欠陥品、と吐き捨て婚約破棄したあなたへ

椎名シナ

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最後の清算、そして新たな誓い

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 ◆リゼット

 廃教会の地下墓地に響き渡る、アレクシス兄様の、帝国騎士団総長としての威厳に満ちた断罪の言葉。それに対し、ゲルハルト公爵は、まるで全てを嘲笑うかのように、その醜く歪んだ顔に不気味な笑みを浮かべていた。

 その手には、異様なまでに黒く、そして禍々しいオーラを放つ長剣が握られている。それは、かつてアストレア王国の秘宝とされ、しかしそのあまりの邪悪さゆえに封印されていたという伝説の魔剣に違いなかった。

「フン、アレクシス・フォン・ヴァイスハルトか。相変わらず、正義の使者を気取っているようだが、その白々しい仮面も今日で見納めだ。お前たちヴァイスハルト家こそが、この帝国を腐らせ、停滞させている元凶なのだ。私が、この国に真の『変革』をもたらしてやろう。この魔剣の力をもってな!」

 ゲルハルト公爵が魔剣を振りかざすと、周囲の空気が一変し、地下墓地全体に、魂まで凍りつかせるような冷たい邪気が満ち溢れた。

 その邪気は、先程までセレスティーナ王女が操っていたものとは比べ物にならないほど強力で、そして何よりも、純粋な悪意と破壊衝動に満ちている。彼は、この魔剣を手に入れるために、セレスティーナ王女を利用し、そしてアストレア王国を裏から操っていたというのか…! なんという周到さ、そしてなんという邪悪な野心。

「父上の、そしてリゼットの『祝福』の力を目の当たりにしても、まだそのような戯言を抜かすか、ゲルハルト公! お前のその歪んだ野望も、今日ここで終わりだ! ヴァイスハルト家の、そして帝国の未来を、お前のような外道に好きにはさせん!」

 アレクシス兄様が、その白銀の長剣を構え直し、ゲルハルト公爵に真っ向から対峙する。

 その姿は、まさに帝国の守護神。その蒼氷の瞳には、一切の迷いも、そして恐怖もない。ただ、帝国を守るという鋼の意志だけが宿っている。

「ジュリアン! カイル! そしてエルンスト卿! リゼットを頼む! この老いぼれ狐は、私が必ず仕留める!」

 兄のその言葉を合図に、壮絶な最後の戦いの火蓋が切って落とされた。

 アレクシス兄様とゲルハルト公爵の剣戟は、人間の技とは思えぬほど凄まじく、地下墓地の壁や柱が、その衝撃で次々と砕け散っていく。白銀の剣閃と、黒い魔剣の軌跡が交錯するたびに、閃光と轟音が辺りを支配し、私たちはただ固唾を飲んでその戦いを見守るしかなかった。

 ジュリアン兄様は、その間に冷静に戦況を分析し、アレクシス兄様への的確な魔術支援と、ゲルハルト公爵の魔剣から放たれる邪気に対する防御結界を展開する。その美しい顔には、一滴の汗すら浮かんでいない。

「…ゲルハルト公のあの魔剣、やはり尋常ではない。持ち主の生命力と魂を喰らい、それを力に転換する呪われた代物だ。だが、それ故に、使い手自身にも相当な負荷がかかるはず。アレクシス兄上が、奴の体力を削り切れば、あるいは…!」

 カイル兄様は、その俊敏な動きで地下墓地を駆け回り、ゲルハルト公爵が密かに配置していたであろう残党兵や、魔術的な罠を次々と無力化していく。

 その赤い瞳は、獲物を見つけた獣のように爛々と輝き、その口元には、不敵な笑みが浮かんでいる。

「へっ! さすがはアレクシス兄貴だぜ! あの老いぼれ狐、もう息が上がってきてやがる! だが、油断は禁物だ。ああいう手の奴は、追い詰められると何をしでかすか分かったもんじゃねえからな!」

 そして、私は…エルンスト様に守られながら、この戦いの行方を見守っていた。私の「祝福」の魔力は、先程のセレスティーナ王女との戦いでほとんど使い果たしてしまい、もはやアレクシス兄様を直接支援することはできない。

 だが、この隻眼は、ゲルハルト公爵の動きの中に、ほんの僅かな、しかし致命的となりうる「隙」を見つけ出そうと、必死に彼を捉え続けていた。

(ゲルハルト公爵…あなたのその魔剣は、確かに強力ですわ。ですが、その力に溺れ、そして何よりも、ヴァイスハルト家の絆の強さを見誤ったことこそが、あなたの最大の敗因となるでしょう…!)

 戦いは、熾烈を極めた。アレクシス兄様も、ゲルハルト公爵の予想以上の粘りと、魔剣の邪悪な力に苦戦を強いられているように見えた。兄の額には汗が滲み、その呼吸も少しずつ荒くなっている。

 その時だった。

「――アレクシス兄様! 今です!奴の左足、一瞬ですが魔力の流れが乱れました!」

 私の隻眼が、ゲルハルト公爵の動きの中に、ほんの一瞬だけ生まれた、致命的な隙を見抜いたのだ。その声は、自分でも驚くほど大きく、そして確信に満ちていた。

「なにぃっ!?」

 私の声に、ゲルハルト公爵が一瞬だけ動揺し、アレクシス兄様への集中が途切れた。その刹那を、アレクシス兄様が見逃すはずがない。

「――そこだァァァッ!!!!」

 アレクシス兄様の白銀の長剣が、絶対零度の冷気を纏い、ゲルハルト公爵の左足を、そして返す刃で彼の右腕を、魔剣ごと両断した。

「ぐああああああっっ!!!」

 ゲルハルト公爵の、獣のような絶叫が地下墓地に響き渡る。魔剣は主の手を離れ、カランと乾いた音を立てて床に転がった。

 そして、それと同時に、魔剣から放たれていたおぞましい邪気もまた、急速に霧散していく。

「ば、馬鹿な…この私が…こんな小僧どもに…!」

 両手両足を失い、もはや虫の息となったゲルハルト公爵は、信じられないといった表情で、血の海に沈む自らの体を見下ろしている。

 その顔には、かつての尊大な態度は見る影もなく、ただ絶望と、そして死への恐怖だけが浮かんでいた。

「…ゲルハルト公爵。あなたの野望も、ここまでです。帝国を、そして民を弄んだその罪、万死に値する」

 アレクシス兄様が、冷徹な声でそう告げ、ゲルハルト公爵にとどめを刺そうとした、その瞬間。

「…待って、アレクシス兄様」

 私が、静かに、しかし力強く兄を制した。

「この男の処遇は、皇帝陛下に委ねるべきですわ。私たちが、私怨で裁きを下すのは、ヴァイスハルト家の、そして帝国の法と秩序を汚すことになりかねません。この男には、帝国の法廷で、その全ての罪を白日の下に晒され、そして最も屈辱的な形で裁かれるべきです」

 私のその言葉に、アレクシス兄様は一瞬驚いたような顔をしたが、すぐに深く頷いた。

「…そうだな、リゼット。お前の言う通りだ。この男には、生きてその罪を償わせる方が、より相応しい罰となるだろう」

 その後、ゲルハルト公爵は、駆けつけた帝国騎士団によって厳重に拘束され、帝都の大監獄へと連行された。彼の屋敷からは、ジュリアン兄様が予測した通り、アストレア残党との密約や、帝国転覆計画の動かぬ証拠が次々と発見され、彼の罪状は火を見るよりも明らかとなった。

 そして、クロード殿下は…父上の霊的な力によってか、あるいは全てが終わったことによる安堵からか、以前のような狂乱状態からは脱し、ただ虚ろな目で、静かに涙を流し続けていた。

 彼もまた、ゲルハルト公爵と共に、帝国の法によって裁かれることになるだろう。

 だが、彼の心の中に芽生えた僅かな後悔の念が、いつか彼自身を救う日が来るのかもしれない、と私はほんの少しだけ、そう思った。

 全てが終わった地下墓地で、私はエルンスト様に支えられながら、静かに空を見上げていた。厚い雲に覆われていた空からは、いつの間にか不吉な赤い月は姿を消し、代わりに、東の空が、新たな時代の到来を告げるかのように、白み始めていた。

「…終わったのですね、エルンスト様」

「ああ、リゼット嬢。全て、終わったのだ。君の、そしてヴァイスハルト家の皆様の勇気と力によって、この帝国は救われたのだ」

 エルンスト様の温かい言葉が、私の疲弊しきった心と体に、優しく染み渡っていく。

「ですが、エルンスト様。私のこの戦いは、まだ終わってはいないのかもしれません。この隻眼が、これからどのような未来を映し出すのか…私自身にも、まだ分からないのですから」

 私のその言葉に、エルンスト様は優しく微笑み、私の手を強く握りしめてくれた。

「ならば、リゼット嬢。その未来を、私と共に歩ませてはくれまいか。君のその瞳が、どのような未来を映し出そうとも、私は君の傍を離れはしない。君の剣となり、盾となり、そして…君の心の光となることを、ここに改めて誓おう」

 その真摯な言葉と、彼の瞳に宿る、私への揺るぎない愛情。それが、私の新たな人生の、始まりの鐘の音のように、私の心に響き渡った。

 ヴァイスハルト家の、そして【白銀の三槍】の物語は、一つの大きな終わりを告げた。

 だが、私、リゼット・フォン・ヴァイスハルトの、新たな物語は、今、まさに始まろうとしている。この隻眼に、かつての憎しみではなく、愛する人々の笑顔と、そして輝かしい未来の光だけを映す、その日まで。
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