君と番になる日まで

藍沢真啓/庚あき

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春の宵闇

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 思わぬ再会をした慧斗は、紅音がデザートのイチゴムースを食べている最中で船を漕ぎ出したため、玲司や桔梗たちに辞することを告げて店を出た。

 紅音を縦抱きにした慧斗の姿が消えると、玉之浦の口から「まさかアレがそうか」と言葉が漏れる。今日は平日だったのもあり、慧斗たち以外の客は玲司の悪友夫夫と右腕の男だけだった。

「桔梗君、憂璃君と一緒に自宅の方にいてくれますか」
「お店閉めるなら表の看板とか片付けちゃいますね」

 きっと大事な話をすると勘づいたのか、桔梗からの提案に「お願いします」と玲司が告げる。桔梗も憂莉を引き連れ、窓のロールスクリーンを下ろしながら店の外に出て、門の所に置いてあるプレートなどを片付け脇道から自宅に入るふたりの影が消えると玲司が口を開く。

「ええ、紅龍が言う番は彼でしょうね」
「なんていうか、前にも会った時に思ったが、アイツの好みとは真逆なタイプだな」
「それを言うならカシラ、あなたが憂璃さんと結ばれたのですら、周囲にとっては青天の霹靂の驚きでしたよ」

 肩をすくめて揶揄をこぼすのは、椿の右腕である若頭補佐の壱岐だった。

「ふん、お前にだけは言われたくないな」

 鼻を鳴らしワインを煽る椿を横目に「それはさておき」と玲司が告げる。

「今回の紅龍の件は、僕は積極的に関わりませんので」
「はあ?」

 思いもよらぬ玲司の叛意に椿は片眉を上げて不機嫌を滲ませる。

「なぜだ」
「慧斗君のお祖母様に頼まれたからです。あの方は僕の素性をご存知でした。それを踏まえて僕の……寒川家の力で慧斗君を守ってほしいと、そう言われちゃいましたし」
「だがよ……」

 玲司は座る前に持ってきていたミネラルウォーターのボトルを少し乱暴に置く。怒気を滲ませる友人の姿に、椿は言葉をつぐんだ。

「正直、紅龍の行動に怒りを感じてるのは事実です。僕は近くで彼がひとりで頑張って紅音君を育てているのを見てきてるんです。うちはまだ子供がいませんが、ふたりでも大変なのをひとりで働きながらって。その間紅龍は何度も来日しているのに、未だ運命だとのたまいながら発見すらしていない。アレの内心が分からないうちは、僕は静観することにしたんです」

 紅龍とはこの場にいるアルファ三人と椿と関東の双頭と呼ばれる組の若頭の四人は、色んな繋がりの末に大陸の高位アルファである紅龍と十代の頃に知り合い、交友を重ねてきた。それぞれ立場は変わっても友好は変わらないと思っていたが、それをもってしても玲司は拒否を示した。

「まあなぁ、紅龍からの依頼がある前に彼と関わることがあったんだが、正直あんなに真面目な子は紅龍には勿体無いとは思ったけどな」

 椿もコンビニで慧斗を助ける前に、憂璃の入学の件で一度慧斗を関わりを持っている。

 あの時も慧斗はただの大学部の学生だったにもかかわらず、憂璃が校舎で迷っているのに声をかけ、一緒に事務所まで付き添ってくれたのだ。その後椿と合流した際も、慧斗は謙遜しては慌てて大学部まで走っていった。
 多分、自分の授業を放ってまで、迷子の憂璃を心配してのことだったのだろう。自分のことより他者を気遣うことのできる慧斗の姿は、椿に強い印象を残し、コンビニの件に繋がったのだ。

 現在憂璃は大学の文学部へと進み、慧斗が秘書を勤める白糸准教授に師事を受けている。

「それにしても、彼は不思議な方ですね」
「何がですか?」

 ぽつりと言葉を漏らした壱岐に、玲司が反応する。壱岐の隣の椿は手酌でワインをグラスに注いでいた。

 ふと憂璃の食事が途中だったが、きっと桔梗のことだ。冷凍庫にストックしてある食事を温めているだろう。できるなら、今日は温かい食事を作りたかったものだが。明日は冷え性の桔梗のために朝食を体を温めるメニューにしようと考えながら玲司は壱岐の言葉に耳を傾ける。

「通常、番契約を結んだオメガは、番のアルファにしか反応しないって話です」
「そうですね」
「ですが、彼は子供を産んで四年……でしたよね。普通ならその間にヒートが来てるのでは?」

 壱岐の疑問を聞いた玲司と椿は、そういえば、と顔を合わせた。

 一般的なアルファとオメガは、番契約を結んだ後は、番のオメガにばかり負担がかかる。
 確かに不特定のアルファを誘うフェロモンが番だけにしか認識できないのはメリットとも言えるが、一般的なアルファは多数のオメガと契約を結ぶことができ、支配することができる。
 故にアルファが別のオメガを囲ってしまうと、先にうなじを噛まれ番契約をしたオメガはアルファとの強い絆を残したまま、発散できない欲情に身を焦がすという。

 番契約を結ばなければ、ヒート状態のオメガはアルファの精で熱を収めることができる。しかし契約を結んだオメガは番のアルファの精でないと辛い時間を過ごすしかない。

 だからオメガは安易に番契約を結ばない。
 そして高位アルファの運命の番は一般的な番契約よりも重い。

 番のオメガは常に運命のアルファを求め、アルファもオメガを求める。狂おしいほどに相手を欲し、繋がっていないと精神面も不安定となる。
 かなり特殊な例ではあるが、運命と結ばれた椿と玲司は言葉にしなくても痛感していた。
 だからこそ彼らは番のオメガから目を話すのを嫌う。だが、ふたりは番を閉じ込め囲いたい気持ちを抑えて自由をある程度与えていた。もちろん野放しではなく、監視の目は常に配置してあったが。

 慧斗が紅音を産んで四年が経つ。玲司の弟で医師の凛の話では、普通出産して半年から一年ぐらいでヒートが再開するという。にもかかわらず、頻繁に交流のある玲司は慧斗が紅音を産んでから一度も、ヒートがきたらしいといった話は凛から聞いていなかった。

 凛は当初慧斗がバイトとして請け負っていた治験が原因かと考えたようだ。抑制剤の副反応でヒートが来ていないとではと、色々検査を施行したものの、検査の結果は他の治験者とさほど変わりがなかったという。

 それに紅龍も慧斗が見つからない焦りはあるものの、狂うほどの欲求も微塵も感じない。もしかしたら知らないところで静かに狂っている可能性も捨てきれないが、離れている現状では迂闊に明言できない。

 紅龍は慧斗を運命だと言った。その上で慧斗を探して欲しいと。
 とはいえ、紅龍は自分の番の名前も年齢も先日まで知らなかった。

「一応、慧斗君の名前と年齢は教えてあげましたけどね」
「ふーん、静観すると言ってたわりには親切な」
「僕と桔梗君との時間をしょっちゅう邪魔してきて鬱陶しかったので」
「それはそれで酷いですね」

 友人ふたりの口撃を受けた玲司は。

「これでも親切心くらいありますよ」

 と、ふてくされながらも、ボトルの水を喉に流し込んだ。


 そんなアルファの会話など知らぬまま、自宅に帰った慧斗は半分夢の中の紅音にパジャマを着せて、出かける前に敷いた布団へと横たわらせる。くうくう胸を上下させ深い眠りに就いた我が子の胸元まで布団を被せ、その上からリズムを刻むように優しく叩く。

 まだバース性が判定される前までは、両親にこうやって寝かしつけられた。眠れないときには父は絵本を読んでくれたり、母は温かいミルクを作ってくれたり。時には姉を巻き込んで四人で変則的な川の字で眠ったり。
 あの頃は確かに深い愛情を注がれて育った。もうオメガだと切り捨てられ、大人になった慧斗には無用の長物だが。
 でも時々胸は痛む。そんな自分を慰めるかのように、慧斗は紅音を深く愛した。大切な紅龍との一夜の結晶である紅音を。

 慧斗は紅音が起きる気配がないと分かると、布団からそっと抜け出し、自身もスウェットのパンツとTシャツ、上からオーバーサイズのパーカーを羽織る。
 板間で底冷えする台所に入り、朝食とお弁当の支度をする。紅音は甘い卵焼きが好きだから、少し多めに作っておこう。保育園は給食だから、自分の分だけ用意すればいいのは楽だ。

 冷蔵庫から卵やウインナーやブロッコリーを出し、味付けして焼いたり茹でたりする。
 冷ましてる間に帰ってきて取り込んだ洗濯物を畳んで自分と紅音のタンスにしまう。秋槻学園では、定期的に敷地とは別の場所でバザーをやっていて、割と質の良い服や雑貨が手に入る。
 慧斗も紅音の服もそこで揃えたり、ファストファッションのバーゲンなどで買ったりしているが、紅音は職場の上司や寒川兄弟がプレゼントと称して色々送ってくれた。

 他にも玲司は今日のように試食の時には誘ってくれる。

「あの肉とマッシュポテトのオーブン焼き美味しかったなぁ……玲司さんはコテージパイって言ってたっけ」

 ぎっしり詰まったひき肉は、野菜と赤ワインと肉汁の旨味がギュッと染み込んでて、噛むたびに肉汁が幸せを連れてくる。上にかぶせたマッシュポテトは、普通の潰したものではなく、アリゴという手間暇かかったものだった。ほんのりとにんにくが効いていて、トーストしたバゲットと良くあった。
 レシピを検索すれば、知らないことは真偽別にしても知ることがネットでできる世の中、難なく調べることができるだろう。それが玲司と同じレベルのレシピを探すのは無理だろうけども。

「やっぱり餅屋は餅屋だよな。きっとメインメニューに入るから、今度また食べてみよう」

 こってりしたマッシュポテトと、少し酸味のあるひき肉は意外とペロリといけた。あれなら少なめにすれば紅音も食べきれるだろうと、慧斗はにんまりと微笑み洗濯物を畳む手を動かした。
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