君と番になる日まで

藍沢真啓/庚あき

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蒼天の日華

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 姉の暴挙から始まる慧斗の養子問題を経て二ヶ月。今日は紅龍の映画の完成パーティー開催日だった。
 マスコミも入るからと、慧斗と紅音のお披露目も兼ねてとのことで、前日からホテルに宿泊することになった。場所は、あの姉と再会したラグジュアリーホテルだ。
 前回の騒動のお詫びなのかウエルカムドリンクやフルーツの他に、紅音のために綺麗に盛りつけされたデザートプレートまでプレゼントされた。

「わー! おかーさん、いちごいっぱい!」

 両手を挙げて大喜びする紅音を、慧斗も紅龍も微笑ましく見ている。ホテルスタッフからも「かわいい」とそこかしこから感想がこぼれているのが聞こえた。分かる、その気持ち。

「ほら、紅音。ホテルの人にお礼を言って食べなさい」
「はーい。ほてるのみなさん、こんなにおいしいのありがとうございますっ」

 にぱ、と満面の笑みで紅音がお礼を言うと、支配人をはじめとしたスタッフが心底嬉しそうに頷いてから、部屋を後にした。おそらく紅龍の両親や義母の薔子の部屋へ挨拶に向かったのだろう。
 やっと三人になったことに安堵し、慧斗はキャリーケースから服などをクローゼットへとしまった。
 微かに紅音と紅龍が楽しげに会話しているのが聞こえる。

「ほら、ちゃんと飲み物も飲まないと、喉に詰まって大変だぞ」
「だいじょうぶだもん。きちんともぐもぐしてごっくんしてるから、のどにはつまらないもん」
「だが口にいっぱい入れたら、もぐもぐも中途半端になるだろう?」
「へーきだよ。おくからもぐもぐしてたべてるから、いっぱいごっくんしてないもん」
「お前はリスになったのか」
「りすさんかわいーよね」

 なんともチグハグな会話が耳に入り、慧斗はたまらず肩を震わせる。
 紅龍と一緒に生活するようになってから、紅音の語彙が増えたように感じる。
 慧斗がひとりの頃も頑張って紅音に話しかけていたが、紅龍と生活するようになって外に出る機会が増え、紅龍が紅音に色々話しかけているのを目にしてきた。
 些細な事だけど、あれだけ拒絶したのに勝手な言い分だけど、紅龍に強く感謝をしていた。

「楽しそうだね」
「あ、おかーさん、このいちごねおはなのかたち! おかーさん、あーんして」
「でもこれ紅音のだろう? 全部ひとりで食べていいんだよ」
「おかーさんもいっしょにたべるの! あーんして」

 フォークに刺した花の飾り切りをしたいちごを、懸命に腕を伸ばして慧斗の口元に持ってくる。息子の優しさに口をそっと開けば、真っ赤ないちごが口の中に押し込まれた。
 ジュワリと甘酸っぱい果実の味が口いっぱいに広がる。

「美味しいよ、ありがとうね紅音」

 感謝を笑顔で告げ、黒く艶のある髪を撫でてあげれば、くふりと嬉しそうに笑う紅音。元々自分の好物を慧斗にも分けてくれていたが、この一年の間に色々あったものの、変わらぬ優しさに胸が温かくなる。
 ただ前とのは、次に同じようにしていちごを刺したフォークを今度は紅龍に突出していることだ。

「おとーさんもたべてっ」
「紅音、いちご好物だろう? 紅音の分のいちごがなくなるんじゃないか?」
「いいのっ、みんなでおいしーのたべて、にこーってするの!」
「……そうか。じゃあ、ありがたく食べるな」
「どうぞー」

 紅龍がすぐ近くにある赤いいちごを一口で収める。そのいちごと同じ赤い瞳が少し潤んでいたのは、見なかったことにしよう。

 それから義母の薔子と紅龍の両親が揃って訪ねて来て、続いて玲司と桔梗も部屋にやってきた。
 賑やかなティーパーティーは結局夕食を食べ終えるまで続いたのだった。


 翌朝、ホテルで目が覚めた慧斗は、見慣れない景色に一瞬困惑する。
 ふと甘苦い香りがして顔を横に向けると、深く眠った紅龍の美しい顔が近くにあった。

(ああそうか……映画の完成パーティーでホテルに泊まっていたんだった)

 いつもは別部屋で眠っている紅龍がこんなに近くで眠るのを見て、慧斗は現状をぼんやりと思い出す。下に視線を向けると、慧斗と紅龍の間で紅音が安心しきった顔で熟睡していた。
 備え付けの時計を目で確かめると、朝の六時。空調のせいか喉が渇きを覚えたので、ふたりを起こさないようそろそろとベッドから抜け出た。

「ん……慧斗?」
「あ、ごめん。起こした?」

 動く気配で目が覚めたらしい紅龍が慧斗の名を呼ぶ。

「いや、自然と目が覚めた。……んっ、乾燥してるのか喉しんどいな。お茶淹れるが飲むか?」
「ちょっと空気乾いてるよね。俺も喉渇いたから水分取ろうかなって思ってたから、俺が淹れるよ。コーヒー? お茶?」
「じゃあ頼めるか? 頭すっきりしたいから、緑茶がいいな」

 ガウンを羽織り、寝室から出ようとすると、隣に同じ格好をした紅龍が並んで歩く。
 リビングにあるカウンターでお茶を淹れ、紅龍に渡そうと思ったのに姿がない。首を傾げて「紅龍?」と声を掛けると、彼は浴室から濡れたタオルを持って出てくるのを認めた。

「濡れタオル? どこか汚したの?」
「いや、寝室にハンガーに掛けて紅音の近くに置いておこうかと。簡易加湿器替わりだな」
「ああ、冬場に室内で洗濯干すやつか」
「そうそう。起きたら最初にうがいはさせるけどな」

 お茶はテーブルに置いておいて、と言い残し、紅龍はタオルを手に再び寝室へ戻っていった。
 さほど時間が掛かることなく紅龍が寝室から出てきた。「全然起きる気配なかったぞ」と笑いながら、ソファに腰を下ろし慧斗が淹れたお茶を目を細めて飲んでいる。

「うん、慧斗はお茶を淹れるの上手だよな」

 秘書という仕事をしていると、必然的にお茶を淹れるスキルが必要となる。コーヒーだけでなく弐本茶もハーブティーなども、玲司と桔梗にワンツーマンで教えてもらったのだ。
 それでも紅龍の国のお茶は温度や淹れ方が少し難しく、なかなか満足行く物が出せないため、日々練習の繰り返しだ。

「でも東洋茶は紅龍が淹れたものが好きだな」

 前に淹れてくれたジャスミンの細工茶の芳醇で馥郁とした香りとすっきりした飲み口を思い出し、ひとりごとのように呟いた慧斗の背中が、温かい何かに包まれる。
 甘くて苦い紅龍の匂いフェロモンが鼻腔から入り込み、体の奥がほんわりと熱くなった。

「慧斗が褒めてくれるなんて嬉しい」
「いや、本当のことだし。ぶっちゃけると、俺よりも料理も上手だから、たまに嫉妬する時もある」
「それは祖国の料理だからであって、和食は慧斗が作るのが好みドンピシャなんだが」
「和食は祖母が厳しく教えてくれたからさ。他は玲司さんがスパルタしてくれたから、なんとか形になってるレベルだし」
「別に一緒にいるんだから、得意な人が作ればいいんだよ。慧斗もいずれ復職するんだろう?」

 普段、ここまで密着するほどの接触をしないからか、慧斗の心臓はドキドキ高鳴りながらも頷く。
 今はまだ体調が戻っていないのもあり、自宅でできる事務仕事を短時間する以外は、ほとんどを秋槻理事の義弟である結城にお願いしている。
 彼も多忙でありながら、慧斗の事情を知って快諾してくれ、おかげで白糸にも支障がなく過ごせていると聞いている。

 本当に人に恵まれているな、と感謝を感じる。
 じわりと湧く淫らな感情を振り払おうとしたものの、臀部に当たる少しだけ芯を持ったソレに、慧斗はどうしたらいいのか分からず俯いてしまった。
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