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第八章 再建
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カノイは十年ぶりに自分の産まれた屋敷にノアーサと二人で戻ってきた。
馬車が屋敷に到着すると、屋敷の使用人が迎えてくれる。両親亡き後も、子息の帰りを待って、使用人が屋敷を管理してくれていた。
カノイは紳士的にノアーサの手を引いて、屋敷の中に入ってゆく。
「お帰りなさいませ」
十年という歳月は、家の使用人の数や名前も忘れてしまう。ノアーサと同様、七歳でこの屋敷を出たために、自分がこんな立派な屋敷に住んでいたことすら忘れていた。
そんなカノイの事が解ってか、屋敷を長年管理している執事のロバートが、屋敷の中を案内する。
彼は今夜、ノアーサが寝泊まりする客間へ案内した後、二人を屋敷の中庭へと連れていった。
「ここでよく、ご主人様と剣の稽古をなされていたのですよ。幼い姿が目に浮かびます」
そう言われると、亡き父の思い出が甦る。あの時は父の姿が大きく見えた。稽古で木の剣を手にして何度も何度も返された。
「生きていたなら、また剣の手合わせもしたかった。今なら、父と対等に剣を交えられたかも知れないな」
カノイは懐かしむようにそう呟く。
「坊っちゃま、立派になられましたね。ご主人様と奥様が御存命だったら、今日という日をどんなに喜んだ事か」
「僕もこの家で両親に迎えて貰いたかった」
そう話しながら、三人は中庭を抜けて、応接間へと通される。そこには両親が並んで立つ肖像画が飾られていた。
カノイの父、カエサルが王国騎士団の制服の上着を肩にかけた姿で、腕組みをし、その横に、皮の鎧をつけた母が立っている肖像画である。
二人は王国騎士団で団長を勤めていた。肖像画からその貫禄が伺える。
ノアーサは肖像画のミランダを見上げた。母と親友だったカノイの母。今の自分と出逢う事が出来たなら、彼女はどんな言葉をかけてくれただろうか。
「奥様はどのような御方でした?」
ノアーサは執事に訪ねてみる。
「強くて優しい方でした。旦那様にも言いたいことをはっきりと仰り、私達、使用人にも良くして頂きましたよ」
執事は、ソマリアの内戦に出発する日の事を、二人に話してくれた。
「二人してあの朝、戦地へ向かわれたきり、この屋敷に戻ることはなかった。カノイ様が戻って来る事を希望に、我々はこの屋敷を管理して参りました」
使用人たちがこの屋敷を、両親亡き後も維持してくれていたという事は、両親が、とても思いやりのある人だった事が伺える。
執事は二人を居間の方へと案内した。そこにお茶が用意されている。
二人が席に着くと、若い女性の侍従が、お茶を、カップに注いでくれる。その横顔にカノイは昔の記憶が甦る。
「リタだよね」
肩まである黒髪に翠眼。侍従の黒服に白いエプロンが定着している。
「坊っちゃま。覚えておいででしたか」
リタが言葉をかける。
「学舎を卒業してすぐに、家で雇われたのを覚えているよ」
「そうです。あの頃の私は、今の坊っちゃまと同じぐらいの年でした」
あれから十年。彼女は結婚して二人の子供の母親になった今も、この屋敷で侍従として仕えているという。
「もう、坊っちゃまという年でも無くなりましたね」
リタはノアーサにも声をかける。
「お嬢様は、奥様の友人でいらしたローズ様に面影が。もしかしたらノアーサお嬢様」
「はい」
「まあ、奥様の遺言通り」
母はどれだけの人に『ノアーサちゃんを私の娘にする』といっていたのだろうか。この家の使用人にも口癖のようにいっていたのだろうとカノイは思った。
「奥様が娘に欲しいとおっしゃっる理由が解ります。綺麗な方ですもの」
リタは、そういってノアーサに微笑みかけた。
使用人たちは、二人が十年もの間、家に戻る事が出来なかった理由を知っている。
主の事情、私生活などは、観賞せず、見守る事が使用人の役目。父のカエサルに代わり、今日からこの家の主はカノイとなる。
この屋敷を出た頃、子供だった彼は、十年ぶりに婚約者と一緒に戻って来た。まだ若い屋敷の主人に、使用人たちは彼を支えてゆくことだろう。
※
ノアーサはカノイの屋敷で夕食と風呂も済ませ、客間のベッドで枕を背に、母の残してくれた『二の棺』を手にしている。
母の形見の髪飾りと一緒に、直筆の手紙も添えられていた。
『私のノアーサ。この手紙が貴女に読まれない事を祈るわ。もし、貴女がこの手紙を読んでいるのなら、私はもう、この世にはいないのね。
この髪飾りは、私の祖母から受け継いで、お父さんとの結婚式に私が付けていたものよ。貴女が結婚する時、私自身の手で『Some thing Old。(古い物)』として、渡す予定よ。でも今、貴女がこの手紙を読んでいるという事は、私はこの髪飾りを渡せなかったのね。
ノアーサ。貴女に逢いたい。逢って貴女を抱き締めたい。
私のノアーサ。あなたの幸せを心から祈ってます。 母 ローズより』
手紙に書かれた文章に、母が自分に逢えない事の寂しさが伝わる。
一緒に入っていた日記には、呟きのように母が自分への思いを綴っていた。
『ノアーサ。十歳の誕生日おめでとう。今日、貴女の通知表が届きました。家事も自炊も、自分ひとりで出来るのね。お母さんは家事や料理は苦手だから、そこは貴女を見習わなきゃ。勉強も頑張っているみたいね。だけど、武器の扱いまでが好成績だなんて、ミランダは、喜ぶだろうけど、私は七年後、どんな娘に育って、帰ってくるのか心配よ』
母の日記を読んで、母という人物が見えてくる。医師で美しいとされた母。父がいってたように、お嬢様で、とても心配性な性格だったようだ。
ノアーサが母の日記を読んでいると、カノイが部屋の扉を開けて訪ねてくる。
「話してもいいかな」
そういって、カノイがノアーサの座っている幅広のベッドに、並ぶように座った。
「私も話したい事がある」
「じゃあ、ノアーサから先に話して」
カノイは彼女の腰に腕を回して抱き寄せた。
「『主君』って、どういう人なのかしら」
「それは、逢って見ないと解らないね。只、言える事はお互い、次なる場所で新たな人生が待っているって事だ」
「新たな人生ね。それも明日にならないと解らないのね」
「ノアーサ。君の話はおしまいかな?」
「とりあえずは」
そう答えると、カノイは彼女を抱いたままベッドに倒れ込む。
「僕は君と山で過ごした日が懐かしい。滝の音が響く、洞窟の隠れ小屋。毎夜、こうやって、同衾してたよね」
あの時から一週間が過ぎた。山岳の村での生活から、王都に来て生活水準の違いや、自分の家柄に戸惑いを感じている。
「あの時から一人で寝ると寂しくてね。だから、今夜は君が僕の家に来てくれた事が嬉しい」
そう言いながらノアーサの体を愛撫してゆく。
彼女の胸や腰が丸みを帯びて、女になってきた。顔も色気を含んだ綺麗さに、カノイはノアーサを求め、彼女はそれを受け入れる。
「ノアーサ。また君と暮らしたい。君と家族を作りたいんだ」
ノアーサを胸に抱き、カノイはそう呟いた。
「兄さんやアンと一緒に暮らしていた家は、小さな家だったけど、楽しかったものね」
「お互い、実家がこんなに名門だったなんて、七歳の頃には想像出来なかったね」
「あの頃の私は、両親から引き離される寂しさしか記憶にないから」
「ノアーサ。そう考えると、山岳の村での、訓練や勉強は、自分たちの生活環境を自立させて視野が広がったと思わない?」
二人は性交後の会話に、実家の本音を語る。
「それには感謝しているわ。私、母のことは嫌いじゃないけど、家で育っていたら、お嬢様で何も出来ない娘に育っていたと思う」
ノアーサが少し呆れた口調で話した。
「お嬢様の君は想像できないけど、君がいたから、僕は頑張れたんだ。両親を失っても君がいて、励みになったのは事実だよ」
カノイは自分の胸で寄り添う彼女の、髪を撫でながら話している。
「さっきも話したけど、明日の事は、明日にならなきゃ解らない。でも、これまで、学んだ事が、主君のもとで活かせたらと思うんだ」
「カノイ。あなたのその前向きなところ、好きよ」
自分を信頼してくれるノアーサが愛しい。こうして肌を重ねると伝わる温もりが、今宵の孤独を紛らわしてくれる。彼女を抱き締めて、眠りについた。
※
カーテンの隙間から、朝日が差し込んで、外では鳥の囀りが聞こえる。
扉をノックする音にカノイが無意識に返事をした。昨夜、ノアーサの部屋で同衾し、ベッドの中で、二人は裸体のままだ。
ノアーサを起こさないようにそっと、彼女から離れて、体を起こしベッドに座った。
「おはようございます。お目覚めですか?」
扉を開けて、リタが入ってくる。
「申し訳ありません。部屋を間違えました。」
ノアーサの部屋の筈が、ベッドにカノイが、裸体でいる事に動揺している。
「間違えてないよ。ノアーサなら僕の横でまだ、寝ている」
リタは、 カノイの横で眠るノアーサも服を着てない事情を悟り、用事を伝えた。
「おはようございます。お嬢様のお召し物をお持ちしました。カノイ様の服も只今、こちらにお持ちしますね。着替えたら、食卓の方へお越し下さいませ」
そう言うと一例して部屋の外に出る。
廊下で彼女が顔を赤らめて、ひと呼吸置いていると、執事のロバートが通った。
「カノイ坊っちゃんはそちらに」
「はい。昨夜は婚約者のノアーサ様とご一緒されていたようです」
「お部屋に居なかったので、こちらではと。解りました」
ロバートは納得したように笑みを浮かべた。
あとはリタに任せるといって、自分の仕事に戻る。彼女も次の仕事に戻っていった。
※
二人は身支度を整えて、食卓へと現れた。
執事のロバートが 椅子を引いてノアーサを座らせる。その向かいにカノイが座った。
「本日の御来客は、午後からと報告を受けております」
ロバートは二人のテーブルのカップにお茶を注ぎながら話した。長年、執事を勤めているだけあって、背筋も延び、シルバーブロンドの髪に灰色の瞳。黒のタキシード姿が執事の風格を出していた。
彼は話しながら、二人の朝食を運び、その姿が手際良い。
「ところで坊っちゃま。私共は、本日より、呼び名を改めようと思います」
「呼び名?」
「来月には成人なさいます。この屋敷と領地を相続なさり、領主です。ご婚約者もおりますから、『坊っちゃま』というのを改めようと」
「そこは、あまり拘らないから、好きに読んで構わないよ」
カノイは朝食を食べながら、そう話す。
「そういえば、父の遺品に土地や建物の書類が入っていたけど、領主になるんだ。引き継ぐ物が多いなぁ。まだ、王都に戻ったばかりなのに」
「領地の相続は成人の証。世襲ですから。」
ロバートはノアーサにも聞こえるように話す。
「世襲に最も必要なのは、お世継です。ノアーサ様。ご懐妊の兆しはありますか?」
そう言われて、ノアーサは顔を赤くしてうつ向く。昨夜の事を問われているようで、恥ずかしさが隠せない。
「ロバート。僕たちは、まず、子供の作り方を覚える方が、先じゃないの」
カノイがそう、返事を返した。その言葉にロバートは笑う。
ロバートはこの屋敷に三十年仕える執事だ。両親亡き後、この屋敷を管理して、カノイの帰りを待っていた。カノイの両親に仕え、今後はカノイに仕える事になる
「この屋敷の新しい主は、頼もしい方ですな。これからが賑やかになりそうです。ご主人様。奥様。」
「奥様はまだ、早いのでは」
ノアーサはその呼び名に戸惑う。それでも、カノイの屋敷の使用人たちは彼女を快く迎えてくれたようだ。
※
カノイの屋敷に黒塗りの馬車が入ってきたのは昼時、屋敷の窓からそれが見える。
本日の来客。そして、自分たちを育ててくれた『主君』に逢える時がやって来たのである。
ノアーサは父から、「身分の高い方」と聞いていたので、緊張が隠せない。
「居間にお通し致しました。ご案内致します」
ロバートが『主君』を屋敷の居間に案内し、二人の面会の用意が出来たようだ。
「いよいよだね」
緊張するノアーサの手を、カノイは握りしめた。
居間をノックして、返事がしたのでロバートは扉を開き二人を中へと通す。
「ご主人様。ノアーサ様どうぞ」
二人は中へと通される。入って一気に緊張が解けた。
「やあ、我が子らよ。無事に王都へ辿り着けたようだね」
自分たちが想像していた年齢よりも、遥かに若い。赤毛の長髪に蒼眼で、身形は王族か貴族。年齢は三十代ぐらいと思われる気さくな男性がそこに座っていた。
彼は二人に座るよう進め、二人は向かい合わせに、並んでソファーに座った。
「まずは生還を祝おう。十年よく頑張った。正式には九年十ヶ月と十日だが、そこは十年で統一させてくれ」
「あの、貴方が私たちの『主君』ですか?」
カノイは一人で喋り続ける男にさりげなく聞いてみた。
「おっと、まずは自己紹介を忘れていた」
そういって、彼は名を名乗った。
「私の本名はウィルフォンス・S・アスケニア」
その名前を聞いて、二人は椅子から立ち上がり、床に右膝を着いて、右腕を胸に頭を下げる。騎士が王族に拝謁する時の姿勢。二人は幼い頃に教わり、自然と身に付いていた。
「まずは掛けなさい。君たちに話す事が沢山ある。今後の事で重要な話しをしょう」
二人をソファーに座らせると、卓上に金貨の入った五つの袋を置いた。
「これは、村から無事に生還できた事への懸賞金だ」
彼の話によると、あの晩に放たれた刺客は、暗殺者や殺人犯を含め六十人いたという。
「村の国境警備をしていた騎士が、上手い具合に国中の刺客を集めて来た。君の兄だね」
『主君』は二人に訪ねる。ノアーサが『はい』と答えた。
賞金首のかかった罪人は、国境を越えて国外逃亡を謀る者が多い。そんな人たちに、兄は何らかの手回しをしたに違いない。
「君の兄が、『自分の兄妹たちが、どれだけの実力を身につけて来たか、実戦させるべきだ。』と言うのでね。あの晩、罪人を野に放った。流石、私の見込んだ通りだったよ。全滅させるとは。これはその時の懸賞金だ」
「そんなお金いらないわ」
ノアーサが訴える。
「三年は遊んで暮らせる額だぞ。不満か」
「これを受けとれば、私たちは暗殺者と認めた事になる。好きで暗殺者になったんじゃない。暗殺者になるよう教育されただけよ」
「ノアーサ」
カノイは、彼女が興奮しそうになるのを押さえた。
「君たちを人質にして、王国騎士団を圧制したのは、今の王から王国騎士団を守るためだ」
彼は、今の王が王国騎士団まで粛正したら、国の治安だけでなく、国全体が食糧難に陥り、経済がさらに悪化していただろうと語った。
「確かに、王国騎士の領地に住む領民は、農家や畜産。林業。水産業で生活している。王国騎士を粛正して、土地や財産を接収されたら、領民は職を失い、一気に食糧難に陥る」
カノイは、自分が引き継ぐ領地で領民が行っている農業を参考に話す。
「商業。貿易。工業を扱う領地は、大半が貴族。接収され、今は工場などが運営停止。ソマリアの内戦も、そんな失業者の暴動から始まった事よね」
ノアーサが彼に続いてそう話した。
「流石だね君たち。武器の扱い以外に、教育にも力をいれた甲斐があったよ」
そう言うと、話の本題に入る。
「さて、話す事は沢山あるのだが、率直に言おう。私は簒奪し、王に即位する」
その言葉に二人は、沈黙する。これが本当なら、自分たちは王国の反逆者に仕える事となる。
「その計画のために、君たちを十年かけて育てた。『国の預かり者』と称し、王国騎士団の子を人質にする。外部からは王国騎士団が、圧制されていると見えただろう。君たちを暗殺者として育てたのは、それに協力して貰うためだ。」
「僕たちに、国王を暗殺しろと」
「単刀直入に言えばそうだ。だが、君たちには暗殺以外に、沢山の教養を身に付けさせたハズだよ。この国で最も、優秀な『村人』たちに」
そう言われて、この十年の過去を振り替える。武器の扱い以外に、経済。気象。医学。野草学。語学。法律。乗馬や獣医学。その他、多くの知識を積め込まれた。
それらは『村人』と呼ばれる人たちが毎回、二人に指導してくれた。だが、誰ひとり親しくなった人はいない。
村人にしては高貴な口調で話したり、自分たちの知らない異国の、言語や文化を教えてくれた。
山岳の村人が何故、こんなに高い知識をと疑問に思える事が沢山あった。
「君らに勉強を教えてくれた『村人』と呼ばれた人たちは国の学者。教授。医師。研究者。先生と呼ばれ、国によって粛清された人たちなのだよ。 私は王から処刑命令の出た彼らを、あの村に逃がし、君たちを教育するよう頼んだ」
「その事には大変、感謝してます。できれば、その学んだ知識を生かしたい」
カノイはそう訴えた。
「勿論。君たちを暗殺者で留め置く気はないよ。上位騎士の称号を授与し、側近として迎えよう」
そう言うと、彼は直ぐ様、ノアーサの手をとる。
「君。私の側室にならないか?私は美女で強い女が好きなんだ」
驚いて声も出せないノアーサに、カノイが割り込み、彼から取り上げるようにノアーサの体を自分の方へと抱き寄せた。
「冗談だよ。君らは許嫁だろう。私は、仕事さえこなせば私生活は拘束しない」
「仕事とは、暗殺以外の仕事ですよね」
カノイは訪ねた。
「勿論。この国を再建するにはまず、今の国家を壊さねばならない。『簒奪』だ。その前に『残虐』を起こす。この二つは私がこの国の王になるために、最初で最後の大仕事となる」
「大切なのは、その後の国家安泰ですよね。国民が望んでいることは、安心して自由に暮らせる豊かな環境」
「さよう。だが、今の王が即位して十二年。貴族が所有する工場領地を接収したが故に、工業、産業は停止。海外との貿易や交流も無く、経済も回らない。何よりも、官僚やギルドの長。学者。芸術家。音楽家までもを粛正させたが故に、娯楽も制限されて、職人の人材不足もおきている」
「今の王様は、目立つ事をすれば、命を奪われるから、国民の誰もが、才能を発揮出来ずにいる。『圧制』と『粛正』しか行わない王様に国民は『信用』を失っているわ」
ノアーサは意見を述べる。
「いづれにしても、このままでは国はあと数年もしないうちに崩壊だね」
カノイが結論を出した。
「今の王様は何故、国を圧政し、民を苦しめるの」
それは、ノアーサに限らず、先代の王様を知る国民の誰もが、疑問に思う事であり、聞きたい事であった。
「奴は、薬物中毒なのだよ」
王様を『奴』と呼べる彼は、どれだけ今の国王を知っている人なのだろう。
ウィルフォンスと名乗る彼は自分の王族の地位について語り始めた。
彼の母は十六代国王の第三王女で、タルタハの王族に嫁いだという。王族は男女別姓のため、母は嫁いだ先でもアスケニアを名乗り、彼はそれを引き継いだ。
「私は王族である事を隠し、十年前からアスケニアの内閣府に勤めている。ここだと、国の情報が入るからね。今の国王は、先代王の親族を全員、皆殺しにしている。身内は自分の妻子だけと思っているだろう」
この話から、彼が アスケニアの姓を引き継ぐ人物である事は解った。
「君たちにやって欲しいことは、簒奪後の国に直ぐ様、必要な事。それが上手く回るための地盤を作って欲しい」
「それなら国の政策は、私たちを使うよりも『村人』と呼ばれた人たちに、復帰していただいた方が早いのでは」
ノアーサがそう聞いてみた。
「その事で、君らに伝えなければならない重要な事がある」
彼が思い出したように語り始めた。
「君たちは、彼女の存在を知らないようだね。君らの義理の姉であるアンの本名は、アンジェリカ・R・タルタハ。タルタハの王女だ。彼女は夫や『村人』たちと共にタルタハに亡命したよ。国を改革させるのが目的だ」
更に彼は話を続けた。
「近いうちに、あの国は史上初の女帝が誕生するだろう。君の兄は王配(王の配偶者)となる」
彼の話に兄夫婦の消息が明らかになった。
親たちが信用出来るといった相手。自分たちが、彼に尽くす事で、新たな王国再建に期待できそうだ。彼には育ててくれた恩を、『尽くす』事で返して行かねばならない。
「まずはこの金を、前金として受け取って欲しい。これは、君らが村を出て、生き延びた代償。これからも生きて、若い君らが希望を持てる国家を作れるよう、協力して欲しい」
そう言うと、先程の金の袋を二人の前に置き、帰るために席を立つ。
「待って。私の兄夫婦の事をお聞かせ下さい。義姉さんがタルタハの王女。そんな彼女が何故、王国騎士団で看護士を」
「話せば長くなるのでね。それは、また次の機会に。いやぁ。楽しかった。我が子らよ。また、逢おう」
そう言うと、彼は二人の前に書類を差し出す。
「早速だが、君らの初仕事だ。内容は中に書いてある。期限はひと月。調査するなり、王国騎士団に協力を求めてもよい。資金は、今、渡した金を使ってくれ。国を再建するために、君たち若者の協力が必要なんだ」
そう、言うと彼は帰ってゆく。
「兄さんたちの消息が解っただけでも良かったのかしら」
『主君』が帰ってから、ノアーサはカノイに訪ねる。
「僕は姉と慕っていたアンがタルタハの王女だったというのが信じられない。人生って、解らないね」
二人が感じた『主君』の印象は気さくな人であること。これから仕えてゆくことで、彼の性格も見えてくることだろう。
※用語解説
【圧制】権力で人の言動を無理に押さえ付けること
権力で人民を押さえ付ける政治
【粛正】厳しく取り締まり不正を除くこと
【粛清】独裁者などが反対派を追放、処刑して組織の純化をはかること
【接収】国家や軍などが、個人の所有物を権力を持って取り上げること
馬車が屋敷に到着すると、屋敷の使用人が迎えてくれる。両親亡き後も、子息の帰りを待って、使用人が屋敷を管理してくれていた。
カノイは紳士的にノアーサの手を引いて、屋敷の中に入ってゆく。
「お帰りなさいませ」
十年という歳月は、家の使用人の数や名前も忘れてしまう。ノアーサと同様、七歳でこの屋敷を出たために、自分がこんな立派な屋敷に住んでいたことすら忘れていた。
そんなカノイの事が解ってか、屋敷を長年管理している執事のロバートが、屋敷の中を案内する。
彼は今夜、ノアーサが寝泊まりする客間へ案内した後、二人を屋敷の中庭へと連れていった。
「ここでよく、ご主人様と剣の稽古をなされていたのですよ。幼い姿が目に浮かびます」
そう言われると、亡き父の思い出が甦る。あの時は父の姿が大きく見えた。稽古で木の剣を手にして何度も何度も返された。
「生きていたなら、また剣の手合わせもしたかった。今なら、父と対等に剣を交えられたかも知れないな」
カノイは懐かしむようにそう呟く。
「坊っちゃま、立派になられましたね。ご主人様と奥様が御存命だったら、今日という日をどんなに喜んだ事か」
「僕もこの家で両親に迎えて貰いたかった」
そう話しながら、三人は中庭を抜けて、応接間へと通される。そこには両親が並んで立つ肖像画が飾られていた。
カノイの父、カエサルが王国騎士団の制服の上着を肩にかけた姿で、腕組みをし、その横に、皮の鎧をつけた母が立っている肖像画である。
二人は王国騎士団で団長を勤めていた。肖像画からその貫禄が伺える。
ノアーサは肖像画のミランダを見上げた。母と親友だったカノイの母。今の自分と出逢う事が出来たなら、彼女はどんな言葉をかけてくれただろうか。
「奥様はどのような御方でした?」
ノアーサは執事に訪ねてみる。
「強くて優しい方でした。旦那様にも言いたいことをはっきりと仰り、私達、使用人にも良くして頂きましたよ」
執事は、ソマリアの内戦に出発する日の事を、二人に話してくれた。
「二人してあの朝、戦地へ向かわれたきり、この屋敷に戻ることはなかった。カノイ様が戻って来る事を希望に、我々はこの屋敷を管理して参りました」
使用人たちがこの屋敷を、両親亡き後も維持してくれていたという事は、両親が、とても思いやりのある人だった事が伺える。
執事は二人を居間の方へと案内した。そこにお茶が用意されている。
二人が席に着くと、若い女性の侍従が、お茶を、カップに注いでくれる。その横顔にカノイは昔の記憶が甦る。
「リタだよね」
肩まである黒髪に翠眼。侍従の黒服に白いエプロンが定着している。
「坊っちゃま。覚えておいででしたか」
リタが言葉をかける。
「学舎を卒業してすぐに、家で雇われたのを覚えているよ」
「そうです。あの頃の私は、今の坊っちゃまと同じぐらいの年でした」
あれから十年。彼女は結婚して二人の子供の母親になった今も、この屋敷で侍従として仕えているという。
「もう、坊っちゃまという年でも無くなりましたね」
リタはノアーサにも声をかける。
「お嬢様は、奥様の友人でいらしたローズ様に面影が。もしかしたらノアーサお嬢様」
「はい」
「まあ、奥様の遺言通り」
母はどれだけの人に『ノアーサちゃんを私の娘にする』といっていたのだろうか。この家の使用人にも口癖のようにいっていたのだろうとカノイは思った。
「奥様が娘に欲しいとおっしゃっる理由が解ります。綺麗な方ですもの」
リタは、そういってノアーサに微笑みかけた。
使用人たちは、二人が十年もの間、家に戻る事が出来なかった理由を知っている。
主の事情、私生活などは、観賞せず、見守る事が使用人の役目。父のカエサルに代わり、今日からこの家の主はカノイとなる。
この屋敷を出た頃、子供だった彼は、十年ぶりに婚約者と一緒に戻って来た。まだ若い屋敷の主人に、使用人たちは彼を支えてゆくことだろう。
※
ノアーサはカノイの屋敷で夕食と風呂も済ませ、客間のベッドで枕を背に、母の残してくれた『二の棺』を手にしている。
母の形見の髪飾りと一緒に、直筆の手紙も添えられていた。
『私のノアーサ。この手紙が貴女に読まれない事を祈るわ。もし、貴女がこの手紙を読んでいるのなら、私はもう、この世にはいないのね。
この髪飾りは、私の祖母から受け継いで、お父さんとの結婚式に私が付けていたものよ。貴女が結婚する時、私自身の手で『Some thing Old。(古い物)』として、渡す予定よ。でも今、貴女がこの手紙を読んでいるという事は、私はこの髪飾りを渡せなかったのね。
ノアーサ。貴女に逢いたい。逢って貴女を抱き締めたい。
私のノアーサ。あなたの幸せを心から祈ってます。 母 ローズより』
手紙に書かれた文章に、母が自分に逢えない事の寂しさが伝わる。
一緒に入っていた日記には、呟きのように母が自分への思いを綴っていた。
『ノアーサ。十歳の誕生日おめでとう。今日、貴女の通知表が届きました。家事も自炊も、自分ひとりで出来るのね。お母さんは家事や料理は苦手だから、そこは貴女を見習わなきゃ。勉強も頑張っているみたいね。だけど、武器の扱いまでが好成績だなんて、ミランダは、喜ぶだろうけど、私は七年後、どんな娘に育って、帰ってくるのか心配よ』
母の日記を読んで、母という人物が見えてくる。医師で美しいとされた母。父がいってたように、お嬢様で、とても心配性な性格だったようだ。
ノアーサが母の日記を読んでいると、カノイが部屋の扉を開けて訪ねてくる。
「話してもいいかな」
そういって、カノイがノアーサの座っている幅広のベッドに、並ぶように座った。
「私も話したい事がある」
「じゃあ、ノアーサから先に話して」
カノイは彼女の腰に腕を回して抱き寄せた。
「『主君』って、どういう人なのかしら」
「それは、逢って見ないと解らないね。只、言える事はお互い、次なる場所で新たな人生が待っているって事だ」
「新たな人生ね。それも明日にならないと解らないのね」
「ノアーサ。君の話はおしまいかな?」
「とりあえずは」
そう答えると、カノイは彼女を抱いたままベッドに倒れ込む。
「僕は君と山で過ごした日が懐かしい。滝の音が響く、洞窟の隠れ小屋。毎夜、こうやって、同衾してたよね」
あの時から一週間が過ぎた。山岳の村での生活から、王都に来て生活水準の違いや、自分の家柄に戸惑いを感じている。
「あの時から一人で寝ると寂しくてね。だから、今夜は君が僕の家に来てくれた事が嬉しい」
そう言いながらノアーサの体を愛撫してゆく。
彼女の胸や腰が丸みを帯びて、女になってきた。顔も色気を含んだ綺麗さに、カノイはノアーサを求め、彼女はそれを受け入れる。
「ノアーサ。また君と暮らしたい。君と家族を作りたいんだ」
ノアーサを胸に抱き、カノイはそう呟いた。
「兄さんやアンと一緒に暮らしていた家は、小さな家だったけど、楽しかったものね」
「お互い、実家がこんなに名門だったなんて、七歳の頃には想像出来なかったね」
「あの頃の私は、両親から引き離される寂しさしか記憶にないから」
「ノアーサ。そう考えると、山岳の村での、訓練や勉強は、自分たちの生活環境を自立させて視野が広がったと思わない?」
二人は性交後の会話に、実家の本音を語る。
「それには感謝しているわ。私、母のことは嫌いじゃないけど、家で育っていたら、お嬢様で何も出来ない娘に育っていたと思う」
ノアーサが少し呆れた口調で話した。
「お嬢様の君は想像できないけど、君がいたから、僕は頑張れたんだ。両親を失っても君がいて、励みになったのは事実だよ」
カノイは自分の胸で寄り添う彼女の、髪を撫でながら話している。
「さっきも話したけど、明日の事は、明日にならなきゃ解らない。でも、これまで、学んだ事が、主君のもとで活かせたらと思うんだ」
「カノイ。あなたのその前向きなところ、好きよ」
自分を信頼してくれるノアーサが愛しい。こうして肌を重ねると伝わる温もりが、今宵の孤独を紛らわしてくれる。彼女を抱き締めて、眠りについた。
※
カーテンの隙間から、朝日が差し込んで、外では鳥の囀りが聞こえる。
扉をノックする音にカノイが無意識に返事をした。昨夜、ノアーサの部屋で同衾し、ベッドの中で、二人は裸体のままだ。
ノアーサを起こさないようにそっと、彼女から離れて、体を起こしベッドに座った。
「おはようございます。お目覚めですか?」
扉を開けて、リタが入ってくる。
「申し訳ありません。部屋を間違えました。」
ノアーサの部屋の筈が、ベッドにカノイが、裸体でいる事に動揺している。
「間違えてないよ。ノアーサなら僕の横でまだ、寝ている」
リタは、 カノイの横で眠るノアーサも服を着てない事情を悟り、用事を伝えた。
「おはようございます。お嬢様のお召し物をお持ちしました。カノイ様の服も只今、こちらにお持ちしますね。着替えたら、食卓の方へお越し下さいませ」
そう言うと一例して部屋の外に出る。
廊下で彼女が顔を赤らめて、ひと呼吸置いていると、執事のロバートが通った。
「カノイ坊っちゃんはそちらに」
「はい。昨夜は婚約者のノアーサ様とご一緒されていたようです」
「お部屋に居なかったので、こちらではと。解りました」
ロバートは納得したように笑みを浮かべた。
あとはリタに任せるといって、自分の仕事に戻る。彼女も次の仕事に戻っていった。
※
二人は身支度を整えて、食卓へと現れた。
執事のロバートが 椅子を引いてノアーサを座らせる。その向かいにカノイが座った。
「本日の御来客は、午後からと報告を受けております」
ロバートは二人のテーブルのカップにお茶を注ぎながら話した。長年、執事を勤めているだけあって、背筋も延び、シルバーブロンドの髪に灰色の瞳。黒のタキシード姿が執事の風格を出していた。
彼は話しながら、二人の朝食を運び、その姿が手際良い。
「ところで坊っちゃま。私共は、本日より、呼び名を改めようと思います」
「呼び名?」
「来月には成人なさいます。この屋敷と領地を相続なさり、領主です。ご婚約者もおりますから、『坊っちゃま』というのを改めようと」
「そこは、あまり拘らないから、好きに読んで構わないよ」
カノイは朝食を食べながら、そう話す。
「そういえば、父の遺品に土地や建物の書類が入っていたけど、領主になるんだ。引き継ぐ物が多いなぁ。まだ、王都に戻ったばかりなのに」
「領地の相続は成人の証。世襲ですから。」
ロバートはノアーサにも聞こえるように話す。
「世襲に最も必要なのは、お世継です。ノアーサ様。ご懐妊の兆しはありますか?」
そう言われて、ノアーサは顔を赤くしてうつ向く。昨夜の事を問われているようで、恥ずかしさが隠せない。
「ロバート。僕たちは、まず、子供の作り方を覚える方が、先じゃないの」
カノイがそう、返事を返した。その言葉にロバートは笑う。
ロバートはこの屋敷に三十年仕える執事だ。両親亡き後、この屋敷を管理して、カノイの帰りを待っていた。カノイの両親に仕え、今後はカノイに仕える事になる
「この屋敷の新しい主は、頼もしい方ですな。これからが賑やかになりそうです。ご主人様。奥様。」
「奥様はまだ、早いのでは」
ノアーサはその呼び名に戸惑う。それでも、カノイの屋敷の使用人たちは彼女を快く迎えてくれたようだ。
※
カノイの屋敷に黒塗りの馬車が入ってきたのは昼時、屋敷の窓からそれが見える。
本日の来客。そして、自分たちを育ててくれた『主君』に逢える時がやって来たのである。
ノアーサは父から、「身分の高い方」と聞いていたので、緊張が隠せない。
「居間にお通し致しました。ご案内致します」
ロバートが『主君』を屋敷の居間に案内し、二人の面会の用意が出来たようだ。
「いよいよだね」
緊張するノアーサの手を、カノイは握りしめた。
居間をノックして、返事がしたのでロバートは扉を開き二人を中へと通す。
「ご主人様。ノアーサ様どうぞ」
二人は中へと通される。入って一気に緊張が解けた。
「やあ、我が子らよ。無事に王都へ辿り着けたようだね」
自分たちが想像していた年齢よりも、遥かに若い。赤毛の長髪に蒼眼で、身形は王族か貴族。年齢は三十代ぐらいと思われる気さくな男性がそこに座っていた。
彼は二人に座るよう進め、二人は向かい合わせに、並んでソファーに座った。
「まずは生還を祝おう。十年よく頑張った。正式には九年十ヶ月と十日だが、そこは十年で統一させてくれ」
「あの、貴方が私たちの『主君』ですか?」
カノイは一人で喋り続ける男にさりげなく聞いてみた。
「おっと、まずは自己紹介を忘れていた」
そういって、彼は名を名乗った。
「私の本名はウィルフォンス・S・アスケニア」
その名前を聞いて、二人は椅子から立ち上がり、床に右膝を着いて、右腕を胸に頭を下げる。騎士が王族に拝謁する時の姿勢。二人は幼い頃に教わり、自然と身に付いていた。
「まずは掛けなさい。君たちに話す事が沢山ある。今後の事で重要な話しをしょう」
二人をソファーに座らせると、卓上に金貨の入った五つの袋を置いた。
「これは、村から無事に生還できた事への懸賞金だ」
彼の話によると、あの晩に放たれた刺客は、暗殺者や殺人犯を含め六十人いたという。
「村の国境警備をしていた騎士が、上手い具合に国中の刺客を集めて来た。君の兄だね」
『主君』は二人に訪ねる。ノアーサが『はい』と答えた。
賞金首のかかった罪人は、国境を越えて国外逃亡を謀る者が多い。そんな人たちに、兄は何らかの手回しをしたに違いない。
「君の兄が、『自分の兄妹たちが、どれだけの実力を身につけて来たか、実戦させるべきだ。』と言うのでね。あの晩、罪人を野に放った。流石、私の見込んだ通りだったよ。全滅させるとは。これはその時の懸賞金だ」
「そんなお金いらないわ」
ノアーサが訴える。
「三年は遊んで暮らせる額だぞ。不満か」
「これを受けとれば、私たちは暗殺者と認めた事になる。好きで暗殺者になったんじゃない。暗殺者になるよう教育されただけよ」
「ノアーサ」
カノイは、彼女が興奮しそうになるのを押さえた。
「君たちを人質にして、王国騎士団を圧制したのは、今の王から王国騎士団を守るためだ」
彼は、今の王が王国騎士団まで粛正したら、国の治安だけでなく、国全体が食糧難に陥り、経済がさらに悪化していただろうと語った。
「確かに、王国騎士の領地に住む領民は、農家や畜産。林業。水産業で生活している。王国騎士を粛正して、土地や財産を接収されたら、領民は職を失い、一気に食糧難に陥る」
カノイは、自分が引き継ぐ領地で領民が行っている農業を参考に話す。
「商業。貿易。工業を扱う領地は、大半が貴族。接収され、今は工場などが運営停止。ソマリアの内戦も、そんな失業者の暴動から始まった事よね」
ノアーサが彼に続いてそう話した。
「流石だね君たち。武器の扱い以外に、教育にも力をいれた甲斐があったよ」
そう言うと、話の本題に入る。
「さて、話す事は沢山あるのだが、率直に言おう。私は簒奪し、王に即位する」
その言葉に二人は、沈黙する。これが本当なら、自分たちは王国の反逆者に仕える事となる。
「その計画のために、君たちを十年かけて育てた。『国の預かり者』と称し、王国騎士団の子を人質にする。外部からは王国騎士団が、圧制されていると見えただろう。君たちを暗殺者として育てたのは、それに協力して貰うためだ。」
「僕たちに、国王を暗殺しろと」
「単刀直入に言えばそうだ。だが、君たちには暗殺以外に、沢山の教養を身に付けさせたハズだよ。この国で最も、優秀な『村人』たちに」
そう言われて、この十年の過去を振り替える。武器の扱い以外に、経済。気象。医学。野草学。語学。法律。乗馬や獣医学。その他、多くの知識を積め込まれた。
それらは『村人』と呼ばれる人たちが毎回、二人に指導してくれた。だが、誰ひとり親しくなった人はいない。
村人にしては高貴な口調で話したり、自分たちの知らない異国の、言語や文化を教えてくれた。
山岳の村人が何故、こんなに高い知識をと疑問に思える事が沢山あった。
「君らに勉強を教えてくれた『村人』と呼ばれた人たちは国の学者。教授。医師。研究者。先生と呼ばれ、国によって粛清された人たちなのだよ。 私は王から処刑命令の出た彼らを、あの村に逃がし、君たちを教育するよう頼んだ」
「その事には大変、感謝してます。できれば、その学んだ知識を生かしたい」
カノイはそう訴えた。
「勿論。君たちを暗殺者で留め置く気はないよ。上位騎士の称号を授与し、側近として迎えよう」
そう言うと、彼は直ぐ様、ノアーサの手をとる。
「君。私の側室にならないか?私は美女で強い女が好きなんだ」
驚いて声も出せないノアーサに、カノイが割り込み、彼から取り上げるようにノアーサの体を自分の方へと抱き寄せた。
「冗談だよ。君らは許嫁だろう。私は、仕事さえこなせば私生活は拘束しない」
「仕事とは、暗殺以外の仕事ですよね」
カノイは訪ねた。
「勿論。この国を再建するにはまず、今の国家を壊さねばならない。『簒奪』だ。その前に『残虐』を起こす。この二つは私がこの国の王になるために、最初で最後の大仕事となる」
「大切なのは、その後の国家安泰ですよね。国民が望んでいることは、安心して自由に暮らせる豊かな環境」
「さよう。だが、今の王が即位して十二年。貴族が所有する工場領地を接収したが故に、工業、産業は停止。海外との貿易や交流も無く、経済も回らない。何よりも、官僚やギルドの長。学者。芸術家。音楽家までもを粛正させたが故に、娯楽も制限されて、職人の人材不足もおきている」
「今の王様は、目立つ事をすれば、命を奪われるから、国民の誰もが、才能を発揮出来ずにいる。『圧制』と『粛正』しか行わない王様に国民は『信用』を失っているわ」
ノアーサは意見を述べる。
「いづれにしても、このままでは国はあと数年もしないうちに崩壊だね」
カノイが結論を出した。
「今の王様は何故、国を圧政し、民を苦しめるの」
それは、ノアーサに限らず、先代の王様を知る国民の誰もが、疑問に思う事であり、聞きたい事であった。
「奴は、薬物中毒なのだよ」
王様を『奴』と呼べる彼は、どれだけ今の国王を知っている人なのだろう。
ウィルフォンスと名乗る彼は自分の王族の地位について語り始めた。
彼の母は十六代国王の第三王女で、タルタハの王族に嫁いだという。王族は男女別姓のため、母は嫁いだ先でもアスケニアを名乗り、彼はそれを引き継いだ。
「私は王族である事を隠し、十年前からアスケニアの内閣府に勤めている。ここだと、国の情報が入るからね。今の国王は、先代王の親族を全員、皆殺しにしている。身内は自分の妻子だけと思っているだろう」
この話から、彼が アスケニアの姓を引き継ぐ人物である事は解った。
「君たちにやって欲しいことは、簒奪後の国に直ぐ様、必要な事。それが上手く回るための地盤を作って欲しい」
「それなら国の政策は、私たちを使うよりも『村人』と呼ばれた人たちに、復帰していただいた方が早いのでは」
ノアーサがそう聞いてみた。
「その事で、君らに伝えなければならない重要な事がある」
彼が思い出したように語り始めた。
「君たちは、彼女の存在を知らないようだね。君らの義理の姉であるアンの本名は、アンジェリカ・R・タルタハ。タルタハの王女だ。彼女は夫や『村人』たちと共にタルタハに亡命したよ。国を改革させるのが目的だ」
更に彼は話を続けた。
「近いうちに、あの国は史上初の女帝が誕生するだろう。君の兄は王配(王の配偶者)となる」
彼の話に兄夫婦の消息が明らかになった。
親たちが信用出来るといった相手。自分たちが、彼に尽くす事で、新たな王国再建に期待できそうだ。彼には育ててくれた恩を、『尽くす』事で返して行かねばならない。
「まずはこの金を、前金として受け取って欲しい。これは、君らが村を出て、生き延びた代償。これからも生きて、若い君らが希望を持てる国家を作れるよう、協力して欲しい」
そう言うと、先程の金の袋を二人の前に置き、帰るために席を立つ。
「待って。私の兄夫婦の事をお聞かせ下さい。義姉さんがタルタハの王女。そんな彼女が何故、王国騎士団で看護士を」
「話せば長くなるのでね。それは、また次の機会に。いやぁ。楽しかった。我が子らよ。また、逢おう」
そう言うと、彼は二人の前に書類を差し出す。
「早速だが、君らの初仕事だ。内容は中に書いてある。期限はひと月。調査するなり、王国騎士団に協力を求めてもよい。資金は、今、渡した金を使ってくれ。国を再建するために、君たち若者の協力が必要なんだ」
そう、言うと彼は帰ってゆく。
「兄さんたちの消息が解っただけでも良かったのかしら」
『主君』が帰ってから、ノアーサはカノイに訪ねる。
「僕は姉と慕っていたアンがタルタハの王女だったというのが信じられない。人生って、解らないね」
二人が感じた『主君』の印象は気さくな人であること。これから仕えてゆくことで、彼の性格も見えてくることだろう。
※用語解説
【圧制】権力で人の言動を無理に押さえ付けること
権力で人民を押さえ付ける政治
【粛正】厳しく取り締まり不正を除くこと
【粛清】独裁者などが反対派を追放、処刑して組織の純化をはかること
【接収】国家や軍などが、個人の所有物を権力を持って取り上げること
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