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17. 刻々と動き始める

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ピオは王宮での会合終了と同時に、其の場を抜け出す。

勿論単独で密かに抜け出してしまうと…塔への監視の目を逸らす役割果たせなくなるので、お偉く…お馬鹿な…エリミアの外務司る大臣様の側近殿を誘い出す。
王城壁の見学や庭園の散策を兼ねた案内を受けつつ…私的会談こなす…と言った体で同行話をまとめ、注目を浴びながら堂々と退出した。

人数は最小限、エリミアとプラーデラ…双方護衛を1名ずつ付ける形での外出。

「此れが王城壁です。境界壁と同じ作りと魔法陣を使用しています。以前よりは…」

「あぁ、懐かしいな…脆弱性も改善されているようだし、塔と直接繋がず…魔力消費減らし…効率重視で最低限の役割持つように上手く作られている…」

『ここの元大賢者様が手伝ったとはいえ、あのお姫様が組み上げたにしては優秀な陣が組まれてる』

珍しくフレイリアルに対する称賛も混ざる様な心の声も含まれていた。

ピオにとってフレイリアルは甘々で…保護者をゾロゾロ引き連れた…下らない子供であり、見ているだけで苛つき厭わしい。

能力ある癖に…其れを出し惜しむ様に人を頼る、愚かモノ。
認めるべき高い能力持つが、絶対に認めたくない苛立つモノ。
目の前で息絶えそうになっていたとしても、絶対に手を差し伸べたくないモノ。
その様な存在であった。
そんな…無性に腹立たしくなるような者が手掛けた王城壁を前に、浅薄で吐き気がするほど愚かしく卑賎な者が…嬉しそうに語る。

「そうでしたね! 貴方様は隠者勤められた程の方。この様な些末な説明は必要ございませんな」

ピオの "過去にも来てるんです" 的な発言を盛大に聞き漏らし、呑気なホクホク顔で摺り寄る大臣側近。この者も資質的に…どんなものかと疑問に思うが、アノ大臣にしてコノ側近有り…とも思える。
偉ぶってないだけ、此方の方がましかもしれない。

「いやぁ、貴方様の気品漂う行動と見識に感服致しました」

そろそろ此の鬱陶しく媚びへつらう者を引き剥がし、自ら動き詳細確認したいと思っていた。

その時、都合よく…王城壁内で爆発音が響く。
それが始まりの合図となった。

ピオは同行していた大臣側近と共に、爆発音のした方向を見る。
今居る王城壁からは離れた場所であるが、目を向けた方向には王城と…隣り合う様に対で存在する賢者の塔があった。
そして賢者の塔・中央塔最上階付近に煙が上がっている。

「あぁあぁわぁ、いっ一体何が…」

ピオを案内していた大臣側近は、間抜けた表情で…目にした事態に驚愕し…非常に混乱している。
この者も大事変を経験しているはずなのだが、動揺が激しい。自然災害的なものと…故意による災害的なもの、驚きの感覚が違うのかもしれない。
一般の者には、人為的なものの方が一層悲惨に感じるのだろうか…。
ピオにとっては、どちらも等しき破壊でしかない。

『此の道化たヤツに、大事変も人為的なものだと教えたらさぞ驚くことだろう…』

大事変の理由を知るモノは、大賢者達と其の最側近…関係者のみ。
大賢者達の暗黙の了解で、自然災害として各国発表していた。

ピオは其の慌てふためく大臣側近を目の前にし、皮肉っぽく笑み…眺め楽しむ。

更に動揺し…煙の出ている賢者の塔上層を見上げながら、よろけて倒れそうになっている大臣側近は…滑稽でさえあった。
其の者の護衛として付き従う覆面男が、支える様に片手差し出し…肩を掴む。
ありふれた…護衛する者とされる者が作り出す、何気ない場面…であった。

そして護衛の者は…ガシリと掴んだ肩を何故か其のまま強く引き、護衛対象を自身の方へ倒し…胸で支えるように受け止めた。
崩れた体勢が極まったのを立て直す為…かと思われた。
だが表に出た護衛の反対手に…陽光煌めく瞬間、その手が護衛対象の首元で真一文字に動く。

刹那…其の場は赤き飛沫で彩られる。

動いた手には、短刀が握りしめられていた。

間抜けた大臣側近の…深く切り裂かれた首から…口から生物として維持すべき尊きモノがゴボゴボと溢れ出し、足元に見る見るうちに…鮮やかな暖かき泉が造り出される。
爆発音に慌てたままの表情で…自身に何が起こったかさえ理解できず…その場にくずおれていた。

そして天に生け贄捧げし…屠る者…は、次なる獲物として定めたピオに素早く向かう。

「…っつ、ソッチを狙ってからコッチって、策略的に甘くない?」

挑まれたピオは身についた無意識の反射で…襲い来る者に余裕で対応しながら、若干驚いた表情を浮かべていた。だが其の驚きが…何に対するものかは微妙だ。

「私なら…ソイツを生かしたまま、相手の動き乱し仕掛ける…って感じですかね」

余裕で受け躱しながら、指導…の様な意見を述べる。
ミーティの訓練の相手をしていて、身に付いてしまった癖かもしれない。

「まぁ…そう言う手を使ったとしても、面倒になったら…一気に殺っちゃますけど」

ピオの余裕の笑みは、襲撃者から怒り導く。
煽られたのか…本気を出したのか、今までより加速した攻撃が撃ち込まれる。
だが…相手にならなかった。

ピオは護衛として紛れ込んでいる襲撃者の殺気に気付いてはいたが、元々エリミアの大臣側近を助けるつもりは無かった。
面倒…と言うのもあるし、助ける義理もないからだ。

エリミア王国の中で、何らかの計画が企てられている事は把握している。
だから、対象として自らも選ばれ刃向けられる事は予想の範囲内…警戒はしていた。

だが…ピオにとって想定外だったのは、今此の場所で襲撃された事と…襲撃者が単独だった事…賢者の塔を同時に狙った事。
そして、何より相手方の計画実行速度が予想より早かった事…だった。
様々な要因が、意表を突く出来事をもたらした。

『何らかの気付きを得た事は確かなのだろうが、完全に此方の状況手に入れ…好機と判断し速やかに動いたのか…』

何にしても…素早く計画練り直す対応力と、早急に実行する手腕を感じる。意外と頭の回る、高い遂行能力を持つ者の存在が予想された。
襲撃者の…踊るように操る…容赦なき攻撃に、難なく対処しながらピオは思索に耽る。
そして、独り言ちるとも…語り掛けるとも…判断し兼ねる呟きを漏らす。

「単独で仕掛けた…って事は自信があるのか、それとも舐められちゃってるのかな。それ以上に…コイツが、殺られちゃっても問題なしの雑魚…って事なのかなぁ…」

僅かに聞こえるような囁き声で…呟き漏らし、戦闘中なのに…引き続き考えに浸る。
ピオは…華麗な足さばきで襲撃者の攻撃を余裕で躱しながら、武器無しなのに斬る…と言った芸当まで披露する。
襲撃者は徐々に防御での応戦…と言う形に変わり、追い込まれていく。

「少しは楽しませてくれると嬉しいんだけどなぁ…」

今までの穏やかな流れからの急激な展開に、戦いに昂ぶり…肉食魔物のように舌なめずりするピオ。
降って湧いた此の波乱の展開に、歓喜の表情隠せぬようだ。
既に…目の前の襲撃者の立場は逆転し、追い詰めるものから追い詰められるものへ…切り苛まれるだけのピオの獲物に変わっていた。

大臣の側近を屠り…ピオを襲ってきた者は、対する相手が余裕で立ち回る強者である事を思い知る。
今更ながら劣勢である事を悟り、逃げに転じようとしたが…時既に遅し。

「逃げ惑う小魔物はどーんな動きを見せてくれるのかなぁ」

小さく愉しそうに呟く。
内に潜む…冷酷で猟奇的な笑みが漏れ、蹂躙することに快楽を覚える…ピオ本来の残忍な面が前面に出る。

それなのに、目の前の小さな獲物を…一瞬でピオと共にいた者が仕留め捕獲した。

「…!! もう少し遊びたかったのに!」

お楽しみを邪魔され、ちょっと苛立ち隠せぬピオ。
だが、真正面から其の者は意見述べる。

「今はお遊びをする時間的余裕は無いと思います」

ピオの不満に対し、四角四面…至極まっとうな回答が帰ってくる。

「君って本当に面白いぐらい真面目だよね」

「ありがとうございます」

何一つふざけることなく返される。ピオは溜め息をつきながら説明する。

「この場合誉め言葉じゃ無いから…」

「了解しました」

説明が届いてるのやら届いて無いのやら…。


ピオがエリミアの王城から一緒に外に連れ出したのは…護衛を兼ねた宰相の補佐官務める者であり、ピオがわざわざヴェステから引き抜き…引きずってきた者である。

同じ影に所属していたが、ピオの一見陽気な雰囲気とは真逆の大人しい感じの者である。

影に所属する者達は究極の個人主義であり、隣にいる者をその隣にいる者が殺そうと気にしない様な場所。
生き残れるのは其れなりの強者、殺られるがままの者は存在できない。

性質は非常に真面目で、受けた依頼に対しての成功率が高い部分は高評価だった。
何の躊躇いもなく無感情に実行するから、仕損じが少ないようだ。

但し、目立たず他者の中に潜り込み実行するような任務には向かないため、使いどころが限られ…序列は上がらなかった。
影の《28》であった者であるが、お互いの名前さえ知らぬ内にピオに捉えられ強制的にヴェステから連れ出された。

「君…僕と一緒にニュール様の下で働くことに決定ね」

「了解しました」

何一つ抵抗することなく受諾する。
目の前にいるものが何者であるか知ってたし、背負う数の差も承知している。連れて来られた時点で力量の差を理解しているので、全く逆らう気は無かった。

「君の事は何て呼べば良いのかな?」

「…カーム…です」

自身でさえ忘れそうな名を久々に名乗ったため、声にぎこちなさが滲む。
そうやって、カームは今の場所に在るのだ。


「うぐっ…」

足元に捕らえ転がしていた者が呻きをもらし激しく悶え苦しむ姿を見せた…と思ったら、息絶えていた。

「君…殺っちゃった?」

「加減を誤ったことはありません。これは外部損傷というより内部損傷により絶命してます」

端的に情報を語るカーム。

「冗談だよ。内部に高温を発生させた魔石の痕跡があるからね。この遣り口…影よりエグイ闇組織のやつだよね」

ジックリと眺めながら考える。

「エリミアの外務司る大臣の…側近の護衛…だったよね。紛れ込ませたのか…分かってて採用したのか…まぁコイツは全く理解してなさそうだったけどね」

顎をしゃくり、赤き泉に沈んだ者を…指し示す。

「はてさて…どう処置するか…」

完全に痕跡を消す以外は…プラーデラを巻き込み、国と国との問題にされるだろうし、その為の布石…であるのは理解している。

「うーん、放置に決定! …かな?」

ピオの決定に、生真面目無関心のカームが一瞬たじろぐ。
カームにも此の不味い状況は理解できるので、思わず定番の無表情を崩し…顔に動揺浮かべてしまった。
その疑問に答えるために、ピオが口を開く。

「そりゃ駄目でしょ…って思う?」

ピオがニタニタしながら、カームを眺める。

「…結局、手間を掛けても掛けなくても、この状況を大義名文にして色々言ってくると思うんだ。だから無駄は省いて、時間を有効に使おうと思う」

そう言って行動を開始した。
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