君と番になる日まで

藍沢真啓/庚あき

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蒼天の日華

 紅龍とほぼベッドで過ごすという爛れた時間を過ごして四日目。ようやく起き上がることができ、紅龍の介助でお風呂に入ったあと、横抱きになれた慧斗は凛が待つという薔子の部屋へと向かうことになった。別のフロアのため、エレベーターでの移動は羞恥に耐えなかった。
 抱かれたままの移動は不本意な事情だ。激しい情交のせいで腰が抜けたままなのだった。

「あらあら、仲良しねぇ」

 部屋のチャイムを鳴らすと、ドアから顔を覗かせたのは薔子だった。慧斗と紅龍の姿を見た途端、ニコニコと笑って部屋に招いてくれた。
 長い廊下を歩き、薔子が最奥のドアを開く。広々としたリビングは壁一面のガラス窓から入る陽光で眩しいほど明るく、テーブルを囲むように配置されたソファは、見ただけで最高の牛革を使ったと分かる物だった。
 そんな慧斗なら緊張で小さくなりそうな、トロリとした艶のあるソファに、リラックスして座る紅龍の両親と紅音がいるのに気づいた。それぞれの前にコーヒーやオレンジジュースが並び、ケーキスタンドが存在を主張するように置かれていた。

「紅音」
「おかーさん!?」

 慧斗が紅音に声を掛けると、紅音は弾けるようにソファから降りて、紅龍の足にしがみつく。思ったより強い衝撃に、慧斗は落ちないよう紅龍の首に腕を回していた。

「おとーさん、おかーさんいたいの?」

 たぶん自力で歩かず紅龍が抱いて運んでくれたから、どこか怪我をしたように思ったのかもしれない。

「大丈夫だ。お母さんは少し疲れて歩くのもかわいそうだから、お父さんが抱っこして連れてきたんだ。凛がちゃんと診察してくれるから、すぐに元気になるからな」
「……ほんと?」
「お父さんが嘘をついたことがあるか?」
「……ない」

 一年という時間は、紅龍と紅音の間に信頼を築いていたようだ。コクリと頷く紅音の頭を撫でて、紅龍が「みんなといい子で待ってるんだぞ」と諭すと、小さな頭は縦に揺れて、テテテと紅龍の両親の元に行ってしまった。
 一年前までは、なにがあっても慧斗にしがみつくような子どもだった。
 玲司曰く慧斗を守っている騎士ナイトなのだろうと、言っていたが、今思えばそうじゃないと気づく。あの頃の慧斗と紅音は共依存のようなものだった。
 互いがたがいに依存して、人見知りしない紅音は周囲に愛想を振りまいていたけども、あれも別の面を考えれば慧斗と引き離されないための処世術のようなものだろう。
 それが紅龍がふたりの世界に入り、今はこうして紅龍の両親や薔子が家族として増えた。

「これが子離れというものか……」

 なんだか寂寥感が胸を占め、慧斗はそう呟くが。

「心配しなくても、紅音の一番は慧斗だぞ」

 と、慧斗を安心させるつもりで慰めたのかと思ったが、どうやら違うらしい。

「気を抜くと、紅音あいつは、俺を排除しようとするからな」
「ん?」
「つまり、アルファの執着は年齢関係ないってことだ」
「でも、紅音はまだアルファだって確定してないだろう?」
「早熟な子は正式な判定前に分かるそうだ。一度、凛にも勧められたのもあるが、検査したほうがいいかもしれない」

 以前、紅音の発達が年齢よりも成熟していると懸念した凛から、一度小児精神科での受診を勧められた。もしかしたらギフテッドの可能性も否定できないと言って。

 慧斗は紅龍に「考えておく」と返し、副寝室の前で手招く凛へと近づいたのだった。紅龍に抱かれて、だが。


 通された副寝室は、『副』と呼ぶには広々とした豪華な場所だった。
 飴色の家具が配置されており、とても過ごしやすい雰囲気を感じていた。
 凛に言われるままに、紅龍は慧斗をベッドに寝かせ、傍らで凛が血液を測ったり血液を採取する。
 促進剤を打たれてから、今日までの体調の変化を話していく内に、凛は顎に指を置いて思案した表情をして口を開く。

「詳細に検査したほうがいいけど、今回の発情ヒートは、促進剤の効果というより自然な物だと思うよ」
「え?」

 慧斗の診察に強引に立ち会った紅龍から驚くような声があがる。

「まあ、確定的な話じゃないのを前提に、促進剤って効果が大きい分だけ持続時間は数時間っていうものが多いんだ。にもかかわらず、慧斗君は約三日以上ヒート状態が続いたんでしょ」
「ああ、あれは芝居という雰囲気じゃなかった。どちらかと言えば、初めて出会った時と様子が似ている」
「俺は……ずっと朦朧としてたので、記憶はあんまりありませんが。でも、去年の事件の時とは違ってた気がします」

 「どんな感じで?」と問い質す凛の言葉を受け、慧斗はここ数日の出来事を反芻する。そういえば、と何かを思い出したらしい慧斗は、伝えようと口を開いた。

「パーティーの前に、紅龍の匂いフェロモンを感じて、お腹の奥が疼いた気がしたんです」

 慧斗の言葉にタブレットに文字を打ち込んでいた凛が顔を上げる。

「……それって、妊娠前に経験したヒートの前兆に似ていない?」
「……たぶん、そうかもしれないです」

 凛はタブレットで慧斗から聴衆した内容をしなやかな指先で打ち込んでいく。

「じゃあ、ほぼ間違いないね。促進剤が引き金にはなったかもしれないけど、慧斗君の体が自然にヒートが来るようになったんだよ」

 それも六年以上ぶりにね、と心底安心するように微笑む凛に、慧斗は感謝の気持ちでいっぱいになった。
 おそらく、番である紅龍と感情では否定し続けていたけど、一年も一緒に過ごしてきたことにより体が変化していたのだろう。
 六年分の孤独や苦悩を、紅龍の匂いが癒してくれたに違いない。
 慧斗がちらりと近くに立つ紅龍に視線を向けると、彼は慧斗の視線に気づいたのか、にっこりと笑みで応えてくれた。
 何度も見てきた紅龍の微笑。その柔らかく美しい微笑みは、映画やテレビ、雑誌では一度として見たことのないリラックした物だった。
 特別感のある番の笑みに慧斗の胸はドキドキと高鳴る。
 もうずっと一緒に時を過ごし、体だって交わったというのに、まるで初恋に堕ちたかのようにときめく。
 なんだか恥ずかしくもあり、慧斗は火照った顔を隠すように俯いた。

「九十六時間かぁ」
「え? どうかしましたか、凛先生」

 羞恥で顔を俯ける慧斗の横で凛が指折り数えながら呟く。

「いや、促進剤による発情なら問題なかったんだけど、どうにも自発的な発情ぽいから。もしかして慧斗君、妊娠しているかもしれないよ?」
「「はい?」」

 凛の発言に、慧斗と紅龍は揃って声をあげていた。
 妊娠? 自分が? まだ二十代だからそういった事はあってもおかしくないが、突然聞かされた言葉ワードに頭が真っ白になった。

 呆然とするふたりに凛は淡々と説明をする。
 番との自発的発情ヒートによる妊娠率は、ほぼ百パーセント。二十四時間のあいだに避妊薬を服用すれば回避できるが、三日もそのままということは妊娠を否定できないとの話だった。

「どうする? ひとまず検査は必要だと思うけど。もし、堕胎をしたいなら、慧斗君の体を考えると早めに処置したほうがいいよ」

 オススメはしないけど、と話す凛に、慧斗は困惑しながらも思考を巡らせる。
 まだ復職できないほど体に不安がある。本当に妊娠して、果たして出産に耐えられるだろうか。

「慧斗……一度ちゃんと検査をしよう。それからどう判断するか決めても時間はあるから」
「紅龍……」

 嬉しい気持ちと不安な気持ちが慧斗の心をかき乱す。そっと肩に置かれた手に自分の手を重ね、小さく頷いた。

「おかーさん、りんせんせーのおはなしおわった?」

 そんな時、紅龍が副寝室のドアを勢いよく開けて飛び込んできた。

「うん、終わったよ。でも、入ってくる時はノックしてお返事があってからだからね」
「ごめんさい」

 事件後から少しだけ赤ちゃんがえりしたのか、少し言葉が幼くなってしまった息子の頭を優しく撫でて諭す。

「ねぇ、紅音」
「なぁに?」
「紅音は、弟か妹欲しい?」

 目線を合わせて話すと、紅音は歓喜に目を輝かせ、紅音の後ろに立つ紅龍は困惑に目を見開いていた。
 同じ顔が別々の表情をするのを、凛は爆笑し、慧斗は幸せに笑みを深めていた。
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