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エルンストとの婚約、祝福の光の中で
しおりを挟む◆リゼット
廃教会の地下墓地での死闘から数週間。帝都は、ゲルハルト公爵逮捕という衝撃的なニュースの余波がまだ残ってはいたものの、徐々にいつもの落ち着きを取り戻しつつあった。
あの忌まわしい赤い月はもう二度と空に昇ることはなく、代わりに澄み渡る青空が、新たな時代の到来を告げているかのようだ。
私の心もまた、長らく続いた復讐という名の重い鎖から解き放たれ、かつてないほどの軽やかさと、そして穏やかな幸福感に満たされていた。
「リゼット、準備はいいか? あまり待たせると、シュトライヒ卿が緊張で倒れてしまうかもしれんぞ?」
アレクシス兄様が、少しだけからかうような、しかしその瞳には温かい祝福の色を浮かべて、私の部屋の扉をノックした。
今日は、私とエルンスト様の正式な婚約を発表する祝賀会が、ヴァイスハルト公爵邸で開かれる日だった。
「もう、アレクシス兄様ったら。エルンスト様は、そのようなことでお倒れになるほど柔な方ではございませんわ」
私は、鏡に映る自分の姿を最終確認しながら、兄に微笑んでみせた。
今日の私は、ジュリアン兄様が特別にデザインしてくれた、月の光を織り込んだかのような淡いラベンダー色のシルクのドレスに身を包んでいる。
この胸元には、エルンスト様から贈られた、小さな青いサファイアが星のように瞬くネックレス。
そして、右目を覆うアイパッチは、以前のような黒一色ではなく、ドレスに合わせた繊細な銀糸の刺繍が施された、特別なものだ。
それは、もはや私の欠点を隠すためではなく、むしろ私という人間を構成する、誇り高い一部として、そこにある。
「しかし、本当にいいのか、リゼット? お前が望むなら、もう少し時間を置いても…」
「いいえ、アレクシス兄様。私は、もう迷いませんわ。エルンスト様と、共に未来を歩んでいきたい。心から、そう願っておりますの」
私のきっぱりとした言葉に、アレクシス兄様は、どこか寂しげな、しかしそれ以上に深い安堵の表情を浮かべ、そっと私の手をエスコートしてくれた。
祝賀会の会場である大広間は、祝福の光と、そして招待された貴族たちの温かい笑顔で満ち溢れていた。
そこには、かつて私を好奇と憐憫の目で見ていた者たちの姿もあったが、今の彼らの目に宿るのは、純粋な賞賛と祝福の色だけだった。
ゲルハルト公爵の陰謀を打ち砕き、帝国を救った英雄――【白銀の三槍】の妹であり、そして何よりも、自らの力で運命を切り開いた誇り高き女性としての私を、彼らは認めてくれているのだ。
そして、その輪の中心には、帝国騎士団の正装に身を包み、少し緊張した面持ちながらも、私を見つめるその瞳には深い愛情を湛えたエルンスト様の姿があった。
彼の隣には、嬉しそうに、しかしどこか落ち着かない様子で控える彼の父親、シュトライヒ伯爵の姿も見える。
そして厳粛ながらも喜びにあふれた挨拶の後、私とエルンスト様は、正式に婚約者として皆の前に立った。鳴りやまない拍手と、祝福の言葉の雨。
その中で、エルンスト様が、私の手をそっと取り、その誠実な瞳で私を見つめて言った。
「リゼット嬢…いや、リゼット。今日この日を迎えられたことを、神と、そしてヴァイスハルト家の皆様、そして何よりも、あなたのその勇気と優しさに、心から感謝する。私は、決して完璧な人間ではない。だが、これからの私の人生の全てをかけて、必ずや君を幸福にすることを誓おう。君のその美しい瞳が、二度と悲しみの色に染まることのないように」
その言葉は、決して巧みではないかもしれないが、彼の心の底からの、偽りのない想いが込められているのが伝わってくる。私は、溢れそうになる涙を必死で堪え、彼の手に自分の手を重ねた。
「エルンスト様…私も、あなたと共に歩める未来を、心から嬉しく思っておりますわ。私のこの隻眼は、もはや闇を映すためのものではありません。あなたと共に、輝かしい未来を、そして愛する人々の笑顔を映し出すためのものなのですから」
私たちの言葉に、会場は再び温かい拍手と祝福の声に包まれた。
その夜、祝賀会が終わり、二人きりになった月明かりの差し込むバルコニーで、エルンスト様はそっと私の肩を抱き寄せ、優しく口づけをくれた。
それは、決して情熱的なものではなかったけれど、彼の深い愛情と、私への敬意が込められた、どこまでも温かく、そして優しい口づけだった。この口づけが、私たちの新たな物語の、本当の始まりなのだと感じた。
遠くで、教会の鐘の音が、まるで私たちの未来を祝福するかのように、静かに、そして美しく響いていた。
兄たちもまた、それぞれのやり方で、私たちの婚約を心から祝福してくれた。
アレクシス兄様は、不器用ながらも、「シュトライヒ卿ならば、リゼットを任せられる。だが、もし泣かせたら…分かっているな?」と、エルンスト様に釘を刺すことを忘れなかった。その姿は、まるで頑固な父親のようで、思わず笑みがこぼれてしまった。
ジュリアン兄様は、「リゼット、これは私からのささやかな結婚祝いだ。君たちの寝室にでも飾るといい」と言って、美しい装飾が施された、二人の名前が刻まれたオルゴールをプレゼントしてくれた。その音色は、どこまでも甘く、そして優しい。兄の祝福の気持ちが、その音色に込められているかのようだった。
そして、カイル兄様は、「おいおい、リゼット! まさかお前が、あの堅物のシュトライヒなんかとくっつくとはな! まあ、めでてえこった! だがな、もしシュトライヒがお前を退屈させるようなことがあったら、いつでもこの俺様が、刺激的な『遊び』に連れ出してやるから、安心しろよな! ぎゃはは!」と、相変わらずの軽口を叩きながらも、その赤い瞳は、どこまでも優しく、そして少しだけ潤んでいるように見えた。
【白銀の三槍】――この帝国で最も強く、そして最も恐れられる存在。
だが、私にとっては、いつだって世界で一番頼りになり、そして優しい、かけがえのない兄たち。彼らの愛に包まれて、私は今、新たな人生の一歩を踏み出すのだ。
この隻眼に宿る「祝福」の力は、もはや復讐のためだけにあるのではない。愛する人々を守り、そして帝国の未来を明るく照らし出すために、この力を使っていこう。そう、心に誓った。
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