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帝都攻防戦、知略と魔術の応酬
しおりを挟む◆リゼット
帝都の空に浮かぶ不吉な赤い月が、まるでこれから始まる惨劇を予告するかのように、地上を妖しく照らし出している。
私はエルンスト様と共に、カイル兄様の「影」の一人に導かれ、帝都の夜闇へと紛れた。目指すは、旧市街に佇む、あの忌まわしき廃教会。その地下深くで、セレスティーナ王女は、帝都を恐怖の底に突き落とすための、最後の儀式を執り行っているはずだ。
廃教会の周囲は、ジュリアン兄様が張り巡らせた魔力遮断と探知妨害の結界によって、不気味なほどの静寂に包まれていた。
だが、一歩足を踏み入れると、そこは明らかに異質な空気が漂っている。腐臭と、血の匂い、そして何よりも、魂まで凍りつかせるような、濃密な邪気が渦巻いていた。
「…リゼット嬢、気をつけて。ここは、既に奴らの領域だ」
エルンスト様の囁きに、私は頷き、腰に差した「影断ちの短剣」の柄を握りしめた。この隻眼が、チリチリと熱を帯び、警告を発しているのを感じる。
「影」の案内で、私たちは地下墓地へと続く隠し通路を発見し、慎重に内部へと侵入した。湿った空気、カビ臭い壁、そして無数の骸骨が転がる通路は、まるで地獄への入り口のようだ。
ときおり、アストレア残党と思われる見張りの兵士たちの姿が見えたが、彼らはまるで何かに取り憑かれたかのように虚ろな目をしており、私たちの接近に気づく様子はない。
おそらく、セレスティーナの黒魔術の影響か、あるいはゲルハルト公爵が用意した何らかの薬物によるものだろう。
「…この先に、セレスティーナがいるはずだ。リゼット嬢、準備はいいか?」
エルンスト様の言葉に、私は頷き、ジュリアン兄様から受け取ったチョーカーに意識を集中させる。
そして、アレクシス兄様から教わった通り、「真実の鏡」の魔術をゆっくりと発動させた。
その瞬間、私の精神は、まるで激流に飲み込まれるかのように、セレスティーナの歪みきった意識の奔流へと引きずり込まれた。
(――ああ、見える…! あの女の、醜く焼け爛れた顔…! そして、その背後で蠢く、巨大な、名状しがたい影…! あれが、あれが『化け物』…!)
セレスティーナの意識は、憎悪と狂気、そして失われた美への執着で満ち溢れていた。そして、その深層には、ゲルハルト公爵の冷酷な命令と、クロード殿下への歪んだ支配欲が、まるで毒蛇のようにとぐろを巻いている。
『…ククク…もう少し…もう少しで、この我が手に、絶対的な美と、そして全てを破壊する力が…! そうすれば、あの忌々しいヴァイスハルトの者どもも、私を嘲笑った愚かな帝国の民も、全て私の足元に跪くことになるのだ…! そして、クロードは、永遠に私の忠実な僕として、私の美しさを称え続けるのよ…!』
彼女の意識の奔流の中で、私は必死に「化け物」の正体を探ろうとした。それは、黒い粘液のような不定形の塊でありながら、無数の眼と、鋭い牙を持つ触手を絶えず蠢かせている、まさに混沌そのものと呼ぶべき存在だった。
そして、その核には、禍々しい輝きを放つ、巨大な黒水晶のようなものが埋め込まれているのが見えた。
(あれが、弱点…? いや、違う…あれは、力の源泉…! あれを破壊しなければ、この化け物は何度でも再生する…!)
その時だった。
「――何奴だ!? 我が儀式を邪魔する不埒者は!!」
セレスティーナの甲高い絶叫が、私の精神に直接響き渡った。どうやら、私の精神干渉に気づいたらしい。まずい…!
次の瞬間、地下墓地の最深部から、おぞましい咆哮と共に、強烈な邪気が津波のように押し寄せてきた。
「リゼット嬢、危ない!」
エルンスト様が、私を庇って剣を構える。だが、その邪気は物理的な攻撃ではない。それは、魂そのものを凍りつかせ、精神を内側から破壊する、純粋な悪意の塊だった。
「くっ…! この程度で…私が…!」
私は、歯を食いしばり、ジュリアン兄様から託された防御護符の力を最大限に引き出す。だが、相手の力はあまりにも強大だ。意識が、遠のいていく…。
(だめ…ここで、私が倒れるわけには…!)
その時、私の胸元で、銀狼のブローチが、まるで呼応するかのように熱く輝き始めた。そして、私の隻眼が、今まで感じたことのないほどの強い光を放ったのだ。
(見える…! あの化け物の、本当の姿が…! そして、セレスティーナの黒魔術の、術式の核が…!)
それは、一瞬の閃きだった。だが、その一瞬で、私は全てを理解した。
「エルンスト様! アレクシス兄様たちに伝えてください! 化け物の核は、セレスティーナ自身の心臓と繋がっている! そして、術式の弱点は、地下墓地に張り巡らされた、あの不気味な紋様…!」
私が叫んだのとほぼ同時に、地下墓地の天井が轟音と共に崩れ落ち、アレクシス兄様率いる帝国騎士団の精鋭たちが、まるで天からの裁きの光のように、なだれ込んできた。
「リゼット! エルンスト卿! 無事か!」
「兄様!」
「全軍、突撃! ヴァイスハルト家の正義を、そして帝国の未来を、この者どもに思い知らせてやれ!」
アレクシス兄様の号令一下、騎士たちの雄叫びと、剣戟の音が、地下墓地に響き渡る。ジュリアン兄様は、的確な魔術支援で騎士たちを援護し、カイル兄様は、その神出鬼没な動きで、アストレア残党どもを次々と無力化していく。
そして、私は、エルンスト様に守られながら、最後の力を振り絞り、セレスティーナの精神に、そしてあの「化け物」の核に、最後の「真実の鏡」を叩きつけた。
(セレスティーナ王女! あなたが本当に求めていたのは、歪んだ美でも、偽りの力でもないはず! あなたの心の奥底にある、本当の願いは…!)
その瞬間、セレスティーナの絶叫と、「化け物」の断末魔の咆哮が、地下墓地全体を揺るがした。
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