Dusty Eyes

葉月零

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愛しき傷

愛しき傷(4)

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 今日は随分あったかい。桜はまだだけど、聡子は上機嫌に、膨らみかけた蕾を写真に撮ってる。そう、今日は、アレだ。有給もとって、中津に現場も任せて、御堂のプランニングも何回も復習して……ジャケットのポケットには、指輪。
「ねえ、今日はなんか雰囲気違うね、髪型も変えたの?」
「まあな、どうかな」
「すっごく素敵、でも、なんかオシャレさんすぎて、ちょっと気後れしちゃうかも」
 茶色のジャケットに紺色のパンツ。なんか丈が短いような気もするけど、そういうもんらしい。
「スタイルいいのね、かっこいい」
 男にしかモテない筋肉が目立つようにって、それにしても、こんなピチピチの服を着てるのか、御堂みたいなやつらは。肩凝らないのか? どうも窮屈だ。ああ、そうだ、褒める、褒めないといけない。
「さ、聡子も、かわいいよ、そのワンピース、よく似合ってる」
「えっ、どうしたの? ほんと、今日はなんか別の人みたいね」
 聡子は嬉しそうに笑って、腕を絡める。いやまあ、ほんとにかわいいから。白いロングのワンピースと、ピンクのストール。ふわふわして、てるてる坊主みたいだ、とか余計なこと言うとダメなんだよな。
「今日は1日、お休みなの?」
「ああ、ゆっくりできるよ。呼び出しもない……はずだ」
「ふふ、期待しないでおくね」
 デートのたびに、呼び出されては、途中で解散。家に送ってやることもできない。それでも、聡子は嫌な顔ひとつしない。いつも笑顔で見送ってくれる。そのたびに俺は、聡子のことが大切になっていく。
「キレイに撮れてるでしょ?」
「うん、いいね、上手く撮れてる」
 ベンチに座って、春風に吹かれて、聡子がもたれかかってくる。髪の匂いが鼻にかかって、肩を抱き寄せた。
「まったりね、こういうの好き」
 無邪気に笑う聡子が愛おし過ぎて、俺としたことが……人前でキスとかしてしまった。
「……びっくりした」
 聡子は驚いた目で俺を見て、耳元でささやいた。
「もっかいして」
「また後でな」
 なんてかっこつけたけど、心臓が飛び出そうなくらいドキドキしてる。
 さあ、そろそろディナーだ。予約は6時からだからな、いよいよだ。
「何たべよっか」
 いつものように、スマホで検索してるけど、今日は違うんだよなあ。
「あのさ、今日は、予約してあるんだよ」
「えっ、そうなんだ! わあ、何? 何たべるの?」
「たまには、ちょっと贅沢。フレンチとかどう?」
「フレンチ! 素敵、楽しみね!」
 フレンチ、なんて言葉、日常会話で使う日がくるとは思わなかった。さらっと言えるまで、何回練習したことか。

 予約したのは、人気のホテルのレストラン。東京の夜景が一望できる。聡子は少し興奮したように、窓からの景色を食い入るように見てる。
「すごーい、素敵ね。ねえ、私、服これでよかった? なんか浮いてない?」
「大丈夫、一番キレイだよ」
 俺の言葉に聡子は顔を赤くして、恥ずかしそうに笑った。
 料理が運ばれてくるたび、聡子は写真を撮って、いちいち見せてくる。うーん、同じもの食ってるから、俺にも見えてるよ。周りを見ると、他の女も同じようなことをしている。なんかの儀式なのか?
「この写真、どうするの?」
「どうもしないよ」
 どうもしない! 俺にはもう理解不能だ、何が楽しいのか。にしても、慣れないフレンチに、緊張で、味なんかほとんどわからないし、酒もチビチビで、もう早く終わってくれ、とジャケットの指輪ばかり気にしている。
「わあ、なに?」
 突然目の前に薔薇の花が現れて、タキシードの男が、聡子に差し出した。
「素敵な時間を」
 気取ってそう言って、テーブルマジックが始まった。マジシャンは器用にコインを消したり、カードのマークを変えたり。へえ、大したもんだ、でも、俺こういうの、すぐわかっちまうんだよなあ、刑事の悲しい性だ。
「すごかったね、こんな近くで見ても全然わかんなかった」
「そうだな、俺もわかんなかったよ」
「ねえ、マジックで思い出した、入院してた時のこと」
「ああ、あの時?」
「そう、あの時ね、一真は出張でいなかったでしょ? 私、一真に会いたいって、そればっかり考えてたら、夢を見たの」
「夢? 俺の?」
「うん、一真がね人混みの中にいるから、私、一生懸命呼ぶの。でも、一真ったら、全然違う女の人に声かけて、不審者みたいな目で見られちゃって、思わず笑っちゃった」
 まじか、それって……
「結局会えないままだったんだけど、大丈夫? て、一真の声が聞こえた。変な夢よね」
 やっぱりそうだ。聡子はサイキッカーなんだ。そういうの、結構信じてしまう俺は、変なことを考えないように気をつけようと思う。
 メインが終わって、次はデザート、そろそろだ。
「美味しかったね、次、デザート?」
「ああ、そうだな、まだ食べれる?」
 大丈夫、と笑う聡子に、手が震える。ああ、緊張で、心臓まで震えてるよ、って違う! 御堂から電話じゃねえか!
「ご、ごめん、ちょっと電話だわ、すぐ戻るから」
 そそくさと店を出て、電話スペースへ。
「なんだ、事件か?」
「ううん、今どんな感じかなーっと思って。そろそろデザートでしょ?」
「そうだよ、わかってんなら電話なんかしてくんなよ」
「できそう、あれ?」
「たぶんな、段取り通りには進んでる」
 ふーん、と御堂は気のない返事をして、ガサガサと紙の音がした。
「あのさあ、書類に印鑑抜けてるって返ってきたんだよ。押しとくけど、いいよね?」
「急ぎか?」
「そうみたい」
「スーツ代じゃねえだろうな」
「違うよ、これは……中ちゃんの有給申請の書類だ」
「そうか、じゃあ悪いけど押しといてくれ。引き出しの右の方に入ってる」
「あったあった、じゃあ、がんばってね」
 有給の申請書なんかあったかな、まあいいか。さて、ここからフィニッシュだ、1発で決めないとな。
 テーブルに戻ると、聡子は誰かにメッセージを返信していた。
「おかえりなさい……なにかあったの?」
 そんな不安な目で見るなよ。そうだよなあ、いつも、こうだもんな。
「いや、事務連絡、大したことじゃない」
 さあ来た! 来たよ、ついに、ケーキ、じゃなくて、これを渡す時が!
「わあ、かわいい!」
 ほら、早く写真を撮れ。そんな儀式どうでもいいから。
「うーん、なんかうまく撮れない」
 しょうがねえな、俺の撮影スキルで……
「これでどう?」
「すごーい、写真撮るの上手ね」
 俺もカニで知った才能だよ、そして、もうそんなことどうでもいいから!
「食べようか」
「うん、いただきまーす、ってコースの時って何回も言っちゃうよね」
 美味しいね、と満足気に笑う聡子に、ジャケットのポケットに手をやって……
「あ、ああ、あのさ」
「なに?」
「聡子、話があって……」
「うん、どうしたの?」
 これを、と言いかけた時、店の照明が落ちた。なんだ? まもなくハッピーバースデイの生演奏が始まって、花火のついたケーキを店員が運んでいく。しまった……他にもいたのか、サプライズ野郎が! 喜んでる女に、男は跪いて、指輪を差し出した。それ、俺がやるやつだから! 
「素敵ね」
 指輪を受け取って、抱き合う2人に店中から拍手が起こって、聡子も感動してるらしい。
「こういうの、初めて見た」
 ああ、ダメだ。この後は……さすがの俺も、タイミングが違うことくらいわかる。
「よかったな、幸せになるといいなあ」
 味のしないケーキを食べて、そのまま、帰らないところが今日の俺だ。こんなこともあろうかと、次のプランは段取り済みだ。
「聡子、上にバーがあるんだけど、もうちょい飲まないか?」
「うん、行く! 一真とゆっくりお酒飲むの、初めてね」
 いつもは仕事のことが気なって、酒なんかゆっくり飲める状態じゃないからなあ。でも今夜は違う、このあとはお泊まりプランだからな。
 御堂が言ってたけど、ほんとに女は高いとろと夜景が好きらしい。最上階のショットバーからの夜景に、また一段と興奮してるようだ。
「こんなとこ、初めて来た。よく来るの?」
 な、わけねえだろ、俺も初めてだけど、ここはちょっとくらい、カッコつけねえとな。
「たまに来るかなあ」
「かっこいいんだ、今日の一真、ほんとかっこいい」
 よし、いい雰囲気だ。できれば酒の力は借りたくない、ここらへんで……
「聡子、あのさ……」
 少し酒がまわってるのか、目が潤んだ聡子にクラッと来て、アレを出そうとしたとき……
「え? なに?」
 ガシャンとガラスが割れる音がして、店の客たちがざわざわ始める。今度はなんなんだよ! 奥を見ると、どうやら若いカップルのケンカが始まったらしい。
「お客様、落ち着いてください……」
 慌ててバーテンが止めに入るけど、酒のせいか、2人はヒートアップ。女の平手が入って、つかみ合いになってる。
「ねえ、大変、止めてあげて」
 ええ! 俺がか! 非番なのに……
「わかったよ、ちょっと行ってくる」
 しょうがねえな、24時間おまわりさんだもんなあ。
「あー、ちょっといいかな」
「なんだおっさん! 関係ねえだろ!」
 おっさんだと? 逮捕してやろうか!
「まあまあ、この店さ、そういう店じゃないから、ほら、みんな迷惑してる」
「うるせえ!」
 相当酔ってるのか、男は殴りかかってきて、あんまりこういうのはやりたくないんだけど、軽く腕を固めて、警察手帳を見せてやった。
「これ以上やるとさ、逮捕しないといけなくなるんだよね」
 男は青くなって、すみません、とおとなしくなった。なんだ、もう終わりかよ、根性のないやつだ。
「彼女も同じだからね、気をつけて」
 2人はすごすごと店を出て行く。オーナーらしき男が頭を下げて、周りからは拍手が……
そんな大したことはしてないけど、カウンターには目をキラキラさせた聡子が待っていた。
「かっこよすぎ! 向こうの席の人がね、カレシかっこいいね、なんて言ってきたのよ、あー、めっちゃかっこよかった、また好きになっちゃった!」
「そ、そうか? まあ、良かったよ……」
 こんなこと、日常過ぎて、日報にも書かないレベルだ。聡子はよほど興奮してるのか、お喋りが止まらなくて、珍しく関西弁まで出してる。そもそも、こういうシーン、自分だって経験してるだろう、止められる方で。
 とにかく、もうダメだ。そんな雰囲気じゃなくなってしまった。ここで決めるつもりだったのに……帰りのエレベーターで、代行を呼ぶか、ひとりで泊まるか、ぼんやり考えていると、ねえ、と甘えた声で聡子が腕を引っ張った。
「もう帰るの?」
「ああ、どっか行きたいとこある?」
「うーん……」
 唇を少し尖らせてる。こういうときは、何か言いたいことがあるときだ。
「トイレ?」
「ちがうし!」
「じゃあなに、わかってんだろ? 俺はわかんないやつだって」
 聡子の腕が腰に巻きついて、なんだ、こんなことするの、珍しいなあ。
「行きたいとこあるなら言いなよ」
「……今夜は一緒にいたい」
 え、今なんて?
「ど、どういうこと……」
「バカ、そんなこと言わせないで」
 上がってきたエレベーターは、空のまま、降りて行ってしまった。
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