T.O.

矢部

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小学校

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 セミの声がうるさく、夜うるさくなってきた頃町内のサッカーチームはいつも以上に練習に励んでいた。そうもうすぐ全道大会という北海道の各地のチームが集まる大きな大会に出る切符を争う大会があるのだ。
特に今年はいつもより力が入る。それもそのはずだ。
僕にとって最後の年だからってのもあるが町内で期待がかかっている。今年はいい選手が揃っているらしい。
 太一は北海道内でも名の知れているゴールキーパー。
その強い肩から放たれるスローイングやシュートのほとんどがキャッチで止めてしまう名ゴールキーパーだ。
 夏樹はあまり有名でないがチームの頭脳と言ってもいいくらいのゲームメーカーだ。しかし、ほとんどがマリーシアと言えるもので大半の他チームが彼を嫌うほどだ。でも、チームメイトには人気だ。
 他にもレジスタと呼ばれている彰や1つ年下のエース候補の透と揃いに揃っており
僕自身も有名かどうかは知らないがチームのエースでファンタジスタと呼ばれている。お父はパワープレーが多かったらしいがあまりプレースタイルは似ていないようだ。
 練習終わりにいつもの道を40分ほどかけて歩いて帰る。途中までみんなと一緒だが10分もすると離れ離れだ。
(今日もか...)
時々、公園でボールを軽く蹴ってから帰る。ブランコも3年経つと鎖の部分が錆びてくる。
最近はここで遊ぶ子もずっと増えたらしい。

 「集合!」
珍しく細い目をぱっちりさせ、太めの声がグラウンドに響いた。
「明日から大会が始まる。今日はこれで上がるが明日に備えるように以上」
うちの監督は口数が少ない、教えるのは上手だし、うざったらしくも無いのだが。
その日の帰り道、いつもよりも口数が少なくなった。いつもは蛙の合唱のような感じなのに...
「やぁーとうとう明日だね🎵楽しみ!」
たまたま帰り道でみんなが緊張しているなか、るりはしていないらしい。チームに1人はいるプレッシャーも感じさせないラフなやつだ。でも、おかげで線が切れた。
みんながいつもの蛙の合唱をすると自然とほっとした。
 ふたりきりになると空気は一変した気がした。僕自身に問題があるのは知っていることだった。
「公園じゃん!最近、近くに寄っていなかったんだよね」
「なんだ?練習終わりにまた、ボール蹴るのか?」
いつも僕がしていることだがいかにもしていなさそうに振る舞っていた。
「いいや、ひと休みするだけ」
「家でもいいだろ。そんなの」
「まぁね...」
そうは言ったものの彼女が錆びてきたブランコに座ったので横の1つに座ることにした。頻繁に座っているはずなのにどこか懐かしい気がした。
 聞きたいことがあったが今は野暮な気がして口を止めた。ブランコを軽く揺さぶりながら。
「いやー、緊張するなー」
「なんだよ。さっきは楽しみとか言ってたくせに」
「みんなが緊張しているように見えたから言っただけだよ」
強がりな性格で勝負事にしか目がいかない荒々しい性格は未だに心の奥底にあるが反対に弱々しい面も多数にある。そのくせにみんなの前では仮面を被っている。
小学校低学年の時のような曇り無き快晴のような笑顔は見られなくなったような気がした。女友達とうまくいってないのか、それともまた別か、女子は男子よりも少し早くから大人になる。理由は聞かないことにした。
「明日は勝てるよな」
「決勝までは絶対に負けないよ。私がいるし」
「勝利の女神ぶるなよ」
「えぇー、ひどーい」
月明かりが雲から差し込みだしている空の下であの桜の木が静かに風にざわめいていた。

 とうとう始まった1回戦。選手よりも親の方が意外にバタバタする。アップ前まではガヤガヤワヤワヤと騒がしかったがいざ始めるとスイッチが入り、顔つきが変わる。変わらないのはよくいる大声で声援を送る父親ぐらいだ。
 いつも通りのアップをして、スタメンを発表されて掛け声をかける。
「よし、悔いは残すなよ!弟みたいなドリブルは寄せよ透」
「いや、俺弟いねって!」
みんなが笑い、はりつめた表情もお湯に浸したせんべいのようになった。
レフェリーのピーという長いホイッスル音が戦士の闘争本能が揺さぶられグラウンドの空気が急変する。1つだけの切符をかけた戦が少年を狂気にする。それが僕は好きだ

 試合は難なく勝ち上がり決勝の舞台に立つことができた。戦士は少し安心しているが闘争心は目の中にゆらゆらと燃えている。
るりはサッカーのスカウトと話している。そう、彼女は未来の日本の女子サッカー界の星と呼ばれていてニュースになったほどだ。
同じサッカーをしていたはずだがいつの間にか彼女と僕は立場の差がある気がした。僕は町内のエース、彼女は日本の星、全然違う。
そんな彼女とサッカー出来るのが誇らしかったり、どこか置いてかれたようで寂しくも感じた。
 決勝の相手は中々に手強い...中でも佐野 空也は今大会どころか北海道内でも注目の的だった。プレイスタイルもポジションも一緒、共にストライカーでもある猪口 雄平もその俊足を生かしたプレイスタイルが目立っていた。ふたりが僕は少し気にかかった。
試合までもアップまでも時間が全然あるので、御手洗いに行くついでに相手の様子を見に行った。
「ふぅー」
用事が済んだので様子見にと思った。しかし、その必要はなさそうだ。相手チームの佐野 空也にばったり会ったのだ。
「佐野 空也くんだよね。次の試合よろしく」
そう言うと彼はくふふと腹を抱えて笑った。何が可笑しい?元々性格がひねくれているとは知っていたがよくわからないやつだと思った。変なやつは笑い終えると
「試合?君らと?お遊びの間違いだろ?」
といかにも分かりやすい喧嘩を売ってきた。さすが、ひねくれくそ頭だとひとり、頭の中で笑った。
「どういうこと?」
「そのままの意味だよ。落合くん。楽しいサッカーをする君と僕は違うからさ」
話せば話すほど殴りたくなる。しかし、名前を覚えてもらっているのは少し嬉しかった。
「サッカーは楽しいものだろ?それで何が悪いハナボクロ」
咄嗟に言い返しとして鼻の近くにある大きなほくろをいじった。さすがにまずいとは思ったが喧嘩を売ったのは彼だと妙に得意気になっていた。
「ハナボクロ!?君はサッカーのサの字も知らないくせによく言う。さすがはファンタジスタならぬファンタグレープくん」
ムッと頭にきた。ハナボクロに言い換えそうとしたらるりが来てしまった。
「秋くん何してるの?あれ佐野くんだよね!はじめまして足立です。」
お人好しは人見知りを知らないのかすぐに話しかけた。
「あー、知っているよ足立 るりさんだね。女子サッカー界の未来の星」
「よし、戻るよ秋くん」
僕は今すぐにでも鼻にもうひとつほくろを付け足してやりたかったがるりに従った。ハナボクロは気に入らないらしいのかまた口を開いた。
「せいぜい頑張れ、楽しむサッカー共」
これにはさすがにるりもカチンときたのか今にも口から火を吹きそうな勢いできた。止めても無力だった。
「楽しんで何が悪いのよ!」
「所詮、女子サッカー、俺とはいる次元が違うか...二流だね~」
「大丈夫 試合があるから...」僕は耳元で彼女にそうささやいた。すると、勢いは収まった。ハナボクロはチームメイトの雄平が探しにきたのでその言葉を残してその場を去った。
「絶対潰すよ」
自然とあぁと共感の言葉が出てきた。

 試合が始まるレフェリーが握手するよう言ったので相手がハナボクロだった僕は目を見て笑いながら手の握りを強くした。しかし、彼も考えは一緒で手の握りを強くしていた。
 ピーーーー...
強くレフェリーの吹いたホイッスルが強くなりキックオフとなった。僕らが攻めるネットにレフェリーが手をやり試合が始まった。トライアングルのフォーメーションで攻め、一気に僕がドリブルでディフェンスを避ける...見えた点が入る瞬間。るりからのパスから僕のエンジンがかかった。
(見てろよ!ハナボクロ!)
高いパスに合わせバレリーナターンからのドリブル。チームから通称ドリブルバレリーナと呼ばれるものでディフェンダーを難なく突破し、そこからはダッシュで走った。
(来たぞ!)
透が得意のプルアウェイで彼のシュートレンジに入った。うまくいくように浮き目なパスにしたが高くなってしまった。それでも、彼はボレーシュートで決め込んだ。
チームに笑みが生まれた。希望が生まれた。僕の技術についてきてない。そう思った。
 サッカーや野球、球技のスポーツは1球で勝敗どころか人生が変わるものだ。
あの伝説の若手エースピッチャーだった伊藤 智人投手はたった1球で野球人生が急変した。それが醍醐味であり、恐怖でもあるものだった。
 一瞬だった。ボールが佐野にわたるとディフェンダーが彼のボールを3人がかりで取りに行き、パスされそうな場所に4人マークした。それを、佐野は真っ向勝負に出た。もうひとりの選手が横に一気に走り、ワンツーパスできた。雄平選手だ。
(そんなことは先によんでる)
夏樹がワンツーパスに邪魔な位置にきた。佐野にボールが帰らぬように...
しかし、彼らはその上をいった。雄平はシュートをうった。長距離で狙いもかなり高くポストに当たった。
ラッキーと思うには早かった。ボールが高く上がる...それを佐野は高い背丈を使い、トラップし、その勢いでヒールリフトでるりのような実力者も軽々と抜いてしまった。
気づいたときにはバイタルエリア...太一でも攻め来るシュートは止めれなかった。

 結果はさんざんだった。5点もとられ、こちらは1点しかいや、とらされたのだ。まさにハニートラップのようなものだ。自然と昔読んだ「泥棒学校」を思い出した。
全てはハナボクロの思惑通り、僕とハナボクロの差を感じた。しかし、それを感じたのはるりもだ。
「いやー今日は佐野くんさすがだね!あのキーパーやディフェンダーからハットトリックとは驚いた」
「しかし、落合くんは完全に良いように扱われたね。」
今まで味わった敗北の中でも1番悔しかった。こうして僕らの夏が終わった。
 セミの命は1週間で終わるが彼らの人生は終わらない。そう、スカウトや監督は秋とるりの悔し涙すら出ない絶望から感じた。
「もしかすると、落合くんは佐野くんをも凌ぐ存在に化けるかもな」
セミの命が終わる頃また、新たに生まれるセミの命をこの時本人も知らない。
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