【短編集】ショートショートのなる木【一話完結】

夏伐

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0042 クリプター、掃除します。

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 俺の周囲にはゴミともカスとも言えぬ、ありふれた日常のポストが可視化されたものが漂っている。
 バーチャルな世界に五感を持ち込むことができるフルダイブシステムが開発されて、一般に普及した。おかげで、こうしたソーシャルネットワークサービスーーSNSも可視化されることになった。

『<山田>さん、おはようございます! 今日も一日お仕事がんばりましょう!』

 そんなテキストウィンドウが目の前に現れて、右下でイルカのマスコットが跳ねている。

 今までも新しい技術が出来たら、その度に新しい職業が生まれている。
 Youtuberだったり、ドローンパイロットやAIエンジニア、インフルエンサーだったりVR(仮想空間)クリエイター、民泊のオーナーだったり……、色んな新しい働き方が生まれ、そして様々な問題が起きてそれを乗り越え定着していく。

『今日のミッション:ポストが他者に害を与えるものか判断しましょう!』

 俺が今こうして働いているのもその新しい職業の一つだ。通称『掃除屋』。

 殺し屋みたいな意味での『掃除屋』じゃない。インターネットが日常にあふれかえる今、人々の他愛のない『呟き』は膨大で、その投稿された独り言たちを加点・減点・非表示する作業だ。
 この職業は、SNSを介して溢れる闇バイトだとか援助交際なんかを問題視した企業が始めたサービスだった。人の手によるフィルタリング。

 現状のAIでは画像が『センシティブ』かどうかの判断が曖昧だ。言葉だけの投稿についても誤った判断をしてしまうことがある。

 投稿の前後を見て、炎上につながりそうな言葉がないか、ネガティブなイメージを他者に与えるものか。それを判断して、点数をつけていく。
 俺は、ウィンドウに表示される言葉の連なりを見て、〇と×をつけていく。△は、前後の流れを確認するミッションが当たったやつが確認する。デジタルライン工なんて言われている。

 複数人で一つの投稿を流し見て判断していく。

 俺は今日も知らない場所で誰かが不満を口にしているな、と思いながら周囲を見渡した。今日はハズレの業務だ。
 慣れてくると他人の生活を覗き見ているようで面白いが、だんだんと嫌になってくる。

「お、<日の出>くん!」

 日の出くんは俺の上司だ。上司を『君付け』で呼んでいいかって?
 それがいいんだよ、なぜなら<日の出>くんはAIだから。

「<山田>さん! お仕事で分からないことはありますか?」

 投稿自体の単純作業の労働者として期待されていたAIは今や俺の上司。
 こういう職業をしている以上、俺たちはSNSアカウントを持つことは原則禁止だし、始める前のアカウントも完全消去、そのうえ辞めた後もAIや元同僚たちに監視される。

 投稿のほとんどは他愛のない挨拶だったり、日常のちょっとしたことだったり。
 あなたが投稿を投げかけているのは人間です、というCMが流れていた時期もあったという。誰かが『SNSは感情の世界だ』なんて言っていたな。

 昔は人が触れることができたのは、手をつないだり顔に触れたり物質的だった。バーチャルが発展したことで、人間は感情に手を触れることができるようになった。

 ある意味では新人類ってやつなのかもしれない。

「あ、<山田>さん。ちょっとこのポストを見ていただけませんか?」

 AIが質問なんておかしいと思うかもしれないが、彼らには彼らの仕事がある。ディープフェイク画像を探したり、今すぐ危険がありそうな投稿を探したり、俺なんかよりもずっと重みのある仕事だ。

 俺はフルダイブシステムの照準を<日の出>くんに設定を合わせて、一気に距離を詰める。すっと瞬間移動する感覚はいまだに少し酔ってしまう。

「暗号みたいだね」
「そうなんです。どの世界の言語とも合致しないので、新しい造語か、もしくはスラングだと思うのですが……」

 スラングはそのコミュニティでしか通じない俗語のようなものだ。
 そんな言語がいくつもいくつも投稿されている。

「規則性がありそうなのですが……」

 <日の出>くんは頭を悩ませている。AIでも悩むんだな、と最初に見た時は思ったが、答えが出ない時の待機モーションのようなものらしい。

――ドッ

 何かが弾ける音がして、少し離れた場所から火の海が広がってくる。『炎上』だ。実際の炎ではないが見ていて気持ちの良いものではない。

「<山田>さん、行きましょう!」
「ああ!」

 炎上したらみんなで火消し。
 それがこの仕事のルールだった。

 後から来た俺たちでは、もうどれが火元の投稿か分からない。まずは火元を探す。
 俺たちには『爆発』に見えているが、それが『爆発的なムーブメント』、バズと呼ばれているような現象だったら、近場の管理AIが視覚表示を切り替えるだけで済む。

「リポストやリプライの内容が攻撃的なものが多いですね」
「炎上、の方か?」
「まだ分かりません」

 普段から荒れた反応が多いインフルエンサーなどでは『言葉は悪いが統率はとれている』なんて場合もある。俺は無数にウィンドウに表示される投稿の中から『ハッシュタグ』もしくは『共通のワード』を探した。

 さきほど<日の出>くんが迷っていた単語だった。

 インフルエンサーの名前と罵倒の海外スラングを組み合わせて作られた言葉らしい。急いで<日の出>くんにメッセージを送る。

「炎上のようです」
「差別表現に見える部分を切り抜いた動画が拡散されているみたいだ」

 こうなればもはやどうすることもできない。
 俺たちは諦めて、今まで監視していた人の投稿が『炎』表示に変換されていく様を見つめる事しかできなかった。

「<山田>さんは、この動画に関する反応の中から過剰な投稿に対して点数をつけていってください」
「分かった」

 <日の出>くんはこれから、さらに派生して出てくるだろう、AI技術を使って作られた巧妙な『ディープフェイク動画』への対応に追われてしまう。
 今回も『話題のトピック』への反応は多く、俺は機械的に他人の言葉へ点数を割り振っていった。

 点数が低いものは他人へ表示されにくくなる。
 こうして地道に人々が飽きるのを祈るしかない。

「あーあ」

 <日の出>くんともこれでさよならだ。
 明日にはまた別のAIの人格が繰り上がるように、上司として俺の目の前に現れるはずだ。

 日を追うごとに、今回の炎上は収まっていった。別の話題へと、どんどんと人の興味はうつっていく。
 炎上したがゆえに、そのインフルエンサーの偽動画をよくみかけるようにもなった。

「<山田>さん! お仕事で分からないことはありますか?」

 お決まりの文言に、俺は笑顔を向ける。

「あ<月夜>さん! 今のところ問題ありません」
「ふふ、良かったです!」

 AIたちは同じ中世的な人型の姿をしているが、中にある人格には性別も設定されているらしい。今回の上司は女性だった。
 この<月夜>さんは話好きで、普段は何をしているだとか、こんな悩みがあるだとか、そんな話が多かった。

 適当に相づちを打ちながら、投稿への○×ゲームをこなしてく。

「ところで<山田>さんもこのお仕事は長いですよね」
「はぁ、まあそうですね……」

 職歴もこの仕事だけだから、実質真っ白といっても過言ではない。
 金も悪くないし、まぁこんなもんだろう。

「実は<山田>さんに昇進の話が出ているんです。今日、仕事終わった後に面談できます?」
「予定はないです……、よろしくお願いいたします」

 昇進、その言葉にこんなに胸が躍るなんて思わなかった。

 今日は仕事がやけに長かった。面談は時間になれば個室へ飛ばされる仕組みだったようだ。
 そこで俺はとんでもないことを知った。

 俺が今まで見ていた世界は全て偽りだったのだ。
 <日の出>くんも<月夜>さんも、俺も。

 炎上の後に彼らが姿を消していたのは、別の人格データが与えられているからだと思っていた。だが、問題の処理で精神を病んでしまったという。

「<山田>さんには、そのケアをしていただきたいと思っています」
「え?」

 俺みたいなコミュ障が? 他人をケア?

 その言葉を投げかけられて、俺は家に帰された。拒否権はないらしい。
 翌日から俺は個人のスマホと紐づけられて、インターネットの監視をすることになった。ケアとはいいつつも仕事の内容は、職場を辞めた人間の監視だ。

「はい、17日に……16時にお願いします」

 面接を受ける電話のその声や、ゲームでボイスチャットを使うその声にどこか聞き覚えがあった。
 検索履歴なども把握するように言われていて、問題があれば会社へ報告する。
 その検索やクリックするところも、彼と俺は趣味が合うようだ。

 こうしておだやかに過ごしていたある日、彼が自殺をほのめかす言葉を検索し始めた。

「消えたい」
「やめろやめろ」

 俺はついに言葉をかけてしまった。

「はは、どうせこれも監視されてるんだろう」

 元気のないその声に、俺はいつものごとく反論してしまった。

「そりゃ監視だけどさ……俺は<日の出>くんとは仲が良かったと思ってるし。普通に心配するよ」
「ひので……?」
「ほとんど仕事の話しかしてなかったけど、なんつーか……気が合う?みたいな」
「え……<山田>さん?」

 彼ーー<日の出>くんの言葉に、俺は思わず頷いた。彼に俺の姿は見えていないだろうけれど。
 俺はケア用のAIアプリから彼のデバイスにアクセスしている。
 
 このアプリ、所属していた会社以外では絶対に消せないというそこらのウィルスなんかよりずっと凶悪な仕様をしている。

「よ<日の出>くん! 久しぶり」
「お久しぶりです……」

 昇進してから、街も何もかも嘘くさく見える。俺は監視対象と一日に二、三の言葉を交わしながら日々を積み重ねていった。
 俺は自分に自我があると思っていたが、それは間違いだった。
 俺の人生は全部『設定』されたものだった。だから友達を監視することにためらいはない。

 <日の出>くんが何度も検索していた、死ぬ方法、楽になる方法、それらの痕跡を俺はきれいに『掃除』した。
 報告には、心身ともに健康『問題なし』。

 今俺がしているのは辞めた職員へ点数をつけること。赤点になったら、病院へ幽閉コースだ。
 だから俺は確かな判断を下した。
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