66 / 69
蒼天の日華
5 完結
舞い踊るように降る黄色に染まったイチョウの葉を眺めていると、背後から「慧斗」と呼ぶ声が聞こえ振り返る。ストライプのスーツの上から黒のチェスターコートを羽織る紅龍が、慧斗の元へまっすぐに歩いてくるのが見えた。
まるで映画かドラマのワンシーンのようだ。
「紅龍」
「ひとりで勝手にうろつくなって言ってるだろう? 転んでやしないかハラハラしたんだぞ」
それに体を冷やすな、と慧斗の着ていたロングニットの上から、チェスターコートが肩にかけられる。ふわりと紅龍の匂いと体温に包まれ、ホッと息がこぼれた。
番の匂いには精神を安定させる効果があるのだろうか。爆笑されるのは覚悟の上だが、今度診察の時にでも聞いてみようと、記憶に留め置く。
「ごめん。でも大人しく立っていただけだから」
「立ってるだけでも、その体じゃ十分疲弊するだろ。そこにカフェがあるんだから、座って待っていればいいのに」
確かに目と鼻の先に外資系のカフェチェーン店があるが、あの長ったらしい名前やトッピングの名前を言うのが舌を噛みそうで苦手なのだ。紅龍と一緒にいる時は彼が代わりに頼んでくれるが、ひとりの時はハードルが高くて遠慮したい。
「どうせすぐ来るだろうと思ってたから」
「それなら少し歩いてホテルのラウンジでお茶にするか。少し顔色悪くなっているから、糖分を摂ったほうがいい」
スルリと紅龍の手を握り下から彼を窺うと、複雑そうな表情をした紅龍が、慧斗の手を握り返した。
それからふたり並んでイチョウの葉が敷き詰められた歩道を歩く。
カサカサと靴先で落ち葉を蹴っていると、無茶するなと横から窘められる。
「紅龍は心配性だな。別に初産じゃないんだし、そこまでガチガチに警戒しなくても……」
「でも双子の妊娠は初めてだろう? 過保護になるくらいで丁度いい」
「それはそうだけど……」
唇を尖らせる慧斗に、勝ち誇ったように笑う紅龍が握った手を引き寄せ、そっと唇を落とすと。
「今は俺もいるんだし、もっと頼ってくれないか」
上目遣いで懇願する。人目がある場所で止めてほしい。一般人の慧斗の心臓には毛が生えていないのだ。目の端にチラチラ見える人たちも同じ気持ちだろう。
「あのさ、撮影じゃないんだし、こういうことされるとむず痒いんだけど」
「いいじゃないか。慧斗の存在は世間にも認められているんだから」
「まあ、存在はね」
好んで公表したことじゃない、という言葉は飲み込んだ。
自分が希望したことじゃないだけに、承服しかねる事案だったから。
完成パーティーは途中で中止となったが、マスコミや抽選で決まった観客を集めての試写会では、紅龍を始め出演した俳優たちが壇上にあがった。
そこで紅龍が監督した映画が自身の経験を投影した内容であること、スクープされた相手のオメガは自身の運命の番で子どもも自分の子どもだと、大々的に発表したのである。
当然、本人の口から肯定されたために、大騒動になったのは言うまでもない。しかし、慧斗が寒川の養子になったことで爆発的に報道合戦が行われたものの、すぐに騒ぎは下火になった。
「どこの出版社や新聞社も名持ちを敵にするのは得策じゃないって気づいたんでしょうね」と、真っ赤に塗られた唇で嗤う義母の薔子。彼女だけでなく、紅龍の両親も何か画策したようで、紅龍が番と子どもがいる事のみ周知されたものの、慧斗の名前だけでなく写真すらもネットにアップされたらすぐに消されていたらしい。おかげで安穏な生活を送れているので悪いことばかりではないだろう。
「せっかく薔子さんやお義父さんたちが手を回してくれているのに、紅龍が人前でこんな事をしていたら意味ないんじゃ……」
「平気だ。見つけたら画像保存して、すぐに削除依頼だしてるし」
「……そんな事してるのか」
「ちなみに玲司や秋槻理事からも秘蔵の写真を買ってる」
「は?」
何をしているのだ、あの上司たちは、と慧斗は頭を抱えたくなったがいかんせん、片手は紅龍によって封じられている。それならばと紅龍を睨んだものの、それすらも嬉しいのか、甘やかな笑みを返されただけだった。
後日、上司ふたりに関しては、顔を合わせた時に説教しようと心に書き留めておく。
紅龍には一度それらをチェックして、ダメなものは没収すると告げれば、眉を下げてなんとも情けない顔をしていた。世界的イケメン俳優なのだからもう少し体裁を整えて欲しい。
時々足を止めて舞い散るイチョウの美しさを眺めたり、植栽された山茶花の紅色の花を楽しんだりしていたが、ふと何かを思い出したらしい紅龍が口を開く。
「慧斗、姉だが不服申し立てをしたようだ」
苦々しげに口にする紅龍の言葉を聞き、慧斗は「そう」と短く返した。
今日は姉の裁判判決日だった。
あのパーティーの日、姉はフェロモンテロによる傷害罪で逮捕され、警察に連行された。その後、両親から示談での解決を申し出たとの話だが薔子が一蹴し、その話は弁護士を通じて返答されたという。その後直談判しようと祖母宅に突撃したようだが、現在は紅龍の両親が正式な手続きを取って住んでいるため、契約している警備員に追い返されたようだ。
慧斗は決別の意を込めて裁判所に足を向けた。出かけるギリギリまで紅龍は渋っていたが、仕事がオフなのだから心配ならついてくればいいと言った所、どこのマフィアかと言わんばかりの格好で現れた時には閉口した。
思わず脳のフィルターを通さず口にすれば、紅龍の何代か前の当主がそれに準じた職業をしていたそうだ。しかもその番が弐本人というから驚きしかない。
結局今回の判決の場に、慧斗が姿を現したことで、両親が慧斗に怒りの形相で詰め寄った。
すぐさま慧斗の腹部が膨らんでいるのを見た母が「男のくせに妊娠だなんて気持ち悪い」と吐き捨てたことにより、紅龍が憤慨して慧斗を法廷から外に行くよう勧めてきた。
慧斗もお腹の子に悪いと思い、そそくさと裁判所を出たはいいが、どうにも離れる気分にならず入口で紅龍を待つことにしたのだった。
「あと、勝手に決めて悪いが、慧斗の両親にも名誉毀損で訴えることにしたから」
「名誉毀損?」
首を傾げる慧斗に紅龍は不機嫌そうに頷く。
どうも紅龍の主催のパーティー会場で、寒川家の養子となった慧斗が被害者ということで、裁判にマスコミが多く参列していたそうだ。
そこで慧斗の両親がバース性を差別する発言をしたため、マスコミを黙らせることはできても、紅龍自身の腹に据え兼ねたらしい。知り合いの弁護士に今回の騒動を録音したデータを送り、両親を訴えることにしたと説明を受けた。
「そうか。まあ、バース性差別は世間でも取りざたされてるからなぁ。血を分けた両親や姉が情けないよ」
「確かにあの三人は慧斗と血縁があるかもしれないが、戸籍上はもう寒川の人間だろう? きっと薔子さんが聞いたら静かに笑って地獄に落とすと思うぞ」
大輪の薔薇のようなアルファの義母を思い出し、慧斗は乾いた笑いを浮かべる。
きっと両親も姉も、これから世間で正しい罰を受けるだろう。
小さな家族では当たり前だった環境が、実は歪んだ狭い世界だというのを。
アルファもベータもオメガも等しく世界に生きる人間だ。そこにはひとつも垣根なんて存在しない。だからこそ、もう遅いかもしれないけど、彼らには外の世界を見て反省してくれればいいと思う。
ただ、二度と家族として関係を修復もしなければ、彼らを父母や姉と呼ぶこともないだろうが。
「それは紅龍や薔子さんに任せるよ。俺は紅音の子育てやこっちで手一杯だし」
慧斗はそう微笑んで大きなお腹を優しく撫でた。
あの姉によって引き起こされた事件後、紅龍と六年の時を経て結ばれた慧斗は、主治医で義兄の凛から妊娠を告げられた。
ただすぐには確定できないからと、一ヶ月後正式に調べたら本当に懐妊していた。それも双子を。現在妊娠六ヶ月に入ったばかりだが、お腹はもうはちきれそうに膨らんでいた。
元々帝王切開での手術となるが、出産時期まで数ヶ月。果たしてどこまでお腹が膨らみ、腰が耐えられるか不安しかなかった。
だが慧斗の妊娠を知って、大丈夫かと心配になるくらいに喜んだのは、息子の紅音と番の紅龍だ。
紅音は純粋に弟や妹ができる喜びで。紅龍は紅音の時にできなかった時間を取り戻すつもりなのだろう。
新しいビデオカメラを買うのは許容範囲だが、流石にまだ性別もあやふやなのに、ふたり分の服やおもちゃなどを買うのは如何かと。
暴走気味の紅龍を滾滾と説教したのは、まだ記憶に新しい。隣で同じように正座をしてプルプル震えていた紅音の行動には未だ疑問が解けていないが。
反省して控えるかと安心しかけた慧斗だったが、マンションに同じものが紅龍の両親が住む家に揃っているのを見た時には目眩がした。
それだけでなく、みっつ目のベビーベッドや服に玩具を発見した際には膝から崩れ落ちた。ただそちらは、冬になる頃に出産予定の伊月の子どものためだったらしいと聞いてホッとした。
その伊月と元義弟の罌粟は番になった時に子どもを成した。つまり、慧斗を襲撃したあと、紅龍のはからいにより再会した際に孕んだこととなる。
「まさか、あの時の伊月さんの子どもが、俺の子どもたちと同級生になるとは……」
「そういや、伊月が猛省していたな。運命の強制力には逆らえなかったし、引き離された苦悩は想像するだけでも辛いだろう、って」
「ふうん」
決して忘れて消えることはないが、伊月や罌粟にも幸せになる権利はある。
それに彼らの子が自分の子どもたちと長い付き合いになる予感もした。
伊月は紅龍の両親の元で執事の仕事をしながら、五年後の弐本国籍取得のために邁進しているそうだ。罌粟も義母の元で家事を覚えつつ、マタニティライフを送っている。
たまに紅龍の両親に顔を出した時など彼らの姿を見ることはあったが、以前より柔らかな表情になっていると感じていた。きっと子どもの存在が彼らを変えたに違いない。
「しかし、紅音の運命が伊月の子どもとはな」
ポツリと呟いた声が聞こえ慧斗も同意して頷く。
凛からの勧めで紅音の発育について診察を重ねたところ、早熟型のアルファであると判定された。
通常、思春期頃に判定されるバース性だが、低い確率ではあるものの、幼少期にバース性が確定される場合があるそうだ。紅音はその希少な確率のひとりとなり、定期的に紅龍の両親の家に泊りに行った際、唐突に罌粟のお腹に抱きつき「ぼくがきみのつがいだよ」と告げたそうだ。
それはもう周囲の大人たちは驚愕。
慌てて薔子つてで凛が往診に来る騒動となった。
凛の話では、早熟型のアルファやオメガには、第六感のような能力が備わっていることがあるという。確実ではないものの、胎児が成長して人に近い状態となったために、紅音が反応したのではと話してくれた。が、正直どうなのか不明である。
実際に子どもが生まれないことには分からないし、運命なんて気軽に見つかる訳ではない。
周囲に運命で結ばれた人たちが多いけども、まさか引き寄せられているのか、なんて疑問を持つ。
とはいえ、大人がああだこうだ決めても未来は分からない。
「ま、実際に罌粟さんが出産してから分かるんじゃないかな」
自分たちが下手に吹き込むより、紅音は紅音の本能のままに決めればいい。決めた末の判断であれば、自分たちは粛々と受け入れるだけだ。
それに運命だから絶対に結ばれるべき、とも決めつけたくもない。
自分たちは運命に引き寄せられ、運命に翻弄された末に、本当の番になった。
「未来がどうなるかは分からないしね」
「そうだな。……さ、帰ろう。今日の主役がお腹を空かせて待ってる筈だ」
「帰りに玲司さんの店に寄って、ケーキを受け取らないと」
「いちごたっぷりのバースデーケーキを……な」
紅龍と笑い合う。
お互いの脳裏には、愛息子の喜ぶ顔が浮かんでいる。そんな事も幸せだと思えるのが嬉しい。
祖母を亡くした孤独なオメガは運命と出会い結ばれ引き離された。
そんなオメガに与えられた小さな命。
周囲の優しい人たちの手を借りてふたりで生きてきた。
そうして運命と再び糸が交差し、心も体も繋がり新しい命を授かった。
本当に人生は何が起こるか分からないから楽しくて苦しい。
だけどひとりじゃないから、人生は楽しいのかもしれない。
なだらかな道も険しい道も、番と一緒なら乗り越えていけるだろう。
未来に続く道は、きっと眩いほどに輝いているはすだ。
【完】
まるで映画かドラマのワンシーンのようだ。
「紅龍」
「ひとりで勝手にうろつくなって言ってるだろう? 転んでやしないかハラハラしたんだぞ」
それに体を冷やすな、と慧斗の着ていたロングニットの上から、チェスターコートが肩にかけられる。ふわりと紅龍の匂いと体温に包まれ、ホッと息がこぼれた。
番の匂いには精神を安定させる効果があるのだろうか。爆笑されるのは覚悟の上だが、今度診察の時にでも聞いてみようと、記憶に留め置く。
「ごめん。でも大人しく立っていただけだから」
「立ってるだけでも、その体じゃ十分疲弊するだろ。そこにカフェがあるんだから、座って待っていればいいのに」
確かに目と鼻の先に外資系のカフェチェーン店があるが、あの長ったらしい名前やトッピングの名前を言うのが舌を噛みそうで苦手なのだ。紅龍と一緒にいる時は彼が代わりに頼んでくれるが、ひとりの時はハードルが高くて遠慮したい。
「どうせすぐ来るだろうと思ってたから」
「それなら少し歩いてホテルのラウンジでお茶にするか。少し顔色悪くなっているから、糖分を摂ったほうがいい」
スルリと紅龍の手を握り下から彼を窺うと、複雑そうな表情をした紅龍が、慧斗の手を握り返した。
それからふたり並んでイチョウの葉が敷き詰められた歩道を歩く。
カサカサと靴先で落ち葉を蹴っていると、無茶するなと横から窘められる。
「紅龍は心配性だな。別に初産じゃないんだし、そこまでガチガチに警戒しなくても……」
「でも双子の妊娠は初めてだろう? 過保護になるくらいで丁度いい」
「それはそうだけど……」
唇を尖らせる慧斗に、勝ち誇ったように笑う紅龍が握った手を引き寄せ、そっと唇を落とすと。
「今は俺もいるんだし、もっと頼ってくれないか」
上目遣いで懇願する。人目がある場所で止めてほしい。一般人の慧斗の心臓には毛が生えていないのだ。目の端にチラチラ見える人たちも同じ気持ちだろう。
「あのさ、撮影じゃないんだし、こういうことされるとむず痒いんだけど」
「いいじゃないか。慧斗の存在は世間にも認められているんだから」
「まあ、存在はね」
好んで公表したことじゃない、という言葉は飲み込んだ。
自分が希望したことじゃないだけに、承服しかねる事案だったから。
完成パーティーは途中で中止となったが、マスコミや抽選で決まった観客を集めての試写会では、紅龍を始め出演した俳優たちが壇上にあがった。
そこで紅龍が監督した映画が自身の経験を投影した内容であること、スクープされた相手のオメガは自身の運命の番で子どもも自分の子どもだと、大々的に発表したのである。
当然、本人の口から肯定されたために、大騒動になったのは言うまでもない。しかし、慧斗が寒川の養子になったことで爆発的に報道合戦が行われたものの、すぐに騒ぎは下火になった。
「どこの出版社や新聞社も名持ちを敵にするのは得策じゃないって気づいたんでしょうね」と、真っ赤に塗られた唇で嗤う義母の薔子。彼女だけでなく、紅龍の両親も何か画策したようで、紅龍が番と子どもがいる事のみ周知されたものの、慧斗の名前だけでなく写真すらもネットにアップされたらすぐに消されていたらしい。おかげで安穏な生活を送れているので悪いことばかりではないだろう。
「せっかく薔子さんやお義父さんたちが手を回してくれているのに、紅龍が人前でこんな事をしていたら意味ないんじゃ……」
「平気だ。見つけたら画像保存して、すぐに削除依頼だしてるし」
「……そんな事してるのか」
「ちなみに玲司や秋槻理事からも秘蔵の写真を買ってる」
「は?」
何をしているのだ、あの上司たちは、と慧斗は頭を抱えたくなったがいかんせん、片手は紅龍によって封じられている。それならばと紅龍を睨んだものの、それすらも嬉しいのか、甘やかな笑みを返されただけだった。
後日、上司ふたりに関しては、顔を合わせた時に説教しようと心に書き留めておく。
紅龍には一度それらをチェックして、ダメなものは没収すると告げれば、眉を下げてなんとも情けない顔をしていた。世界的イケメン俳優なのだからもう少し体裁を整えて欲しい。
時々足を止めて舞い散るイチョウの美しさを眺めたり、植栽された山茶花の紅色の花を楽しんだりしていたが、ふと何かを思い出したらしい紅龍が口を開く。
「慧斗、姉だが不服申し立てをしたようだ」
苦々しげに口にする紅龍の言葉を聞き、慧斗は「そう」と短く返した。
今日は姉の裁判判決日だった。
あのパーティーの日、姉はフェロモンテロによる傷害罪で逮捕され、警察に連行された。その後、両親から示談での解決を申し出たとの話だが薔子が一蹴し、その話は弁護士を通じて返答されたという。その後直談判しようと祖母宅に突撃したようだが、現在は紅龍の両親が正式な手続きを取って住んでいるため、契約している警備員に追い返されたようだ。
慧斗は決別の意を込めて裁判所に足を向けた。出かけるギリギリまで紅龍は渋っていたが、仕事がオフなのだから心配ならついてくればいいと言った所、どこのマフィアかと言わんばかりの格好で現れた時には閉口した。
思わず脳のフィルターを通さず口にすれば、紅龍の何代か前の当主がそれに準じた職業をしていたそうだ。しかもその番が弐本人というから驚きしかない。
結局今回の判決の場に、慧斗が姿を現したことで、両親が慧斗に怒りの形相で詰め寄った。
すぐさま慧斗の腹部が膨らんでいるのを見た母が「男のくせに妊娠だなんて気持ち悪い」と吐き捨てたことにより、紅龍が憤慨して慧斗を法廷から外に行くよう勧めてきた。
慧斗もお腹の子に悪いと思い、そそくさと裁判所を出たはいいが、どうにも離れる気分にならず入口で紅龍を待つことにしたのだった。
「あと、勝手に決めて悪いが、慧斗の両親にも名誉毀損で訴えることにしたから」
「名誉毀損?」
首を傾げる慧斗に紅龍は不機嫌そうに頷く。
どうも紅龍の主催のパーティー会場で、寒川家の養子となった慧斗が被害者ということで、裁判にマスコミが多く参列していたそうだ。
そこで慧斗の両親がバース性を差別する発言をしたため、マスコミを黙らせることはできても、紅龍自身の腹に据え兼ねたらしい。知り合いの弁護士に今回の騒動を録音したデータを送り、両親を訴えることにしたと説明を受けた。
「そうか。まあ、バース性差別は世間でも取りざたされてるからなぁ。血を分けた両親や姉が情けないよ」
「確かにあの三人は慧斗と血縁があるかもしれないが、戸籍上はもう寒川の人間だろう? きっと薔子さんが聞いたら静かに笑って地獄に落とすと思うぞ」
大輪の薔薇のようなアルファの義母を思い出し、慧斗は乾いた笑いを浮かべる。
きっと両親も姉も、これから世間で正しい罰を受けるだろう。
小さな家族では当たり前だった環境が、実は歪んだ狭い世界だというのを。
アルファもベータもオメガも等しく世界に生きる人間だ。そこにはひとつも垣根なんて存在しない。だからこそ、もう遅いかもしれないけど、彼らには外の世界を見て反省してくれればいいと思う。
ただ、二度と家族として関係を修復もしなければ、彼らを父母や姉と呼ぶこともないだろうが。
「それは紅龍や薔子さんに任せるよ。俺は紅音の子育てやこっちで手一杯だし」
慧斗はそう微笑んで大きなお腹を優しく撫でた。
あの姉によって引き起こされた事件後、紅龍と六年の時を経て結ばれた慧斗は、主治医で義兄の凛から妊娠を告げられた。
ただすぐには確定できないからと、一ヶ月後正式に調べたら本当に懐妊していた。それも双子を。現在妊娠六ヶ月に入ったばかりだが、お腹はもうはちきれそうに膨らんでいた。
元々帝王切開での手術となるが、出産時期まで数ヶ月。果たしてどこまでお腹が膨らみ、腰が耐えられるか不安しかなかった。
だが慧斗の妊娠を知って、大丈夫かと心配になるくらいに喜んだのは、息子の紅音と番の紅龍だ。
紅音は純粋に弟や妹ができる喜びで。紅龍は紅音の時にできなかった時間を取り戻すつもりなのだろう。
新しいビデオカメラを買うのは許容範囲だが、流石にまだ性別もあやふやなのに、ふたり分の服やおもちゃなどを買うのは如何かと。
暴走気味の紅龍を滾滾と説教したのは、まだ記憶に新しい。隣で同じように正座をしてプルプル震えていた紅音の行動には未だ疑問が解けていないが。
反省して控えるかと安心しかけた慧斗だったが、マンションに同じものが紅龍の両親が住む家に揃っているのを見た時には目眩がした。
それだけでなく、みっつ目のベビーベッドや服に玩具を発見した際には膝から崩れ落ちた。ただそちらは、冬になる頃に出産予定の伊月の子どものためだったらしいと聞いてホッとした。
その伊月と元義弟の罌粟は番になった時に子どもを成した。つまり、慧斗を襲撃したあと、紅龍のはからいにより再会した際に孕んだこととなる。
「まさか、あの時の伊月さんの子どもが、俺の子どもたちと同級生になるとは……」
「そういや、伊月が猛省していたな。運命の強制力には逆らえなかったし、引き離された苦悩は想像するだけでも辛いだろう、って」
「ふうん」
決して忘れて消えることはないが、伊月や罌粟にも幸せになる権利はある。
それに彼らの子が自分の子どもたちと長い付き合いになる予感もした。
伊月は紅龍の両親の元で執事の仕事をしながら、五年後の弐本国籍取得のために邁進しているそうだ。罌粟も義母の元で家事を覚えつつ、マタニティライフを送っている。
たまに紅龍の両親に顔を出した時など彼らの姿を見ることはあったが、以前より柔らかな表情になっていると感じていた。きっと子どもの存在が彼らを変えたに違いない。
「しかし、紅音の運命が伊月の子どもとはな」
ポツリと呟いた声が聞こえ慧斗も同意して頷く。
凛からの勧めで紅音の発育について診察を重ねたところ、早熟型のアルファであると判定された。
通常、思春期頃に判定されるバース性だが、低い確率ではあるものの、幼少期にバース性が確定される場合があるそうだ。紅音はその希少な確率のひとりとなり、定期的に紅龍の両親の家に泊りに行った際、唐突に罌粟のお腹に抱きつき「ぼくがきみのつがいだよ」と告げたそうだ。
それはもう周囲の大人たちは驚愕。
慌てて薔子つてで凛が往診に来る騒動となった。
凛の話では、早熟型のアルファやオメガには、第六感のような能力が備わっていることがあるという。確実ではないものの、胎児が成長して人に近い状態となったために、紅音が反応したのではと話してくれた。が、正直どうなのか不明である。
実際に子どもが生まれないことには分からないし、運命なんて気軽に見つかる訳ではない。
周囲に運命で結ばれた人たちが多いけども、まさか引き寄せられているのか、なんて疑問を持つ。
とはいえ、大人がああだこうだ決めても未来は分からない。
「ま、実際に罌粟さんが出産してから分かるんじゃないかな」
自分たちが下手に吹き込むより、紅音は紅音の本能のままに決めればいい。決めた末の判断であれば、自分たちは粛々と受け入れるだけだ。
それに運命だから絶対に結ばれるべき、とも決めつけたくもない。
自分たちは運命に引き寄せられ、運命に翻弄された末に、本当の番になった。
「未来がどうなるかは分からないしね」
「そうだな。……さ、帰ろう。今日の主役がお腹を空かせて待ってる筈だ」
「帰りに玲司さんの店に寄って、ケーキを受け取らないと」
「いちごたっぷりのバースデーケーキを……な」
紅龍と笑い合う。
お互いの脳裏には、愛息子の喜ぶ顔が浮かんでいる。そんな事も幸せだと思えるのが嬉しい。
祖母を亡くした孤独なオメガは運命と出会い結ばれ引き離された。
そんなオメガに与えられた小さな命。
周囲の優しい人たちの手を借りてふたりで生きてきた。
そうして運命と再び糸が交差し、心も体も繋がり新しい命を授かった。
本当に人生は何が起こるか分からないから楽しくて苦しい。
だけどひとりじゃないから、人生は楽しいのかもしれない。
なだらかな道も険しい道も、番と一緒なら乗り越えていけるだろう。
未来に続く道は、きっと眩いほどに輝いているはすだ。
【完】
あなたにおすすめの小説
運命の番は僕に振り向かない
ゆうに
BL
大好きだったアルファの恋人が旅先で運命の番と出会ってしまい、泣く泣く別れた経験があるオメガの千遥。
それ以来、ずっと自分の前にも運命の番があらわれることを切に願っていた。
オメガひとりの生活は苦しく、千遥は仕方なく身体を売って稼ぐことを決心する。
ネットで知り合った相手と待ち合わせ、雑踏の中を歩いている時、千遥は自分の運命の番を見つけた。
ところが視線が確かに合ったのに運命の番は千遥を避けるように去っていく。彼の隣には美しいオメガがいた。
ベータのような平凡な見た目のオメガが主人公です。
ふんわり現代、ふんわりオメガバース、設定がふんわりしてます。
完結しました!ありがとうございました。
愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない
了承
BL
卒業パーティー。
皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。
青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。
皇子が目を向けた、その瞬間——。
「この瞬間だと思った。」
すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。
IFストーリーあり
誤字あれば報告お願いします!
ブレスレットが運んできたもの
mahiro
BL
第一王子が15歳を迎える日、お祝いとは別に未来の妃を探すことを目的としたパーティーが開催することが発表された。
そのパーティーには身分関係なく未婚である女性や歳の近い女性全員に招待状が配られたのだという。
血の繋がりはないが訳あって一緒に住むことになった妹ーーーミシェルも例外ではなく招待されていた。
これまた俺ーーーアレットとは血の繋がりのない兄ーーーベルナールは妹大好きなだけあって大いに喜んでいたのだと思う。
俺はといえば会場のウェイターが足りないため人材募集が貼り出されていたので応募してみたらたまたま通った。
そして迎えた当日、グラスを片付けるため会場から出た所、廊下のすみに光輝く何かを発見し………?
もう一度君に会えたなら、愛してると言わせてくれるだろうか
まんまる
BL
王太子であるテオバルトは、婚約者の公爵家三男のリアンを蔑ろにして、男爵令嬢のミランジュと常に行動を共にしている。
そんな時、ミランジュがリアンの差し金で酷い目にあったと泣きついて来た。
テオバルトはリアンの弁解も聞かず、一方的に責めてしまう。
そしてその日の夜、テオバルトの元に訃報が届く。
大人になりきれない王太子テオバルト×無口で一途な公爵家三男リアン
ハッピーエンドかどうかは読んでからのお楽しみという事で。
テオバルドとリアンの息子の第一王子のお話を《もう一度君に会えたなら~2》として上げました。
※画像は男の子メーカーpicrewさんよりお借りしました。
愛され方を教えて
あちゃーた
BL
主人公リハルトは自分を愛さなかった元婚約と家族のために無惨に死んだ…はずだった。
次に目が覚めた時、リハルトは過去に戻っていた。
そこは過去のはずなのにどこかおかしくて…
番解除した僕等の末路【完結済・短編】
藍生らぱん
BL
都市伝説だと思っていた「運命の番」に出逢った。
番になって数日後、「番解除」された事を悟った。
「番解除」されたΩは、二度と他のαと番になることができない。
けれど余命宣告を受けていた僕にとっては都合が良かった。
様々な形での応援ありがとうございます!
新しい道を歩み始めた貴方へ
mahiro
BL
今から14年前、関係を秘密にしていた恋人が俺の存在を忘れた。
そのことにショックを受けたが、彼の家族や友人たちが集まりかけている中で、いつまでもその場に居座り続けるわけにはいかず去ることにした。
その後、恋人は訳あってその地を離れることとなり、俺のことを忘れたまま去って行った。
あれから恋人とは一度も会っておらず、月日が経っていた。
あるとき、いつものように仕事場に向かっているといきなり真上に明るい光が降ってきて……?
※沢山のお気に入り登録ありがとうございます。深く感謝申し上げます。
虚ろな檻と翡翠の魔石
篠雨
BL
「本来の寿命まで、悪役の身体に入ってやり過ごしてよ」
不慮の事故で死んだ僕は、いい加減な神様の身勝手な都合により、異世界の悪役・レリルの器へ転生させられてしまう。
待っていたのは、一生を塔で過ごし、魔力を搾取され続ける孤独な日々。だが、僕を管理する強面の辺境伯・ヨハンが運んでくる薪や食事、そして不器用な優しさが、凍てついた僕の心を次第に溶かしていく。
しかし、穏やかな時間は長くは続かない。魔力を捧げるたびに脳内に流れ込む本物のレリルの記憶と領地を襲う未曾有の魔物の群れ。
「僕が、この場所と彼を守る方法はこれしかない」
記憶に翻弄され頭は混乱する中、魔石化するという残酷な決断を下そうとするが――。