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12 無かったことにするようです

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 マリアベルの悲鳴に一気に注目が集まった。
 彼らも知っている通り、本では悪役である私とヒロインである彼女、そして運命の相手であるエリックの行動に好奇の目がそそがれる。

「えへへ、縁談ですかぁ?」

 この状況を笑って誤魔化ごまかそうとする彼女の精神にはあきれを通り越して尊敬してしまう。

 周囲では小さくざわざわとマリアベルをクスクスと笑う声が上がっていた。
 明らかに敵意の宿った目でエリックににらまれている構図。その姿はどう見ても前世から結ばれた縁は感じない。
 しいていえば因縁いんねんだろうか?

「オーベル男爵家、マリアベルにもヘーゼルと同じように縁談を探したんだ」

 アーサー殿下は、とてもにこやかに微笑んで言った。

「エリックさまと私の関係がついにみなさんに受け入れていただけたのですか?」

 うふふ、とマリアベルは嬉しそうにエリックを見ている。
 そういうびた視線が猛獣の尾を踏んだのよ。

 周囲が自分に味方をしないのが不思議なのか、マリアベルはキョロキョロと他の貴族の顔色をうかがっている。

 味方なんているはずがないでしょう? ほとんどの貴族はこの場で動くほど馬鹿じゃないし、それに――。
 私にはお友達がたくさんいるのよね、あなたのおかげで。

「あはははは!!! 殿下、本当に私がもらってもいいんですか? あんな子、欲しがる人がいっぱいいると思うんだけど」

 マリアベルの困惑を高らかな笑い声がさえぎった。

 王女姉妹の妹さまだ。
 口に手を当てて笑みを隠しているが、隠しきれない獰猛どうもうな獣のような表情にぎょっとした。

「え? え? 何ですか? エリックさまァ助けてください!」

 この状況にさすがに焦ったのか、マリアベルはエリックに走り寄った。とてとてと可愛らしく走り寄った。

「寄らないでくださる?」

 パシンと私の母に扇で打たれて、マリアベルはその場でうるうると瞳に涙を浮かべた。

「どうしてみんな助けてくれないのぉ?」

「王女殿下、気に入ったならぜひとも連れて行ってほしい。うちの国にいても処刑するしか道はない」

「しょ、しょけい??!?」

 アーサー殿下の言葉に、マリアベルは露骨ろこつ狼狽うろたえた。

「もちろん、いただきますとも! うふふ、馬鹿な子ほどかわいいのよね。連れていってくださる?」

 妹王女の言葉で、周囲にいた騎士たちがマリアベルを拘束する。そしてまるで決まっていたかのように、会場から連れ出した。

「マリアベル!?」

 第五皇子が、暴れるマリアベルの姿に驚き声を上げた。

「兄上、何してるんですか? これでは運命の恋人たちが引き裂かれてしまうではないですか?」

「何を言っているんだヘーゼル」

 アーサー殿下の隣にクロディーヌさまが立つ。
 その手には奴隷どれいの首につける無骨ぶこつな鉄輪が握られていた。

「姉上、それをどうするつもりですか!」

「私がお願いしたのよね!」

 たじろぐ第五皇子に、クロディーヌさまの手にあった鉄輪を奪い取りながら姉王女が近づいた。
 騎士が第五皇子を抑え込んだ。

「お前ら、皇族にこんなことしてただで済むと思っているのか!」

 何を言っても力が揺るがないと知ってか、ぶつぶつと魔法の詠唱を始める第五皇子に、姉王女があっさりと鉄輪を取り付けた。

「こういうことをするおバカさんだから、ちゃんとしつけをしないとね」

「は?」

「大丈夫よ、私が求めているのは高貴な血だけ。必要なのはあなたじゃなくて血だからおバカさんでも大丈夫よ。ふふ、どうやったらこんなおバカさんに育つのかしらぁ?」

 嫌味ったらしい姉王女が指で指示し、騎士たちが第五皇子を会場の外に連れ出す。
 ぐったりとして絶望しているようだ。

「くそ!!!!」

 大人しく従っていた第五皇子が急に暴れ出し、そして私の方へ走り出した。
 とっさの事に周囲の貴族は反射的に道を空けてしまう。

 魔法障壁を展開しようとしたが、第五皇子の死に際の獣のような目にひるんでしまった。

「いやっ!」

「全部おまえのせいだ!!!」

 私はとっさに目を閉じて頭をかばった。
 来るはずの痛みがなく、目を開けると第五皇子はエリックに押さえつけられて床でばたばたと暴れている。

「前世の妻がいるんだから、お前はあいつでいいだろ! 放せよ!」

「前世の妻じゃない!」

 第五皇子の言葉にエリックは怒鳴って答えた。

 私はエリックの影に隠れつつ、第五皇子の顔が良く見えるようにしゃがみこんだ。
 ああ、この人の事、見たことあるかもしれない。

 床に手をついて、彼によく聞こえるように低い声で話しかけた。

「前世がどうだか知らないけれど、今を生きなきゃいけませんよ。異国でお幸せに」

「エ、エミリア……俺は……」

「気軽に名前を呼んでいらっしゃいますけれど、見覚えがあるだけで、私とあなたには共有する思い出はありません」

 にこりと微笑むと、第五皇子の瞳から希望が消え失せていった。
 騎士たちに彼を引き渡して、私は家族や婚約者に囲まれて少し力が抜けてしまった。ほっとして、足がすくみそうになったところをエリックが支えてくれる。

 会場から彼らが消えた所で、アーサー殿下は仕切り直すように挨拶を始めた。
 その横で皇帝と若い側室が青ざめた顔を必死に隠している。

「弟が始めた出版事業についてだが、本に誤字があった。所有している者は私へ届けてくれると助かる。仮にも大事な弟の最後の事業だからな……間違いがあってはいけないだろう」

 つまり、操られていたことも不問にするが証拠になる本は処分しろ、ということだ。
 この事件が無くなった。

 私は療養中りょうようちゅうにたまたま始めた事業で、たまたま魔法耐性を強化するアクセサリーを作って、たまたま知り合った令嬢たちを通じて商会を大きくした、ということになる。

 隣国では同性婚が認められており、もう何人も夫や妻がいるという。
 だから、マリアベルも第五皇子も死ぬことはないだろう。きっと。

 まるで今までの事件がなかったかのように、皇宮でのパーティーは過ぎていった。
 そして、何組もの婚約が破棄されたこの年は、ゴシップ新聞に『呪い』とまで評されていることを知って、私たちが笑うのは一か月後のこと。
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