冷甘メイドの怪奇図書

要 九十九

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第一章「最初の一冊」

第18話「捜索と気付き」

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「クソッ!」

 視線の先で林道が消えた裏路地を覗き込みながら、鷹見さんが怒りを露にしている。異変に気付いたにも関わらず、目の前で事が起こってしまった。彼女のその反応は、犯人に対してだけではなく、自分に対する怒りの様にも見える。
 遅れてその場に到着した俺とカミラさんも一緒になって見てみるが、そこには入り組んだ路地があるだけで誰の姿もなかった。
 俺たちより早く車から飛び出した鷹見さんがここに来るまで、時間にして20秒も経っていなかった筈だ。だが、そこに林道の姿は見当たらない。

「何がどうなってやがる」

「……人の手のような物が見えた気がしましたが」

「あぁ。わたしにも近付く時に手らしき物は見えていた。しっかりと確認する前に消えちまったがなぁ」

「でも、俺たちがここへ来るまで、それ程時間は掛かってないですよね?」

 もう一度確認してみるが、そこには左や右に続く別の路地があるだけで人の気配はない。あんな短い時間で、大のおとなを運んだまま移動するなんて、普通の人間には無理だろう。
 そう、普通のには……。

「カミラさん、お願い出来ますか?」

「……はい」

 俺の発言に短く返した後、彼女はゆっくりと瞳を閉じた。鷹見さんと一緒にその様子を固唾を呑んで見守る。
 カミラさんが自分の正体を明かした時、彼女は怪奇的な存在の気配を、ある程度は感じ取れると言っていた。そんなカミラさんなら、直接この目で見付けなくても、林道を連れ去った何かの元に辿り着ける筈だ。
 路地裏に俺たちの微かな呼吸の音だけが響く。やがて、静かに目蓋を開けたカミラさんは首を傾げた。

「……おかしな気配は

「えっ?」

「そんな馬鹿な。ただの人間がこれをやったってのか?」

「……分かりません。ですが、怪しい気配は何も……」

「クソッ! 怪奇じゃないなら何だってんだ。とりあえず直ぐにでも林道を探さないと……」

「俺たちも手伝います!」

 林道が消えた路地は幾つもの道に分かれている。鷹見さん1人ではとても探しきれる広さではないだろう。

「それは……」

「彼を連れ去った目的は何か、連れ去ったのが分かっていない以上、早く見つけないと!」

 俺の話を聞き、顎に手を当て何かを悩んでいた様子の鷹見さんが口を開く。

「分かった。とりあえずわたしはこの路地の左側を手前から確認してみる。少年は右側を。メイドは……」

 鷹見さんは路地を見上げながら、更に何かを考えている様だ。

「建物に登って、上から下の路地を確認していく事は出来るか?」

「……出来ると思います」

「なら、メイドは上から周りの路地全体を奥から見てくれるか?」

「……分かりました」

「じゃあ急ぐぞ!」
「はい!」
「……畏まりました」

「あっ、待て!」

「何か?」

「これをやった奴の目的は分からない。だが、ただ林道を殺したいだけなら、連れていかずにこの場で殺すという選択肢もあった筈だ」

 直ぐ近くにいた人間をほんの僅かな時間で連れ去る。確かに、こんな芸当が出来る存在なら、俺たちに見られずに殺害する事も簡単だろう。

「だから今の犯人の目的は、連れ去る事自体なのは間違いない。それがアリバイ作りの為なのか、別の場所で殺す為か、その他の事情なのかはまだ読めないが……」

 言葉を止めた後、鷹見さんはカミラさんを少し見て、続けて俺の方をじっと見てきた。

「協力して貰っているとはいえ、君たちは一般人だ。メイドは自分で何とか出来るかも知れないが、これの犯人がどういう奴かも分からない以上、林道を見つけても危険な目に遭う可能性がある」

 そう続けながら鷹見さんは、ポケットから取り出したスマホを俺たちに見えるように掲げて見せた。

「だから、犯人を見つけても絶対に手出しはせず、わたしに連絡してその場から離れろ」

「それは……」

「本来なら君たち2人も、わたしが守るべき市民だ。ここまで協力させた以上、君たちにも言いたいことはあるだろうが、とりあえず今は従ってくれ」

「…………分かりました。カミラさんも、鷹見さんも気をつけて」

「あぁ」
「……南様も十分にお気を付け下さい。それでは……」

「えっ!?」

 カミラさんは俺へ返答して間もなく、。勿論これは比喩だが、状況を端的に説明するにはそういう言葉しか浮かんでこなかった。
 彼女は路地を造り出しているビルとビル。左右に見えている壁面を利用して、左に右にと、その壁を蹴り上げながらビルを直接登っていったのだ。
 俺と鷹見さんがその光景に驚いているのもつかの間、彼女は屋上まで軽く登り終え、元々の暗さとその距離でよく分からないが、多分屋上からこちらに向けて小さく手を振っている。
 顔もここからは見えていないが、恐らく普段の無表情なのだろう。

「わたしの見間違いじゃなきゃ、これ3、4階建てのビルだよな?」

 カミラさんが登るのに利用した左右の建物を見ながら、鷹見さんは唖然としている。

「は、はい……」

「メイド1人で全部何とかなるんじゃねぇか?」

 そう冗談混じりに言う彼女の言葉を皮切りに、俺たちの林道捜索が始まった。



 だが、長引くと思われた捜索は直ぐに終わりを迎える事になる。それは右側2つ目の路地を真っ直ぐ進んだ先での事だった。

(早く見つけないと……。もしかしたら、もう近くにはいないのか?)

 大きな物音を立てないよう慎重に、しかし急いで歩を進める。
 連れ去った人物があの時、俺たちに気付いていたかは分からない。だが、もし気付かれていなかったのだとしたら、追い付ける可能性はある筈だ。

「…………どうして?」

(……っ!?)

 突如聞こえてきた声に、咄嗟に息を潜める。注意深く発生源に近付いていく。

(会話してるのか……?)

 恐らく2人が何かを喋っている。片方は男性、多分林道だろう。もう一方は女性の様だ。

(よく聞こえないな)

 ゆっくりと歩を進めながら、聞き耳を立てる。前方を見ると、路地の先に開けた場所があった。

(あそこか。早く鷹見さんに連絡しないと)

 進むのを一旦止め、急いでポケットからスマホを取り出す。鷹見さん宛にメッセージを……。

「……?」

 その言葉に手が止まる。まだどんな話が続くか分からない。だが俺の心臓は、まるで今すぐこの場から逃げろと警告するように早鐘の様に鳴り響いている。
 辺りに広がる少しカビっぽい臭いも、目の前の暗い道やそこに置かれた段ボールやゴミ箱も、最近見たある光景と酷似している。
 上がる息に、慌てて首と顔を確認するが、そこには誰の手も、傷もない。

(雰囲気が似てるだけだ。早く連絡を)

 そう思った――――瞬間だった。

「………………?」

(えっ……?)

 はっきりと俺の耳に聞こえて来たその言葉は、最近何度も見ていた……。
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