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お花見弁当とプロポーズ⑦

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「さて、ほぼ全てを開示しました。誰もオレと健一さんを隔てる壁はありません。ですから、受けてくれますよね、プロポーズ」
「そ、そんな怒涛な勢いで種明かしされても……。本当に、涼さんは、俺でいいの?」

 俺のどこに執着するポイントがあるのか、それでも涼さんは俺にプロポーズしている。俺の汚い部分や弱い部分を知ってもなお、傍に居て欲しいと希っている。

「何度もいいますけど、オレ、今まで何事も誰にも興味がなくて、本当つまらない人生送ってたんですよね。そんな中で少しだけ意識的に動いてたのが、株と料理とネット小説で。Ryo名義でフォローしていた作家さんは更新を楽しみにしてる位で、その中でも『トータカ』さんの書く話が大好きで。まさかK出版から本を出すなんて思ってませんでしたけど」

 何かを思い出したように柔らかく微笑む涼さんに、俺は言ってはいけない一言を放っていた。

「じゃあ、俺の書籍化には涼さんは無関係?」
「……もしかして、オレが口添えしたと思ってました?」

 眉根を寄せて少しだけ不機嫌な表情をする涼さん。普段からどれだけ機嫌が悪くなっても、こんな風に俺に対しては嫌な部分を見せなかったのに。俺の不用意な言葉が彼を傷つけていると気づき、自然と「ごめんなさい」と言葉がこぼれ落ちていた。

「まあ、オレがK出版の身内だと認めた時点で、健一さんが疑うのも理解できますけどね。でも、K出版の社長の椅子を蹴ったことで、経営自体ノータッチですから。そもそもオレが言ったからって、あの博貴がすんなりとオレの提案を快諾するとは思いませんよね」
「……うん」

 まだ数回しか会ったことないけど、博貴さん……あの人はかなり胡散臭い人物だと思う。
 あの年齢で大手企業を経営しているのだから、それなりに苦労とかしてたんだろうけども、基礎部分からして普通の俺とは違うって感じさせるんだよな。物語ファンタジーで言えば、賢者とか魔法使いとか。頑固で高みから見下ろして嘲笑してそうなイメージ……あ、今考えてる話で迷っていた受けの魔法使いの師匠の雰囲気に合うかも。

「その様子だと、また何か楽しい事を思いついたようですね」
「ほら、前に新しい話で悩んでたキャラクターがいたよね。社長が雰囲気ピッタリだったから、どこで出そうかなって」
「ね? 自分で気づいてないかもしれないけど、健一さんは誰の手も借りなくても、ちゃんと自分で人を魅了できる世界を作れる人なんですよ。……オレが何も言わなくてもね」
「……あ」

 きょとりと目を瞬かせて涼さんを見る。そこにはさっきまであった不機嫌な部分はどこにもなく、ただ穏やかで慈しむ笑みを浮かべて俺を見ていた。

「オレは健一さんが作る世界も、健一さんの全ても大好きです。ずっと傍にいてあなたを守り愛したい。オレがこんな風に人を思いやれる機会を与えてくれた健一さんと、これからの人生を共に歩きたいんです」

 まっすぐに俺を見つめて、心奥深くにまで刻むような涼さんの言葉。さっき以上に心臓がドキドキして、顔が熱い。好きな人からのプロポーズがこんなにも破壊力があるとは想像もできなかった。

「涼さん、本当にこんな俺でもいいの? すぐ疑心暗鬼になったりするし、きっと何度も涼さんを困らせる事も多くなっていくと思う。……俺、多分、涼さんの荷物になる気がするんだ」
「……健一さんって、結構大胆なことするくせに、たまに反対方向に全力疾走する位、後ろ向きになりますよね」

 俺はなぜプロポーズされた相手から、褒められてるのか貶されてるか曖昧な言葉を投げかけられているのだろうか。というか、反対方向に全力疾走って……ただの逃走では。

「健一さんが真面目すぎるほど真面目で、石橋叩いて渡るほど慎重なのも理解してますけど、そんなにガチガチに生きてきて疲れません?」
「……」

 クスクス笑いながら言われたせいで、反応するのが遅れてしまった。胸がドクドクと痛いくらいに鼓動を打ち、一瞬沈黙したあとに口を開く。嘘偽りない俺の気持ちを。

「まあ、結構疲れるかな。でも、これも俺だ。こんな俺だからこそ、あの物語たちが生まれた」
「……確かに、健一さんが頑固で頭が柔らかくないから、オレの好きなお話が読めるわけですから」
「それって、聞きようによっては貶めてるようにしか聞こえないんだけど」
「貶めてないし、けなしてもいませんよ。オレの好きな健一さんの魅力のひとつです」
「っ!!」

 涼さんは俺を好きだ愛してるだと言いながらも、殺したいのだろうか。もう心臓が持たないんだけど。

「ねえ、健一さん。これからはオレの傍で、色んな顔を見せてくれませんか。泣いてる顔も、悔しそうな顔も、怒ってる顔も、それから沢山の笑顔をふたりの間を死が分かつまで」
「死が……分かつ、まで」
「健一さんがしわくちゃのおじいちゃんになっても、オレはずっと愛してます」
「お……俺も……っ」

 もう我慢できなかった。ボロボロと涙が溢れては頬を転がり、海風がさらっていく。そんな俺を涼さんは愛おしいと言わんばかりの笑みで、親指で滂沱する俺の涙を拭い、そっと抱きしめてくれる。
 何度こうして涼さんに抱きしめられただろう。その度に安堵を覚え、包まれる温もりに愛おしさが込み上げた。
 生まれて初めて人からプロポーズをされた。その相手は、俺の人生では絶対にないだろうと思っていた同性の涼さんで、死ぬまで愛してくれると言ってくれた。
 これは夢なんじゃないだろうか。こんなに都合のいい展開なんて、物語でしか見たことがない。

「ねえ、涼さん」
「はい?」
「これ、夢じゃないよね。こんな素敵な場所で、イケメンの涼さんからプロポーズとか。普通なら『なに、そのラノベ』とか言いそうだもん」
「また突拍子もない事を考えてますね。現実ですよ。なんなら、ほっぺでも抓ってみましょうか?」

 と、涼さんは俺の頬をキュッと指で挟み、それから優しいキスをくれた。


 ひとしきり甘い甘いキスを交わした後、涼さんお手製のお弁当をふたりで仲良く食べた。
 小ぶりな三段のお重には、俵型の筍ごはんのおにぎりと、海苔の帯をつけた塩おにぎり。菜の花のおひたしにブロッコリーと甘辛ツナのマヨネーズ和え、人参とインゲンの肉巻きに、オレンジマスタードのチキンソテー。唐揚げじゃないんだと言ったら、生姜を切らしていたようで、変更したんだと。
 その代わりお弁当定番のタコさんウインナーとか、卵焼きはちゃんと入っていたので大満足。
 最後のお重にはデザートが入っていて、ぎっしり保冷剤が詰め込まれた中には、淡いピンクのミルクババロア。上には真っ赤なイチゴが乗っていて可愛らしい。

 会社に勤めてた時に作ってくれていたお弁当もそうだったけど、涼さんは俺が苦手とする物は一切入れてなかった。常に俺が美味しいと思える物を食べてもらいたいからだと、前に言ってくれていたけども、普通なら料理人の人ってそういうの考えずに作ったりするんじゃないかって思ってたら。
 涼さんも幼少期に苦手な物を無理やり食べさせられて以降、見るのも嫌になった食べ物があるので、他人に自分の主張ばかり押し付けるのはかわいそうだと感じていたようだ。
 ちなみに、涼さんは雲丹が大嫌いだそうで、潮臭さと味が気持ち悪くなるんだと。

 ふたりで青い花畑を背に色々話ながら、お花見弁当に舌鼓を打った。
 真っ青な海を眺めながら、桜色のババロアの舌で溶ける食感に幸せを感じつつ、俺はゆっくりと口を開く。

「……涼さん。こんなに面倒臭い俺だけど、これからも末永くよろしくお願いします」

 息を呑む気配に顔を上げると、そこには涼さんの輝くような笑顔があり、俺もつられて同じような満面の笑みを浮かべていた。
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