冬の一陽

聿竹年萬

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少年期 大学生活編

(22)フィン焦る

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 頭の奥が溶けるように熱い。音がやけに静かに感じる。頭の中で火花が散るように閃光が走ると、まるで自分がレオンになったかのような感覚で、次の彼の手が見えた。
 喉の奥が酷く乾いている。呼吸が苦しい。
 レオンの突きが低い位置から突き上げるように自分の頭部を襲うと見て、制すべく大きく前に踏み出る。読んだ通りの軌跡でレオンの槍が突き出される。それを槍の穂でつぶさに弾きつつ次の行動を予想する。レオンだったら、いや――俺だったら――。

「ふっ」

 フィンは槍の中に魔力霧散の術をかける。するとパン、と手を叩いたような音がした。レオンが槍の中に伝導させた魔力が弾ける音だった。

「お前本当にむかつく戦い方するな」

 レオンが悪態を吐く。
 接戦したり、辛勝するのでもない。とにかく出鼻をくじかれ続けること数十度。一度も自分の本領を発揮できていないことがレオンには不快で仕方がなかった。

 対するフィンは眉一つ動かさず、焦点の合わない目でぼんやりとレオンを見るばかりである。そうした方がレオンの動きが総体的に見えると体感していても意図的に焦点をずらすのはなかなかに難儀である。半身になって槍を構え、流れる汗が目に入らないように首を僅かにかしげる。

 霊峰ロンゴミニアドの南西には広大な湖、セゴンがある。ロンゴミニアドの地下水脈が浸出たもので透明度が高く、凪いだ時には底さえも見えるような湖である。フィンは、心の中でそれを思い出していた。

 霊峰ロンゴミニアドの山頂の雪もすっかり溶けた季節、湖を見下ろす湖畔で近くの喫茶店で包んでもらった揚げ鶏をパンに挟んだものを食べつつさざ波を打って陽光をきらきらと映す水面を眺めていた。

「ロンゴミニアドの水脈を引いた大農耕地帯がロンゴミニアドの南方に広がっています。この国の人口を支えるには決して欠くことができない存在です。彼らが日々の営みを毎日毎日繰り返してくれているお陰でこの国は国として維持できているのです」


 油断ならない戦闘の最中だというのにフィンはそんな師の言葉を思い出していた。そしてこの日、この師は自分が思っている以上に食道楽なのではないか、と初めて感じたのであった。

 フィンは、レオンとの試合を目前に経験や努力による肉薄は敵わないとどうしようもなく理解させられていた。戦闘時における判断力はあるいは自分の方が優っているともわからないが、判断する先、その持っている選択肢の数が全く及ばないのである。
 とにかく本領を発揮させないこと、判断力を鈍らせてミスを誘発させること、レオンの選択を自分の管理できる範疇に誘導すること。フィンの今回の戦いはこれらを履行し続けた先にしか光明もないのである。意図的にレオンの言を真似て挑発したのも、何をしても先読みしてくると思い違いをさせるべく図った賭けであった。

「いやー、フィン君はなかなかどうして。エグイ戦い方をするねえ」

 オリヴァントは試合を興味深く観戦しながら、隣のドロシーに楽し気に言う。

「自分の手札の枚数では到底かなわないから、お前の手札は全部見えているからなとはったりをかまして選択肢を絞らせるなんて。あそこまで見事に実行されてはレオン学生も悔しかろうね」

「学長、お言葉ながらあそこで一番悔しい思いをしているのはフィンです。レオンに適わないと深く自覚させられ、それでも勝つという目的のために卑怯とも見える方法を選択しているのですから」

 暢気そうな学長に反論しつつ、ドロシーはフィンの様子から目が離せないでいた。いつの間にこれほど強くなったのか。いつの間にこれほどの技能を、知識を習得したのか。いつも先生先生となにかと後を追いかけてくる彼の面影が全く見当たらない。

「……成長が早いでしょう、人間は」

 まるで考えていることを見透かされたかのようなオリヴァントの指摘に胸が跳ねる。

「まるでセゴンの湖面みたいに状況に合わせて表情を変えるフィン学生、伝説の父王アルサルのように勇猛苛烈なレオン学生、どちらも目標があって、辿り着きたい場所があって努力をする者は契機を経ると化けるものなのですよ」

「辿り着きたい、場所ですか」

 フィンのことを思う。彼は到達したい何かを持つ者なのだろう、と確信できた。それはいったいどのようなものか。彼の目には何が見えているのか。どうやらそれは自分の見えているものとは異なるらしいということだけはドロシーにも理解できた。
 そしてその理解はドロシーの心に少しばかりの寒気を招いた。

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