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9ロイの誘い
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エマは『魔女』で、ルーは『隣国オーストの公爵家令嬢』というお互いの秘密の告白をして以来二人は友人になった。
ルーはエマに敬愛を差し出したが、それは本来ドリスに捧げられるものだ。
ルーは本当に勉強熱心で、王都に出できてからパン屋の店員として働いていたエマにとって初めて対等に仕事の話が出来る相手だった。
たった一人で頑張ってきたルーにとってもエマとの出会いが僥倖だと思ってくれるなら、エマは対等な友人になって欲しいと望んだ。
エマは度々ルーの元を訪れた。この世界で初めて友達らしい友達を得て、心が浮き立つ充実した毎日だった。
ただ気がかりなことは、ルーの家族はとても心配しているはずだということ。
ルーは、無事なことだけを伝える手紙をこの薬草屋に落ち着いた時に一度だけ書いたらしい。
公爵家はルーの行方を捜しつつも、家の体面のため、病気療養など理由を付けて公にはしていないだろうと言う。
公爵家令嬢としての教育をされ、その義務を放棄していることがどれほど身勝手なことかは承知しているが、自分には進みたい道があるというジレンマに時々眠れない時もあると、ルーがエマに弱音をもらしたこともあった。
ルーはエマと同じ歳18歳だ。
貴族の令嬢ならずっとこのままというわけにはゆかないだろう。ましてや公爵家なら。
ルーの苦しい胸の内を察することはできても、出来ることはエマには何もない。
ただ、これから何があっても、変わらない友情だけは持ち続けようと心に決めた。
✳︎
「スーラさん、午後は買い物に行ってきますね」
「はいよ。気をつけていくんだよ」
「はーい」
エプロンをたたみ、買い物カゴを持ち、つばの広い麦わら帽子をかぶって店をでた。
今日もいい天気だ。
店は午前と夕方前が混むので、買い物などの外出は午後にしていた。
資金はパン屋さんでのお給料と薬の代金だ。
初めてお給料をもらった時は一ヶ月頑張った達成感で嬉しくてちょっと泣いてしまった。
石畳みの通りをてくてくと歩く。
往来は馬車や人たちが行き交い、おだやかな賑やかさだ。
日本にいたときは母方の祖父の国、英国へよく行っていたが、古い街並みってこんな感じだったと懐かしく思った。
大通りに出ると、従者を連れた商家のお嬢さんらしい女の子もよく目にする。かわいい色とデザインの裾の長いワンピースにレース飾りのついた帽子を被って、小振りのバッグを持っている。
エマも三着ほどお出かけ用の服を旅行カバンに詰めて王都まで持ってきたけど、全部村の知り合いからのお下がりだ。いま着ているのはそのうちの一着。汚れが目立たないようなグリーン系で、小さな花柄が入っている。
(やっぱり私もかわいい服やアクセサリー欲しいなぁ)
「かわいいなあ。よし、頑張ってお金貯めよう!」
(値段っていくら位なんだろう?
外からだけでもお店を覗いていこうかな)
「エマ、エマ」
機嫌良くそんなことを考えながら歩いていると、誰かに名前を呼ばれた。
振り向くと、ロイだった。
「ミルドさん!…あっと、ロイさん」
歓迎会以来お互いを名前で呼ぼうということになったがまだ慣れないなと思いながら、「やあ、」と片手をあげて小走りで駆け寄ってくるロイに挨拶を返す。
「あれ?ロイさん、まだ午後を過ぎたところですよ?お仕事は…」
「もうすぐ春の大祭だろ?役人は交代で準備にかりだされているんだ。ちなみに、いまは休憩中さ」
祭りを楽しむ気持ちは世界が異なっても同じだ。
準備にかりだされるとたいへんなんだと肩をすくめるロイだったが、ワクワクとした高揚感が感じられる。
「明々後日から三日間開催されるだろ。その最終日なんだけど、役人や主だった商人の家族や知人もお城の舞踏会に参加できるんだ」
「お城の舞踏会?!」
(すごい!舞踏会なんて!おフランスのベルサイユの世界みたい!)
「それで、その舞踏会にエマを誘おうと思ってお店にいったら買い物だって聞いたから捜してたんだ」
(え?誘う?私を?ぶ、ぶぶぶ舞踏会に?!)
「私をですか?!」
「ああ。是非一緒に行かないかい?」
ロイはどう?と期待を込めた目で聞いてくる。
(どうって、そこらへんへランチ行くみたいに誘われても、困る。
王都に出てきてまだふた月もたってない田舎ものなんだからさ何も持ってないし…、そこは察して欲しい)
「ありがとう。舞踏会なんて。でも、私、ドレスとか…用意とかできないから」
するとロイは朗らかに笑った。
「そんなの気にしなくていいよ。無礼講だし」
(………。)
その後ロイは事情を聞いたスーラに、「デリカシーがない!」とくどいぐらいに説教された。
エマもしきりに首を縦に動かし叱られているロイを庇いだてする気はさらさらなかった。
結局、舞踏会へはスーラの知り合いの娘さんのお下がりをもらえることになった。
思いがけなくお城の舞踏会に参加できることになったエマは、普段垣間見ることのない世界に興味が尽きなかった。
もちろん、ルーにも報告した。
小さい子供のようにワクワクとして報告するエマを「楽しんでおいで。でも、厄介ごとに巻き込まれないようにね」と苦笑しながら送り出してくれた。
ルーはエマに敬愛を差し出したが、それは本来ドリスに捧げられるものだ。
ルーは本当に勉強熱心で、王都に出できてからパン屋の店員として働いていたエマにとって初めて対等に仕事の話が出来る相手だった。
たった一人で頑張ってきたルーにとってもエマとの出会いが僥倖だと思ってくれるなら、エマは対等な友人になって欲しいと望んだ。
エマは度々ルーの元を訪れた。この世界で初めて友達らしい友達を得て、心が浮き立つ充実した毎日だった。
ただ気がかりなことは、ルーの家族はとても心配しているはずだということ。
ルーは、無事なことだけを伝える手紙をこの薬草屋に落ち着いた時に一度だけ書いたらしい。
公爵家はルーの行方を捜しつつも、家の体面のため、病気療養など理由を付けて公にはしていないだろうと言う。
公爵家令嬢としての教育をされ、その義務を放棄していることがどれほど身勝手なことかは承知しているが、自分には進みたい道があるというジレンマに時々眠れない時もあると、ルーがエマに弱音をもらしたこともあった。
ルーはエマと同じ歳18歳だ。
貴族の令嬢ならずっとこのままというわけにはゆかないだろう。ましてや公爵家なら。
ルーの苦しい胸の内を察することはできても、出来ることはエマには何もない。
ただ、これから何があっても、変わらない友情だけは持ち続けようと心に決めた。
✳︎
「スーラさん、午後は買い物に行ってきますね」
「はいよ。気をつけていくんだよ」
「はーい」
エプロンをたたみ、買い物カゴを持ち、つばの広い麦わら帽子をかぶって店をでた。
今日もいい天気だ。
店は午前と夕方前が混むので、買い物などの外出は午後にしていた。
資金はパン屋さんでのお給料と薬の代金だ。
初めてお給料をもらった時は一ヶ月頑張った達成感で嬉しくてちょっと泣いてしまった。
石畳みの通りをてくてくと歩く。
往来は馬車や人たちが行き交い、おだやかな賑やかさだ。
日本にいたときは母方の祖父の国、英国へよく行っていたが、古い街並みってこんな感じだったと懐かしく思った。
大通りに出ると、従者を連れた商家のお嬢さんらしい女の子もよく目にする。かわいい色とデザインの裾の長いワンピースにレース飾りのついた帽子を被って、小振りのバッグを持っている。
エマも三着ほどお出かけ用の服を旅行カバンに詰めて王都まで持ってきたけど、全部村の知り合いからのお下がりだ。いま着ているのはそのうちの一着。汚れが目立たないようなグリーン系で、小さな花柄が入っている。
(やっぱり私もかわいい服やアクセサリー欲しいなぁ)
「かわいいなあ。よし、頑張ってお金貯めよう!」
(値段っていくら位なんだろう?
外からだけでもお店を覗いていこうかな)
「エマ、エマ」
機嫌良くそんなことを考えながら歩いていると、誰かに名前を呼ばれた。
振り向くと、ロイだった。
「ミルドさん!…あっと、ロイさん」
歓迎会以来お互いを名前で呼ぼうということになったがまだ慣れないなと思いながら、「やあ、」と片手をあげて小走りで駆け寄ってくるロイに挨拶を返す。
「あれ?ロイさん、まだ午後を過ぎたところですよ?お仕事は…」
「もうすぐ春の大祭だろ?役人は交代で準備にかりだされているんだ。ちなみに、いまは休憩中さ」
祭りを楽しむ気持ちは世界が異なっても同じだ。
準備にかりだされるとたいへんなんだと肩をすくめるロイだったが、ワクワクとした高揚感が感じられる。
「明々後日から三日間開催されるだろ。その最終日なんだけど、役人や主だった商人の家族や知人もお城の舞踏会に参加できるんだ」
「お城の舞踏会?!」
(すごい!舞踏会なんて!おフランスのベルサイユの世界みたい!)
「それで、その舞踏会にエマを誘おうと思ってお店にいったら買い物だって聞いたから捜してたんだ」
(え?誘う?私を?ぶ、ぶぶぶ舞踏会に?!)
「私をですか?!」
「ああ。是非一緒に行かないかい?」
ロイはどう?と期待を込めた目で聞いてくる。
(どうって、そこらへんへランチ行くみたいに誘われても、困る。
王都に出てきてまだふた月もたってない田舎ものなんだからさ何も持ってないし…、そこは察して欲しい)
「ありがとう。舞踏会なんて。でも、私、ドレスとか…用意とかできないから」
するとロイは朗らかに笑った。
「そんなの気にしなくていいよ。無礼講だし」
(………。)
その後ロイは事情を聞いたスーラに、「デリカシーがない!」とくどいぐらいに説教された。
エマもしきりに首を縦に動かし叱られているロイを庇いだてする気はさらさらなかった。
結局、舞踏会へはスーラの知り合いの娘さんのお下がりをもらえることになった。
思いがけなくお城の舞踏会に参加できることになったエマは、普段垣間見ることのない世界に興味が尽きなかった。
もちろん、ルーにも報告した。
小さい子供のようにワクワクとして報告するエマを「楽しんでおいで。でも、厄介ごとに巻き込まれないようにね」と苦笑しながら送り出してくれた。
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