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番外編
フォリア・エヴィル(本編12~14話)1
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――――リーン ゴーン…………――――どこかで、祝福の鐘が鳴っている(気のせい)――――
第一騎士団所属 エヴィル伯爵家次男フォリア・エヴィルは今日、運命の人と出会った――――
その日も、いつもと変わらない日だと思っていた。同じ第一騎士団の団員たちと訓練し、ご飯を食べ、書類整備だのなんだのと、変わらない日だと思っていたのだ。
――――第一騎士団団長 レイノート・ライフォエンが、美しい女性を訓練場に連れてくるまでは。
遠目からでもわかる、あの神々しい容姿。宝石のように輝いて見える。黒髪であるから、召喚された女性の内、どちらかだろうとはわかった。そのときは女神だとは思わなかったが。副団長のオヴェラルト・キリシュタインが驚いてすっ飛んでいく。
「……はあ!?え、女神様と手合わせ!?って、木刀持ってる!?なんでそうなった!?」
オヴェラルトの叫びに、ざわり、と空気が揺れる。どうやら、女神とレイノートの手合わせのために訓練場に来たようだ。確かに、二人の手には、魔法で強化された木刀があった。本当になんでそうなったんだ?誰もが首をかしげる。
「お願いしたら受けていただけた」
「いや、それはわかるけど、いや、そうなんだけど!え、女神様!こいつ化け物ですけど大丈夫ですか!?」
「失礼な。否定はしまいが」
そんな二人のやりとりに、女神はおかしそうにクスリと笑った。本当に、美しい女性である。漆黒の髪に瞳。透き通るような白い肌に、ピンク色の唇が弧を描いた。
「あら、お揃いですね。私も日本では化け物って言われてたんですよ」
「……嘘だろ……!?」
オヴェラルトが愕然とした表情をしている。正直、フォリアだけでなく全員が思ったことだろう。ぜんっぜん、そうは見えない、と。むしろ、血なんて苦手そうで、戦えると言われても信じることは難しい。ポキッと折れてしまいそうな、儚げな容姿をしているから余計だ。二人の会話は続いていたが、フォリアの視線は女神に釘付けだった。ただ佇んでいるだけなのに、女神は、微笑んでさえいるものの、うっすらと威圧感のようなものを醸し出している。ぞくり、とフォリアの背筋に戦慄が走る。見ていれば、次第に女神とレイノートの二人を取り巻く空気は、殺伐としたものになっていた。
その後直ぐに始まった手合わせは、果たして手合わせと言えただろうか。最初は軽い打ち合いで本気ではなさそうだったのに、何度目かの打ち合いの後、女神の足下でパシャリと水が跳ねてから、徐々に苛烈さを増していく。フォリアは、ずっと女神だけを見続けていた。女神だけしか見えていなかった。あのレイノートは、オヴェラルトが言ったように化け物だ。騎士団内で№2の実力の持ち主で、彼に勝ち越している人間など総長だけである。それなのに、あの女神は。
「……素晴らしい……」
己の奥深くに眠っていた本能が目覚め、主君だと、仕えるべき主だと、叫んでいる。白蛇族と人間のハーフであるフォリアに、獣性とやらは薄いと思っていたが、そうじゃないらしい。そこまで思える人に、出会えていなかっただけなのだ。
あのレイノートと、互角の戦いを繰り広げている。なんと強く、美しいのか。あの水は魔法?いや、女神特有の力だろうか。なんでもいい。とにかく、水と踊っているような戦い方に、フォリアは見惚れた。フォリアの瞳はどろりとした熱を孕み、見る人が見れば、あ、こいつ恋してるな、と一発でわかるほどだった。
途中で、手合わせの苛烈さにやばいと感じたオヴェラルトが、総長であるレイトラルを呼びに行かせ、更には第一王子殿下シリウス、側近のセイランまで一緒に連れて帰ってきているとは、全く気づいていなかった。
そんな夢見心地のフォリアを現実に戻したのは、両者の木刀がバキッと折れる音だった。苛烈すぎて、強化を施された木刀も耐えきれなかったらしい。唐突に終わってしまい、もっと見たかったと残念な気持ちである。その後も、レイノートやレイトラル、シリウスたちと話す女神を見ていれば、シリウスが彼女のことを瑞姫と名前で呼んでいるのを聞いた。
「……ミズキ、様……」
呼んで、ぱっ、と口元を抑える。無意識だった。ドクドク、と心臓が早鐘を打っている。体が熱く、はあ、と吐いた息は熱がこもっていた。これはまずい。フォリアは必死に熱をおさめる。ぶんぶん、と頭を振って熱を追い出した。そうして、ようやく周囲の状況を読めるようになり、片付けている団員たちが目に入る。折れた木刀は、まだ女神の手にあった。きらり、とフォリアの目が光る。近づくチャンス。いつものようにと心がけ(この時点でもういつものようにじゃない)、女神に近づく。
「女神様、木刀をこちらに」
「え、あ。そうだった、木刀壊してごめんなさいっ」
「いえ。木刀であれば、いくらでもありますのでお気になさらず。大きい怪我がなく、なによりでございます」
女神とついでにレイノートの持っていた折れた木刀を回収し、一礼して何事もなく立ち去ることができた。
木刀を廃棄するため、裏に回ったフォリアは崩れ落ちそうになった。しかし、誰が来るかわからないこんなところで、膝をつくわけにも行かない。根性で立っていた。
(かわいらしい……っ遠目でも美しいと思ったが、近くで見るとより一層美しい、いや、神々しい……!さすが女神様。あぁ、お声も可愛らしいし、はにかむ笑顔も……。戦闘中は別人のようだが、それもまたよし。あのギラギラした獲物を捕らえるような瞳に見られたい……。普段はほんわかとした方なのだろうな。……はっ。そうか、これがギャップというやつか)
以前、同僚がギャップがある方がいい、と言っており、そのときはなんだそれと思っていたが、今ならわかる。ギャップ、いい……!木刀を片付け、フォリアが表に戻ってきたときには、レイトラルたちはすでに立ち去った後だった。女神もいないかと思ったが、隅の方にちょこんと座っているのが見えて、危うくガッツポーズをとるところだった。危ない。
それから、ミズキを視界に入れつつ(無意識)、訓練を熟す。一度目があったときは、歓喜の声を上げるところだった。このとき、それ(キラキラエフェクト(幻覚)と、嬉しそうな笑顔)が表情に出てるとは思ってない。途中でシェリタに絡まれたが、いつものことなので当然無視。
フォリアにとって幸せの時間は、あっという間に終わりを告げる。訓練終了である。
声をかけたいが、なんと声をかけていいのかもわからず、そも、自分から声をかけていいのか(木刀の件は仕事の内だったから声をかけることができただけ)。そう悩んでいれば、なんと、女神の方から声をかけてきたではないか。しかも、名前を呼ばれた。これだけでも天に昇れそうである。しかし、声をかけてくれたはいいが、じーっと見られ、落ち着かない。それを耐え、きれなかったので、こちらから呼びかけてみれば、なんと。
「うーん。……ストレートに聞きますね。私に仕えたいのですか?」
「!?な、……えっ」
隠していたのになぜわかった、といつもの冷静さを失い動揺して言葉を失ってしまった。もしかして、その思いが顔に出ていたのか?と、恥ずかしさがこみ上げてきて、顔が熱くなる。すると、何故か女神も顔を赤くし、それを隠すように頬に手を当てた。(あ、かわいい)どうやら、精霊に聞いたようだった。なるほど、と熱がすっと引いた。よかった、心が読まれているわけじゃなくて。読まれていたら大惨事である。主にフォリアが。
「いえ、しかし、その……。私は、……誰かから聞いているかと思いますが、白蛇とのハーフでして。確かにお仕えしたいとは思っておりますが、私では分不相応だと」
(あぁ、この方は精霊が見えるし、声も聞こえる方なのか……。素晴らしい。だが……そう、自分では分不相応だ)
「その、仕えたい、というのは、護衛と違うんですか?」
「え?あ、いえ。護衛も含みますが、私はその、貴女に尽くしたいのです。貴女を主君とし、お仕えさせていただきたい」
「騎士団、はどうするんですか?」
「もしお仕えさせていただけるのならば、辞する所存です。ですが、……先ほども言いましたが、私では……」
(なん、だ?……女神様は、何をお考えで……?)
「女神様。ご歓談中失礼しますよ」
そんな二人の間に割って入ってきたのは、シェリタであった。思わずフォリアは舌打ちが出そうになり、慌てて飲み込む。ニヤニヤと気持ち悪い笑顔を浮かべ、いつものように大げさなジェスチャー付きで、フォリアが如何に女神に相応しくないか語り始めた。白蛇族が人間にとってどうたらこうたらと。ちらり、と女神に視線を向ければ。
(……女神様が……笑っておられない……。むしろ、瞳が冷え切っている……。嫌悪、か?)
さきほどまで、ふんわりした雰囲気だったのに。シェリタの話が終わって、女神がどうするのか。
「もしかして、フォリアさん危惧してるのそれ?毒?」
「毒もありますが、私がお側にいては、女神様の評価にも響きますので」
シェリタの話は、全面的に肯定するしかない。納得はしてない。してない、が。女神は、シェリタに、じゃあ誰がいいか聞いた。そしたら、シェリタは自分を売り込んできた。まあ、そうなるだろう。彼はフォリアのことが嫌いだからだ。フォリアはいちいち絡んできてウザいな、くらいにしか思ってない。無関心である。次期副団長、と自分で言っているから驚いたのだろう、少し目を丸くして女神はフォリアを見上げた。え、これが?と言っているようだったので、間違ってはないと曖昧に答えておく。すると、女神は眉間にしわを寄せてシェリタに視線を戻した(あ、俺のことを見ていて欲しいのに)。
「安心してください。私は、貴方を護衛になど絶対に選びはしません」
力強い否定の言葉を放った。当然、シェリタは絶句する。選ばれて当然だと思っていたからだ。
「なぜです!?そいつは女神様にとって害にしかなりませんよ!?」
その叫びに、女神はふん、と鼻で笑う。そしてフォリアを見て、血をくれと言った。ちょっと何言ってるかわからないな。驚きのあまり思考も止まったため、一瞬の動作が遅れた。ガシッと手をつかまれ、甲に傷がつくまで一瞬である。慌てて引き剥がそうにも、女神の不思議な水の力で押さえつけられ、まさか暴力を振るうわけにも行かず。こら、動かない、と柔らかな声で上目遣いに言われれば動きを止めるしかなくない?声を上げようにも、黙って見ていろと目で黙らされ、伏せられる。それは、とても扇情的に映る光景だった。傷口に瑞姫の唇が触れた瞬間、ゾクリと体が震え、ぺろり、となめられた感覚はたまったものではない。赤く染まる顔を隠すように逆の手で覆うくらいしかできず、しかし、そこから目が離せない。
(め、めがみ、様が……お、れの血を……舐め、な……)
「女神様!そいつの血は毒が含まれているのですよ!?何をなさっているのです!」
シェリタの叫びに、はっ、とフォリアは正気に戻った。女神を見れば、手は握っているものの、唇は離れているし、いつのまにか水の拘束も解けていた。そんなシェリタの叫びに、女神は普通に、毒が効かない体質だと証明して見せた、と言う。そんな都合のいいことがあるのか、と動揺も隠せず、震える声で本当か確認すれば、少しいたずら気な笑顔を見せて頷いてくれた。具合が悪いようにも、嘘をついているようにも見えず、フォリアは呆然とする。トリカブトですら効かないから、それより弱い毒などジュースのようなもの、という女神に、毒はジュースと言いません、とすかさず突っ込んだ。
そして、白蛇族のことも問題ないと言い切った。むしろ、蛇は好きだから側に、とまで。女神の世界では、白蛇は神聖視されている生き物で、とても縁起のいい生き物らしい。
(こんな……、こんな、都合がいいことなんて……、あって、いいのか……?私は……俺は……、女神様の側を、望んでもいい、と……?)
女神は、白蛇を侮辱されたことに怒りを感じているようだ。本当に、蛇が好きなのだろう。シェリタを睨み付ける女神からは、殺気すら漂っている。
「一度目は知らなかったから、と言うことで場を納めます。しかし、二度目はありません。次、私の前で白蛇を侮辱、もしくはそれが耳に入れば、ぶっ飛ばしに行きますので間違いのないよう」
ぴしゃりと言い放つ女神がかっこいい。オヴェラルトに声をかけた女神は、手をつないだままフォリアを連れてレイノートの執務室に入った。レイノートに手をつないでいることを指摘され、ぱっと離されてしまった。悲しい。
先ほど起きたことを簡潔に説明し、シェリタのことで謝罪するレイノートの言葉を聞き流し、シェリタの話題を聞き流した。その間、ずっと恍惚とした眼差しでフォリアは女神を見ていた。端から見たら、めちゃくちゃ危ないやつである。
「……フォリア、お前、女神様を主君と決めたのか」
「!……はい。この方にお仕えしたい。強く、惹かれるのです」
一部の亜人族は、主君を定めると一生側に仕え、その主君以外の命令は全く聞かない性質を持っている。この先、レイノートの言うことを聞けるか自信がない。獣性の性を理解しているレイノートは、なるほど、と苦笑いで頷いた。
「女神様、亜人族の……まあ、一部ですが、主君を定める性質は理解しておられますか」
「あ、はい。一生側に仕え、主君以外の命令は全く、きかな……あー!フォリアさんの仕えたい云々はそういうこと……!」
「ご理解いただけて何よりです。白蛇族の私ですが、どうか仕えさせていただきたく」
ここぞ、とフォリアは押していく。どうしても、側にいたいのだ。白蛇族だからと遠慮していたが、しなくていいと女神は言ってくれたのだ。少し驚いていた女神だが、うーん、と考えた後に、頷いてくれた。
「……まあ、いいですよ。えっと、許します」
「!はい!ありがとうございます、女神様!」
フォリアは歓喜一色である。そこへ、レイノートが主従契約を結べば?と言う。フォリアは驚いた。
主従契約を結ぶ?と女神は首をかしげた。そんな女神に、レイノートが説明すると、聞いている内に女神は乗り気になったのか、最終的にしてもいいと言ってくれた。しかし、そこに待ったがかけられる。する前に、両親に報告すべきだと。正論である。お預けを食らった気分だがこれは仕方がない。明日朝一で報告しに行こうと決めた。
そんなフォリアを見て女神は思うところがあったのか、とんでもない代物をその場で創造。仮の証拠だと、青いリボンまでつけてフォリアへ授けてくれた。感極まりすぎて泣くかと思った。とりあえずこれは宝にしよう。仰々しく跪き、両手で恭しく受け取ったのだった。
~~*~~
おかしい。フォリアこんな性格じゃなかったのに。なんでこうなったんだろう?
第一騎士団所属 エヴィル伯爵家次男フォリア・エヴィルは今日、運命の人と出会った――――
その日も、いつもと変わらない日だと思っていた。同じ第一騎士団の団員たちと訓練し、ご飯を食べ、書類整備だのなんだのと、変わらない日だと思っていたのだ。
――――第一騎士団団長 レイノート・ライフォエンが、美しい女性を訓練場に連れてくるまでは。
遠目からでもわかる、あの神々しい容姿。宝石のように輝いて見える。黒髪であるから、召喚された女性の内、どちらかだろうとはわかった。そのときは女神だとは思わなかったが。副団長のオヴェラルト・キリシュタインが驚いてすっ飛んでいく。
「……はあ!?え、女神様と手合わせ!?って、木刀持ってる!?なんでそうなった!?」
オヴェラルトの叫びに、ざわり、と空気が揺れる。どうやら、女神とレイノートの手合わせのために訓練場に来たようだ。確かに、二人の手には、魔法で強化された木刀があった。本当になんでそうなったんだ?誰もが首をかしげる。
「お願いしたら受けていただけた」
「いや、それはわかるけど、いや、そうなんだけど!え、女神様!こいつ化け物ですけど大丈夫ですか!?」
「失礼な。否定はしまいが」
そんな二人のやりとりに、女神はおかしそうにクスリと笑った。本当に、美しい女性である。漆黒の髪に瞳。透き通るような白い肌に、ピンク色の唇が弧を描いた。
「あら、お揃いですね。私も日本では化け物って言われてたんですよ」
「……嘘だろ……!?」
オヴェラルトが愕然とした表情をしている。正直、フォリアだけでなく全員が思ったことだろう。ぜんっぜん、そうは見えない、と。むしろ、血なんて苦手そうで、戦えると言われても信じることは難しい。ポキッと折れてしまいそうな、儚げな容姿をしているから余計だ。二人の会話は続いていたが、フォリアの視線は女神に釘付けだった。ただ佇んでいるだけなのに、女神は、微笑んでさえいるものの、うっすらと威圧感のようなものを醸し出している。ぞくり、とフォリアの背筋に戦慄が走る。見ていれば、次第に女神とレイノートの二人を取り巻く空気は、殺伐としたものになっていた。
その後直ぐに始まった手合わせは、果たして手合わせと言えただろうか。最初は軽い打ち合いで本気ではなさそうだったのに、何度目かの打ち合いの後、女神の足下でパシャリと水が跳ねてから、徐々に苛烈さを増していく。フォリアは、ずっと女神だけを見続けていた。女神だけしか見えていなかった。あのレイノートは、オヴェラルトが言ったように化け物だ。騎士団内で№2の実力の持ち主で、彼に勝ち越している人間など総長だけである。それなのに、あの女神は。
「……素晴らしい……」
己の奥深くに眠っていた本能が目覚め、主君だと、仕えるべき主だと、叫んでいる。白蛇族と人間のハーフであるフォリアに、獣性とやらは薄いと思っていたが、そうじゃないらしい。そこまで思える人に、出会えていなかっただけなのだ。
あのレイノートと、互角の戦いを繰り広げている。なんと強く、美しいのか。あの水は魔法?いや、女神特有の力だろうか。なんでもいい。とにかく、水と踊っているような戦い方に、フォリアは見惚れた。フォリアの瞳はどろりとした熱を孕み、見る人が見れば、あ、こいつ恋してるな、と一発でわかるほどだった。
途中で、手合わせの苛烈さにやばいと感じたオヴェラルトが、総長であるレイトラルを呼びに行かせ、更には第一王子殿下シリウス、側近のセイランまで一緒に連れて帰ってきているとは、全く気づいていなかった。
そんな夢見心地のフォリアを現実に戻したのは、両者の木刀がバキッと折れる音だった。苛烈すぎて、強化を施された木刀も耐えきれなかったらしい。唐突に終わってしまい、もっと見たかったと残念な気持ちである。その後も、レイノートやレイトラル、シリウスたちと話す女神を見ていれば、シリウスが彼女のことを瑞姫と名前で呼んでいるのを聞いた。
「……ミズキ、様……」
呼んで、ぱっ、と口元を抑える。無意識だった。ドクドク、と心臓が早鐘を打っている。体が熱く、はあ、と吐いた息は熱がこもっていた。これはまずい。フォリアは必死に熱をおさめる。ぶんぶん、と頭を振って熱を追い出した。そうして、ようやく周囲の状況を読めるようになり、片付けている団員たちが目に入る。折れた木刀は、まだ女神の手にあった。きらり、とフォリアの目が光る。近づくチャンス。いつものようにと心がけ(この時点でもういつものようにじゃない)、女神に近づく。
「女神様、木刀をこちらに」
「え、あ。そうだった、木刀壊してごめんなさいっ」
「いえ。木刀であれば、いくらでもありますのでお気になさらず。大きい怪我がなく、なによりでございます」
女神とついでにレイノートの持っていた折れた木刀を回収し、一礼して何事もなく立ち去ることができた。
木刀を廃棄するため、裏に回ったフォリアは崩れ落ちそうになった。しかし、誰が来るかわからないこんなところで、膝をつくわけにも行かない。根性で立っていた。
(かわいらしい……っ遠目でも美しいと思ったが、近くで見るとより一層美しい、いや、神々しい……!さすが女神様。あぁ、お声も可愛らしいし、はにかむ笑顔も……。戦闘中は別人のようだが、それもまたよし。あのギラギラした獲物を捕らえるような瞳に見られたい……。普段はほんわかとした方なのだろうな。……はっ。そうか、これがギャップというやつか)
以前、同僚がギャップがある方がいい、と言っており、そのときはなんだそれと思っていたが、今ならわかる。ギャップ、いい……!木刀を片付け、フォリアが表に戻ってきたときには、レイトラルたちはすでに立ち去った後だった。女神もいないかと思ったが、隅の方にちょこんと座っているのが見えて、危うくガッツポーズをとるところだった。危ない。
それから、ミズキを視界に入れつつ(無意識)、訓練を熟す。一度目があったときは、歓喜の声を上げるところだった。このとき、それ(キラキラエフェクト(幻覚)と、嬉しそうな笑顔)が表情に出てるとは思ってない。途中でシェリタに絡まれたが、いつものことなので当然無視。
フォリアにとって幸せの時間は、あっという間に終わりを告げる。訓練終了である。
声をかけたいが、なんと声をかけていいのかもわからず、そも、自分から声をかけていいのか(木刀の件は仕事の内だったから声をかけることができただけ)。そう悩んでいれば、なんと、女神の方から声をかけてきたではないか。しかも、名前を呼ばれた。これだけでも天に昇れそうである。しかし、声をかけてくれたはいいが、じーっと見られ、落ち着かない。それを耐え、きれなかったので、こちらから呼びかけてみれば、なんと。
「うーん。……ストレートに聞きますね。私に仕えたいのですか?」
「!?な、……えっ」
隠していたのになぜわかった、といつもの冷静さを失い動揺して言葉を失ってしまった。もしかして、その思いが顔に出ていたのか?と、恥ずかしさがこみ上げてきて、顔が熱くなる。すると、何故か女神も顔を赤くし、それを隠すように頬に手を当てた。(あ、かわいい)どうやら、精霊に聞いたようだった。なるほど、と熱がすっと引いた。よかった、心が読まれているわけじゃなくて。読まれていたら大惨事である。主にフォリアが。
「いえ、しかし、その……。私は、……誰かから聞いているかと思いますが、白蛇とのハーフでして。確かにお仕えしたいとは思っておりますが、私では分不相応だと」
(あぁ、この方は精霊が見えるし、声も聞こえる方なのか……。素晴らしい。だが……そう、自分では分不相応だ)
「その、仕えたい、というのは、護衛と違うんですか?」
「え?あ、いえ。護衛も含みますが、私はその、貴女に尽くしたいのです。貴女を主君とし、お仕えさせていただきたい」
「騎士団、はどうするんですか?」
「もしお仕えさせていただけるのならば、辞する所存です。ですが、……先ほども言いましたが、私では……」
(なん、だ?……女神様は、何をお考えで……?)
「女神様。ご歓談中失礼しますよ」
そんな二人の間に割って入ってきたのは、シェリタであった。思わずフォリアは舌打ちが出そうになり、慌てて飲み込む。ニヤニヤと気持ち悪い笑顔を浮かべ、いつものように大げさなジェスチャー付きで、フォリアが如何に女神に相応しくないか語り始めた。白蛇族が人間にとってどうたらこうたらと。ちらり、と女神に視線を向ければ。
(……女神様が……笑っておられない……。むしろ、瞳が冷え切っている……。嫌悪、か?)
さきほどまで、ふんわりした雰囲気だったのに。シェリタの話が終わって、女神がどうするのか。
「もしかして、フォリアさん危惧してるのそれ?毒?」
「毒もありますが、私がお側にいては、女神様の評価にも響きますので」
シェリタの話は、全面的に肯定するしかない。納得はしてない。してない、が。女神は、シェリタに、じゃあ誰がいいか聞いた。そしたら、シェリタは自分を売り込んできた。まあ、そうなるだろう。彼はフォリアのことが嫌いだからだ。フォリアはいちいち絡んできてウザいな、くらいにしか思ってない。無関心である。次期副団長、と自分で言っているから驚いたのだろう、少し目を丸くして女神はフォリアを見上げた。え、これが?と言っているようだったので、間違ってはないと曖昧に答えておく。すると、女神は眉間にしわを寄せてシェリタに視線を戻した(あ、俺のことを見ていて欲しいのに)。
「安心してください。私は、貴方を護衛になど絶対に選びはしません」
力強い否定の言葉を放った。当然、シェリタは絶句する。選ばれて当然だと思っていたからだ。
「なぜです!?そいつは女神様にとって害にしかなりませんよ!?」
その叫びに、女神はふん、と鼻で笑う。そしてフォリアを見て、血をくれと言った。ちょっと何言ってるかわからないな。驚きのあまり思考も止まったため、一瞬の動作が遅れた。ガシッと手をつかまれ、甲に傷がつくまで一瞬である。慌てて引き剥がそうにも、女神の不思議な水の力で押さえつけられ、まさか暴力を振るうわけにも行かず。こら、動かない、と柔らかな声で上目遣いに言われれば動きを止めるしかなくない?声を上げようにも、黙って見ていろと目で黙らされ、伏せられる。それは、とても扇情的に映る光景だった。傷口に瑞姫の唇が触れた瞬間、ゾクリと体が震え、ぺろり、となめられた感覚はたまったものではない。赤く染まる顔を隠すように逆の手で覆うくらいしかできず、しかし、そこから目が離せない。
(め、めがみ、様が……お、れの血を……舐め、な……)
「女神様!そいつの血は毒が含まれているのですよ!?何をなさっているのです!」
シェリタの叫びに、はっ、とフォリアは正気に戻った。女神を見れば、手は握っているものの、唇は離れているし、いつのまにか水の拘束も解けていた。そんなシェリタの叫びに、女神は普通に、毒が効かない体質だと証明して見せた、と言う。そんな都合のいいことがあるのか、と動揺も隠せず、震える声で本当か確認すれば、少しいたずら気な笑顔を見せて頷いてくれた。具合が悪いようにも、嘘をついているようにも見えず、フォリアは呆然とする。トリカブトですら効かないから、それより弱い毒などジュースのようなもの、という女神に、毒はジュースと言いません、とすかさず突っ込んだ。
そして、白蛇族のことも問題ないと言い切った。むしろ、蛇は好きだから側に、とまで。女神の世界では、白蛇は神聖視されている生き物で、とても縁起のいい生き物らしい。
(こんな……、こんな、都合がいいことなんて……、あって、いいのか……?私は……俺は……、女神様の側を、望んでもいい、と……?)
女神は、白蛇を侮辱されたことに怒りを感じているようだ。本当に、蛇が好きなのだろう。シェリタを睨み付ける女神からは、殺気すら漂っている。
「一度目は知らなかったから、と言うことで場を納めます。しかし、二度目はありません。次、私の前で白蛇を侮辱、もしくはそれが耳に入れば、ぶっ飛ばしに行きますので間違いのないよう」
ぴしゃりと言い放つ女神がかっこいい。オヴェラルトに声をかけた女神は、手をつないだままフォリアを連れてレイノートの執務室に入った。レイノートに手をつないでいることを指摘され、ぱっと離されてしまった。悲しい。
先ほど起きたことを簡潔に説明し、シェリタのことで謝罪するレイノートの言葉を聞き流し、シェリタの話題を聞き流した。その間、ずっと恍惚とした眼差しでフォリアは女神を見ていた。端から見たら、めちゃくちゃ危ないやつである。
「……フォリア、お前、女神様を主君と決めたのか」
「!……はい。この方にお仕えしたい。強く、惹かれるのです」
一部の亜人族は、主君を定めると一生側に仕え、その主君以外の命令は全く聞かない性質を持っている。この先、レイノートの言うことを聞けるか自信がない。獣性の性を理解しているレイノートは、なるほど、と苦笑いで頷いた。
「女神様、亜人族の……まあ、一部ですが、主君を定める性質は理解しておられますか」
「あ、はい。一生側に仕え、主君以外の命令は全く、きかな……あー!フォリアさんの仕えたい云々はそういうこと……!」
「ご理解いただけて何よりです。白蛇族の私ですが、どうか仕えさせていただきたく」
ここぞ、とフォリアは押していく。どうしても、側にいたいのだ。白蛇族だからと遠慮していたが、しなくていいと女神は言ってくれたのだ。少し驚いていた女神だが、うーん、と考えた後に、頷いてくれた。
「……まあ、いいですよ。えっと、許します」
「!はい!ありがとうございます、女神様!」
フォリアは歓喜一色である。そこへ、レイノートが主従契約を結べば?と言う。フォリアは驚いた。
主従契約を結ぶ?と女神は首をかしげた。そんな女神に、レイノートが説明すると、聞いている内に女神は乗り気になったのか、最終的にしてもいいと言ってくれた。しかし、そこに待ったがかけられる。する前に、両親に報告すべきだと。正論である。お預けを食らった気分だがこれは仕方がない。明日朝一で報告しに行こうと決めた。
そんなフォリアを見て女神は思うところがあったのか、とんでもない代物をその場で創造。仮の証拠だと、青いリボンまでつけてフォリアへ授けてくれた。感極まりすぎて泣くかと思った。とりあえずこれは宝にしよう。仰々しく跪き、両手で恭しく受け取ったのだった。
~~*~~
おかしい。フォリアこんな性格じゃなかったのに。なんでこうなったんだろう?
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ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。
評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。
身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。
【完結】スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜
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世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。
スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。
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