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因果と因縁
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玉之浦椿は、北関東を統べる玉霞会会長、玉之浦柾の第一子として誕生した。
父は脈々と続く玉霞会の長であり、母、葵衣はオメガ名家、珠城家の長子として男性ながら蝶よ花よと育てられたという。
そんなふたりは幼少期からの友人であり、ふたりがアルファとオメガと判定されるまでは頻繁に交流があったそうだ。
しかし、バース性が確定して以降、柾は葵衣と距離を置くようになっていった。
彼らの親友である現総理の朱南や妹の寒川家に嫁いだ薔子、南関東を統べる桐龍組の組長などは、突然とも言えるふたりの交流断絶に心配したものの、いずれは時間が解決するかもしれないと静観することに決めた。
だが、葵衣は理由もなく交流を途絶してきた柾の態度にずっと憤っていた。
葵衣は長年、それもバース性が確定するよりも前から柾を好きだったからだ。
たとえ自分がアルファで、柾がオメガやベータだったとしても死ぬまで添い遂げたいと願い続けていた。
むしろそういった性差がなくとも、葵衣は柾という存在を愛していたのだ。
逆に柾も葵衣に一途な思いを抱いていた。
しかし、表のオメガ名家の長子である葵衣と裏の名家『四季』の玉霞会を継ぐのが決まっていた柾が結ばれるわけにはいかない。
柾は彼の名のごとく、夏の太陽にまっすぐに伸びる立葵のように、明るい世界で幸せになってもらいたいと願っていたから。
だが葵の一途な願いは、更に葵衣の激昂に火を注いだ。
結局、葵衣の幸せをと言いながら、保身に走った柾に怒りすら沸いた。
なんとしても愛する人を手に入れたい。葵衣はあえて発情期に入った時に、自ら柾に番になってもらおうと本家に向かう途中、不幸な事件に見舞われた。
葵衣の乗っていた車へ謎の外車が衝突してきた。運転手は後部座席に座る珠玉の宝を守るため、右へとハンドルを切り外車へと反撃をしたのだ。
激しい衝突音と衝撃。
ヒートで朦朧としていた葵衣は、不意に開いたドアから覗き込む男の姿にゾワリと嫌悪が走る。
単独で事故を仕掛けたのは、当時大学生だった茶咲元組長だった。
茶咲は玉霞会で見かけた葵衣に一目惚れをしたものの、葵衣が柾に深い恋愛感情を持っていたのは目にも明らかで、茶咲がどれだけアプローチしても梨の礫状態だった。
だからこそアルファなら誰でも足を開くとされる発情期に葵衣を手に入れるための作戦を決行した。
しかし、葵衣はヒート状態にも拘らず茶咲に対して酷い抵抗を見せた。
引きずり出して多少怪我をさせても連れて行くことは可能だ。だが茶咲は茶咲なりに葵衣に恋慕をいだき、大切にしたい感情があった。
結局、これ以上強引に連れ去ることもできず、事故の報せを受けた警察のサイレンが聞こえ、茶咲は諦めてその場から逃げたのである。
運転手は使命を全うし、即死状態だったという。
葵衣は無傷だったものの、検査とヒートが落ち着くまで入院をし、目が覚めた時に聞かされた事実に、静かに滂沱した。
柾が病室に訪れたのは、葵衣が入院をして数日してからだった。
というのも、柾は葵衣の事故を単独で調べていたからだ。そして事故を起こしたのが、実家の第三次団体である茶咲組の長男だと知り、組ごと叩き潰したい心境だったものの当時組長だった父と茶咲の父は縁があり、できれば温情を与えて欲しいと釘を刺されたのだ。
最終的に茶咲の父から億単位の葵に対する慰謝料と、今後は息子を葵衣に近づけないという約束を取り交わし、その場で収めたのだった。
茶咲の父親の思惑だろう。柾と葵衣が結ばれる前にどこかの社長令嬢と結婚したと風の噂で耳にした──
その後に病室を訪ね、可愛がってくれた運転手の死と自分勝手な行動をした自身を憤り、葵衣は目を泣き腫らし、事故から数日だというのにすっかりやつれてしまっていた。
柾はそれほどまでに自分を愛する葵衣にほだされてしまった。
当時、若頭補佐として多忙を極めていた柾だったが、葵衣の見舞いだけでなく、退院後は玉之浦本家で療養させ、弱った葵衣に常に付き添った。
その時点で、玉之浦と珠城の両家はふたりの結婚を承諾し、葵衣の体が快復した翌年、ふたりは多くの人に祝われ婚姻を結んだのである。
椿は両親が結婚して二年後に誕生した一粒種だ。
当初は事故のショックでヒート不順に陥り、子宮の動きも悪く、子供を望むのは難しいと診断された。しかし、ふたりは諦めなかった。できる努力をし、体の悪いことは一切せず、そしてその末に椿は生まれたのだ。
柾は今も煙草は吸わないし、酒も正月や会合で嗜む程度だ。
柾が葵衣に対する妻恋も葵衣が柾に対する夫恋も、今も色褪せることなく続いていた。
そんな努力の末に生まれた椿をふたりは愛し、時には厳しく育てた。
幼少期からアルファ然とした整った容姿は母に、知略を巡らせる知能は父に似て、将来の玉霞会は安泰だと褒めそめやされた。
故に将来の玉霞会会長に擦り寄ろうとする人間も多くいた。
両親が察知すれば払うこともできたが、当時は祖父が亡くなり柾が若頭補佐から若頭になり、葵衣は周囲との付き合いで多忙を極め、自らに降りかかる火の粉は自分で払うしかなかったのだ。
しかし椿は子供だった。そんな彼に隙ができても、柾も葵衣も責められなかった。
椿の運命を変える事件が起こったのは、椿が中学に入ってすぐのことだった。
中学は秋槻学園を両親から勧められたが、幼馴染の桐龍の長男が通う普通の中学校へと進学した。そこで寒川玲司と知り合い、気づけば三人でつるむようになっていた。
その日もいつもと変わらず、繁華街で桐龍や玲司と遊び、自宅に向かって帰る途中、何者かに襲われた。頭を強く殴打され、薬で意識を奪われてしまったのである。
そして見知らぬ場所で目を覚ました椿は瞠目する。なぜなら自分は全裸で、腰をまたぐように若い女が同じく裸で艶かしく身をくねらせていたからだった。
椿の頭は混乱していた。
ここは何処だ、この女は誰だ、と尋ねたいことは沢山あるのに、下半身が溶けそうに気持ちが良くて思考が霧散する。
それに、女から香る甘い甘い花の香りにあてられ、アルファの本能が呼び起こされる。
すぐ近くで男の声が誰かに語っているのが聞こえるが、椿はオメガのフェロモンに誘発されてラットを起こし、気づけば女の腰を掴んで下からガツガツと穿っていたのだった。
何度も体位を変え、何度も女の洞を穿ち、何度も精を放ち、それでも性の衝動が収まらない。
朦朧とした意識の中で、自分がラットを起こしていると気づいたものの、初めて知る他人の性器の気持ちよさに浸りきっていた。
そんな快楽漬けになっていた椿を救助したのは、玉之浦の両親ではなく、連絡をもらって捜索していた桐龍と玲司と、ふたりに声をかけた壱岐の三人だった。
体も心もボロボロになった椿を秘密裏に寒川総合病院に運び、医師によって処置をされた。
このことは椿の両親は知らせないよう、三人に口を閉ざすよう願い出た。
安定していない玉霞会で、このような不祥事が露呈するわけにはいかない。
壱岐も玲司も桐龍も散々渋ってはいたが、親友の懇願に渋々頷いてくれた。
両親には周囲がうるさいから、しばらくは壱岐と一緒にツレの家に泊まるとだけ告げた。葵衣は何度かお世話になるから挨拶したいと言ったけども、椿がそれを大丈夫だからと断った。
約一ヶ月ほど、椿は寒川病院で入院生活を過ごした。
壱岐から授業の内容をしたためたノートで、かろうじて勉強面は問題ないものの、ひとつだけ小さな疑問が波紋のように椿を不安にさせていた。
以前は体調が悪い時に感じていた自分のフェロモンの香りを感じなくなっていた。
回診にきた医者に、雑談を含めて話した途端、色々検査をされるはめになってしまった。
血液検査に始まり、心電図、CT、エコー検査、MRIに脳波と、ありとあらゆる検査の結果、椿の小さな疑問に対する回答が出たのである。
椿に下された結果は『後天性フェロモン異常症』。
おそらくは、拉致事件時に頭を殴られたのが原因ではないかという話だった。
本来フェロモンはうなじを中心に、腋窩や耳の後ろなどから香り、その成分は血液だけでなく体液という体液に溶け込んでいる。
しかし、椿のフェロモン値は健康な十代アルファ男子の十分の一程度しかなく、もし、このごくわずかな匂いを感じることができるのは、椿の運命の番以外ないだろうとのことだった。
流石にこの椿の異変は看過されるわけにはいかず、寒川総合病院のアルファ・オメガ科の医師と両親と椿の三者で話し合いがなされた。
椿は何者かに襲われ、自力で病院へと向かったと嘘をついた。
柾は愛息子を傷つけられ般若のように激怒し、葵衣はさめざめと泣くばかりで、これ以上の負担をかけるわけにはいかないと、あえて周囲に口裏を合わせるように言い、両親はうまく騙されてくれた。
……もしかしたら、柾に関しては椿の嘘を見抜いていたかもしれないが……
その後の椿は自身では結婚も子供も望めないと、若頭の地位を拝命を賜ったが個人の組を作らず、表の仕事で会の繁栄を支えたいと柾に申し出た。
柾はそれに関して特になにも言わなかった。ただ、椿がどのような選択をするにしても、自分は決して反対はしないとだけ。
ああ、自分は本当に両親から愛されていると、実感できた瞬間だった。
仕事と玉霞会のために邁進し、気づけば三十になった晩冬。
ひとりのオメガが椿の元を訪ねてきた。
そのオメガの男は、玉霞会と桐龍組が国の依頼を受諾し作られた春の街で、かつては売れっ子娼夫をしていた人物だった。
彼はたった一言『ボクの息子オメガなんだけど、あなた買ってくれませんか?』と。
最初は世迷言を、と一蹴して追い出した。しかし、男は次の日も、また次の日も、毎日椿の元に現れては同じことを繰り返す。
不思議に思った椿は、壱岐にオメガの男の身辺を探らせた。
男の言うとおり、男には中学生になるオメガの子供がいた。それもかなり優秀な子供らしい。
椿は人身売買はしないものの、取引先の何人かは子供がおらず、養子を探しているのを知っていたため、それならばと男の話を腰を据えて聞くことにした。
オメガの男は、とある会社を経営しているアルファの客に本気になり、故意で避妊をせずに子供を孕んだという。しかし、そのアルファは娼夫とは番えないと言い、養育費は払うから認知はしないと告げ、男もそれに了承したとのこと。
だが、子供がオメガだと知れると、アルファはあっさりと援助を切り、男からの通話も拒否したという。
オメガの男は不安になった。自分はもう若くない。いつまでも体を売り続けることは不可能だ。でも子供はまだ若いし、未来もある。
だったら金のある人に買ってもらい、自分はひっそりと表舞台から消えてしまおう、と。
椿はオメガの男の言葉を受け入れた。
そして、男の子供──憂璃を引き取る代わりに、男に数億の金を渡したのである。
壱岐に調べさせたが、男の言葉の一部に虚偽はあったものの、ほとんどが事実と一致したからだ。事実、憂璃は秋槻学園からの勧誘を受けていた。
あの学園はよほど優秀な人材でない限り、こちらから接触してこない。それだけの誇りがあるからだ。
それでも憂璃に接触したというからには、椿にとっても有益な存在なのだと確信した。
壱岐には反対されたものの椿は男の要望額を支払い、憂璃を引取りに春の街へと向かった。
ここで誤算だったのは、憂璃が椿の運命の番だったことだ。
甘く、楚々とし、凛とした香りに、椿は年甲斐もなく鼓動が脈打った。
椿には長年バース性や男女性関係なく、体だけの関係の人間が数人いた。ただ性欲を解消するだけの関係。それなりにメリットを匂わせたが、一定の距離を保って付き合いを続けていた。
無味無乾燥な素っ気ない付き合いで良かった。感情が伴えば椿の秘密が秘密でなくなる。
だが、憂璃の存在は、これまでの概念を全てひっくり返すほどの衝撃があり、まだ発情期にもないってない年端もいかない子供を、その場で押し倒し犯したいと慟哭したのだ。
同時に、憂璃を誰かに渡す考えは消え去っていた。
自分の手元に置き、いずれは憂璃のうなじを噛んで番にしたいと願うようになっていた──
「カシラ?」
「……っ」
過去に思い馳せていた椿は、壱岐の声で我に返る。
「すまない」
「いえ、お疲れのようですので、少しお休みになられては……」
「いや、大丈夫だ」
仕事が手につかず、椿は彗の電話を待つあいだに自宅マンションへと戻っていた。
もしかしたら憂璃がいるのでは、と希望的観測をいだいて。しかし、憂璃の姿はどこにもなく、ソファで体をやすめている内にぼんやりとしていたらしい。
外はいつの間にか夜の帳が降り、小さな星が囁くように瞬いている。新月のせいか、星の微かな輝きが窓越しでもよく見える。
昼に彗からの通話が途切れて以降、その彗だけでなく、他の人物からも朗報は届いていない。
だが、椿が憂璃を思う願いが届いたのか、ほどなくして彗からは人物の特定と、秋槻紘からは本日高等部の職員で唯一休んだ教師の情報が同時に舞い込んだのだった。
父は脈々と続く玉霞会の長であり、母、葵衣はオメガ名家、珠城家の長子として男性ながら蝶よ花よと育てられたという。
そんなふたりは幼少期からの友人であり、ふたりがアルファとオメガと判定されるまでは頻繁に交流があったそうだ。
しかし、バース性が確定して以降、柾は葵衣と距離を置くようになっていった。
彼らの親友である現総理の朱南や妹の寒川家に嫁いだ薔子、南関東を統べる桐龍組の組長などは、突然とも言えるふたりの交流断絶に心配したものの、いずれは時間が解決するかもしれないと静観することに決めた。
だが、葵衣は理由もなく交流を途絶してきた柾の態度にずっと憤っていた。
葵衣は長年、それもバース性が確定するよりも前から柾を好きだったからだ。
たとえ自分がアルファで、柾がオメガやベータだったとしても死ぬまで添い遂げたいと願い続けていた。
むしろそういった性差がなくとも、葵衣は柾という存在を愛していたのだ。
逆に柾も葵衣に一途な思いを抱いていた。
しかし、表のオメガ名家の長子である葵衣と裏の名家『四季』の玉霞会を継ぐのが決まっていた柾が結ばれるわけにはいかない。
柾は彼の名のごとく、夏の太陽にまっすぐに伸びる立葵のように、明るい世界で幸せになってもらいたいと願っていたから。
だが葵の一途な願いは、更に葵衣の激昂に火を注いだ。
結局、葵衣の幸せをと言いながら、保身に走った柾に怒りすら沸いた。
なんとしても愛する人を手に入れたい。葵衣はあえて発情期に入った時に、自ら柾に番になってもらおうと本家に向かう途中、不幸な事件に見舞われた。
葵衣の乗っていた車へ謎の外車が衝突してきた。運転手は後部座席に座る珠玉の宝を守るため、右へとハンドルを切り外車へと反撃をしたのだ。
激しい衝突音と衝撃。
ヒートで朦朧としていた葵衣は、不意に開いたドアから覗き込む男の姿にゾワリと嫌悪が走る。
単独で事故を仕掛けたのは、当時大学生だった茶咲元組長だった。
茶咲は玉霞会で見かけた葵衣に一目惚れをしたものの、葵衣が柾に深い恋愛感情を持っていたのは目にも明らかで、茶咲がどれだけアプローチしても梨の礫状態だった。
だからこそアルファなら誰でも足を開くとされる発情期に葵衣を手に入れるための作戦を決行した。
しかし、葵衣はヒート状態にも拘らず茶咲に対して酷い抵抗を見せた。
引きずり出して多少怪我をさせても連れて行くことは可能だ。だが茶咲は茶咲なりに葵衣に恋慕をいだき、大切にしたい感情があった。
結局、これ以上強引に連れ去ることもできず、事故の報せを受けた警察のサイレンが聞こえ、茶咲は諦めてその場から逃げたのである。
運転手は使命を全うし、即死状態だったという。
葵衣は無傷だったものの、検査とヒートが落ち着くまで入院をし、目が覚めた時に聞かされた事実に、静かに滂沱した。
柾が病室に訪れたのは、葵衣が入院をして数日してからだった。
というのも、柾は葵衣の事故を単独で調べていたからだ。そして事故を起こしたのが、実家の第三次団体である茶咲組の長男だと知り、組ごと叩き潰したい心境だったものの当時組長だった父と茶咲の父は縁があり、できれば温情を与えて欲しいと釘を刺されたのだ。
最終的に茶咲の父から億単位の葵に対する慰謝料と、今後は息子を葵衣に近づけないという約束を取り交わし、その場で収めたのだった。
茶咲の父親の思惑だろう。柾と葵衣が結ばれる前にどこかの社長令嬢と結婚したと風の噂で耳にした──
その後に病室を訪ね、可愛がってくれた運転手の死と自分勝手な行動をした自身を憤り、葵衣は目を泣き腫らし、事故から数日だというのにすっかりやつれてしまっていた。
柾はそれほどまでに自分を愛する葵衣にほだされてしまった。
当時、若頭補佐として多忙を極めていた柾だったが、葵衣の見舞いだけでなく、退院後は玉之浦本家で療養させ、弱った葵衣に常に付き添った。
その時点で、玉之浦と珠城の両家はふたりの結婚を承諾し、葵衣の体が快復した翌年、ふたりは多くの人に祝われ婚姻を結んだのである。
椿は両親が結婚して二年後に誕生した一粒種だ。
当初は事故のショックでヒート不順に陥り、子宮の動きも悪く、子供を望むのは難しいと診断された。しかし、ふたりは諦めなかった。できる努力をし、体の悪いことは一切せず、そしてその末に椿は生まれたのだ。
柾は今も煙草は吸わないし、酒も正月や会合で嗜む程度だ。
柾が葵衣に対する妻恋も葵衣が柾に対する夫恋も、今も色褪せることなく続いていた。
そんな努力の末に生まれた椿をふたりは愛し、時には厳しく育てた。
幼少期からアルファ然とした整った容姿は母に、知略を巡らせる知能は父に似て、将来の玉霞会は安泰だと褒めそめやされた。
故に将来の玉霞会会長に擦り寄ろうとする人間も多くいた。
両親が察知すれば払うこともできたが、当時は祖父が亡くなり柾が若頭補佐から若頭になり、葵衣は周囲との付き合いで多忙を極め、自らに降りかかる火の粉は自分で払うしかなかったのだ。
しかし椿は子供だった。そんな彼に隙ができても、柾も葵衣も責められなかった。
椿の運命を変える事件が起こったのは、椿が中学に入ってすぐのことだった。
中学は秋槻学園を両親から勧められたが、幼馴染の桐龍の長男が通う普通の中学校へと進学した。そこで寒川玲司と知り合い、気づけば三人でつるむようになっていた。
その日もいつもと変わらず、繁華街で桐龍や玲司と遊び、自宅に向かって帰る途中、何者かに襲われた。頭を強く殴打され、薬で意識を奪われてしまったのである。
そして見知らぬ場所で目を覚ました椿は瞠目する。なぜなら自分は全裸で、腰をまたぐように若い女が同じく裸で艶かしく身をくねらせていたからだった。
椿の頭は混乱していた。
ここは何処だ、この女は誰だ、と尋ねたいことは沢山あるのに、下半身が溶けそうに気持ちが良くて思考が霧散する。
それに、女から香る甘い甘い花の香りにあてられ、アルファの本能が呼び起こされる。
すぐ近くで男の声が誰かに語っているのが聞こえるが、椿はオメガのフェロモンに誘発されてラットを起こし、気づけば女の腰を掴んで下からガツガツと穿っていたのだった。
何度も体位を変え、何度も女の洞を穿ち、何度も精を放ち、それでも性の衝動が収まらない。
朦朧とした意識の中で、自分がラットを起こしていると気づいたものの、初めて知る他人の性器の気持ちよさに浸りきっていた。
そんな快楽漬けになっていた椿を救助したのは、玉之浦の両親ではなく、連絡をもらって捜索していた桐龍と玲司と、ふたりに声をかけた壱岐の三人だった。
体も心もボロボロになった椿を秘密裏に寒川総合病院に運び、医師によって処置をされた。
このことは椿の両親は知らせないよう、三人に口を閉ざすよう願い出た。
安定していない玉霞会で、このような不祥事が露呈するわけにはいかない。
壱岐も玲司も桐龍も散々渋ってはいたが、親友の懇願に渋々頷いてくれた。
両親には周囲がうるさいから、しばらくは壱岐と一緒にツレの家に泊まるとだけ告げた。葵衣は何度かお世話になるから挨拶したいと言ったけども、椿がそれを大丈夫だからと断った。
約一ヶ月ほど、椿は寒川病院で入院生活を過ごした。
壱岐から授業の内容をしたためたノートで、かろうじて勉強面は問題ないものの、ひとつだけ小さな疑問が波紋のように椿を不安にさせていた。
以前は体調が悪い時に感じていた自分のフェロモンの香りを感じなくなっていた。
回診にきた医者に、雑談を含めて話した途端、色々検査をされるはめになってしまった。
血液検査に始まり、心電図、CT、エコー検査、MRIに脳波と、ありとあらゆる検査の結果、椿の小さな疑問に対する回答が出たのである。
椿に下された結果は『後天性フェロモン異常症』。
おそらくは、拉致事件時に頭を殴られたのが原因ではないかという話だった。
本来フェロモンはうなじを中心に、腋窩や耳の後ろなどから香り、その成分は血液だけでなく体液という体液に溶け込んでいる。
しかし、椿のフェロモン値は健康な十代アルファ男子の十分の一程度しかなく、もし、このごくわずかな匂いを感じることができるのは、椿の運命の番以外ないだろうとのことだった。
流石にこの椿の異変は看過されるわけにはいかず、寒川総合病院のアルファ・オメガ科の医師と両親と椿の三者で話し合いがなされた。
椿は何者かに襲われ、自力で病院へと向かったと嘘をついた。
柾は愛息子を傷つけられ般若のように激怒し、葵衣はさめざめと泣くばかりで、これ以上の負担をかけるわけにはいかないと、あえて周囲に口裏を合わせるように言い、両親はうまく騙されてくれた。
……もしかしたら、柾に関しては椿の嘘を見抜いていたかもしれないが……
その後の椿は自身では結婚も子供も望めないと、若頭の地位を拝命を賜ったが個人の組を作らず、表の仕事で会の繁栄を支えたいと柾に申し出た。
柾はそれに関して特になにも言わなかった。ただ、椿がどのような選択をするにしても、自分は決して反対はしないとだけ。
ああ、自分は本当に両親から愛されていると、実感できた瞬間だった。
仕事と玉霞会のために邁進し、気づけば三十になった晩冬。
ひとりのオメガが椿の元を訪ねてきた。
そのオメガの男は、玉霞会と桐龍組が国の依頼を受諾し作られた春の街で、かつては売れっ子娼夫をしていた人物だった。
彼はたった一言『ボクの息子オメガなんだけど、あなた買ってくれませんか?』と。
最初は世迷言を、と一蹴して追い出した。しかし、男は次の日も、また次の日も、毎日椿の元に現れては同じことを繰り返す。
不思議に思った椿は、壱岐にオメガの男の身辺を探らせた。
男の言うとおり、男には中学生になるオメガの子供がいた。それもかなり優秀な子供らしい。
椿は人身売買はしないものの、取引先の何人かは子供がおらず、養子を探しているのを知っていたため、それならばと男の話を腰を据えて聞くことにした。
オメガの男は、とある会社を経営しているアルファの客に本気になり、故意で避妊をせずに子供を孕んだという。しかし、そのアルファは娼夫とは番えないと言い、養育費は払うから認知はしないと告げ、男もそれに了承したとのこと。
だが、子供がオメガだと知れると、アルファはあっさりと援助を切り、男からの通話も拒否したという。
オメガの男は不安になった。自分はもう若くない。いつまでも体を売り続けることは不可能だ。でも子供はまだ若いし、未来もある。
だったら金のある人に買ってもらい、自分はひっそりと表舞台から消えてしまおう、と。
椿はオメガの男の言葉を受け入れた。
そして、男の子供──憂璃を引き取る代わりに、男に数億の金を渡したのである。
壱岐に調べさせたが、男の言葉の一部に虚偽はあったものの、ほとんどが事実と一致したからだ。事実、憂璃は秋槻学園からの勧誘を受けていた。
あの学園はよほど優秀な人材でない限り、こちらから接触してこない。それだけの誇りがあるからだ。
それでも憂璃に接触したというからには、椿にとっても有益な存在なのだと確信した。
壱岐には反対されたものの椿は男の要望額を支払い、憂璃を引取りに春の街へと向かった。
ここで誤算だったのは、憂璃が椿の運命の番だったことだ。
甘く、楚々とし、凛とした香りに、椿は年甲斐もなく鼓動が脈打った。
椿には長年バース性や男女性関係なく、体だけの関係の人間が数人いた。ただ性欲を解消するだけの関係。それなりにメリットを匂わせたが、一定の距離を保って付き合いを続けていた。
無味無乾燥な素っ気ない付き合いで良かった。感情が伴えば椿の秘密が秘密でなくなる。
だが、憂璃の存在は、これまでの概念を全てひっくり返すほどの衝撃があり、まだ発情期にもないってない年端もいかない子供を、その場で押し倒し犯したいと慟哭したのだ。
同時に、憂璃を誰かに渡す考えは消え去っていた。
自分の手元に置き、いずれは憂璃のうなじを噛んで番にしたいと願うようになっていた──
「カシラ?」
「……っ」
過去に思い馳せていた椿は、壱岐の声で我に返る。
「すまない」
「いえ、お疲れのようですので、少しお休みになられては……」
「いや、大丈夫だ」
仕事が手につかず、椿は彗の電話を待つあいだに自宅マンションへと戻っていた。
もしかしたら憂璃がいるのでは、と希望的観測をいだいて。しかし、憂璃の姿はどこにもなく、ソファで体をやすめている内にぼんやりとしていたらしい。
外はいつの間にか夜の帳が降り、小さな星が囁くように瞬いている。新月のせいか、星の微かな輝きが窓越しでもよく見える。
昼に彗からの通話が途切れて以降、その彗だけでなく、他の人物からも朗報は届いていない。
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