見知らぬ恋人

葉月零

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遠くの真実

遠くの真実(最終話)

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「店長、警察の方が来てます」
「警察? なんで」
「それが、田邊さんのことで話を聞きたいって」
 ま、まさか、結婚詐欺で立件とか?
 城戸くんに連れられて、応接へ行くと、刑事さんが2人。さすがに警察沙汰になったのは初めてなのよね。
「店長の森宮です。田邊修蔵さんの件ですよね? お金を紹介相手にとられたという……」
「あー、ご家族にはそのように聞かれてましたか。実はですね、先週、高齢者を狙った出資詐欺グループが摘発されまして」
「出資詐欺? あの、まさか、田邊さんも?」
「被害者リストに名前が入っています。高齢者向け住宅の入居権を買わせるものなんですが、出資すれば、月費用から、利益分を還元して、実質ゼロ円になる、というものです。この手口が巧妙でしてね、体験入居で、妙齢の女性ヘルパーが専属の担当になるといい、まあ、いわばデート商法みたいなもんです。田邊さんはおそらく、この詐欺に出資してしまったようなんですよ」
「じゃあ、うちの紹介相手ではないと?」
「ええ、無関係ですね。おそらく、この詐欺にかかったことを知られたくなかったのと、認知症のようですから、どの女性に騙されたのかも、よくわからなくなってたんでしょう」
 よ、よかった……いや、よくないけど、ああ、とりあえず、うちの紹介じゃなくて……
「息子さんから、このことを直接話したいと言われたんですが、事件の捜査にも関わりますので、口止めさせてもらってました」
「そうですか、それで、お金は戻りそうなんですか?」
「なかなか難しいですね。それで、こちらには田邊さんのことをお伺いしたくて、ご家族の同意は得ています」
「わかりました、出来る限り、協力いたしますわ」

「ああ、でも、よかったですね、うちから結婚詐欺なんていう話にならなくて」
「そうねえ、世の中には悪い人間が多いのね、何もわからないお年寄りを騙すなんて、許せないわ。弱い人間を攻撃して情けないと思わないのかしら」
「なんか、店長、藤岡義人っぽくなってますね」
 城戸くんが笑って、たぶん、私は顔が赤くなってる。
「いつも仲良さそうで、やきもちやいてます」
「な、なんで」
「インスタ、店長との写真ばっかりじゃないですか。悔しいけど、お似合いです」
 あれから、憶測で噂をたてられるくらいならって、私の写真も時々載せてくれてるらしい。自分の写真を見るのもなんかって感じで、もうほとんど見てないのよね。有名人と結婚するなんて、夢にも思ってなかったけど、一緒にいる時は、全然そんな気がしない。不思議な人、ほんとに。

 この一件で、前任の店長は、異動先で降格処分、チーフも異動になったけど、彼女はそのまま退職してしまった。柏田のオヤジは他の店に引き抜かれたと辞めていったけど、噂じゃ、すぐにクビになったとか。私を含め、他のスタッフも特に処分はなく、チーフが辞めたことで、店にも活気が戻って、まあね、簡単なものよ、たちまち売上は全国トップに。さすが私。
 店長とエリアマネージャーを兼任することになった私は、店舗まわりの帰り、若い女性に声をかけたれた。
「なっちゃんさん」
 えーと、この子、ああ、確か!
「ルカさんね! え、お子さんがいたの?」
 ジーンズ姿の彼女は、幼稚園くらいの男の子の手を引いてる。
「そうなの。昔つきあってた彼氏の子なんだけど、逃げられちゃって」
「じゃあ、ひとりで?」
「うん、でも私、バカだからさ、働くとこもなくて、この子が生まれたばっかりのころ、変な男にひっかかってさ、あれ、やられてたの」
「そうだったの……大変だったのね」
「この子も被害にあっててね、それを義人、あ、義人さんが助けてくれたの。この子もパパとか言って、なついてるんだ」
 彼女は、手をひく男の子に、ねー、義人パパだよね、て笑いかけた。
「あー、なっちゃんさん」
「そんな呼び方、奈都でいいわ」
「奈都さん、義人の噂、聞いてるよね?」
「女性関係のこと? そうねえ、嫌でも耳に入ってくる」
 私は笑ったけど、彼女は気まずそうに言った。
「あれ、私たちみたいなDVとか虐待とか受けてる子を助けてるせいなんだよね。あいつさ、そういうこと全然言わないじゃん、どうせ、奈都さんにも何も言ってないんでしょ?」
「うん、まあ……」
「私もそうだったんだけど、街中で、声をかけるの。あいつ、そういうの見たらわかるんだって。それでDVとか虐待されてるってわかったら、部屋を借りて、一緒に住んでるフリしてくれる。そりゃさ、家に来て、あんないかついヤツがいたらびびるよね。そうやって守ってくれて、人脈つかって、刑事さんとか弁護士さんとか総動員して助けてくれる。私の相手も、今は刑務所はいってる。そういうの、あいつ全然言わないし、私らにも口止めするから、変な風に噂がひろまっちゃって。でも、何年か前から、バカなアイドルだとかが売名に義人のこと使い出してさ、それでもう、今はNPO? かなんかでやってるみたい。それに、中には義人にマジ惚れする女もいて、結構ヤバい女もいるらしいわ。噂の元は、だいたいそういうバカ女なのよね」
 ああ、じゃあ、あのタクシーで聞いた話もそうだったのかも……
「奈都さん、義人、そうやって助けてる女に手出すようなやつじゃ、絶対ないよ。私が保証する。あいつ、本気で、バカみたいにいいやつだから、信じてあげて」
「うん、ありがとう。大丈夫、私、彼のこと信じてるから」
 彼女はほっとしたように笑った。笑うとまだ子供じゃない、こんな小さな子連れて、大変よね。
「ねえ、ルカさん、私、結婚相談所で働いてるのよ。もしよかったら、この子のパパ、探させてくれない? もちろん、お金なんていらないから」
「えー、マジで? でも、残念ながらダメなのよねー」
 私の後ろに目をやって、視線の先には、あら、義人が若くなったみたいな子が……
「あれ、カレシ。ちょっと、遅いし!」
「あー、わりいわりい。え? 誰? うわ、めっちゃきれいな人じゃん!」
「バカ! この人、義人の奥さんだよ!」
「ああー、なっちゃんだ! はじめまして、オレ、ヨシトっていいます。義人さんにめっちゃ憧れてます!」
「あの、こいつ、ホントはヨシヒコなんだけど、義人に憧れすぎて、ヨシトって名乗ってんの。すみません、ほんと」
「ふふ、彼も喜ぶわ、きっと」
「こいつは親に虐待されてて、助けてもらったの。私ら、義人がいなかったら、どうなってたかわかんないんだ」
 こういう話を聞くと、やっぱり、ちょっと寂しくなるのよね。彼って、私とは違う世界にいる、知らない人みたいで。
「あ、オレら、あの、一緒になるんすよ。義人さんに言ってもらっていいすか」
「まあ、おめでとう! ステキね。でもそれは、直接言ってあげて、その方がきっと喜ぶから」
 若い2人は幸せそうに顔を見合わせて、男の子の手をつないで歩き出した。
 いいなあ、ほんとにステキ。考えてみれば、私が成婚させてきた人たちって、今頃どうしてるんだろ。幸せなのかな。本当にお互いを必要として、お互いを大切にし合えてるかな。ルカさんとヨシトくんみたいに、私と義人みたいに。
 季節は冬になろうとしている。街のショーウィンドウはクリスマスカラーで彩られて、吹き抜ける風も冷たくなった。急に彼の声が聞きたくなって電話をかけたけど、つながらないまま。そういえば、今日は打ち合わせって言ってたっけ。
 時計を見ると、もう6時前。今日は直帰ね、仕事する気分じゃないし。彼の好きそうなブランドのお店でクリスマスプレゼントを見ていたら、彼からの電話がかかってきた。
「奈都、ごめん、打ち合わせしててさ、今終わったとこ」
「うん、別になんでもないんだけど、義人の声が急に聞きたくなって、電話しちゃった」
「マジで! 俺も聞きたくなったとこ!」
 もう、相変わらずね。
「今どこにいんの?」
「渋谷かな、店舗まわってて、もう今日は終わり」
「もう帰るんだ! じゃあ、メシ食って帰ろうぜ、迎えに行くわ」
 場所を伝えて、電話は切れた。トイレでメイクと髪をなおしてっと。見た目のことなんて何も言わない彼だけど、やっぱり、きれいな奥さんでいたいのよね。コートの襟をなおして、あのリップをひいて。あればっか使ってるから、すぐになくなっちゃう。そろそろ買いなおさないと。
「あの、すみません、もしかして、なっちゃんさん、ですか?」
 髪の毛がピンクと水色の女の子2人に声をかけられる。この辺りにくると、必ずこうなるのよねえ。
「わあ、実物のほうがめっちゃキレイ! うちら、なっちゃんさんに憧れてます! 写真、いいですか?」
「そう、ありがとう。でも、ごめんなさい、写真はお断りしてるの。私、サラリーマンだから」
 なんて、なぜか私にもファンが……人生なんてわかんないものね。
 大通りに戻ると、北風が冷たい。あったかいものがいいわねえ、お鍋食べたいって言おうっと。コートのポケットに入れた左手には、2人で選んだ、マリッジリング。しばらくすると、来た来た。あの赤い車、どこにいても目立つんだから。今朝、いってきますってちゃんと言ったのに、私って、変ね、早く彼の顔が見たくて仕方ない。信号待ちから動き出して、ああ、やっと来た!

 私は彼の車に、リングの光る手を振った。

(完)
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