冬の一陽

聿竹年萬

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少年期 少年の進路編

(50)彼の進路

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「やあ、おかえり。フィールドワークを目的としない旅行はどうだったかな。楽しめただろうか」

 小旅行から帰ってきたドロシーは翌日には学長室を訪ない、帰都の連絡をしていた。学長室の応接机で部屋のもとい学園の主と相対しながらドロシーは活動報告書を提出している。
 オリヴァントのいつも通りな不遜な物言いが鼻につき、

「一応は大学側から委嘱された講演の業務をおりますのでただただ遊興に耽っていたわけではありませんがおかげで彼と過ごすための時間が正味六時間程は消えてしまい残念でなりません」

 と、ドロシーは反論する。反論はするが自分自身もフィンと過ごす時間を存分に楽しんだ身であることは自覚している。思わず自分の物言いの適当さに口にした傍から鼻で笑ってしまう。

「それは悪いことをしてしまったね、教授。旅費の負担が大学側であるということがいくらかの償いになっていればよいのだけれど」

 ソファに深く腰を下ろしながら活動報告書を横目に、共に置かれているお土産に手を伸ばす。学長は包を解くと中から出てきた屋根瓦のような形の煎餅をばりばりと食べ始めた。

「無論、厚く感謝を」

 脱帽して礼をしましょうか、と学長に視線をやればオリヴァントは「いらんいらん」と手を振った。

「人づきあいの乏しい巣ごもりのエルフが設計し、奴隷抜け第一号のドワーフであるダグから槍を誂えてもらえたようで何より。来月に迫る王太子任命式にも並ぶのに心配なさそうだね」

「……随分と含みのある言い方ですが小職としましては我が弟子の成人にあたって最高の一振りを贈るという世の習いに従っただけです。他意はありません」

 学長の言いように面白くないドロシーは眼鏡を上げながら冷淡に反論する。
 そんなドロシーの様子を眺めつつ、オリヴァントは面白がるようである。

(それにしてもフィン君が現れてからこのエルフ教授も随分と俗っぽくなったし国王も感じるところもあるらしい。人間の身でありながらドワーフに気に入られるのは思わぬ巡り合わせだったが、彼の登場が国に与える影響は少なくなさそうだ……)

 知らず知らずのうちにオリヴァントの口角は持ち上がっている。

 ドロシーは学長が入れた紅茶を飲みつつ憮然とした様子であった。

「ところでその彼も来年には成人するわけだけども進路については何か彼なりの希望があるのかい。特に無いようなら君付の研究者になってもらってここで奉職してほしいものだけど」

「彼の方からは特になにも。私はフィンにとって影響力があまりにも強すぎるようなので私の方からは助言そのものを控えています。彼の往く道は彼の欲するところから歩まねばなりませんから」

「道に迷う弟子に灯明を点すのは師の仕事では?」

「地図の読み方を悩める者から羅針盤を奪うのは私の仕事ではありませんね」

 紅茶のカップを空にしてドロシーは言う。オリヴァントへの土産である瓦煎餅をドロシーもつまみ始めた。香ばしい匂いと控えめな甘さが心地よい。少し濃いめに淹れられた紅茶によく合った。

「彼のような優秀な者は早々に抱え込みたいところだけども君はそうでないようで残念でならないなあ。君が示せば一も二もなく彼はそうするだろうに」

「だからこそ私からは何も言えません。助言という形であっても私情を挟まずに助言できる自信はありませんし、また彼はそれに応えようとしますから」

 ドロシーの態度は既につまらなそうであった。弟子の進路についての方針は頑として譲らないであろうことがオリヴァントにも察せられた。なんとも不器用な師弟なものだ、と半ば呆れる心境であった。

 暖炉にくべていた薪の折れる音が学長室に響いた。夏の盛りでも依然と気温の低い学長室では常に暖炉に火が点いている。

(この巣ごもり教授は自分が彼に与える影響力には敏感なようだが、あの少年が世に与えるであろう影響力についてはどうにも無頓着なようであるな……)

 ティーカップを空にしたドロシーは「それではそろそろ」とて席を立った。

(いや、あるいは彼がどのような進路を選び、どのような影響力を世に発揮しようとも責任を取る覚悟でいるか……。いずれにせよこのまま彼の進路には観察が必須だな。実に面白いことだ)

 独りとなった学長室で瓦煎餅を貪りつつ、オリヴァントは国の遠くない未来を想像しては笑うのを止められなかった。
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