Dusty Eyes

葉月零

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甘い香り

甘い香り(2)

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 出てきた女は、御堂の理想のタイプ、そのものだった。そして、俺は吐きそうになるくらい、苦手なタイプだ。
 女はリビングで、コーヒーを出してくれた。1LDKか、こんな場所なら、家賃も相当だろう。広い部屋には、あまり物がなくて、男の感じはない。寂しい感じすらする。
「朝早くから大変ですね」
「え、ええ……まあ……」
 俺はチラリと御堂を見た。これ以上はムリだ、御堂、後は頼んだ。
「警視庁捜査一課の御堂といいます、こっちは、辰巳です。こちらこそ、朝早くからすみません」
「いいえ、それで、何かあったんですか?」
「実は、今朝、ある男性の変死体が発見されまして。宮川俊雄さんという方なんですが、ご存知ですか?」
 女は、少し考えるように、キョロキョロと俺たちの顔を見た。あれ? なんか、違和感が……
「写真がありますので、見てもらえませんか」
「怖い写真?」
「ご遺体の写真です」
「あ、あの、知ってます、その人」
 写真を見たくなかったのか、女は少し、慌てて言った。
「お知り合いですか?」
「知り合いっていうか……その人、ほんとに亡くなったんですか?」
「ええ、本当です。何か心当たりが?」
 女はうつむいたまま、何も言わない。何か隠しているというより、何か考えてるって感じだ。
 がらんとした部屋を見渡すと、キャビネットの上に、写真が飾ってある。少し若い野江聡子と、いかにも金持ちそうな女。パーティーか何かだろう、人がたくさん写っている。隣には、古い写真。うわ、時代だな、ケバい化粧の少女がふたり、仲良さそうに笑っている。もしかして、この写真も野江聡子か? 一緒に写ってるのは……誰だろう。
「聡子ちゃん、大丈夫かな」
 さ、聡子ちゃんだと!
「あ、すみません、なんか、その……びっくりして……」
「そうだよね、いきなり死んだとか聞かされたら、びっくりしちゃうよね」
 いつのまにか女の隣に移動していた御堂は、そっと女の肩を抱いた。こいつ、マジで変態だな!
「あの、その人、私が殺したのかも……」
「どういうことですか?」
思わず、身を乗り出した俺に、また女は俯いてしまった。
「お、怒らない?」
「辰巳くん、ちょっと黙ってて。聡子ちゃん、知ってることがあるなら、話してほしいなあ、怒ったりしないから」
「昨日の夜、公園でその人と会ったの。それで、その……私、襲われかけて……だから突き飛ばしたの。そしたら、ベンチに頭ぶつけちゃって……」
「それで?」
「わかんない。動かなくなったから、そのまま、逃げちゃったの。救急車とか、呼ばないといけなかったのよね、どうしよう、これ殺人になる?」
 嘘だな。この女、嘘をついてる。誰かをか庇ってるのか、それとも、何か他の事実があるのか……
「そっかあ、怖かったね。ケガはなかった?」
「うん、大丈夫だった」
 だから、デートじゃねえって! イライラするな、このままじゃ話が進まねえ。
「ところで野江さん。宮川さんとはどういうお知り合いですか」
「ストーカーされてたのよ、しつこくされてたの。だから私、はっきり、もう付き纏わないでって言いに行ったの」
 なるほどね、それを一生懸命考えてたってわけか。
「わかりました。続きは、署で伺いましょうか」
 立ち上がった俺に、野江聡子は、慌てて言った。
「ま、待って、お願いがあるの」
 左目にかかっていた長い髪が揺れて、違和感の理由がわかった。
「あの書類を会社に届けたいのよ、お願い、給与明細なの。これがないと、みんなのお給料が遅れちゃうから」
 俺の顔を見ているけど、左目は見えていないらしい。
「いいでしょう。その代わり、つかせてもらいますよ」
「ありがとう、すぐに用意するね!」
 聡子はそう言って、リビングを出て行った。
「どう思う?」
「嘘をついてるな、誰かを庇ってるのか」
「そうじゃなくて、彼女だよ。俺の超タイプなんだけど」
 バカか、こいつは!
「左目が見えてない、手に火傷の痕がある。いろいろありそうな女だ、やめとけ」
「ええー! あんなにかわいいのに?」
「それに、妙に警察慣れしてる。普通の人間なら、こんな朝早くから刑事がふたりも来たら、もっと動揺するもんだ。あれはただの女じゃない、マエがあるかもな。そもそも、あの女は容疑者だろうが」
「でも嘘なんだろ? 容疑者じゃないじゃん」
 もう知らねえ、勝手にしろ。
「お待たせしました」
 出てきた聡子は、スキニージーンズに、ストール、長いカーディガンみたいなやつを羽織っていた。隣の御堂の目がハートになっている。なんてわかりやすい男だ。

 パトカーに乗る時、助手席はダメかと御堂が聞いてきた。
「ダメに決まってるだろう、何年警察官やってんだよ」
「じゃあ、運転替わってよ」
 できることなら、俺もそうしたいよ!
「まだアルコール反応が出るかもしれないからダメだ」
 後部座席には、俺と聡子が並ぶ。地獄だ、本当に勘弁してくれ。
「ねえ、これ、パトカー?」
「そうですよ、シートベルト、してくださいね」
「はーい。ねえ、えーと、名前なんだっけ」
「辰巳です」
「そうだ、辰巳さんだ。すぐに忘れちゃうの」
「聡子ちゃん、俺は?」
「御堂さんでしょ、珍しい名前だから、覚えちゃった。御堂さんって、全然刑事っぽくないのね、すごく優しいし、なんかカッコいい」
「それ、よく言われる」
 こいつら、護送中ってこと、完全に忘れてやがる。デートじゃねえんだからな。キャッキャうるせえんだよ!
 しかしまあ、こんな案件、時間の無駄だな。もうこの女でいいんじゃないか? 確実に嘘はついてるけど、本人がそう言ってるんだから。俺にはもっと他にやるべきことがあるんだよ。いつまでもこんなくだらねえ事件に、時間を費やすわけにはいかない。
「な、なに」
 気がつくと、聡子が顔を覗き込んでいた。
「ううん、なんでもない」
 聡子は左手を握り締めたまま、窓の外を見ている。
「野江さん、気になってたんですが、左目、不自由なんですか」
「うん、生まれつき、見えないの」
 聡子は、すこし緩んだストールを巻きなおした。首元に、大きく、痣が見える。火傷か何かの痕だろう。
「あっ、そこの角曲がって、入ったらすぐに会社だから」
 聡子の会社は、大きな工場で、建物はまだ新しそうだ。グレーとベージュの外壁は最新素材なんだろう。駐車場の入り口に、大きく看板がかかっていた。
「ここから歩かないといけないの」
 車を停めると、御堂が電話がかかってきたと、スマホをとった。
「あー、俺、え? 昨日? 急にさ、現場になっちゃってさあ……」
 まったく、勤務中に女と電話かよ! 長引きそうだ、仕方ない、俺が行くか……
「野江さん、行きましょうか」
 駐車場から歩くと、工場があって、もう仕事が始まってるんだろう。フォークリフトが行き交って、トラックも出入りしている。何人かが聡子に挨拶して、聡子も笑って手を振ってる。
「大きな工場ですね。まだ新しいんですか」
「うん、5年前に建て直したの。火事で焼けちゃって」
 風が吹いて、聡子の髪とストールがなびく。なんだ、この匂い、甘い……なんかクラクラするな。香水かなんかの匂いか?
「事務所は一番奥なの。だから、遅刻しそうな時は、結構キツいのよ、走らないといけないから」
 聡子はそう言って、うふふと笑った。まあ、なんだ、御堂がタイプだと言うのも、わからなくはない。無邪気な笑顔に、思わず、目を逸らした。
「家でお仕事ですか」
「ううん、今週、体調が悪くて、ずっと休んでたの。でもお給料計算が間に合わなくて、それで、家でやってたの。明日金曜日だし、本当は郵便で送るつもりだったんだけど」
 確かに、少し顔色が悪い気もする。ふんわりした服だから気がつかなかったけど、体もかなり痩せている。
「私、体が弱くて、しょっちゅう休むの。それでも、社長は気にしなくていいって言ってくれて、感謝してる」
 なんなんだろう、悪気はないんだろうけど、この女の言ってることは、どこか、嘘が見え隠れする。
「体は、大丈夫?」
「うん、大丈夫。ねえ、私、罪になる? やっぱり、殺人?」
「気になりますか」
「……私、二回目なの。マエがあって……再犯だと、きついでしょ」
 なるほど、そういうことか。
「あなたの言っていることが本当なら、正当防衛が認められるかもしれません。悪くても、傷害致死でしょう」
 女は、そう、と呟いて、また何か考えているようだ。

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