲司は、総一朗がレンタルしてくれた4WD車のエンジンを噴かし、一路プレ新婚旅行へと出発したのだった。
「……」
「……」
「……で、総一朗。香織の娘の方はどうなってるの?」
薔子は雪煙の中小さくなっていく車の影を見送り口を開く。
「それな。昨日、香織さんが一度様子を見に自宅に帰ったら、貴重品と少しの荷物だけを持ち出して、本人は不在。後から詳細と謝罪をしたいから時間を作って欲しいって言ってた」
「……そう。やっぱりカードを渡して正解だったかもね。だって、息子の番という身内に手を出すんだもの。私が暴れてもしょうがないわよね」
「まあ、僕には関係ないけど。でも、そろそろベータ業界にも進出したいなって考えはあるけども」
「さりげなく実験体を要望するんじゃない」
凛の言葉に総一朗はため息をつく。
「ま、なにはともあれ、香織さんに話を聞いて、状況によっては念書も書いてもらわくちゃ。縁は切れても戸籍は切れないからねぇ」
「うちの母ながら怖いから。……というか、桔梗君も難儀な人間に好かれるよなぁ」
思わず義弟の番を思い、遠い目になった総一朗だった。
昼近くに目が覚めた桔梗は、起きた瞬間に恥ずかしさで逃げ出したくなっていた。
(あぁっ! 玲司さんの実家で何盛ってんだ、俺は!)
実際は実家ではなく別邸なのだが、ツッコミを入れてくれる筈の実兄もいない。何故か番の玲司も不在の中、桔梗はベッドの上で頭を抱えていた。
入籍してから二ヶ月近く。十二月に入るまでは、毎日毎夜とはいかなかったものの、蜜月期で割と頻繁に玲司と肌を重ねていた。
手垢のついていない純真な桔梗の体は、玲司の巧みな愛撫によって日々開発され、ある意味、玲司だけに反応する体となったのだ。
つまり、どれだけ優しくされようが激しくされようが、玲司以外には濡れなければ、勃起すらしないという体に。世の中のアルファが聞いたら、理想的な番の痴態に、ハンカチを噛み締めて羨ましいと叫ぶ状況である。
その開発された体も、十二月になってからは、玲司が経営する『La maison』のクリスマス特別ディナーの為に触れられる事はなかった。
実際、玲司も桔梗も自分たちの欲を満たす程、精神的余裕がなかったのだ。
桔梗はまだ病み上がりなのもあり、比較的肉体疲労はなかった。だがディナーメニューを一緒に考えたり試食を無理ない程度にしたり、飾り付けをしたりと忙しく、玲司も日々味や飾り付けの探求で疲れ果てていた。ある意味この時期の二人の頭にはクリスマスというワードに脳内を埋め尽くされていた状態だった。
だから反動で箍が外れた昨夜は、思い返すと色々アレだったと撃沈していたのである。
普通、発情期間は、番がいない場合は発情抑制剤を飲んで、ひたすら津波のように来る淫欲に耐え続けるしかない。
性欲の薄い桔梗であっても、発情時は後孔がしとどに濡れ、いつまでも埋まらないソコがひくひくと疼き続ける。特に酷い時にはどれだけ陰茎を擦って射精しても、満たされなくて狂いそうになるものだ。オメガという性を何度も恨めしいと思ったことか。
発情時専門の性風俗があるのを知ってはいたが、そこまで酷くなかったのと、もし父親にそんなものを利用したと知られたら何があるか分からなかった為、知識として知っていた程度だった。
そんな自分が通常であそこまで乱れるとは。
しかも発情時は記憶が完全に飛んでしまうのに反して、昨夜の行為の殆どを記憶していたのである。
結果、ベッドの上で悶絶する状況だった。
「あぁ……何やってんの、俺は……あんな……あんな……」
トロトロになって玲司を誘い、挙げ句のはてには自ら玲司に跨って腰を振り、玲司の精で膨らんだお腹を撫でながらうっとりしたり。
玲司の目の前で彼の蜜を指に絡め、ねっとりと見せつけるように舐めてみせたり。
奥深くで種を蒔いて欲しくて、玲司の腰に足を絡ませて自分へと引き寄せたり。
痴態の限りが脳裏を駆け巡り、桔梗はのたうち回った。
「うわぁぁ……っ」
まさか自分が性に開放的なタイプになるとは思ってなかった。でも……
(久しぶりなせいか、物凄く気持ちよくて、何度もねだっちゃったんだよなぁ)
内壁をぎっちり満たす剛直も、ゴリゴリと前立腺を削るカリ高な先端の摩擦も、子宮口で感じた飛沫の熱も、自分が玲司に染められていく感覚が心地よかった。
(今日はこの後ホテルに年明けまで宿泊するって話だし、やっぱり……する、んだろうな)
気持ちいいけども、あんなに乱れに乱れた自分を見せるのは恥ずかしい。だけど愛されてる実感を得るのは嬉しい。
「やっぱり、抑制剤飲んでおいたほうがいいのかも」
起きた時に、ナイトテーブルに開封済のペットボトルと、PTP包装シートの欠片が放置されていた。あれは桔梗が医師の藤田から処方されていた避妊薬の方だった。
大量の服用は禁止されていた為、旅行中に発情が起こらないよう、念の為に抑制剤の処方もしてもらっていたのだ。しかも寒川製薬の薬だから、前に使っていた抑制剤よりも反動がなくて、なおかつ効果も高い。おかげで体調も以前よりも良くなっていた。
玲司は桔梗はヒートになっても構わない……というか、むしろ喜々として世話をやいて桔梗を満たしてくれるだろうが、せっかくの旅行でベッドだけの思い出しかないのは辛い。個人的に。
それに、プレ新婚旅行で妊娠というのも避けたいところだ。そもそも自分が子どもを妊娠する姿が想像できない。
長年アルファとしての教育を受けていた弊害なのだろう。
「せめて、あと二年くらいは二人で過ごしたいな」
子供は授かりものというが、お互いが納得し、安定した中で産みたい。
そして、バース性がどれであろうとも、大事に、愛を注いであげたい。
自分が、玲司が、形は違えども、無縁だった分だけ、子供にはそれ以上に慈しんで子育てをしたいから。
その為にはやはり薬を飲んでおこうと、ベッドから降りたものの、腰に力が入らず、ヘタリと床に座り込んでしまう。原因はいわずもがな、昨夜の行為のせいだ。
「……これはもしや、玲司さんに抱っこ案件なのでは」
これはマズイ。このままなし崩しにベッドの住人になる気配が濃厚になる。
それでは場所が変わっただけになってしまう。
なんとか上半身は何事もなかったので、ほふく前進で荷物が入っているキャリーバッグへと向かう。
ズリズリズリと腕の力だけで進んでいると、カチャリと扉の開く音が聞こえ「桔梗君?」と番の窺うような声が聞こえ、全身が固まる。
桔梗は「あははは」と乾いた笑いしかできなかった──
「僕が来るまで待ってたら良かったのに……」
「うぅ……すみません」
桔梗は玲司に捕獲されたあと、横抱きされたまま移動したソファに座り、温かいさつまいものリゾットを食べながら猛省していた。
玲司と出会った頃も体力がなくて頻繁に抱えられて移動をしていたが、原因が原因だけに今の方が恥ずかしい。
それでも人間というのは慣れる生き物らしい。玲司の膝の上で給餌されても、普通に対応できている。
「それに、お薬を飲むのなら、空腹時はダメですからね」
「ほんとに、なにからなにまで」
お腹に優しいリゾットをもぐもぐと口に入れながら、窘めてくる玲司が優しくて、泣きそうになる。
中学を卒業してから玲司と出会うまで。体調が悪くなっても自己治癒力に頼り、発情の時には限界ギリギリまで薬を飲んでは、治まるまで布団の中で自分で満たすしかなかった。
それが今では体調が少しでも悪くなれば、医師の藤田が診察をしてくれ、体と心に優しい食事が出てくる。本格的な発情も玲司と番になってからまだ訪れてないものの、番を得ると楽になると訊いていたので、きっとこれまでとは比較にならない程短く済むのではないかと思う。
「いいんですよ。昨日は僕も随分無理をさせちゃいましたから」
「……っ」
ふわりと頭の上に乗った手が緩やかに撫ぜたものの、玲司から発せられた言葉に、桔梗はリゾットを喉で詰まらせてしまう。
ごほごほと噎せながら、昨夜の痴態が脳裏に流れ、顔だけでなく首も真っ赤に染まる。番の羞恥する姿に玲司も昨夜のことを思い出したのか、目元をうっすらと朱に染めながら、ゴホンと小さく咳をする。
妙にいたたまれない雰囲気の中、小さく扉を叩く音が聞こえ、ピンク色になりかけた空気が一気に散ったのだった。
『玲司さん? こちらにいらっしゃいますか?』
扉の向こうから聞こえたのは、ここの家政を担う香織の声だった。
食事を終え、念の為にと発情抑制剤を服用した桔梗は、玲司に手伝ってもらいながら着替えを済ませ、薔子がいる私室へとひとりで向かう。腰のだるさも湿布を貼ったおかげで随分と楽になった。
というのも、先程現れた香織は荷物を運び出す件についてと、桔梗と二人で話したいという薔子の伝言を伝えに来たのだ。
最初は渋面していた玲司だったが、香織から「渡したいものがあるから」と薔子の伝言を聞き、それならすぐに用件が終わるだろうと判断したらしい。渋々ながら送り出してくれた。確実に早く終わらせないと、昨日のように乗り込んでくる可能性もあるため、無駄話にならないようにしなくてはと心に留め置く。
薔子の部屋の前に辿り着いた桔梗は「桔梗です」とノックののちに声をかける。間を置かず「どうぞー」と軽やかな声が返ってきて、少しだけ緊張しながらドアノブを回した。
「ごめんねー。出発前の慌ただしい時に。……って、なんだかへっぴり腰になってるけど、どっかで転んだのかしら?」
「……いえ、これはなんでもないのでお気になさらずに」
口元をひくつかせ弁明した桔梗だったが、どうやら薔子にはその原因が判明したらしく、にやっと唇を釣り上げる。その姿はどう見ても女王様にしか見えない。
義兄弟たちが彼女を『女帝』と言うのがわかる気がした。
「まあ。それは大変だったわね、とだけ言っておく事にして。……私があなたを呼んだのは、これを渡したかったからなの」
窓を背に執務机に座っていた薔子は、引き出しから一枚のカードを出して盤面に置く。
銀色の薔薇が箔押しされたカードには、寒川薔子、と名前だけが印刷され、コーティングされた紙片は見た目よりも硬い。
「これは?」
名刺と呼ぶには簡素で、カードと呼ぶには用途が分からない桔梗は、首を傾げながら薔子に問いかけた。
「これはね、完全に桔梗君がうちの子になりましたよ、って周囲に知らせる免罪符みたいなもの。これがあなたのお父上にどこまで通用するか分からないけど。もし、自分でも玲司でもどうにもならなくなった時に使いなさいな。桔梗君なら絶対に悪用しないだろうしね」
音がしそうな睫毛が囲った瞳をパチリとウインクさせ、手渡してくるカードを、桔梗は震える手で受け取る。
これは実質、薔子が──寒川家が桔梗を家族と認めた証だ。
「ありがとう……ございますっ」
カードを胸に抱き締め、深々とお辞儀をする桔梗に、
「やめてよー。桔梗君はもううちの子なんだから、そんな改まってお礼言われちゃうと、お母さん困っっちゃう。それに、お礼言うのはこっちよ。寒川の生涯独身の内ひとりが片付いてくれたんだもの。それも一番厄介な玲司が、よ?」
「はぁ」
薔子は今にも踊りそうな程の喜びでそう言っているが、桔梗は総一朗なのか凛なのか気になるところだ。あえて口にしなかったが、まさか二人ともはないだろう。
「あの子にも寒川の会社をひとつ任せてるんだけど、カフェバーの経営が面白いらしくて、基本そっちは代理に任せっぱなしなのよね。桔梗君、前の会社では優秀な営業さんだったんでしょ。玲司が許せばだけど、そっちの会社も手伝ってくれると嬉しいわ」
「……は?」
「え?」
「会社……ですか?」
「もしかして知らなかった?」
「ええ」
突然落とされた爆弾発言に、まだまだ自分は玲司を知らなかったと撃沈したのだった。
「それじゃあ、気をつけて行ってらっしゃいね。今度は向こうでも会いましょー」
「今度色々持ってそっちに行くから。一緒に遊ぼうね、桔梗さん」
「玲司に桔梗さん。また店に行くからよろしく」
「あ……、は」
「来なくていいです。桔梗君には会わせませんし、遊ばせません。というか、凛。来てもご飯は出ないのでそのつもりで。あと、総一朗兄さんと薔子さんは突撃で来たら、速攻締め出しますからね」
「「「ええー、ケチー」」」
薔子、総一朗、凛の順で見送りの言葉を掛けてくれたので、桔梗が反応する前に遮られた玲司の言葉は辛辣で、家族なのにいいのかなぁとハラハラする。
しかし玲司の塩対応に慣れてるらしい三人は、文句を口にしながらもどこ吹く風で受け流す。玲司は深々と嘆息を漏らし、思わず桔梗は笑みが零れた。
これから二人は年越しを経ての松の内までの九日間、別邸から車で三十分程走った場所にある保養地のホテルで、プレ新婚旅行を過ごす予定だ。
どうやら玲司はすでに、本番の新婚旅行先を決めているらしく、今回は期間も短いのと、こちらに挨拶を含めているとの事で、プレ新婚旅行と名付けたみたいだ。
ちなみに本番の新婚旅行先は、玲司が留学していたフランス。ホテル滞在もあるが、基本的には郊外に家を借りて、のんびりと時間を過ごそうと提案された。
部屋ではなく家……
しかも期間も一ヶ月ほど。
当初聞かされた時には、今回のプレ新婚旅行を本番にすればいいと遠慮したのだが、どうしても連れて行きたい場所があるからと、半ば強引に押し切られ、春になったら行くことが決まった。時々押しの強い番に、桔梗はドキドキしっぱなしだ。
そんな桔梗を横目に見て微笑んだ玲司は、総一朗がレンタルしてくれた4WD車のエンジンを噴かし、一路プレ新婚旅行へと出発したのだった。
「……」
「……」
「……で、総一朗。香織の娘の方はどうなってるの?」
薔子は雪煙の中小さくなっていく車の影を見送り口を開く。
「それな。昨日、香織さんが一度様子を見に自宅に帰ったら、貴重品と少しの荷物だけを持ち出して、本人は不在。後から詳細と謝罪をしたいから時間を作って欲しいって言ってた」
「……そう。やっぱりカードを渡して正解だったかもね。だって、息子の番という身内に手を出すんだもの。私が暴れてもしょうがないわよね」
「まあ、僕には関係ないけど。でも、そろそろベータ業界にも進出したいなって考えはあるけども」
「さりげなく実験体を要望するんじゃない」
凛の言葉に総一朗はため息をつく。
「ま、なにはともあれ、香織さんに話を聞いて、状況によっては念書も書いてもらわくちゃ。縁は切れても戸籍は切れないからねぇ」
「うちの母ながら怖いから。……というか、桔梗君も難儀な人間に好かれるよなぁ」
思わず義弟の番を思い、遠い目になった総一朗だった。
21
あなたにおすすめの小説
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
✻本作品(オリジナル)の結末をif(運命の番)ルートに入れ替えて、他サイトでの投稿を始めました。タイトルは「一度目の結婚で愛も希望も失くした僕が、移住先で運命と出逢い、二度目の結婚で愛されるまで」に変えてます。
オリジナルの本編結末は完全なハッピーエンドとはいえないかもしれませんが、「一度目の〜…」は琳が幸せな結婚をするハッピーエンド一択です。
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
公爵家の末っ子に転生しました〜出来損ないなので潔く退場しようとしたらうっかり溺愛されてしまった件について〜
上総啓
BL
公爵家の末っ子に転生したシルビオ。
体が弱く生まれて早々ぶっ倒れ、家族は見事に過保護ルートへと突き進んでしまった。
両親はめちゃくちゃ溺愛してくるし、超強い兄様はブラコンに育ち弟絶対守るマンに……。
せっかくファンタジーの世界に転生したんだから魔法も使えたり?と思ったら、我が家に代々伝わる上位氷魔法が俺にだけ使えない?
しかも俺に使える魔法は氷魔法じゃなく『神聖魔法』?というか『神聖魔法』を操れるのは神に選ばれた愛し子だけ……?
どうせ余命幾ばくもない出来損ないなら仕方ない、お荷物の僕はさっさと今世からも退場しよう……と思ってたのに?
偶然騎士たちを神聖魔法で救って、何故か天使と呼ばれて崇められたり。終いには帝国最強の狂血皇子に溺愛されて囲われちゃったり……いやいやちょっと待て。魔王様、主神様、まさかアンタらも?
……ってあれ、なんかめちゃくちゃ囲われてない??
―――
病弱ならどうせすぐ死ぬかー。ならちょっとばかし遊んでもいいよね?と自由にやってたら無駄に最強な奴らに溺愛されちゃってた受けの話。
※別名義で連載していた作品になります。
(名義を統合しこちらに移動することになりました)
番解除した僕等の末路【完結済・短編】
藍生らぱん
BL
都市伝説だと思っていた「運命の番」に出逢った。
番になって数日後、「番解除」された事を悟った。
「番解除」されたΩは、二度と他のαと番になることができない。
けれど余命宣告を受けていた僕にとっては都合が良かった。
希少なΩだと隠して生きてきた薬師は、視察に来た冷徹なα騎士団長に一瞬で見抜かれ「お前は俺の番だ」と帝都に連れ去られてしまう
水凪しおん
BL
「君は、今日から俺のものだ」
辺境の村で薬師として静かに暮らす青年カイリ。彼には誰にも言えない秘密があった。それは希少なΩ(オメガ)でありながら、その性を偽りβ(ベータ)として生きていること。
ある日、村を訪れたのは『帝国の氷盾』と畏れられる冷徹な騎士団総長、リアム。彼は最上級のα(アルファ)であり、カイリが必死に隠してきたΩの資質をいとも簡単に見抜いてしまう。
「お前のその特異な力を、帝国のために使え」
強引に帝都へ連れ去られ、リアムの屋敷で“偽りの主従関係”を結ぶことになったカイリ。冷たい命令とは裏腹に、リアムが時折見せる不器用な優しさと孤独を秘めた瞳に、カイリの心は次第に揺らいでいく。
しかし、カイリの持つ特別なフェロモンは帝国の覇権を揺るがす甘美な毒。やがて二人は、宮廷を渦巻く巨大な陰謀に巻き込まれていく――。
運命の番(つがい)に抗う不遇のΩと、愛を知らない最強α騎士。
偽りの関係から始まる、甘く切ない身分差ファンタジー・ラブ!
借金のカタで二十歳上の実業家に嫁いだΩ。鳥かごで一年過ごすだけの契約だったのに、氷の帝王と呼ばれた彼に激しく愛され、唯一無二の番になる
水凪しおん
BL
名家の次男として生まれたΩ(オメガ)の青年、藍沢伊織。彼はある日突然、家の負債の肩代わりとして、二十歳も年上のα(アルファ)である実業家、久遠征四郎の屋敷へと送られる。事実上の政略結婚。しかし伊織を待ち受けていたのは、愛のない契約だった。
「一年間、俺の『鳥』としてこの屋敷で静かに暮らせ。そうすれば君の家族は救おう」
過去に愛する番を亡くし心を凍てつかせた「氷の帝王」こと征四郎。伊織はただ美しい置物として鳥かごの中で生きることを強いられる。しかしその瞳の奥に宿る深い孤独に触れるうち、伊織の心には反発とは違う感情が芽生え始める。
ひたむきな優しさは、氷の心を溶かす陽だまりとなるか。
孤独なαと健気なΩが、偽りの契約から真実の愛を見出すまでの、切なくも美しいシンデレラストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる