【完結】恋につける薬は、なし

ちよのまつこ

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81向かうのは…

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 ジークヴァルトに叩き起こされたルイス王子は事情を聞かされ頭をかかえた。

「あ~誰か夢だと言ってくれ~」

「一刻を争う。お前の力が必要だ」

「あーあーそうだよ!一大事だよ!大事件だよ!
エマは『魔女』で、皇太后の大切な『エマ姉様』で…彼女の『親友』だ。
とにかく!皇太后には、君が、しっかり説明してくれ」

「エマのことが優先だ。皇太后様のことは父上に任せる」

 恐れ知らずの言葉にルイス王子はあきれる。

「君…どうなっても本当に知らないよ?
それに、エマの行方なら皇太后が必ず『占って』下さる。
それまで待てば確実だろ?」

「座して知らせを待つつもりはない。
もし、俺自身で彼女を見つけることが出来たなら…謝罪くらいは聞いてもらえると望みをかけている」

「はぁ…分かった。
すぐに警備隊の動員の許可と国境へ伝令鳥を飛ばす。
国内の主要な街道を馬車で移動するなら大きな危険はないけれど、国外へ出れば厄介だからね。
ただ、国境は完全には閉じられないよ。
大混乱になる。
そうだな…エマの年齢と髪や瞳の色に合う女性を足止めさせるか。
これからの季節ならあえて北は選ばないだろう。
東は海だけれど先は大海原だ。
西の陸路か南の海路か…西と南は特に厳重に検問をかけよう。
と言っても関係のない者も足止めするのだから長くて3日だね」

 そう言いながらルイス王子は命令書をサラサラと書いていく。
 そして、ジークヴァルトをちらりと見た。

「ところで、なんだい君の格好は。
タイなしのヨレヨレの白いシャツに黒のトラウザーにごっつい…それマント?
無精髭に髪もボサボサって、こんななりふり構ってない君を見る日がくるとは。
髪ぐらいこれで束ねれば?」

 渡された髪紐で無造作に髪を束ねれば顔があらわになり、頬や顎の髭がざらりとした。

「そんなナリじゃ大通りの高級店ならどこも入店拒否だろうね。
なのに王宮では顔パスで僕の居室まで堂々と来れるって、何?この理不尽」

 ジークヴァルトはそんな嫌味に構うことなく、ルイス王子がペンを置くやいなや命令書を手に取る。

「これは俺から関係部署に届けておく。早朝から悪かったな」

「良い知らせを待っているよ」

「ああ。
ルイス、もしも…
もしも、俺の向かう方向が皇太后様の『占い』と違っていれば、俺への連絡は後回しでいい。
お前が差配してエマを保護してくれ」

 ジークヴァルトはそう言い残しドアノブに手をかけた。

 するとにわかにドアの外が騒がしくなったかと思うと、ジークヴァルトの手からドアノブが勢いよく持っていかれ、目の前から怒声が飛んできた。

「エマが行方不明とはいったいどういうことだっ!!」

 鬼の形相で立っていたのはルシエンヌだった。

 何故かルシエンヌは鍛錬中の兵士のような白の綿シャツに皮のベストそして長靴の簡素な男装をしている。

「ル、ルシエンヌ?!」

 素っ頓狂な声を上げたルイス王子をジークヴァルトは「ルシエンヌ?」と怪訝な顔で振り返る。
 そう、『穣』がついていないのだ。

「やあ、おはよう。ルシエンヌ。
約束の時間よりもかなり早いから少し驚いてしまったよ。
よく来てくれたね。
さあ、さあ、入ってくれ。
その格好は鍛錬中だったのかい?
勇ましくてとても素敵だね」

 ルイス王子はルシエンヌを制止していた侍従らを手を振って下がらせると、ルシエンヌの手を取りなだめながらソファに座らせた。

 ルシエンヌは眉間に皺を寄せ長い足を組んで腕組みジークヴァルトを睨みつける。

「先程、我が国の大使館にそちらからエマの消息を尋ねる使者が来たが、詳細が分からない。
貴方は王宮へ行ったというので、こうして直接聞きにきた。
ちょうど剣の鍛錬中だったのでこのような格好で失礼。

ルイス様、いつでも大歓迎とおっしゃって下さったのでお言葉に甘えました」

「全く構わないさ。
ただ君の勢いが少しよかったから侍従が戸惑ったようだ。
すまないね」

 二人の様子から大体の察しがついたジークヴァルトは忘れていた頭痛を思い出しこめかみをおさえた。

 元はといえばルシエンヌの兄のトリスタンとエマが一緒にいるところを見たお陰でジークヴァルトの嫉妬心に火がついたのだ。
 そもそもルシエンヌがエマを呼び出さなければ…
 だが、それは幼稚な八つ当たりだ。

「エマが公爵家から黙って出て行ったとお聞きしました。
まさかと思いますが、昨日兄がエマを送って行ったことに貴方が腹を立てたなどということが原因ではないですよね?
言っておきますが、兄には心から愛する婚約者がおりますので勘違いされませんように」

「……婚約…者?」

「彼女も兄と共に今大使館に来ていますの。
エマも昨日会っています」

 ジークヴァルトは顔を天に向けた。
 盛大な勘違いが招いた愚行をすぐにでも罰して欲しいと思った。

 ルシエンヌとエマは親友だ。特にエマが『魔女』だと明かした唯一の友人だ。
 なのに自分の愚行は二人を引き裂くことにもなってしまった。
 ルシエンヌが激昂するのは当たり前だ。

 ジークヴァルトはソファに座るルシエンヌに向かうと、

「君の大切な親友を俺は傷つけてしまった」

と言って深々と頭を下げた。

✳︎
 城下にやってきたジークヴァルトには次々と報告が入った。
 なかでも有力だったのは、乗り合い馬車の管理人の老人が始発前に待合室に入れた女性の話だった。直接その老人に話を聞いてエマだと確信した。
 だが、どこへ向かう馬車に乗ったかは分からなかった。

 ルイス王子が推察した通り、西の陸路か南の港だろう。
 馬首を巡らしながらジークヴァルトは選択を迫られた。

(エマならどう考える…)

 より早くこの国を出で行くには…その考えに胸の痛みを感じながらジークヴァルトは馬首を南へ向けた。
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