30 / 88
30冷たい指先
しおりを挟む「今日は、蒸しケーキを作ってみました。お口に合うかどうか…」
「美味しそうじゃないか」
大きめの皿にいくつか盛り付けた蒸したてのクリーム色のケーキをルイス王子は身を乗り出して見つめる。
ルイス王子は作りたての食べ物がお気に入りだ。
国を動かすトップなんだから、「出来たてが食べたい」と侍従にでも一言言えばいいと思うのだが、城の食べ物は毒味とかいろいろ大変なのかなとエマは想像する。
そして、こんなことで喜ぶなんてと不憫に思うのだった。
今日もルイス王子とジークヴァルトは来ている。
今日で4回目だ。週一で来て、4回目。
2回目来たときルイス王子がマカロンを土産だと言って持ってきた。
帰り際「また来る」と捨て台詞があったので、翌週はエマが素朴なお菓子を用意しておいた。そして、今日は蒸しケーキを作ってみた。
未だに何故くるのかはわからないし、聞けないでいる。
そして、毎回もこもこ草が見つからないかヒヤヒヤとし、ちゃんと調べているのか気になっていた。
会話は、ルイス王子が話しエマがそれに答えている。
だが、せっかくこの国の王子様が来ているのだから町のことをよく知ってもらおうと、いい所ばかりでなく悪い所もそっと話に織り交ぜてみたりする。
ルイス王子にそれを悟ってもらい改善して欲しいとかは期待していない。急に押しかけてくるのだからエマもこの程度のことくらいいいじゃないかと思うからだ。
ただ、ルイス王子が気さくな態度だからといってエマが同等に振る舞っていいことではないと常に心がけ、二人と自分との間にきっちりと線引きをしている。
あと、嬉しいことがあった。ジークヴァルトの雰囲気が和らいできているのだ。
2回目に来たときに椅子に座って果実水を飲み、前回の3回目にはなんとエマのお菓子を食べたのだ。エマは全く表情には出さなかったが、嬉しさのあまり心のなかで拳を作り「よしッ」とガッツポーズをした。
ジークヴァルトに自分の手作りのものを食べてもらうのはやっぱりなかなか心地よくこそばゆい感覚だった。
会話はまだない。ルイス王子が話しを振ればそれについて簡潔に意見を言ったり、頷く程度だ。
ところで、スーラは相変わらず同席を遠慮している。
スーラには二人が子爵家と男爵家の次男と三男だと言っているが、「アルベルト様なら平気なんだよ。同じ貴族様なのに、なんでこんなに違うんだろうねぇ。」と不思議そうにいっていた。
それは格の違いだとも言えず、エマは緩い相づちを返すしかなかった。
二人が来るようになって、気がつけばもうひと月がたっている。季節は初夏。
蒸しケーキとともに清浄な水にハーブと輪切りにした柑橘の果実を入れた冷たい果実水をルイス王子とジークヴァルトに差し出す。
そして、「それにしても…」とあらためて二人とダイニングテーブルを見比べる。
スーラの家の大きなダイニングテーブルは木目が綺麗でカフェっぽくてエマは大好きだ。
だが、この二人が座るとこの上なく違和感がある。やっぱり二人には絹で包まれたソファがよく似合うと思う。
それに、普通に座っているだけなのにスッと姿勢が良く真似できない品が滲み出ている。
こういうのを見ると、やっぱり特別な人たちなんだと改めて納得し馴れ馴れしくしないように、粗相をしないようにとエマは気持ちを引き締める。
「甘さは控えめにして、二種類お作りしました。ナッツと干した果実入りです」
言いながら取り皿がないことに気づいた。
「あ、取り皿をお持ちします」
「僕が取るよ」
なんと、ルイス王子が席を立ちかけたのでエマは慌てて両手を振る。
「大丈夫ですっ、すぐに取って参りますので!」
王子様にそんな手伝いさせられないと、急いでキッチンに戻る。
来客用の皿は戸棚の上の段にある。エマが少し背伸びしながら手を伸ばしていると、「やっぱり手伝うよ」とルイス王子が後ろに立った。
エマはここで遠慮をするのも変かと思い礼を言いながら、一方でこれはチャンスかもと思いついた。
何気ないふうを装って、ずっと気になっていたことを思い切って聞いてみる。
「そういえば、ロイさんが言っていたのですが。ここ何ヶ月か若い方が急な体調不良でお仕事休まれたりするそうなのです。
何か流行っているのでしょうか。
これから暑くなりますし、心配だなと思って」
早口でそう言いながら皿を持ち振り向くと、ルイス王子がいきなり戸棚に手をかけエマを見下ろした。エマは戸棚とルイス王子のちょうど胸辺りに挟まれる格好になってしまった。
「エマ」
ルイス王子がエマの耳元に顔を寄せ、そして、
「心配ない」
とだけ言った。
再び合わせた視線に、エマは話が通じていると直感した。ルイス王子は、あの事をちゃんと知っている。
突然の行動に驚いたが、ずっと気になっていたことから解放されエマは思わずホッと安心するように微笑んだ。
でも……ふと、違和感がわく。
(あれ?でも、どうして王子様はそんなにはっきり言えるの……?)
「殿下」
ジークヴァルトの声だった。
ジークヴァルトがキッチンの入り口で腕を組みながら立っていた。
「なんだい?皿を取っていただけだよ?ね?エマ」
ルイス王子はエマの手にあった皿を抜き取ると、ジークヴァルトの横を通り過ぎダイニングへ行ってしまった。
置き去りにされたエマは一人でジークヴァルトの視線に晒される。
「エマ」
(…ッ?!私の名前呼んだ…。)
エプロン越しに胸元をキュッと掴む。
(前は…パンを届けに行った時に…。)
あの時はひどく動揺して、逃げるように帰って落ち込んだ。
(動揺したのはこんな風に心臓が跳ねたから……
あれは、お婆ちゃんとのことを聞かれて…どう答えていいのか分からなくてなったから…ーーーーううん、違う。
あれは…
不意打ちにこの人がこの声で『エマ』って呼んだから。
今と同じ。
私の名前を呼んだから。この人が…
最近…少し誤解が解けてきたのかなって思う。
もう少し歩み寄れれば、穏やかな表情を見せてくれるようになるかも……。)
「上手く誘惑出来たと思ったか?油断も隙もないな」
「……え」
ジークヴァルトはそれだけを言うと、エマに背を向けダイニングへ戻っていってしまった。
戸棚の前に突っ立ったまま言葉を失った。
初夏だというのに指先が酷く冷たい。震える指先を口元に寄せる。
(だ……だめ、なんだ。
この人が誤解を解くなんて…ないんだ。
この人は…だめなんだ。
少し誤解が解けてきた?
そんなの思い過ごし。
歩み寄り?
そんなの…ありえない。)
33
あなたにおすすめの小説
これって政略結婚じゃないんですか? ー彼が指輪をしている理由ー
小田恒子
恋愛
この度、幼馴染とお見合いを経て政略結婚する事になりました。
でも、その彼の左手薬指には、指輪が輝いてます。
もしかして、これは本当に形だけの結婚でしょうか……?
表紙はぱくたそ様のフリー素材、フォントは簡単表紙メーカー様のものを使用しております。
全年齢作品です。
ベリーズカフェ公開日 2022/09/21
アルファポリス公開日 2025/06/19
作品の無断転載はご遠慮ください。
異世界に行った、そのあとで。
神宮寺 あおい
恋愛
新海なつめ三十五歳。
ある日見ず知らずの女子高校生の異世界転移に巻き込まれ、気づけばトルス国へ。
当然彼らが求めているのは聖女である女子高校生だけ。
おまけのような状態で現れたなつめに対しての扱いは散々な中、宰相の協力によって職と居場所を手に入れる。
いたって普通に過ごしていたら、いつのまにか聖女である女子高校生だけでなく王太子や高位貴族の子息たちがこぞって悩み相談をしにくるように。
『私はカウンセラーでも保健室の先生でもありません!』
そう思いつつも生来のお人好しの性格からみんなの悩みごとの相談にのっているうちに、いつの間にか年下の美丈夫に好かれるようになる。
そして、気づけば異世界で求婚されるという本人大混乱の事態に!
忘れられた幼な妻は泣くことを止めました
帆々
恋愛
アリスは十五歳。王国で高家と呼ばれるう高貴な家の姫だった。しかし、家は貧しく日々の暮らしにも困窮していた。
そんな時、アリスの父に非常に有利な融資をする人物が現れた。その代理人のフーは巧みに父を騙して、莫大な借金を負わせてしまう。
もちろん返済する目処もない。
「アリス姫と我が主人との婚姻で借財を帳消しにしましょう」
フーの言葉に父は頷いた。アリスもそれを責められなかった。家を守るのは父の責務だと信じたから。
嫁いだドリトルン家は悪徳金貸しとして有名で、アリスは邸の厳しいルールに従うことになる。フーは彼女を監視し自由を許さない。そんな中、夫の愛人が邸に迎え入れることを知る。彼女は庭の隅の離れ住まいを強いられているのに。アリスは嘆き悲しむが、フーに強く諌められてうなだれて受け入れた。
「ご実家への援助はご心配なく。ここでの悪くないお暮らしも保証しましょう」
そういう経緯を仲良しのはとこに打ち明けた。晩餐に招かれ、久しぶりに心の落ち着く時間を過ごした。その席にははとこ夫妻の友人のロエルもいて、彼女に彼の掘った珍しい鉱石を見せてくれた。しかし迎えに現れたフーが、和やかな夜をぶち壊してしまう。彼女を庇うはとこを咎め、フーの無礼を責めたロエルにまで痛烈な侮蔑を吐き捨てた。
厳しい婚家のルールに縛られ、アリスは外出もままならない。
それから五年の月日が流れ、ひょんなことからロエルに再会することになった。金髪の端正な紳士の彼は、彼女に問いかけた。
「お幸せですか?」
アリスはそれに答えられずにそのまま別れた。しかし、その言葉が彼の優しかった印象と共に尾を引いて、彼女の中に残っていく_______。
世間知らずの高貴な姫とやや強引な公爵家の子息のじれじれなラブストーリーです。
古風な恋愛物語をお好きな方にお読みいただけますと幸いです。
ハッピーエンドを心がけております。読後感のいい物語を努めます。
※小説家になろう様にも投稿させていただいております。
次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢
さら
恋愛
名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。
しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。
王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。
戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。
一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。
【完結】断頭台で処刑された悪役王妃の生き直し
有栖多于佳
恋愛
近代ヨーロッパの、ようなある大陸のある帝国王女の物語。
30才で断頭台にかけられた王妃が、次の瞬間3才の自分に戻った。
1度目の世界では盲目的に母を立派な女帝だと思っていたが、よくよく思い起こせば、兄妹間で格差をつけて、お気に入りの子だけ依怙贔屓する毒親だと気づいた。
だいたい帝国は男子継承と決まっていたのをねじ曲げて強欲にも女帝になり、初恋の父との恋も成就させた結果、継承戦争起こし帝国は二つに割ってしまう。王配になった父は人の良いだけで頼りなく、全く人を見る目のないので軍の幹部に登用した者は役に立たない。
そんな両親と早い段階で決別し今度こそ幸せな人生を過ごすのだと、決意を胸に生き直すマリアンナ。
史実に良く似た出来事もあるかもしれませんが、この物語はフィクションです。
世界史の人物と同名が出てきますが、別人です。
全くのフィクションですので、歴史考察はありません。
*あくまでも異世界ヒューマンドラマであり、恋愛あり、残業ありの娯楽小説です。
いくら政略結婚だからって、そこまで嫌わなくてもいいんじゃないですか?いい加減、腹が立ってきたんですけど!
夢呼
恋愛
伯爵令嬢のローゼは大好きな婚約者アーサー・レイモンド侯爵令息との結婚式を今か今かと待ち望んでいた。
しかし、結婚式の僅か10日前、その大好きなアーサーから「私から愛されたいという思いがあったら捨ててくれ。それに応えることは出来ない」と告げられる。
ローゼはその言葉にショックを受け、熱を出し寝込んでしまう。数日間うなされ続け、やっと目を覚ました。前世の記憶と共に・・・。
愛されることは無いと分かっていても、覆すことが出来ないのが貴族間の政略結婚。日本で生きたアラサー女子の「私」が八割心を占めているローゼが、この政略結婚に臨むことになる。
いくら政略結婚といえども、親に孫を見せてあげて親孝行をしたいという願いを持つローゼは、何とかアーサーに振り向いてもらおうと頑張るが、鉄壁のアーサーには敵わず。それどころか益々嫌われる始末。
一体私の何が気に入らないんだか。そこまで嫌わなくてもいいんじゃないんですかね!いい加減腹立つわっ!
世界観はゆるいです!
カクヨム様にも投稿しております。
※10万文字を超えたので長編に変更しました。
【完結】6人目の娘として生まれました。目立たない伯爵令嬢なのに、なぜかイケメン公爵が離れない
朝日みらい
恋愛
エリーナは、伯爵家の6人目の娘として生まれましたが、幸せではありませんでした。彼女は両親からも兄姉からも無視されていました。それに才能も兄姉と比べると特に特別なところがなかったのです。そんな孤独な彼女の前に現れたのが、公爵家のヴィクトールでした。彼女のそばに支えて励ましてくれるのです。エリーナはヴィクトールに何かとほめられながら、自分の力を信じて幸せをつかむ物語です。
真実の愛のお相手様と仲睦まじくお過ごしください
LIN
恋愛
「私には真実に愛する人がいる。私から愛されるなんて事は期待しないでほしい」冷たい声で男は言った。
伯爵家の嫡男ジェラルドと同格の伯爵家の長女マーガレットが、互いの家の共同事業のために結ばれた婚約期間を経て、晴れて行われた結婚式の夜の出来事だった。
真実の愛が尊ばれる国で、マーガレットが周囲の人を巻き込んで起こす色んな出来事。
(他サイトで載せていたものです。今はここでしか載せていません。今まで読んでくれた方で、見つけてくれた方がいましたら…ありがとうございます…)
(1月14日完結です。設定変えてなかったらすみません…)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる