私と彼等の日常は、あまりにも非現実的すぎる(逆位置編)

死神の嫁

文字の大きさ
7 / 13

空っぽの宝箱(恋人の逆位置)

しおりを挟む
「主、一つ頼みたいのだけれど……」

 珍しく弱々しい申し出をする恋人さんに、違和感を覚えつつもいったん話を聞くことにした。普段はどんなときも堂々とし、はきはきとした口調で話す彼女だが、この日はその真逆である。こんな姿の彼女を見るのは初めてで、余程の緊急事態なのかと自然と構える。

「恋人の逆位置の様子を見てきてほしいの」
「恋人さんの相対する存在の……? 別に構わないけど、どうしたの?」
「少し苦手なのよ、あの子」

 恋人さんからの依頼は、彼女の相対する存在である『恋人』の逆位置の様子を見てきてほしいというものだった。彼女の主な意味は『束縛・過保護・一方通行な思い』などで、恋人さんが苦手とするタイプの女性なのだという。
 それでも相対する存在として様子を見る必要があるがゆえに、毎回頑張ってはいるようだ。
 然し寸前になって、躊躇してしまい結局様子を見ることも声をかけることもできずに終わってしまうのだという。私自身も彼女と顔を合わせるのは初めてに等しいが、あの恋人さんが苦手だという彼女は、一体どんな人物なのだろうか。
 興味本位も相俟って、彼女からの申し出を受け入れ、早速部屋へ案内してもらった。

「ここが……?」
「そうよ、ここが彼女の部屋。いつでも中にいるはずよ」

 案内された部屋は、ごく普通の部屋ではあるものの、ドアの奥から不穏な空気が流れている。耳を澄ますと、ひそひそと話し声のようなものがきこえてくるが、恋人さん曰く彼女の部屋には彼女以外誰もいないはずだという。

「じゃあ様子見てくるわね」

 心配そうな表情で見つめる恋人さんを背に、ドアをノックしてから部屋へと入る。
 部屋の中は薄暗く、壁一面に何かを張り付けてあるようで、歩く時に起こった風でバサバサと揺れていた。部屋の奥に進むと、噂の彼女の姿が見えた。何かに向かって楽しそうに話しているようだ。

「あら、お客さんが来たみたい……またあとで話しましょうね……ふふふ……」

 私の気配に気づいたのか、背を向けていた彼女がこちらを向いた。先程まで話していたのは男性の顔をしたマネキンのようなもので、うつろな目で彼女を見つめている。そのマネキンを愛おしそうに撫でてから、そっと立ち上がり私の前にやってきた。

「初めまして、主様。歓迎いたしますわ」
「初めまして、恋人の逆位置さん。それと……彼のお名前は?」

 態とマネキンのことを話題に入れて、反応を伺った。彼女は一瞬キョトンとしていたが、やがて恍惚の表情を浮かべて嬉しそうに私の手を握った。この手の人の扱いには慣れている、ここで彼女との距離を縮められるかが決まるのだ。

「主様、彼のことが見えるのね! 彼はヒロっていうの、私の最愛の人なのよ」
「初めまして、ヒロさん。そうだったんだ、もう籍は入れたのかな?」
「いいえ、まだ彼が恥ずかしがっているの……でも将来はそうするつもりよ。その時はお招きするからぜひいらしてね?」

 どうやら彼女のご機嫌を完全につかめたようだ。安堵しつつ、恋人さんが何故苦手意識があるのかを理解した……まともではないからだ、全てにおいて。

「立ち話もよくないわ、どうぞ座って?」
「ありがとう、良ければヒロさんも一緒に話そうよ。二人の出会いの話とか聞いてみたいな~」
「やだ、恥ずかしい……ヒロさんどうしましょう。話してもいいの……?」
「……ヒロさんなんだって?」
「ふふふ……話してもいいって言っているわ」

 彼女がヒロさんと呼んで慕うそのマネキンは、上半身しかなく薄汚れていた。部屋を見回すと、下半身が乱雑に置かれており、もともとついていたものを取り外したのだろうと推測した。

「私と彼は、公園で出会ったの。買い物の途中袋が破れちゃって、困っていたところに彼が声をかけてくれて……」

 そこから彼女とヒロさんとのなれそめの話が始まった。彼女が困っているときに助けてくれた時に出会いがスタートし、話していくうちに恋に落ちて今に至るのだという。心底幸せそうに話す彼女に相槌を打ちながら、真意はどうなのだろうかと考えた。
 一通り彼女の話を聞き終え、また様子を見に来る旨を伝え、帰ろうと席を立つ。
 すると、彼女から近付きのしるしにと、箱を手渡された。持ってみると、異常に重い……何が入っているのかを問うが、笑うだけでこたえない。仕方がないのでありがたく受け取り、彼女に別れを告げて部屋を出た。

「待ってたんだ……様子見てきたよ」
「えぇ、かなり気がかりだったから……それは?」
「近付きのしるしにって渡されたんだけど…すごく重いんだよね」

 その後、一旦恋人さんの部屋へ箱を持ち帰り、中を一緒に開けてみた。すると、箱の中には……何も入っていなかった。

「空箱じゃん……なんであんなに重かったんだろう」
「……あの子の、思いよ。貴女に対するね」

 恋人さんの言葉に、あれだけの思いを向けられると流石に答えるだろうなと思った。その後も何度か様子を見に行っているが、その度に非常に重い思いを渡されて困っているのは、言うまでもない。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

ざまぁされるための努力とかしたくない

こうやさい
ファンタジー
 ある日あたしは自分が乙女ゲームの悪役令嬢に転生している事に気付いた。  けどなんか環境違いすぎるんだけど?  例のごとく深く考えないで下さい。ゲーム転生系で前世の記憶が戻った理由自体が強制力とかってあんまなくね? って思いつきから書いただけなので。けど知らないだけであるんだろうな。  作中で「身近な物で代用できますよってその身近がすでにないじゃん的な~」とありますが『俺の知識チートが始まらない』の方が書いたのは後です。これから連想して書きました。  ただいま諸事情で出すべきか否か微妙なので棚上げしてたのとか自サイトの方に上げるべきかどうか悩んでたのとか大昔のとかを放出中です。見直しもあまり出来ないのでいつも以上に誤字脱字等も多いです。ご了承下さい。  恐らく後で消す私信。電話機は通販なのでまだ来てないけどAndroidのBlackBerry買いました、中古の。  中古でもノーパソ買えるだけの値段するやんと思っただろうけど、ノーパソの場合は妥協しての機種だけど、BlackBerryは使ってみたかった機種なので(後で「こんなの使えない」とぶん投げる可能性はあるにしろ)。それに電話機は壊れなくても後二年も経たないうちに強制的に買い換え決まってたので、最低限の覚悟はしてたわけで……もうちょっと壊れるのが遅かったらそれに手をつけてた可能性はあるけど。それにタブレットの調子も最近悪いのでガラケー買ってそっちも別に買い換える可能性を考えると、妥協ノーパソより有意義かなと。妥協して惰性で使い続けるの苦痛だからね。  ……ちなみにパソの調子ですが……なんか無意識に「もう嫌だ」とエンドレスでつぶやいてたらしいくらいの速度です。これだって10動くっていわれてるの買ってハードディスクとか取り替えてもらったりしたんだけどなぁ。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

ちゃんと忠告をしましたよ?

柚木ゆず
ファンタジー
 ある日の、放課後のことでした。王立リザエンドワール学院に籍を置く私フィーナは、生徒会長を務められているジュリアルス侯爵令嬢アゼット様に呼び出されました。 「生徒会の仲間である貴方様に、婚約祝いをお渡したくてこうしておりますの」  アゼット様はそのように仰られていますが、そちらは嘘ですよね? 私は最愛の方に護っていただいているので、貴方様に悪意があると気付けるのですよ。  アゼット様。まだ間に合います。  今なら、引き返せますよ? ※現在体調の影響により、感想欄を一時的に閉じさせていただいております。

〈完結〉遅効性の毒

ごろごろみかん。
ファンタジー
「結婚されても、私は傍にいます。彼が、望むなら」 悲恋に酔う彼女に私は笑った。 そんなに私の立場が欲しいなら譲ってあげる。

物語は始まりませんでした

王水
ファンタジー
カタカナ名を覚えるのが苦手な女性が異世界転生したら……

処理中です...