聖女として召喚された性悪双子は一刻も早く帰還したい

キリアイスズ

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……ばいばい、リオン君

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「さてと、うるさい犬や変態も離れていったし、そろそろ私らも大司教の言う通りに陣の中に入って…………あ」

夏芽、キレてないか?還る直前にあんな絡み方されて。
極端に短気な夏芽だったら、気分が著しく悪くなっているはずだ。
ずっと静かだったから失念していた。
やばいな。夏芽がこのまま黙ったままでいるなんてありえない。
この妙な夏芽の沈黙がだんだんと嵐の前の静けさのように思えてきた。こういうらしくない沈黙を夏芽がするときって決まって怒りのレベルが通常より超えている時だ。
夏芽、お願いだから今は我慢して。せめてあと数分は。
ブチ切れるんなら還ってからいくらでもしていいから。

「行くぞ」

……………ん?今なんて。

夏芽のまさかの言葉に思わず耳を疑う。夏芽から出る最初の言葉は百パー物騒この上ないものだと思っていたのに。しかもこの口調……我慢しているわけでもなさそうだ。たった三文字だけでも私にはわかる。

私は隣にいる夏芽の様子を窺う。

えっ、一体どうした夏芽。めっちゃ平然としてるじゃんか。
目を吊り上がらせてもなく、青筋も立ってない。
どうしたどうした。いつもの夏芽らしくない。

「何?」

あ、ジロジロ見すぎちゃった。

少し不快そうに夏芽は私を見る。

この顔はちょっと夏芽らしい。

「夏芽、怒んないの?てっきりキレるかと思ったけど。ああいう絡み方されるの嫌いじゃなかった?」

「ムカついてないわけじゃない」

「あ、やっぱり?」

「でも、それだけ」

ぼそりというと夏芽はスタスタと先に行ってしまった。
私も夏芽の後を追う。

「私でもわかる。ここでキレたら還れない」

「え」

「還れないなら、我慢する。それに、なんだがキレるのも面倒くさい」

「ええ!?」

あの夏芽が我慢する!?面倒くさい!?

まぁ、たしかに怒ることはめちゃくちゃエネルギーを消費することだけれども。
まさか夏芽の口からそんなワードが出てくるなんて。まさか、私が何かを言う前に自分を諫められるなんて。私が知っている夏芽は怒りや苛立ちを自分からコントロールしようともしたいとも思わないはずなのに。

まさかまさか、この五日間で成長した?あの夏芽が?
夏芽、もしそうならお姉ちゃんびっくりしすぎて腰が抜けそうだよ。
妹の成長に寂しいような嬉しいような変な気分。いや、やっぱり寂しいのほうが大きいかも。これからは夏芽の喧嘩の映え写真を撮る機会が少なくなるかもしれないことを思うと、切なく感じる。

「まぁ、面倒くさくても還ったら100人は半殺しにするけど。それで色々スッキリできる」

「……」

と、思ったけど切なく感じる必要はなさそう。もうしばらくは喧嘩の映え写真が撮れなくなる心配はしなくてもいいっぽい。

夏芽はやっぱり夏芽だったわ。
ちょっとは成長したと思ったけど……まぁ自分から我慢なんてワードが夏芽の口から出たんだから十分進歩した……のかな?

まぁ、いいや。考察するのは全部還ってからだ。

夏芽の隣を並んで歩きながら周囲を見回していると、ある人物を発見する。
リオン君だ。あのオレンジ色の髪、間違いない。

すっごいな、私。よく見つけたもんだよ。こんな色んな髪の色のせいでちょっと目がチカチカする中で、知り合いを探し当てたんだから。

リオン君は前から二列目の、私たちから離れた場所の一番端の方のほうにいた。他の神官と同じように目を瞑りながら、手を組んでいる。多くはないが、体から放出された魔力が陣に吸い込まれているのが見える。リオン君は魔力の注入に集中しているようで、顔を上げる様子は一切なかった。

ばいばい、リオン君。

心の中でリオン君に小さく手を振った。

私は視線を目の前の魔法陣に移す。
魔法陣は召喚の儀のとき目にした時と同じように光り輝いている。

「1分前です。どうか陣の中にお入りください」

私たちにゆっくり近づいてきた大司教が陣のほうへ掌で指し示した。
よく見ると片手には聖典らしき金色の本を抱えている。たぶん、あの本に記されている帰還の儀に必要な詠唱呪文を読むのだろう。

頼むぞ、大司教。ここにきて、また1ページ飛ばすとか読み間違いとか凡ミスはやらかさないでくれよ。そんなことされたら私、怒りを通り越して逆に笑えてズッコケちゃう自信がある。

私は心の中で大司教に手を合わせると魔法陣の中に入った。それに続いて夏芽も魔法陣の中に入る。私と夏芽が魔法陣の中に入ったのを確認した大司教は後ろに二歩ほど下がると、抱えていた本を開いた。片手で聖典を持ちながらもう片方の手で懐中時計の蓋を開き、時間を確認している。

ちょっぴり緊張。あと数秒が妙に長く感じてしまう。
どうか帰還の儀が失敗しませんように。

そう心の中で願っていると、大司教の顔つきが変わったのがわかった。

「では、始めます」

そう告げると大司教はパチンと懐中時計の蓋を閉じ、白いローブの懐にしまった。
大司教は開いたままの本を正面に移動し、少し高く掲げる。

大司教が詠唱呪文を唱え始めた。

次の瞬間。光り輝いていた魔法陣が一層に眩きが強くなっていく。
ゆっくり、ゆっくりと、足元の光が身体全体を包んでいった。

ああ、還れるんだ。
さよなら、不能王子。イケメン王子より不能王子のほうが面白いからアレはそのままにしたほうがいいんじゃない。
さよなら、長髪王子。せっかく唸る犬になったのに、また吠える犬にならないように祈ってるよ。
さよなら、影薄王子。あんたには特になし。
さよなら、王様。結局どんな顔してるかわからないままだったわ。
さよなら、大司教さん。もう二度と私らを召喚なんて真似しないでよ。
さよなら、副神官長さん。記憶、戻るといいね。本当に申し訳ないって思ってるよ。あの気絶した顔を思い出すと本当に……ぷっ、やめよう。鮮明に思い出しちゃうと腹抱えて笑っちゃいそう。
さよなら、異世界の人たち。色々と迷惑かけたね。
改めて振り返ると、ちょっと胸が痛……いや、まったく痛まないな。
さよなら、リオン君。

私は魔法陣に魔法注入をしているはずのリオン君のほうに視線を向ける。
ふと、気づく。そのリオン君は目を開き、私たちに向かって小さく手を振っていた。

《ばいばい、夏芽おねえちゃん、深冬おねえちゃん》

リオン君は私と夏芽を交互に見ながら、小さく口を動かしている。
夏芽もリオン君が手を振っているのに気づいたらしく、リオン君のほうをじっと見ている。そして何を思ったのか、カバンの中をごそごそと探り、何かを取り出した。それはリオン君からもらったマヨネーズが入った木製の入れ物だった。夏芽はリオン君から見えるように片手で入れ物を軽く上に投げて、片手でキャッチを三回ほど繰り返した。リオン君もそれに気づいたらしく、くすりと笑う。

夏芽、やっぱりちょっぴり変わったかも。

……ばいばい、リオン君。

眩い光に体中が包まれ、私はぎゅっと目を閉じた。
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