ひよこクスマ

プロトン

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第53話 蛍光キノコの洞窟

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学生にとってはまだ良心的な「通路税」を支払った後、クスマ、ふゆこ、クレイ、そしてみぞれの四人パーティーは、奇妙な蔓でできた『蛍光キノコの洞窟』へと続く小さな門の前に立っていた。

「準備はいい?」

みぞれの声は相変わらず冷静で、片手をそっと腰の刀の柄に置き、サーチライトのように順に各隊員へと視線を送る。

「戦闘中に『あ、武器をロッカーに忘れた』なんて叫ぶ人が出ないことを祈るわ。特にあなたよ、クスマ。しょっちゅう物忘れするんだから」

「そんなことないさ!」

クスマはすぐに反論した。

「例えば、授業で教科書を忘れて、いつもふゆこと一緒のを見てるとか」

みぞれは平坦な口調で、反論の余地のない事実を述べた。

「うっ……」

クスマの弁解の言葉は、瞬間的に喉に詰まった。

みぞれはその話題を続けることなく、ただ再び一同に視線を送り、有無を言わせぬ口調で言った。

「最後の確認。持ち物は全部持った?」

クスマ、クレイ、ふゆこは再度持ち物を確認した後、ようやく頷いた。

そして四人は深呼吸を一つし、共にその奇妙な小さな門へと足を踏み入れた。
目の前の光景に、全員が瞬間的に息を呑んだ。

そこは想像を絶する、巨大な地下洞窟だった。湿った土とキノコが混じり合った独特の匂いが鼻を突き、冷たく湿った空気が肌に鳥肌を立たせる。

ここにはほとんど光源がなく、遠くの洞窟の壁に、ぽつりぽつりといくつかの巨大なキノコが点在しているだけだ。それらの傘の縁は極めて微弱な、幽玄な青緑色の蛍光を放ち、かろうじてそれ自身の輪郭を描き出しているに過ぎず、周囲は依然として指一本見えないほどの漆黒に包まれていた。

幾重にも重なるキノコの傘が頭上の暗闇に溶け込み、足元は湿って柔らかな土で、足音を吸収してしまうため、空間全体が恐ろしいほど静まり返り、未知と不気味な雰囲気に満ちていた。

四人がまだ周囲を観察していると、何の感情も宿らない、機械のような声が、同時に四人の脳内に響き渡った。

【チーム課題生成完了】

【目標:6時間以内に『月塵げつじん 』を10個収集せよ(月涙蛾げつるいがのドロップアイテム)】

─ (•ө•) ─

その突如とした脳内放送にふゆこは飛び上がり、驚いたウサギのように「きゃっ」と声を上げた。

クレイは不機嫌そうに舌打ちをした。

「ちっ、また直接脳内に話しかけてきやがって。本当に礼儀がなってないな」

クレイは無作法に小指で耳をほじりながら、嫌そうな顔で文句を言う。

「せめて挨拶くらいしろよな?『ピンポーン!新しい任務のお知らせです!』とかさ」

「クレイ、秘境の意志に礼儀を求めても無意味よ」

みぞれが傍らでツコミを入れた。

そして彼女は話を変え、冷静に分析を始めた。

「任務目標は『月塵』10個だけど、トントン先生の実験材料にも10個必要だから、最低でも合計20個は集めないとね」 

「月塵……」

クスマは顎に手を当て、物思いにふけるように言った。

「キラキラした粉末みたいな感じかな。ふゆこ、これを頭に振りかけたら、君のヤナギマツタケが一段と高級に見えると思わない?」

「えっ?そ、そうですか?」

ふゆこはそう言われ、無意識に自分の頭の共生植物に触れた。

四人がまだ任務内容を吟味している最中、一つの致命的な悪意が、彼らの頭上の暗闇で静かに標的を定めていた。

一同が全く気付いていない、頭上の影に潜んでいた一匹の月涙蛾が、音もなくその夜空のように深い色の翅を広げた。その飛翔は風切り音一つ立てず、周囲に漂う発光胞子すら揺らさず、まるで虚無の幻影のように、数十メートルの高さの洞窟の天井から急降下してきた。

その標的は、暗闇と未知への極度の不安から、無意識のうちに仲間たちの真ん中に立って安全を求めていた、ふゆこだった。

─ (•ө•) ─

クレイの瞳がかろうじて異常な黒い影を捉え、ふゆこがまだ暗闇に慣れようとしている、その時。ただ二人だけが、同時に危険を察知した。

みぞれの反応は、前進。
そしてクスマの反応は、タックル。

その月涙蛾の刃のように鋭い翅が、バターを切るようにふゆこの華奢な喉を切り裂こうとする、その間一髪の瞬間——

「キンッ!」

澄んだ、金属が打ち合うような甲高い音が、静寂の洞窟に轟いた!その音はあまりに突然で、こだまさえ引き起こした。

予想された血しぶきは上がらなかった。その月涙蛾の致命的な一撃は、いつの間にかふゆこの前に移動していたみぞれが、その意思を持つ小太刀で、見事に受け止めていた。刃と翅が衝突した瞬間、微かな火花さえ散った。

それと同時に、クスマも彼らしい、捨て身の勇敢な姿勢で、側面から自殺行為ともいえる突進を敢行し、まるで砲弾のように、まだ呆然と立ち尽くすふゆこに激しくぶつかっていった。

「うわっ!」

ふゆこは短い悲鳴を上げ、クスマに突き倒され、二人は一緒にボウリングの球のように数回回転し、土煙を上げた。

月涙蛾は一撃が防がれると、すぐに翅を震わせてを震わせて高く飛び、戦場から離脱しようとした。しかし、みぞれはそれに一切の機会を与えなかった。

みぞれの重心がわずかに沈み、防御の姿勢が瞬時に攻撃へと転じた。彼女は半歩踏み出し、体は引き絞られた弓のようにしなり、全ての力を手首に込めた。先ほどまで盤石のようだった小太刀は、今や逆流する銀色の稲妻と化し、その刃は空中で肉眼ではほとんど捉えられない弧を描いた。

手首の軽やかで致命的な一振りとともに、鋭い切っ先が速く、鋭く、正確に、その月涙蛾の翅の付け根の最も脆い関節を、一閃した。

余計な動作は何一つなく、大きな音さえ立てなかった。

月涙蛾の翅の付け根に、音もなく滑らかな切れ目が現れ、やがて力なく体から分離し、空中で回転しながら、地面に落ちた。

危機を乗り越えた後、みぞれはゆっくりと刀を鞘に納め、「シャン」という軽い音を立てた。彼女は次に、ようやく回転を止め、絡み合ったままのクスマとふゆこへと顔を向けた。

そして、みぞれは誰もが困惑するであろう、悲惨としか言いようのない救助の成果を目の当たりにした——

「うぅ……師匠……お星さまが……回ってる……」

ふゆこはふらふらと地面に横たわり、目を回しながら、無意識に頭に手を伸ばしていた

クスマは慌ててふゆこの体から起き上がり、下の「肉クッション」の呻き声を完璧に無視し、なおも自身の反応の速さを自賛していた。

そして「救助された者」であるふゆこは、突き倒された際に頭から地面に落ちたため、その灰色の小さな頭に、みるみるうちに、大きくて丸いこぶができていくところだった。

「……」

クレイとみぞれは、二人とも完全に呆れ果てた目で、目の前の光景をただじっと見つめていた。

クレイは口を何度か開閉させた後、数秒かけてようやく声を取り戻し、信じられないといった口調で、手柄を立てようとしているクスマを指差して尋ねた。

「……お前はふゆこを助けようとしたのか、それとも殺そうとしたのか、どっちだ?」

しかし、クスマはクレイの質問を全く意に介さなかった。彼はい得意げに服の埃を払い、一つ咳払いをして、先ほどの教科書通りの危機管理能力を自慢しようとした、その時。みぞれに撃ち落とされ、ちょうど彼の足元に落ちて、まだぴくぴくと痙攣している月涙蛾が、視界の端に入った。

先ほどまで勇敢無比だった「救助の英雄」は、その表情を瞬時に凍りつかせ、顔から血の気が引いていった。

次の瞬間、彼は少女のような、恐怖に満ちた悲鳴を上げ、まるで尻尾を踏まれた猫のように飛び上がり、手足を使ってあたふたと、まだふらふらしているふゆこの背後へと光の速さで隠れ、頭だけをひょっこりと出して、震える指で地面の月涙蛾を指差して言った。

「いやぁぁぁ!む、む、む、虫がいるぅぅぅ!!!」
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