上 下
9 / 15

第九章 改革

しおりを挟む
 この日、王国騎士団に調査報告書が届いた。
 カノイとノアーサが、住んでいた村の大火災。その被害報告と行方不明者が明らかになった。
「あの御方主君も今回、村の大火災に関与していたという事か」
 ノアーサとノルマンの父で、王国騎士団総長そうちょうのノルディックが呟いた。
「ノル。俺が一番驚いているのは、息子ノルマンの嫁が、タルタハの王女という事だ」
 アベルが妻のヘンリエッタと共に執務室で、話している。
 報告書は『主君』と呼ばれていた、ウィルフォンスきょうの家臣によって届けられたものである。
「この報告書が個人宛に届けられたという事は、ノルマンとアン王女はタルタハに到着し、子供たちは『主君』にお逢い出来たという事か」
 ノアーサやカノイが『主君』に逢っていた頃、王国騎士団にも、兄夫婦の報告は届いていた。
「娘が戻って来たと思えば、息子がタルタハに亡命。二人の亡命は予想外だったが、あの子たちが戻って来た事により、国の歯車が動き始めるな」
「隣国のタルタハは王様がよわい九十歳。先に皇太子が他界して、次の王位継承者は孫たちと聞いているけど、アンもその王位継承者となるわけよね」
 ヘンリエッタがタルタハの王族の事を語る。
「行方不明者は二人以外に、粛清を免れ、身をひそめて暮らしていた人たち。その中には学者や研究者。芸術家。といった博識のある人たちだ。死亡届も出ているから、隣国に亡命した方が、都合が良かったともいえる」
 ノルディックが報告書を手にそう話した。
 国境警備をしていたノルマンは、隣国の協力もあり、無事にタルタハに到着できた事だろう。
「ノル。いづれにしても、アスケニアとタルタハの両国は、新王を迎えるべき時に来ているのは確かだ」
 王国アスケニアは、今の国王が即位して十二年。『粛清しゅくせい』『接収せっしゅう』『圧制あっせい』で、民を苦しめる国家に民衆は誰もが、不満を抱いていた。
「国の風向きが変わる。こういう時は、国内で暴動が多発しやすい。王国騎士団では、国の治安維持を守り、民衆の不安をあおらぬように警備を強化する」
 ノルディックが支持を出した。
「既に、手配しております」
 秘書のヘンリエッタが答える。
「他の騎士団にも声をかけておきました。宮廷。近衛。海援かいえんの騎士団。兵士。傭兵は、こちら側主君を支持しております」
「さすが、我が女房。根回しがいいな」
 アベルが妻のヘンリエッタの行動を誉める。
「しかし、国が教会を失っては、新王の戴冠式に響くだろうな」
 今の国王は先王亡き後、一年もしないうちに自ら王を名乗り、戴冠式たいかんしきを執り行うように教会に申し立てた。
 反対した教会側の関係者が粛清されたのは言うまでもない。
「今の国王は『王』と言えるのか?只の独裁者じゃねぇか」      
 アベルは、声を小さくして三人に呟いた。
「恐らく『主君』は、暴君としての王様を法で裁き、簒奪するのではと、私は予測している」
 ヘンリエッタは女の「感」と情報に置いて、多くの引き出しを持ち、顔も広い。
あの子たちカノイ・ノアーサも動き始めたわね。早速情報を提供しましょう」
 ヘンリエッタは楽しそうにそう、話す。
「お前の情報は、何処から入手するんだ。王宮内までも、知っていそうな勢いだな」
 夫のアベルが冗談交じりで聞いてみた。
「勿論。宮廷騎士団から王様の情報も幾つか入ってきているわよ」
 ヘンリエッタは得意気な表情を浮かべた。
「お前は昔っから、そういうとこだけは優れているよな」
 アベルは妻に関心しながらも呆れている。
「まあ、それがお前の長所であり短所でもあるのだが」
 三人が話していると、執務室の扉を叩く音がする。ヘンリエッタは扉の方へと向かった。
「早速、来たわね。面会が終わったら、報告するように伝えておいたから」
 扉を開くと、カノイとノアーサがいて、彼女は二人を部屋へと招き入れた。
「主君には逢えたのね。早速、難題を押し付けられたのではないかしら」
「はい。協力願えればと」
 そう言うと、主君から預けられた書類をカノイは差し出した。
 三人は二人と向かい合わせに席に座り、ヘンリエッタが書類を手にした。それを横からアベルが覗き込む。
   
暫く、アベルは書類を横見しながら、二人に告げた。
「お前たち、式を挙げろ。フォンミラージュ領の教会でだ」
「あっ、それがいいわね」
 ヘンリエッタが相づちを打って賛成する。
「カノイ。貴方が相続する領地の教会。御披露目も兼ねて、結婚式を挙げなさい。そしたら、すべて解決するわよ」
 クロスフォード夫妻は、自分たちを冷やかしているのだろうと思っていた。しかし、ノアーサの父もそれに同意している。
「確かに、解決はするな。表舞台は二人の婚礼。裏では新たな時代を作るための役者が揃うという策略さくりゃくだ。アベル、お前らしい解決策だよ」
 そういって、ノアーサの父はカノイの顔を伺うように、話しかけた。
「カノイ。君は、亡き父、カエサルに感謝せねば。今後、最も必要とされる人物を、君の親は領地でかくまっていたのだから」
 カノイには、話の内容が掴めない。
 自分の領地に、『主君』の依頼した重要人物が暮らしているというのは解る。
「領地の教会で結婚式。もしかして、『主君』が探している人の中に、神父さんがいるとか」
 ノアーサが何気に、呟いた。
「さすがノアーサちゃん。神父さんだけでなく、我々の領地にも、匿っている人物が何名かいる。ノル、お前の領地にもいるよな」 
 アベルの言葉にノアーサの父は頷く。
「恐らく、君らの『主君』が望む事は、この人物が一度に集まれる場所と日時。それも目立たないように集うという条件付きだ」
「結婚式だと、新郎新婦しんろうしんぷが中心になるから、その賑わいに紛れて、主君と彼らを逢わせる事が出来るでしょう」
 ヘンリエッタが答えた。 
「まあ、悪い話ではないと思うぞ。お前たちは結婚式を挙げる。領民に御披露目できる。挙式で『主君』は探していた人物たちと合流。一石二鳥いっせきにちょう。いや、三鳥か」
 アベルが自分の考えを二人に話す。
「ノル。父親として言いたい事はあるか」
 アベルはノアーサの父に訪ねた。
「親と暮らすよりも長く、この二人は一緒に暮らしていたんだ。人生は自分たちで決めろ。只、後戻りはできないぞ。一生、添い遂げる覚悟はあるんだろうな。」
「はい。僕の気持ちは変わりません。ノアーサと共に人生を歩んで行きたい」
 カノイはノアーサの方を向いて、確認するように話しかけた。
「ノアーサ。この結婚に異議いぎは無いよね」
 カノイの言葉に、ノアーサは暫し戸惑いながら、頷いた。
「式の段取りを決めないとな。ヘンリエッタ、急な事だか、準備できるか?」
 ノアーサの父が彼女に訪ねる。
「こういう祝い事なら大歓迎。表向きは挙式。裏では、新たな改革を行うための人物が揃うようにするのよね。招待客と、教会には早速、連絡を入れておくわ」
「すまんな。急な事で」
「この子たちの、親の葬儀も急だった。ローズとミランダの変わりに、私が花嫁さんのお世話をするわ。きっと、三人も天国で喜んでくれる挙式にしてみせる」
 ヘンリエッタは懐かしむようにそう答えた。
『主君』から、王国騎士団の協力を獲ても良いと言われて、頼った答えが自分の結婚式。ノアーサには戸惑いがあった。
「ノアーサちゃん。早速、マリッジブルー?だけど、貴方たちは十年も共にして、お互いを理解している。今までの暮らしの延長だと思えばいいのよ。因みに、王国騎士団のリラン団長は、助産師で、ご主人は小児科医。子供がすぐにできても環境は充実しているわ」
 ヘンリエッタが彼女の不安を和らげるように話した。
「お前たち、ガキができる前に、式を挙げてしまえ。『主君』は祝い事の好きなお人だ。喜んで二人を祝福してくれるさ」
 アベルが割り込むように話しかけてくる。
「その主君から、前金は頂いてます。このお金を使って下さい」 
カノイは先程頂いた金子きんすを前に置く。
かねは、二人が刺客を倒した懸賞金で、主君から直接、受け取ったことを話した。その後、これから二人が何をすべきかを訪ねる。
「招待客と式場。衣装は私に任せて。結婚指輪だけど、私の紹介する職人を訪ねて欲しいの。自分の領地へは行くでしょ。教会の打ち合わせも忘れないで。」
 ヘンリエッタが手際よく話を進めてゆく。彼女が紹介する場所や人は、主君の探している人たちに繋がると確信した。
「結婚式は、素晴らしい演出にして見せるわ。亡くなった両親の思いを感じるはずよ。時間が無いわ。二人とも動いてね」
 ヘンリエッタは直ぐ様、準備に取りかかる。
 自分たちの挙式の裏で、この国を変えてくれる人達が集う。
 まずは、ヘンリエッタに言われたとおり、翌日二人は、領地の教会へと出かけた。



 カノイが相続する領地は、「フォンミラージュ領」と呼ばれ、王都から少し離れた片田舎にある。領地は二十世帯が暮らす村。その村の外れに小さな教会が建っていた。
 この教会で、自分の両親も過去に式を挙げたと聞いた。
 二人は馬車で、領地にある別宅を訪れる。王都の屋敷ほど広くはないが、屋敷には変わりない。
 二人が屋敷に着くと、別邸の管理をしている執事が迎えてくれた。
 ロバートに何処となく面影を残す、シルバーブロンドの髪と灰色の瞳。三十代くらいの若い執事が二人を出迎えた。

 執事は、結婚はしないと言われているが、内縁の家族は作れる。名をローウェンと名乗り、ロバートの息子だと直ぐに解った。
 側にいた若い女性の侍従メイドも、彼の内縁関係にある女性かも知れない。
「こちらの屋敷は、私たちがお世話致します。領地の事でしたら、何でもお訪ね下さい」
  二人は、屋敷の居間へと通される。
「この度は、領主就任とご結婚、誠におめでとうございます」
  侍従メイドがそう言いながら、二人に挨拶をする。
 彼女はメアリと名乗り、茶髪の髪をひとつに束ね、瞳の色は碧眼。見た目は、二十代後半ぐらいと思われた。
「ありがとう。ところで、この領地を散策したいのだけど」
 カノイがそう訪ねると、侍従は早速、領地の説明をしてくれた。穀物畑を中心に、養蜂ようほう葡萄ブドウ畑と、その葡萄で作られた小さなワイン製造工場のある領地であるという。
「結婚式には、この領地で作られたワインを、御来客の皆様に振る舞えるよう、準備しております」
 メアリは、二人がこの領地で式を挙げると聞いて、とても楽しみだと話した。
「思い出深いお式になるように、私共はお手伝いさせて頂きます。奥様の花嫁姿も楽しみです」
 式を挙げると決めたのは昨日の事。昨日のうちに連絡が来て、領地の使用人や領民も早速、準備を始めているようだ。
 この後、二人は式を挙げる教会へと散歩がてらに歩いて出かけた。  領地内を散策して二人は村の景色に足を止める。
  季節は秋で、黄金色の麦畑が広がり、果実畑に養蜂と生産の豊かな領地である。
「父さんはこの領地で暮らす、領民の生活を守って来たんだね。僕らは、その親が籍を置く王国騎士団のために、十年の人質生活を送った。それは、僕らがこの領地を守ったことにも繋がるのかな」

カノイは景色を見ながら、ノアーサに聞いた。
「守れたと思うわ。だからこそ、貴方は領主になれたのよ」
 二人は話をしながら、教会へとたどり着いた。
 学舎を兼ねた教会は、授業が終わったようで中から子供たちが出てくる。その子供たちを見送る教師が、二人に気づいて声をかけた。
「領主様ですね。お待ちしておりました」
 そういうと、彼は二人へ挨拶する。
「まずは領主様。御就任と御結婚。心からお喜び申し上げます」
 金髪の肩まで延びた髪に、眼鏡をかけたそのレンズ越しから、翆眼が除く。年齢は五十代と思われ、シリウスと名乗った。
 彼は領地で子供たちに勉強を教える傍ら、作物の研究をして、畑や葡萄畑を栽培する村人に指導も行っているという。
猊下げいかの元に案内致します。今回、お二人の挙式を挙げて下さる御方です」
 二人を教会の中へと案内する。教会の廊下を、二人はシリウスの後についてゆく。教会の中に、人の気配を感じて、ノアーサはカノイの手を握った。
 誰かに見られていると言う合図だ。彼もそれに気づいてはいた。
「この教会には、シリウスさんと神父さんだけですか?」
 ノアーサは何気なく訪ねてみる。
「若い見習いの聖職者と、元聖騎士が一人」
 そう言うと、シリウスは叫ぶように名前を呼んだ。
「エルビス。猊下の元に案内して頂けますか。領主様がお見えです」
 その声に、三十代ぐらいの男性が教会の柱から姿を現す。茶髪で顎髭あごひげを生やした野性的な男が二人を警戒しながら見つめていた。

「紹介します。元聖騎士のエルビスです。猊下の護衛として、この教会におります」
シリウスに紹介され、彼は無言で軽く頭を下げる。先程の視線は彼だと二人は納得する。敵意は無さそうだ。
「これより先は、彼が案内致します」
そう、言われて二人は彼の後についてゆく。猊下と呼ばれる人の側近で警戒心の強い男のように思われた。
「カエサルの小倅こせがれだよな。俺はお前の父親に憧れて騎士になった」
 エルビスは元、教会騎士団の騎士長を勤めていたという。司祭を守るために、騎士を退団し、この教会で司祭の護衛を勤めてきたと話した。
「猊下は、位の高い司祭様なのですか」
 カノイが訪ねた。エルビスは先代の王の戴冠式も勤めたお偉い人だと話す。
 二人は教会の、奥の部屋に通された。そこには六十代くらいと思われる白髪の長い髭を蓄え、眼鏡をかけた男性が座っていた。
「猊下。領主様とその婚約者様です」
 エルビスはかしこまって二人を紹介した。
「この度は私共のために、挙式を行って頂けると聞き、ご挨拶に伺いました」
 カノイは猊下の前に、ノアーサと並んで挨拶する。
「お待ちしておりました。お二方の未来に神のご加護を」
 猊下はそう告げると、何かを悟ったように呟いた。
「貴方がたは、もう自由です。ご自身の幸せのために、生きなさい。それが、亡きご両親の恩返しとなりましょう」

 二人はその意味を少しだけ理解した。もう国の人質からは解放されたのだ。亡き両親のためにも生きて、幸せにならねばと二人は思った。

     ※

 ノアーサの実家で、侍従をしているサリアが、花嫁衣装を用意してくれた。
 結婚指環も手元に届き、結婚式の当日、カノイの屋敷は、関係者で賑わっている。
「カノイ君の衣装は王国騎士団の挙式用に使う、白い制服を用意しといたわ」
ヘンリエッタが忙しく、屋敷の使用人を動かしている。
「これで披露宴の準備は、大丈夫よね」
 後は、二人の執事に任せても大丈夫そうだ。
「では、女性陣はノアーサちゃんの元へ」
 そう言うと、侍従のサリア。リタ。メアリもノアーサの支度している部屋へと向かった。そこにはヘンリエッタの娘も来ている。
 ノアーサはクセのある髪を結い上げて、ウェディングドレスを着付けていた。
「このウェディングドレスは、ローズ様のために仕立てたドレスです。それをお嬢様が着る日が来るなんて」
 ノアーサの母が、式の時に着たというドレスは今日まで大切に保管されていたようだ。白というよりも銀色の光沢がある。
「まずは古いもの。母のドレスと祖母の代から引き継ぐ髪飾りです」
 サリアがそういいながら、彼女の髪に母の形見の髪飾りを付ける。
「借りたものですね。私たちは、ミランダ様から結婚祝いにと、お揃いで真珠の耳飾りと首飾りを頂きました」
 そう言うとリタが首飾りを、メアリが耳飾りをノアーサにつけてゆく。
「新しいものね。これは私から。靴よ」
 ヘンリエッタがそう言って、彼女の足元にかかとのある白い靴を置いた。
「青いもの。うちの野草園で積んだハーブ。矢車菊のブーケ。ノアーサちゃんおめでとう。キレイ」
 そう言うと、ヘンリエッタの娘、アメリアはノアーサに花束を渡した。
 彼女は騎士団で薬師やくしになるための勉強をしている。兄妹揃って、翆眼で、茶髪。末娘でノアーサと同い年にしては幼さがある。
「ありがとう。お母さんたちローズ・ミランダも喜んでくれているかしら」
 ノアーサは皆の祝福に思わず、感涙してしまう。
「勿論よ。ミランダは特に。今もきっと、側で祝福している」
 ヘンリエッタが彼女を励ます。
「さあ、カノイ君が待ってる。行きましょ」
 ヘンリエッタはそう言うと、花嫁の最後の支度をさせて部屋を出た。ヘンリエッタに案内されて、右側の小部屋へと入る。
 そこにはカノイが、花婿の姿で迎えてくれた。
 その部屋には『主君』も来ていて、二人は膝を付いて挨拶をする。
「我が子らよ。今日は二人の門出に招いてくれてありがとう。いやぁ、随分と幸せな宴席を用意してくれたものだ。感謝するよ」
『主君』は自分が探していた人たちが、今日の席に集まる事を知らされていた。
「君らに祝いの品を贈った。後で、確認して欲しい」
 そう言うと、二人には挙式を楽しんで欲しいと伝えた。後は、この祝いの席に紛れて、『主君』が裏で動いてくれるだろう。
「我が子らよ。幸せになるのだよ」
 それだけ告げると、彼は部屋を出てゆく。二人も教会へと向かった。



「お父さん。今まで、ありがとう」
 バージンロードを前に、ノアーサが父親のノルディックにいった。王国騎士団の軍服姿で父は娘の手を取る。

「私は、騎士団を守るために我が子を人質にした父親だ。『ありがとう』なんて」
「離れていても、ずっと私の事、見守ってくれていた。だからありがとうよ。お母さん、喜んでくれているかしら」
「母さんだけでない。カエサルとミランダも今日は二人を祝福しているだろう」
 教会の扉が開き、二人の挙式が行われた。
 ノアーサが父親からカノイへと引き渡される。いつも以上にノアーサは綺麗で幸せに見えた。この幸せを守って行きたい。それは、カノイだけでなく、二人の過去を知る誰もが願った。 
 挙式は滞りなく行われ、二人は大勢の祝福を受けた。
 幸せになる。国も良い方向に向かって動いてくれるだろう。そう願わずにはいられなかった。



 式も終わり、屋敷の大広間と庭では宴席が儲けられていた。
 庭先では領民が、結婚式の挨拶に来ている。
 領民たちは、領地で収穫された果実やワイン。料理などを持ち寄って来ているために、領民の方に流れてしまう客人も多く、身分に関係なく宴が続いているようだ。
 ノアーサとカノイも、領民の方に挨拶に回っている。そんな中に紛れて『主君』が領民と酒を交えて騒いでいる姿に二人は驚く。
「新郎。新婦のお目見えだ。諸君、今一度、乾杯しようではないか!」
 領民は『主君』にあわせて、乾杯と叫ぶ。王位継承者が、村人とたわむれている。
「こちらの席で大丈夫ですか?」
「気にするな。今日は無礼講だ。それに、貴族。軍人。司祭も、元を正せば人間。飲む時は只の人。楽しければそれでいい」
 そう言いながら、領地生産の白ワインをあおる。
「この国の良い所は、女性の自立と平等だ。これは、先々代の王様に感謝せねば」
 そう言ってカノイにも酒を薦めるが、まだ酒の飲める年ではない。代わりに領民が、果実飲料を薦める。
「ありがとう。お陰で今日は上手くいったよ。訪ね人は全員、私に協力してくれるそうだ。司祭様も元聖騎士と共に、教会で『聖教会騎士団』として復活させるそうだよ」
 カノイは挙式での裏計画が、上手くいった事を知らされる。
「年内には実行する。暫くは忙しいだろうな。初夜は楽しんでおくように」
彼はノアーサにも声をかける。
「奥方。君の兄妹から、手紙を預かっている。二人の結婚を喜んでいたよ」
 小声でそう囁く。兄夫婦にも、二人が結婚したことを伝えてくれたようだ。周りに聞こえないようにそう囁くと、再び領民に混じり騒いでいる。祝いの宴は、夕暮れまで続いた。

   ※

 無事に披露宴を終えて、寝所に祝いの品が積まれている。その中から、ノアーサは主君に言われた兄夫婦の手紙を探した。
 タルタハの刻印が押された封書を見つけ出して、中を確かめる。間違いない。その手紙には兄の直筆で二人を祝福する言葉と、タルタハでの近況がつづられていた。
 タルタハの王様が、アンを継王に認めた事。そのアンが妊娠していて、春に出産予定であることが記されていた。
「ノアーサ。何を読んでいるの?」
 疲れたのか、長椅子にもたれて、婚礼衣装のままのカノイが声をかけた。
「兄さんから届いた祝いの手紙よ。内容だけ伝えるわね」

 ノアーサはウェディングドレス姿のままで、カノイのいる長椅子の横に腰掛け、兄夫婦の近況を伝えた。
「そうなんだ。幸せそうで、良かった」
カノイはもたれていた長椅子から起き上がり彼女の肩に腕を伸ばし抱き寄せた。
「ノアーサ。今日の君は綺麗だよ。式で周りから歓声があがる度に、君は僕のものになるって、嬉しくなった」
「今日の貴方も、素敵だったわ。凛々しい花婿姿。領主として、騎士として立派に接客していたじゃない」
「父の名に恥じないようにって、自分なりに精一杯振る舞って少し疲れたよ。ノアーサ、ベッドに移ろうか」
 二人は隣の寝台に移動して、締め付けていた衣装を床に脱ぎ捨て、裸体で寝所に入った。互いの左手薬指に、結婚指輪が光っている。
「カノイ。ずっと言い忘れていたけど、誕生日おめでとう。今日は私達の結婚式で、貴方の誕生日よ」
 彼の胸に寄り添い、ノアーサが囁いた。
「そうだね。今日は十月十二日。僕の産まれた日だ」
「十八歳の誕生日に、貴方は妻と領地。最高の贈り物を貰ったわね」
「確かに最高の贈り物だ。その妻になった君をこうして今、抱いている」
「これはきっと、両親から貴方へ成人祝いのような気がするの」
ノアーサにそう言われて、カノイは改めて両親の偉大さに気付かされる。領民を守り、司祭や研究者を領地にかくまい、そして息子のためにと財産や遺品を残してくれた。
「ノアーサ。君は僕の両親の思いまで理解していたんだ」
「私は、貴方の両親の娘になったのよ。貴方のご両親に逢いたい。私を娘として迎えてくれたこと、貴方を産んでくれた事に、感謝を伝えたいわ」
 自分の親の事を思い、涙ぐむノアーサが愛しくてたまらない。彼女の体を抱きしめた。
「ありがとうノアーサ。僕の妻になってくれて。父さんと母さんにはきっと、君の思いやりが、伝わっているよ」
 彼女を、幼い頃から知っている。親と引き離され、山岳の村で人質となり十年。その間、互いに苦楽を共有して、互いの絆を深め、時には命すら狙われそうになりながらも、二人で生き抜いて来た。だからこそ、夫婦になったこの幸せを失いたくない。この幸せが未来永劫みらいえいごう続く事を、カノイは願うのであった。
 





 
 
 

 



 



 
 

 
 





 
 






 





 

 





 




 

 






  

しおりを挟む

処理中です...