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一章
戸惑い
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私は一人ベッドの中でじっと考え込んでいた。
私の頭の中を占めているのは王都で見た殿下だ。
決して殿下のことを好きになったとかそんなのではない。
ただ単に戸惑っているのだ。
(…………あれは一体、誰なの?)
見た目は殿下。
だけど性格は前世の殿下とはまるで違う。
彼はあんなに優しい人ではなかった。
そう、私の知る殿下はいつだって冷たい人である。
それも私にだけだ。
他の貴族令嬢に対しては必要以上に関わろうとはしなかったが、少なくともあんな態度を取ることはなかった。
殿下が愛しているのは、心を許しているのはマリア・ヘレイスだけ。
その他の人間には興味が無い。
私に冷たくするのは私が王命によって無理矢理決められた邪魔な婚約者だから。
そう思っていた。
(…………だけど)
私は王都にいる間に殿下が一瞬だけ見せた笑みを思い出した。
あれは作り物の笑みではない。
長年彼を隣で観察してきた私にはそれがすぐに分かった。
前世での殿下はあまり笑わない方だった。
しかし、社交の場では時折笑顔を見せることがあった。
その笑顔はどれも偽物である。
口角は上がっているが、目が笑っていないのだ。
殿下にその笑みを向けられた貴族令嬢たちはそんなことにも気付かずにキャーキャー言っていたが。
(……それでも、当時の私は羨ましかったんだっけ)
たとえ偽物の笑みでも、殿下に笑顔を向けられているということが羨ましかった。
(…………だって私には一生向けられることはないものだもの。)
それが私を余計に惨めな気持ちにさせた。
私が全てを持っているだなんてそんなの嘘だ。
どれだけ頑張っても”愛”だけは得られなかった。
殿下のことを考えると、自然と前世の辛い記憶も頭の中に浮かんでくる。
だけどどうしても考えずにはいられなかった。
私の人生がこれからどうなるか、それは殿下に掛かっていると言ってもいいのだから。
殿下はきっとまたこの先マリア・ヘレイス男爵令嬢と出会い、恋に落ちるだろう。
そしたら私はまた同じ末路を辿ることになってしまう。
それだけは絶対に避けなければいけない。
だけど――
『お前の好きなところに行けばいいだろう』
殿下の奇妙な優しさに戸惑う自分がいた。
私はあの人のことを何も知らないからよく分からないのだ。
もしかしたら殿下はそこまで悪い人ではないのかもしれない。
時々そう思うことはあるが、前世での記憶を思い出すたびにその考えを否定した。
前世の私は何もしていないのに殿下に嫌われていたのだから。
今でもそのことを考えるだけで胸が苦しくなる。
殿下に恋をしているからとかじゃない、ただ単に振り向いてもらえない自分が憐れで情けないのだ。
(…………考えても仕方がないわね。今日はもう寝よう)
たとえ今世の殿下が優しかったとしても私の気持ちは変わらない。
私は殿下との婚約を解消する方針でいくつもりだ。
(…………今は優しいかもしれないけれどマリア・ヘレイス男爵令嬢と殿下が会えば、また変わるかもしれないわ)
そうなったら今度は結婚などせずにすぐに身を引けばいい。
そのほうが私にとっても殿下にとっても良いだろう。
そのとき、ふとあることが気になった。
(…………前世で、私が死んだ後彼らはどうなったのかな?)
殿下と男爵令嬢は邪魔者がいなくなって無事に結ばれただろうか。
お父様は娘の訃報を知って何を思ったのだろうか。
気になることはたくさんある。
私がそれを知ることになる日は永遠に来ないのだろうが。
私の頭の中を占めているのは王都で見た殿下だ。
決して殿下のことを好きになったとかそんなのではない。
ただ単に戸惑っているのだ。
(…………あれは一体、誰なの?)
見た目は殿下。
だけど性格は前世の殿下とはまるで違う。
彼はあんなに優しい人ではなかった。
そう、私の知る殿下はいつだって冷たい人である。
それも私にだけだ。
他の貴族令嬢に対しては必要以上に関わろうとはしなかったが、少なくともあんな態度を取ることはなかった。
殿下が愛しているのは、心を許しているのはマリア・ヘレイスだけ。
その他の人間には興味が無い。
私に冷たくするのは私が王命によって無理矢理決められた邪魔な婚約者だから。
そう思っていた。
(…………だけど)
私は王都にいる間に殿下が一瞬だけ見せた笑みを思い出した。
あれは作り物の笑みではない。
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前世での殿下はあまり笑わない方だった。
しかし、社交の場では時折笑顔を見せることがあった。
その笑顔はどれも偽物である。
口角は上がっているが、目が笑っていないのだ。
殿下にその笑みを向けられた貴族令嬢たちはそんなことにも気付かずにキャーキャー言っていたが。
(……それでも、当時の私は羨ましかったんだっけ)
たとえ偽物の笑みでも、殿下に笑顔を向けられているということが羨ましかった。
(…………だって私には一生向けられることはないものだもの。)
それが私を余計に惨めな気持ちにさせた。
私が全てを持っているだなんてそんなの嘘だ。
どれだけ頑張っても”愛”だけは得られなかった。
殿下のことを考えると、自然と前世の辛い記憶も頭の中に浮かんでくる。
だけどどうしても考えずにはいられなかった。
私の人生がこれからどうなるか、それは殿下に掛かっていると言ってもいいのだから。
殿下はきっとまたこの先マリア・ヘレイス男爵令嬢と出会い、恋に落ちるだろう。
そしたら私はまた同じ末路を辿ることになってしまう。
それだけは絶対に避けなければいけない。
だけど――
『お前の好きなところに行けばいいだろう』
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私はあの人のことを何も知らないからよく分からないのだ。
もしかしたら殿下はそこまで悪い人ではないのかもしれない。
時々そう思うことはあるが、前世での記憶を思い出すたびにその考えを否定した。
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今でもそのことを考えるだけで胸が苦しくなる。
殿下に恋をしているからとかじゃない、ただ単に振り向いてもらえない自分が憐れで情けないのだ。
(…………考えても仕方がないわね。今日はもう寝よう)
たとえ今世の殿下が優しかったとしても私の気持ちは変わらない。
私は殿下との婚約を解消する方針でいくつもりだ。
(…………今は優しいかもしれないけれどマリア・ヘレイス男爵令嬢と殿下が会えば、また変わるかもしれないわ)
そうなったら今度は結婚などせずにすぐに身を引けばいい。
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そのとき、ふとあることが気になった。
(…………前世で、私が死んだ後彼らはどうなったのかな?)
殿下と男爵令嬢は邪魔者がいなくなって無事に結ばれただろうか。
お父様は娘の訃報を知って何を思ったのだろうか。
気になることはたくさんある。
私がそれを知ることになる日は永遠に来ないのだろうが。
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