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第二章 別れ

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ノアーサとカノイが村から出た事を確認すると、ノルマンの元へ妻のアンが来る。
「行ったようね」
 ノルマンの妻、アンは清楚せいそな女性だ。瑠璃色るりいろの髪を束ね、左肩に流している。目の色は茶褐色で健康的な顔立ち。しっかり者でノルマンによく尽くしてくれている。
「あいつら、村を出たら刺客しきゃくだらけだぞ。途中で死ななきゃ良いが」
 ノルマンはいたずらな笑みを浮かべる。大丈夫だと信じて言ったのだろう。
「あの子たちは、親や家族と引き離され、寂しかったんだろうな。お互いその孤独を紛らわすようにこの村で、勉強や訓練に勤しんでいるようだった」
「気持ちは変わらないのね」
「俺は家族が好きだった。だが、国は家族を奪い、知人の命と、兄妹の人生を狂わせた。それにもう、この国に俺の居場所は無い」
「今日、アスケニア王国騎士団の軍服を身につけたのは、あの子たちに最後まで、国に忠義を尽くした。と、見せつけたかったから?」
「少なくとも、二人が最後にみた俺の姿はそうあって欲しいね」
そう言うと彼の表現は怒りに変わった。
「だが、今の王に忠義は尽くせない。この十年の間にどれだけの民が、内戦や暴動で亡くなった。どれだけの官僚かんりょう粛清しゅくせいされた。我が家は二百年続く騎士の家系という肩書きのもと、妹は人質にとられ、その間に母も死んだ」
「あの子たちをこの地に送った方は、きっと、今のアスケニアを変えてくれる人では?」
「そうなると良いが」
「私、あの子たち大好きよ。三年間、一緒に過ごして思ったの。私が王なら、二人を側近として側に置きたいわ。だって、あの子たちは武術だけでない、かつて国に遣えた多くの知識人たちが伝え、教えたかった事をすべて学んだのですもの」
「だからこそ、簡単には死なせない。『国の預かりあず者』と聞こえは良いが所詮しょせんは、人質だ。あの二人はこの年になっても、友達もなく、子供らしい事は何ひとつ教わってない。俺達が来なかったら、年頃の二人は互いの接し方すら解らず、思春期ししゅんきを過ごしていただろうよ」
「でも、これからはきっと、自分らしく生きられるわ。二人はまだ十七歳なのよ」
「姉らしい事を言うなぁアン」
そう言うと、彼女の肩を掴んでつか抱き寄せる。
「気持ちは変わらないのだな?」
「あなたが作戦した通りよ。村人で反対する人たちは、始末させた。彼らを指導してくれた村人の数十名は、私たちと最後を共にしてくれるそうよ」
 そう言うと、氷のような冷たい笑みを浮かべる。今までの彼女とは全く雰囲気ふんいきが違っていた。
「俺も、必要なくなればお前に殺されるのか」
「あなたは私の夫よ。だから、最後まで側にいてもらうわ」
「そうか。ならば俺も最後の役目を果たすとしょう」
「あなたはこの村を守り、勇敢ゆうかんたたかって、タルハタの攻撃を阻止し、戦死する」
「その通りだ。さて、夜明けまであと少しだな。日の出前に、村に火を放つ」
ノルマンはノアーサとカノイが出て行った方向を見つめる。
「ノアーサ。カノイ。お互い生き延びる事が出来たら、また、逢おう」
そう、呟くと、アスケニア王国騎士団の軍服の上着を脱ぎ捨てる。
 騎士としての忠誠心を捨てたかのように、かつての優しかった兄の表情が、黒い笑みに変わっていた。
 
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