冬の一陽

聿竹年萬

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少年期 港町小旅行編

(39)灯の道

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 日が遠い地平線に落ちようという頃、遠くから金属を打つような音と喧騒とが耳に届き始めた。「あちらですよ」とドロシーの指さす先を見ると土木作業をしているらしき人影がいくつもいくつも見えてきた。


「あれは現国王が推進している鉄道の敷設作業です。あの道が成ればカーライルからロンゴミニアドへの物量は劇的に変化するでしょう。人の往来も、物の行き来も大きな変化を迎えるでしょう」


「まるで境界を跨ぐ橋のようですね」


 リキアの背に跨りながら彼らの様子を見ているとポツポツと灯が点りだした。その灯の連続は長く一直線に並んで見える。俄かに暗くなりつつある平原に灯の道が敷かれたように見えた。


「鉄道が見え始めたならばカーライルの街はもうすぐです。カーライルに到着したら食事を摂って今日は休みましょう」


 ふと、フィンがドロシーの方に視線を送ると彼女は火の道をぼんやりと眺めていた。赤々と夜の底を這う火の道と師の青白い横顔の比にフィンはしばらく見入ってしまう。


「綺麗な灯りですね。あんなに整然と。遅くまで作業してるんですね」


「……あそこで作業をしている者たちはドワーフといって――っ!」


 ドロシーの言葉の途中で事態は急変する。その到来に逸早く気が付いたのはリキアであった。小さく嘶くと力強く地面を蹴り一挙に駆け出した。
 フィンとドロシーはリキアの反応により、即座に事態を飲み込んだ。


 温厚で臆病なリキアがこのような反応をしたときは、とドロシーは思った。
 すぐ近くまで迫った複数の足音と荒い呼吸音に、フィンは理解した。


 フィンはすぐにドロシーから身を離すと体を捻って馬の荷鞍から弓と矢筒を抜いて装備した。脇目に周囲を見るとすぐに襲撃者は見えた。


「先生! 左から二匹! 右から一匹です!」


 そこには体高だけでもフィンの身の丈ほどの狼が並走しようとしていた。まだ距離は離れていたが、リキアが気付いてくれていなければ包囲されていたとわかる位置取りであった。


 ドロシーは手綱を握り、リキアを走らせる。「これが襲歩です。全速力で走る際の馬の歩容です」と説明する余裕はない。あの大きさの狼は魔獣化した個体郡と見て相違なく、捕まればリキアもフィンもひとたまりもない。


「リキア、お願い」


 ドロシーの言葉が聞こえたのかリキアの蹴り足はますます力強く、少しずつ追跡する狼と距離を離していく。


 このとき、ドロシーの頭には夥しい情報が交錯していた。魔獣は原則、発見次第討伐しなくてはならない。個体が増えることを抑制しなくてはならないし、他に被害者が出る可能性も低くはないからだ。
 しかしながら動きの早い魔獣三匹を向こうに回して無事に討伐できるか。
 ましてやリキアは今日一日歩き通しだった。フィンも馬上戦闘は初めてのことだろう。かといって下馬してはいい獲物にしかならない。


 思考がまとまらない間も時間は経過していく。リキアは息を荒くしながらも全身のバネを使って速度を上げていく。


「先生! そのまま左に大きく旋回してください!」


 フィンの叫ぶような声が聞こえたかと思うと次の瞬間には弦が空気を震わせる音が聞こえた。


「グヮォッ!」


 左方背面からくぐもった鳴き声が聞こえたかと思うと視界の端に捉えていた狼の一匹が崩れた。その脇腹には矢が深々と刺さっているように見えた。


「左一匹です!」


 それを聞き、ドロシーは即座にリキアに大きく左に旋回させ始める。
 すぐに理解した。フィンが馬上から射抜いたのだと。また、フィンはこの場で全て仕留めるつもりなのだと。そしてそれが彼には可能なのだとも理解した。


 フィンはすぐに次の矢をつがえて構える。内腿で馬上に態勢を整えつつ、左方に魔獣を収め、動きを予測し、風の影響と視座のズレを補正して放つ。


 放たれた矢は微かに急所を反れたかに見えたが、矢は緩やかなカーブを描きつつ真っ直ぐに脇の裏側、肋骨の隙間を抜くように急所を射抜いた。


「よしっ! あと一匹です!」


 二匹目も確かに仕留めたのを目視確認する。崩折れた狼はもう動かない。
 フィンは矢を放つとまだ馬上で態勢を保つのに慣れず、ドロシーの肩に手をかけて再度持ち直す。フィンの声は威勢よく放たれてはいるものの、微かにそれは震えていた。




「見事ですね。放った矢にパスを繋げ続けて軌道修正を正確にできていますね。元より騎射ができるようになっていたとは……」


 ドロシーは努めて平時の風にフィンに声をかける。しっかりして見えても魔獣を恐れない訳はなかった。
 一方で彼の手腕の素晴らしさへの賞賛も偽りないものであった。


「今、できるようになりました。大学で教官に習ってはいましたが実技は初めてです」


 精神的に余裕が出来てきたのかフィンの声に怯えはない。リキアも恐怖が除かれたと見え、焦りの気配が無くなっている。


 最後の狼は戦意を失ったのか、あるいは迷ってしまったか、数瞬速度を落としてしまった。
 リキアの健脚はこれを逃さず、一瞬にして魔獣を左側方に収めた。


 フィンが最後の一射を放つと矢は吸い込まれるように魔獣の頭蓋を抜いた。矢には回転と推進力の魔術付与を試していた。


「……ふぅ。上手いこといきましたね、先生」


 リキアは速度を緩やかに落とし、ダカダカと蹄を鳴らしながらゆったりと歩いてみせた。悠然と歩くリキアの背でフィンは自分の騎射の成果を見渡してみた。


「村にいたときはこんな成果を上げたことなんて一度もありませんでした」


「フィン、本当にお疲れ様です。貴方は素晴らしい成果を上げましたね」


 ドロシーは自分の肩にかけられたフィンの手に手を重ねた。


「御覧なさい。あそこに点々と続く灯の道を。貴方は魔獣を仕留めることで、あの輝きを守ったのですよ。本当によくやりましたね」


 フィンは胸に込み上げる思いにむずがゆい思いだった。目の前の障害を取り除かねばと必死であったその成果をあの輝きに見て、温かい寂しさのようなものが僅かに視界を潤ませる。


 二人は魔獣の死体に軽量化の魔術を付与するとどうにかリキアの荷鞍に縛り付けた。魔獣の討伐は死体を丸ごと持ち帰らねば報酬は全額貰えないため、少し無理に積んだ。積み終えるとリキアがどこか誇らしげに前足を上げて嘶いた。


「リキア、あなたもよく頑張ってくれました。素晴らしい疾走でしたね」


 荷鞍から林檎を取り出すと、ドロシーはリキアにそれを与える。ジャクジャクと音をたてて食べ終えたリキアはその健脚で疲労困憊の二人を街路灯の光るカーライルまで運んで行った。
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