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13. 仄暗き思い

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ニュールが提案した…サルトゥス王国の王子であり大賢者でもあるアルバシェルを、フレイリアルの守護者にする…と言う話。
それはリーシェライルを激しく苛立たせる。

リーシェライルが宿敵とも感じている、心底腹立たしい…力持つ存在。
その様なモノを、守護者へ就任する人材として…フレイリアルに推挙した事。
可能性の1つ…でしかないのに、伝えたニュールを "大罪犯したモノ" であるかの様に…今にも抹殺しそうな程の怒りを込め…リーシェライルは激しく睨みつける。

この助言、リーシェライルに対しての敵対行為…であるかのように受け取られることは予想の範疇。
故に…自身捧げるような危険孕む提案をするにあたり、ニュールも少しは躊躇した。

大賢者は、常人よりも遥かに長き時を持つ。
だからこそ…守護者を他の大賢者が務めるのは利に叶った提案である…と、ニュールは判断し…伝えた。
現身持つアルバシェルならば…何が起きてもフレイリアルを守り抜き、近くで対処するであろう。

共に歩み守る他者…と言う立ち位置埋めるのは、今のリーシェライルには…不可能。
それは…リーシェライル自身が、痛いほど理解しているはずだった。

"内なる存在は、長い時を経て同化する"

大賢者の内に導く者として存在する…助言者コンシリアトゥールや統合人格に含まれる歴代大賢者の意思は、意思疎通可能な別の意識体の様に感じられるが…近しい存在であり…根幹を共にする1つの存在である。

内なるモノ達は接点を持つ時間が多いほど同一化を起こし、他者としての役割を果たさなくなる。
ニュールの中のニュロが、自身から望んで表に現れないのは…ニュールを1人にしないために…其の時が来るのを少しでも引き延ばす為の措置。

大賢者自身が、真に1つの存在でしかない…と感じ…気付いた時、心痛む悟りを開くしかなくなる。
いくらリーシェライルが睨みを利かせ、フレイリアルの周囲に出没する不快で不都合な可能性を排除したとしても…変わらぬ事実である。
そして拠り所となる存在を失った時、其の痛みを和らげる最良の手段は…他者と痛みを分かち合うこと。

内なるモノである…自身の現況が、大変不確かな存在であると理解はしている。
それでも、一切納得するつもりのないリーシェライル。


ニュールとリーシェライル…2人だけの話し合いの中でも、アルバシェルを守護者に据える事へ予め言及していた。その時も、他の者を守護者候補の名を上げる以上に…激しく抵抗する。
この話題はリーシェライルにとって、禁忌に近いモノのようだった。

「あんな奴を守護者にするだなんて…それ以外にだって、いくらでも遣りようはあると思う」

「選択肢の1つだ…選択の幅を広げる事はフレイの為にもなる。最終的な判断をするのはフレイだ」

アルバシェルの関与を徹底的に排除したがる姿に、釘を指すニュール。
其の意見に、美しい面差しの口の端歪め…リーシェライルは静かに反論する。

「選択の幅…と言うのなら、別の道もあるよ…」

仄暗い意図持ち…画策しようとするモノの様に、妖しく目を輝かせ…言葉紡ぐ。

「フレイと同一化する前に…僕の血縁者から…僕だけの器を手に入れれば、完全に同調できると思うんだ。勿論…中身は消し去っておく。器を今から作り出し、生まれる前から予め人形にしておくのが最良かなぁ。そして手に入れた器に僕が入り…フレイと子供を作れば、表層だけでなく…深層から存在そのものを移動できる。僕が入った状態で生まれる…僕自身を産んで貰えるってことだよね!」

少し興奮ぎみに…狂気に近しき思いから辿り着いた究極の理論を、自慢げに披露するリーシェライル。
其の至高の結論を導き出した自身に、自身で称賛送るように歓喜する。

「凄いよね…此れって生まれ変わりに近いんじゃないかな…」

闇の気配にとっぷりと浸りながら、妖しく美しい微笑み浮かべるリーシェライルの姿が其処にある。
一度追い詰められて闇に落ち…器失う事になったリーシェライルには、フレイリアルと共にあることへ向けての行動に…歯止めが存在しない。

「それはフレイ次第だろ?…欺瞞に陥るな。アイツが望まないのに実行はするんじゃない。全ての道を示した上で…アイツが選択した道ならば其れも有りなのかもしれない…」

フレイリアルが最終的に判断し…選んだ道なら其れもあり…と思えてしまうニュールは、魔物の思考を受け入れているが故に理解示す存在と言えるのかもしれない。
そしてリーシェライルが入るグレイシャムに向き合い、瞳の奥の奥にあるリーシェライル自身の本質へ届くように…ニュールが警告する。

「オレはアイツの守護者であり、保護するモノでもある。たとえ…守護者契約外れた後でも、それは変わらない。どんな決定を下すにしても、選ぶのはアイツ自身。誘導もしくは強要するのなら、オレは阻止する。貴方が其のようなモノで無い事を願っているよ…」

ニュールは、リーシェライルの暴走を防ぐ抑止力となるべく…主張したのだ。
闇落ちしそうなリーシェライルの…フレイリアルに対する偏執的思いに、ニュールは危機感を覚える。

どうやってもリーシェライルの意に添わぬ人選となるアルバシェルのようだが、それでも守護者の候補に入れられる事を…フレイリアルの耳に入るよう伝えると決めた訳。

第1に…リーシェライルの変質的思い緩和し守る事であり、ニュールが提案する事で矛先が分かれると考えた。
憎しみや恨みも…思いを生み出す。
固執するよりは分散する方が…思いの質が、軽減されるだろう。

第2に…長き時を守護するモノをフレイリアルに与えたいと言う…保護者的気遣い。
より近い距離で、思い交わす他者を持って欲しかった…親心とも呼べるだろう。

そして最後に…フレイリアルが "自身の意思持ち決断する" と言う経験積むため。
先達としての指導的…な思いであり、明確な意思を示す経験…を積んで欲しかった。

ニュールは魔物魔石が持つ意思の取り込みにより、理性よりも…冷静で冷酷な…本能的割り切りを得たモノ。
基本的に何かに執着することは無いし、ハッキリ言えば…何かを思い遣る事も無い。

だが…自身で切り捨て…奥底に沈み込んだ、純粋に人であった頃の甘さ持つ思考。その中に含まれる…人としての思いも、少しずつ記憶の中から甦り…鮮やかなる彩り取り戻しつつある。

魔物でさえ持つことのある…何かを守り…育てる…と言う思いは、その1つだろう。


選任する守護者の選択肢としてアルバシェルを追加する事は、リーシェライルの理性奪う可能性を孕む…賭けの様な部分含むのも十分承知していた。
前もって聞いたリーシェライルの計画… "フレイリアルを巻き込んだ生まれ変わり" への決断を、促してしまう可能性持つことも…考えに入れてはあった。

だが…最初の瞬間ニュールに殺意籠る視線を向けたリーシェライルは、昂ぶりを飲み込むと…その後は至って大人しかった。
そして予想外の謎めいた微笑み浮かべながら、ニュールに懐くように…絡みつくような言葉を発する。

「ニュールってば、前より食えない感じになったよね。…可愛いげが無くなった?…って言うのかな、ちょっと嫌味な感じがいけ好かないよ」

不服を表し、ちょっとムクれた表情でリーシェライルが文句を言い放つ。

「お褒めに預かり光栄だ」

その可愛らしい…ニュールにとっては予想外だったリーシェライルの嫌味に、笑顔で答える。

「あぁ…、何だかその厚顔な感じが悔しいなぁ。君から余裕をはぎ取り…足下に跪かせる御主人様になるのも…一興…かもしれないなぁ…」

吐息もらし…誘い寄せるように囁き…美しく妖艶に…悪巧む微笑み浮かべ其処に在るリーシェライル。
ニュールに甘く優しく近づき…スルリと腕に触れ、巻き付くように腕を組む。

リーシェライル自身であった頃の銀糸の髪と暮時の薄青紫の瞳と繊細なガラス細工のような面差しは無いが、グレイシャムと言う器の見た目も洗練された非凡さを持つ。
黄金の輝き放つ瞳と髪と端整で精悍な華やかな顔を持ち、老若男女問わず目を釘付けにする華やかさを持っていた。

普通の者なら、その天からの使者の如き姿と柔らかな接触で…自ら言われた通りの行動を取ってしまう意志ある人形と化すであろう。
性別が違ったらニュールでさえも危うかったかもしれない。

絶大な強要なき強制力が働く。

「…それは御遠慮願いたい…」

無言で迫り来る誘惑と言う名の威圧感と戦い、ニュールは魅了魔法の如き力を跳ね除け対応しながら…言葉返す。

「それに今でも十分…貴方に対し、頭垂れる思いや畏敬の念は持ってます。勿論、年長者を尊重する思いも…」

「だけど僕には物足りないんだ。僕を止めたいのなら…全てを捧げ尽くして欲しいと思っちゃうんだ」

リーシェライルがニュールの瞳捕らえ、一層悪諾む艶美な笑みを深める。
しばし見つめあい…思惑を読み合う。

「君は此処まで降りて来て、僕を思ってくれるかい?」

「近しい場所に在る…のと、跪く…のは、両立しないと思うんだがな…」

「心酔する様な絶対的服従や、狂おしい程の愛…を持てば…可能なんじゃないかな?」

「それは勘弁して欲しいかな」

両者おどけた物言いなのに、言葉の温度感が凍るようだ。

「あぁぁ…やっぱりエリミアで初めて出会ったとき、完全に…僕のモノにしておけば良かったなぁ…」

真実の思い籠る言葉で…悔恨の思いを語るリーシェライルが、恐ろしい選択をほのめかし…ニュールの背筋に寒気をもたらす。
ある意味2人だけの甘く鋭い空間が出来上がっていた…が、割って入る者が現れる。

「あのぉー、2人とも仲良すぎて私が置いてかれてるんですけどぉ」

フレイリアルに問いかけていたのに…リーシェライルとニュールが世界築き、表面上はにこやかに楽しげで妖しげな遣り取り繰り広げていたのだ。
放置されたフレイリアルとしては面白くなかったようだが、妙に目を輝かせ面白さを感じているいように見える。
そして若干臍を曲げたかのようにも見えたのだが、異様に喜んでいるようにも見えるのだった。

ちょっとフレイリアルの表情に謎めく思考が入り込んでいるようだったが、一気にその場の濃密な空気感は散開し…和む。

「ごめんね、フレイ…ついニュールとの意見交換に夢中になっちゃったよ」

「ううん、気にしないで。仲良しなのは嬉しいし…リーシェが私以外にも心開いてくれるのはウキウキするよ!」

フレイは怪しげな高揚感見せ、楽しそうである。

「あのね…私、ミーティとタリクが仲良くしてる時も嬉しかったけど、リーシェとニュールが仲良くするのも有りなんじゃないかと思うの。美少年同士の友情もありだけど、おじさんと美青年の友情もこれまた尊いって言うか…ありって言うか…」

混乱しながらも目を輝かせ鼻息荒く語るフレイを見ながら、保護者2人が…ゲンナリした表情を浮かべ…自分達の言動を悔いる。
今後は周囲を十分に確認しながら会話し、誤解を受けるような発言は控える…と心から反省するのだった。

フレイのチョットだけ偏った嗜好をこれ以上目覚めさせ…刺激しないためにも、慎重に行動すると…意味深に誓い合う2人であった。
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