愛されなかった公爵令嬢のやり直し

ましゅぺちーの

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一章

王都の広場

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「――それで殿下、どちらへ行かれるのですか?」


私は殿下に尋ねた。


正直、殿下の行きたいところなど全く予想つかない。
前世を含めて婚約者として長い時間を過ごしたというのに私は彼のことを何も知らないのだ。
何が好きで何が嫌いなのか。
殿下は感情を露にする方ではないから本当に分からない。


(あ、でも…………)


私はそのとき前世で成長した殿下が剣術を得意としていたのを思い出した。
剣の腕なら騎士団長にも負けないほど強かったそうだ。
私は殿下が戦っているところを見たことが無かったが、周りがそう言っていたのをよく覚えている。


(だとしたら、剣術が好きなのかな?)


それなら、嫌いなものは……


「……」


(……ダメだ、私しか出てこない)


自分で言っておきながら、何だか悲しくなってしまった。
落ち込む私を見て殿下が不思議そうな顔をした。


「・・・?特に決めていない。お前の好きなところに行けばいいだろう」
「え、いいのですか?」
「あぁ、俺は一通りまわったからな」


殿下のこの優しさには未だに慣れない。


「ありがとうございます、殿下……」


私がそう言うと殿下は眉をひそめてこちらを見た。


「……?殿下……?」


殿下はずっと不快そうな顔をしている。


「その殿下、っていうのやめてくれないか」
「えっ……?」


(それってもしかして……名前で呼べということ……?)


男性経験のない私は不覚にも殿下のその発言にドキッとしてしまった。
殿下は顔だけなら国宝級だ。
顔の良い男性にそんなことを言われると誰だってドキドキするものだ。


「そ、それは……その……えっと……」
「――あぁ、勘違いするなよ。ここが市井だからそう言っているだけだ。俺が王子だってバレると都合が悪いからな」


イラッ。


(私のドキドキを返して――!)


「わ、分かってますよ、そんなこと」


私はこみ上げてくるイライラを抑えながらも平然を装ってそう答えた。


「それでは、グレイフォード様とお呼びさせていただきますね」
「あぁ」


殿下は興味なさそうにそれだけ言った。


(私の好きなところに行っていいってのはありがたいわ。どこに行こうかな?)


「……」


それからしばらく考え込んで、私は新たな問題に直面していた。


(どうしよう……王都にほとんど行ったことないから行きたいところなんて分からない……!)


今はただただ王都の道を歩き続けているが、行き先など決めていない。
それどころか、ここがどこであるかすらよく分からない。


「おい、この道さっきも通らなかったか?」


ギクリ。
私にずっとついてきている殿下に痛いところを指摘された。


「そ、そうですかね……気のせいなんじゃ……」


オロオロする私を見て殿下は訝しげに言った。


「お前まさか……道に迷ったんじゃ……?」
「いえそんなことは!決してありません!」


私は必死でそれを否定する。
しかし殿下の疑いは晴れない。


「それなら何故こんなに同じ場所をウロウロしている?」
「そ、それは……」


結局、私は殿下に洗いざらい話した。
全てを話し終わると殿下は呆れたような顔で私を見る。


「時間を無駄にしたな」
「も、申し訳ありません……」


殿下のその言葉に、何も言い返せなかった。
私は勉強以外は馬鹿だったのだなと思い、悲しくなった。
前世では勉強さえしていれば立派な大人になれると思っていた。
しかしそれは大きな間違いだったことに気が付いた。


「お前、王都に来るのは久しぶりなんだな。てっきりいつも遊びに来ているのかと思っていた」
「そ、そんないつも遊んでるわけじゃないです!」


(前世ではあなたのために勉強しかしてなかったんだから!)


いつも遊んでいると思われていたとはなかなかショックだ。


「そうだな……なら広場にでも行ってみるか」


殿下は少しだけ考え込む素振りを見せた後にそう言った。


「広場ですか……?」
「ああ、初めてだろう?」
「はい。そこはどのような場所なのですか?」
「騒がしい場所だ」


(何よそれ)


しかし、せっかく殿下が連れて行ってくれるというのだ。
断るのは失礼だろう。


「是非行きたいです!連れて行ってください、グレイフォード様!」


不思議に思いながらも、殿下に気に入られるためにそう言ってみる。


「あぁ、こっちだ。俺について来い」
「……!」


そのとき、殿下が一瞬だけ軽く微笑んだような気がした。


(……今、殿下が笑ったような気が……いや気のせいよね……?)


驚きのあまり、立ち止まっていると殿下から声がかかる。


「何をしている、早く来い」
「あッ、はいッ!」


私は急いで殿下について行った。


しばらくの間、私は殿下について歩いていた。


(……お父様といい、殿下といい、少しくらい私を気遣って待ってくれないのかしら)


そう思ったそのとき、私の心を読んだかのように殿下が急に立ち止まった。
私は急に止まることが出来ず、殿下の背中にドンッとぶつかってしまう。


「いてて……たしかに待ってほしいって思ったけどそんな急に立ち止まることな……」


(…………!)


私は、目の前に広がる光景を見て言葉が出なかった。


中央に大きな噴水があり、その周りには美しい花々が咲き誇っている。
噴水の近くでは吟遊詩人が音楽を奏でて、人々がリズムにのって踊っている。
殿下の騒がしい場所とはそういう意味だったようだ。


(何て素敵な場所なの……)


「どうだ?」


目の前の光景に見惚れていると、前にいた殿下から声がかかった。


「グレイフォード様、とっても素敵です……!」


そう言うと殿下も私と同じように広場を見渡した。
気のせいかそのときの殿下の表情はいつもよりほんの少しだけ穏やかに見える。


(……こんなにも素敵な場所を知らなかっただなんて、離れの庭園のときも思ったけれど前世の私は本当にもったいないことをしたわ)


私がそう思いながら周りを見渡していると、ふと声をかけられた。


「美しいお嬢さん、どうか私の曲に合わせて踊ってくれないかい?」


それは先ほどまで音楽を奏でていた吟遊詩人だった。
彼はニッコリと笑って私に手を差し伸べている。


「えっ……」


(ど、どうしよう……もし私が公爵令嬢だとバレたら大変なことになるわ……)


広場というだけあって周りにはたくさんの人がいる。
それなのにこんなに目立つことをしたら私の正体を知られてしまいそうだ。


そう思った私は穏便に断ろうとした。
しかし――


私が断ろうとしたその瞬間、周りから歓声があがった。


(う、うそ……!?)


この状況で断れるはずもない。
私は仕方なく吟遊詩人の手を取った。


吟遊詩人のエスコートで広場の中央に行くと彼が楽器を弾き始める。


♪♪♪~


(あ、この曲……!)


吟遊詩人が弾いた曲には聞き覚えがあった。
数年後に名曲として王国中に知られる曲だ。
王宮で開催される舞踏会でも何度か踊ったことがある。


(大丈夫!この曲なら踊れるわ!)


そう思い、私は曲に合わせて軽やかにステップを踏む。
私は元々ダンスが得意な方だ。
前世では殿下としか踊ったことが無かったから一人で踊るのは初めてだが。


周りで見物している人々はほうっと感嘆の息を漏らした。






――タタン!


しばらくして曲が終わった。
盛大な拍手が広場に響き渡る。


何だか気分が良い。
舞踏会でも何度か拍手を送られたことはあるがそれはあくまで王太子殿下の婚約者であるフルール公爵令嬢に対してのものだった。
だけど今の拍手は公爵令嬢ではない、ただのセシリアに対してのものだ。
そう考えると何だか良い気分になった。


(こういうのもたまには良いわね…………ッ!)


ふと後ろを見ると殿下がこちらを凝視していた。


(まずいわ……私、殿下をほったらかしに……)


そのことに気付いた私は殿下に近づき声をかける。


「グ、グレイフォード様……あの――」
「もう日が暮れる。帰るぞ、あの侍女のところまで送っていってやる」


かろうじて出た声は殿下によって遮られた。


「えっ……あっ……ありがとうございます……」




その後私は殿下にミリアのところまで送り届けられ、公爵邸へと帰った。


自室に入った私はいつものようにベッドに突っ伏した。
思い出すのは王都での出来事。


(今日の殿下……なんだか様子が変だったわ。殿下じゃないみたい)



一瞬微笑んだのも、私を凝視したのも前世では体験したことのないことだった。



その夜、私の頭の中は殿下でいっぱいだった。


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