クズヒロインなのになぜか人が寄ってくる

キリアイスズ

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命とか命とか命とか

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「そんな風に俺を誤解するなんて、やっぱり頭の中にいる悪魔のせいなんだね」

アーサーの笑みが唐突に消え、今度は悲しそうに眉が八の字になった。
その切り替えの早さに、再びぞっと背筋が凍る。

おいこら、私を怖がらせるな。また、頭の中が真っ白になるだろ。
もっと、私をイラつかせろ。思考を停止させるな。

しかし、私の願いも虚しくアーサーは私の恐怖心を煽らせるかのように私の頭を撫でてくる。

「ひっ!」

「でも大丈夫。俺がその悪魔をすぐに追い出してあげるから」

「追い……出す……?」

「これでね」

そう言ってアーサーは私のちょうどベッドの端に置いていた何かを掴んだ。今までそれは私のちょうど死角になっていたためそれが何かも、そこにあることすらも気づかなかった。

アーサーはそれを私の顔面に持ってくる。

それは黒い表紙の分厚い本だった。その分厚い本は見たことがあった。
その本はこの家にあるものでこの部屋にある一番大きくて分厚い本だ。

この家に入り込んだ時、わざわざ本棚から抜き取って持ってきたってことか?
なんで、なんのために?

私は本とアーサーを交互に見ながらアーサーが私に今から何をしようとしているのか、考える。

……本……頭の中の悪魔……追い出す……。

「…………っ!!」

私は一気に血の気が引いた。

……ま、まさか。

私はこの推測が外れてほしいという願いを込めながら、おそるおそる口を開く。

「あ、あのぉ、まさかとは思うけどそれで私の頭を殴ろうなんて考えてない、よな?」

アーサーは眉尻を下げたまま、口角を上げた。

「大丈夫だよ。痛みなんて絶対に感じさせないから」

「ひい!!」

私の願いも虚しく推測は無情にも当たってしまった。

「たしかレイが変わったきっかけって本棚にあった本に頭をぶつけたせいだって言っていたよね。だから、きっと同じように本を頭にぶつければ元に戻るはずだよ」

身体の芯が一気に氷のように冷えていくのを感じる。

「いやいやいやいやいやいやいや!」

恐怖心が一気に肥大化した私は首を高速で横に振った。

何言ってんだこいつ、何言ってたんだこいつ、何言ってんだこいつ。
叩けば元に戻るって何だ。私は電化製品じゃないんだよ。
そんなものでぶっ叩かれたら下手すりゃ記憶だけじゃなく色んなものがぶっ飛ぶわ。
命とか命とか命とか。

重い鈍器のような本で頭をぶっ叩いて人を正気に戻させるなんて、イカれてるとしか思えない。

「心配しないで。もう一度言うけど俺に任せておけば大丈夫。これで君の頭の中の悪魔を追い出すからね」

今のオマエがよっぽど悪魔に見えるわ。

アーサーは私を安心させるかのように穏やかで優しげな笑みを浮かべながら、私の頭を撫でてくる。

なんて気味が悪いんだ。

今までの不気味さが可愛く思えるほど目の前の男の笑顔にぞっとしたものを感じる。

やだやだやだ、笑うなって。優しく頭撫でるなよ。
その笑顔のまま、人の頭をその本でぶん殴る気か。

ありえないありえないありえない。気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い。
冗談であってほしい。これは悪い夢であってほしい。

でもこれは紛れもなく今起こっている現実だった。
いつのまにか、嫌というほど心臓が拍動していた。頬をつねらなくてもこの拍動で悪夢ではなく現実だと思い知らされる。

これまでピンチに陥ったことは何度かあった。けれど、今陥っているピンチは今までのピンチにとは比較にならない。これほどまでに生々しく生命の危機に直面したことは今までなかった。

逃げないと。体を恐怖で硬くしている場合じゃない。
説得も誤魔化しももう、不可能と判断した。目の前にいるのは自分の世界に浸ってるトチ狂ったヤンデレ従兄なのだから。こいつを殴ってでも、ここから逃げ出さないと。

私は掛け布団をはがそうと身をよじった。

「ダメだよ、逃げちゃ」

そう呟いたアーサーは掛け布団を優しく撫でる。

「ぐへっ!重っ!?」

突然、掛け布団が重くなった。
体を押しつぶすほどの重量ではないが、簡単に身動きが難しいほど重い。

な、なんだ。重い。苦しい。

「ちょ、ちょっと何……?ま、まさか」

「これも忘れちゃったか……そうだよ、これは俺の右手のノア。重量を操作するノアさ」

やっぱりか。うっわ、最悪。
よりにもよってなんで私をより逃げられない状況に追い込こませるノアなんだよ。

重い。マジで身動きができない。
重いし動けないし怖いし気味が悪いしで、最悪で最低にもほどがある。

乙女ゲームの世界なら、こういうピンチの時は攻略キャラの誰かが殺到と助けに来るものだけど……。

私はちらりと窓の外を見る。窓の外はこの家の中と反比例して、しんと静まり返ったままだ。
誰も外を歩いていないし、誰かがこの家に向かっている気配すらない。

誰でもいいから助けに来いよ。
なんで近寄ってきてほしくない時は近寄って来るくせに、助けてほしいと思った時には来ないんだよ。ああもう、なんて使えない奴らなんだ。

「ちょ、ちょっとやめろって!そんなもので殴られたら死んじゃうって!」

「俺がレイを殺すなんて、そんなことするわけがないよ。ただ、頭の中の悪魔を追い出すためにちょっと力を入れるだけだよ」

なんでそんな恐ろしいことを笑顔で言えるんだ。

ちょっと力を入れるだけだと?
よくその本を見てみろよ。どんだけ分厚くてどんだけ大きいと思ってるんだ。
十分凶器だろう、それ。ちょっとの力だけでも怪我するレベルだぞ。
ていうか、オマエのそのちょっとなんてぜんぜん信用できないわ。

ガツンってやる気だろ。ガツンって。
そういう顔をしてるって。

「じっとしててね。手元が狂ったら大変なことになるから」

もうすでに私にとっては大変な事態になってるわ。

アーサーは掛け布団から出していた私の右手をぐっと押さえつけてきた。
おそらく己の体勢が崩れずバランスを保ちながら、狙いがうまく定まるようにだろう。

「や、やだやだ!」

こいつは本気だ。本気で私の頭を持っている本で殴ろうとしている。
ちょっとどころじゃない。それもかなり強い力で。



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