Dusty Eyes

葉月零

文字の大きさ
27 / 29
愛しき傷

愛しき傷(5)

しおりを挟む
 一緒にいたいってことは、アレか、その、そういうこともいいってことか、いや、そうじゃなくて、まずはアレを決行しねえと。
「朝まで……一緒にいたいな」
 唇を尖らせて呟く聡子の手を握って、エレベーターのボタンを押した。
「予約、してるんだよ」
「予約? なんの?」
「その……部屋の……」
「部屋? お部屋、とってくれてるの?」
「ああ、俺も一緒にいたくて」
 心臓が止まるんじゃないかってくらいバクバクいってる。
「嬉しい!」
「お、おい、こんなとこで……」
 抱きついた瞬間、エレベーターのドアが開いて、降りてきた客が気まずそうに会釈していく。
「いいじゃない、早く行こうよ」

 予約した部屋は、公務員の俺、ギリギリのセミスウィート。おおー、テレビでしかみたことなかったけど、こんな部屋なのか、すげえな、泊まるだけなのに、こんなにスペースいるか?
「わあ、素敵……夢みたい。こんなお部屋初めて!」
 俺だって初めてだよ。泊まるとしたらベッドとデスクしかないビジネスホテルだからな。
「気に入ってくれた?」
「うん、とっても! ありがとう、ほんとに嬉しい!」
 興奮した様子でキスをくれて、ベッドに身を投げた。
「ねえみて、寝転んだまま、夜景が見えるよ」
 思わず体を重ねそうになるけど、ダメだ、まだそうじゃない。俺にはまだやるべきことがある。
「のど渇いちゃった、お水、飲んでいい?」
 そうだ、泊まるならもうちょい飲んでもいいかな……
「なんか頼もうか、シャンパンとか」
「ルームサービス? なんか贅沢すぎない?」
「たまにはいいだろ、いつも安い店しか連れてってやれてないしさ」
 なんて、ルームサービスなんて頼んだことあるわけない。予習しておいてよかった、御堂先生、ありがとう。
「ルームサービスでシャンパンなんて、プリティウーマンみたいね」
 それ、なんだっけ、聞いたことあるけど……
「悪と戦うやつ?」
「戦わないよ、ラブストーリーだもん。映画だとね、シャンパンとイチゴなのよ」
 なんだその洒落た組み合わせは! そもそも、酒には塩っ辛いものだろう。
「リチャードギアがね、美味しいよって勧めるんだけど、ジュリアロバーツはふうんって感じなの」
 なんのことかさっぱりわからん。たぶん、俺も、ふうん、だな。
「あっ、チョコレートがある。ねえ、チョコ食べたい」
 酒と甘いものか……俺にはない味覚だ。
 しばらくして、ボーイがシャンパンとチョコレートを持ってきた。派手にシャンパンを開ける様子を、聡子は大喜びで動画を撮って、パキッといきそうなグラスで乾杯。
「美味しいね」
 聡子はチョコレートを美味しそうに口に放り込んで満足そうに笑う。その顔、たまんないなあ。
「はい、あーん」
 あーん、をすると、口にチョコレートを入れてくれたけど、あ、甘い……こんな甘いもん、よくバクバク食えるな。シャンパンで流し込んで、空になったグラスに、聡子が注いでくれる。待て、これ以上はダメだ。酒がまわり始めてる。先に、アレを……
「うーん、幸せ~」
 幸せか、俺も幸せだよ、だけど、これからはもっと幸せにしてみせる。聡子、絶対、幸せにするからな。
「聡子、話がある」
「うん? なあに?」
 酔いがまわっているのか、呂律が甘い。
「はい、あーん」
「チョコレートは、また後で……大事な話だから、聞いてくれ」
 俺のトーンに、聡子はふと俯いて、耳を塞いだ。
「嫌な話なら、聞きたくない」
「そうじゃないよ、聡子……そんな話じゃない」
 聡子は渋々手を離して、シャンパンを飲み干した。
「なに?」
「……聡子、ずっと、ずっと考えてたんだけど……」
 不安な目で俺を見て、両手を握りしめてる。
「一緒に暮らさないか」
「一緒に?」
「ああ、一緒に……そうすれば、もっとふたりの時間も増えるだろう。寂しい思いをさせてるってわかってる。デートもろくにできないし、いつも仕事で聡子のこと、ほったらかしになってる。悪いと思ってるんだよ」
 俺は、どこかで、聡子はうん、と、嬉しいって俺に抱きついて、喜ぶって確信してたのかもしれない。でも、聡子は俯いたまま、首を横に振った。
「それは、できないわ」
 う、嘘だろ……まさか、こんな展開になるとは……
「ま、まだ、早いか……」
「時間とか、関係ない。このままでいい」
 見たことのないくらい、険しい横顔で、聡子はそう言った。
「聡子、言ったよな、俺は本気だって。本気だから、ケジメはつけたいと思ってる、遊びの恋愛は……」
「私は殺人犯なの。知ってるわ、今でも、一真が職場でいろいろ言われてること。生活を一緒にするなんて、絶対ダメよ、これ以上、あなたに迷惑はかけられない。もう、私のせいで大切な人を傷付けたくないの、人生を奪いたくないの。私とあなたでは、やっぱり……」
 唇を噛み締めて、震えた声で続ける。
「私もね、ずっと考えてた。やっぱり……ダメだって、一真に甘えてばっかりで……私……もう、いない方がいいって」
「俺とは、やっていけないってことか」
「そうじゃない! そうじゃないの……でも……私、一真にもらってばっかりで、何も返せない。それどころか迷惑かけて……わかってるのよ、前科があると、警察官とは……ダメなんでしょう……ごめんなさい、やっぱり、別れた方がいい」
 握りしめた両手はガタガタと震えて、必死で涙を堪えてる。バカだな、ほんとに。中津が言ってたっけ、似たもの同士って。そうかもしれないな、変なとこで頑固で、ひとりで背負い込んで……でも、聡子、俺たちはもう、ひとりじゃない。俺たちは、ふたりなんだよ。
「俺とじゃ、幸せになれないか」
「……わかんない」
「なあ聡子、おまえといると、俺……ああ、これが幸せなんだなって、初めて……おまえが教えてくれたんだよ。おまえと、ふたりでいたいんだよ」
「私、ひとりでいいの。ふたりなんて……ひとりの方が気楽なの」
「なんでそんな強がるんだよ」
「強がってなんかない!」
「強がってるよ、聡子、おまえは、そんなに強くない。いつも寂しくて、怖くて、ひとりでなんか生きられない、そうだろう?」
「私は……幸せになっちゃいけないの」
「俺も同じだと言っただろう……俺たちは、それぞれバカみたいに重い十字架を背負ってる。これからはさ、おまえのその十字架、俺にも背負わせてくれよ。かわりに、俺の十字架も、背負ってくれないか」
 ジャケットのポケットから、やっと、アレを差し出した。
「一緒に生きようか」
「これ……」
「開けてよ」
 震える火傷の痕の指で、聡子はリボンを解いて、ケースを開けた。
「一真が選んでくれたの?」
「まあな」
 ダイヤと小さなルビーがデザインされた、プラチナリング。御堂は別のデザインがいいって言ったけど、俺は絶対、これだけは譲らなかった。
「聡子に似合うと思って。受け取ってくれ」
「でも……一真、立場が……もっと悪くなるよね……」
「そんな立場、いつでも捨ててやるさ。覚悟はあると言っただろ? おまえを失うくらいなら、警察官なんていつでも辞めてやるよ」
「本当にいいの? もらっていいの? 私、目も見えないし、体も傷だらけだよ……犯罪者だよ」
「全部知ってるさ。聡子、結婚しよう。ふたりで……幸せになろう」
 聡子は俺の胸に顔を埋めて、うん、と頷いた。
「顔見せて」
 ずっと流れる涙を拭って、左の薬指に指輪を通してやった。
「よく似合うよ」
「キレイ……とっても……ダイヤなんて、私にダイヤなんて……まだ信じられない」
「愛してる、聡子」
 ゆっくりキスを交わして、シャンパンで乾杯。
「写真、撮ろうか」
「あっ、ダメ、メイクなおさないと」
「そのままでいいよ、充分、きれいだから」
 俺たちは、あかくなった目で、写真を撮った。スマホの中の聡子は、まるであの古い写真の少女のように笑っていて、俺も……やばいな、俺、こんな顔して笑うんだ。
「ありがとう、一真……私……幸せよ」
「そうか、よかった。これからは、もっと幸せにするからな」
 ふと、聡子は指輪を見つめて、目を閉じた。たぶん……他の誰かのことを思い出したんだろう。
 付き合い始めてわかったけど、聡子は無意識に、あの昔の恋人と俺を重ねている。もしかすると、俺はあいつの代わりなのかもしれない。俺とよく似た、あの男と……それでも構わない。聡子が笑うなら、幸せだと思ってくれるなら。
「夜景、見たいな」
 小声で呟いて、恥ずかしそうに、俺の手を握った。
「いこうか」
 抱き上げた聡子は、思った以上に軽い。ベッドに下ろすと、ロングスカートが少しめくれて、足の傷が見えた。
 枕元には夜景が広がる。ゆっくりと体を重ねて、長く、深く、キスを交わす。
「聡子……」
 ファスナーに手をかけた俺に、聡子は、躊躇うように言った。
「……体中にね、火傷の痕があるの……」
「見せてくれ」
 痩せた白い肌には、赤い火傷の痕が目立つ。
「気持ち悪いでしょ……」
「そんなわけないだろう」
 ひとつひとつ、傷にキスをする。そのたびに、聡子の悲しみが伝わってくるようで、俺は聡子が愛おしくて、どうしようもなくなっている。
「この傷も、過去も今も未来も、全部、愛してるから」
 最後に、光を失った左目にキスをして、俺たちは肌を合わせる。あの夜は、感情任せだったけど、今夜は違う。壊れそうな聡子を優しく、でも、熱く。仔猫のように甘える聡子を、これから何度抱くんだろう。
「ねえ……」
「うん? なに……」
「……ずっとしてないの」
「そう……優しくする……力抜いて……」
 聡子の中で、聡子を感じる。セックスって、こんなによかったのか、ろくでもないセックスしかしてなかった俺は、最高に聡子を感じている。
「かわいいよ、もっと甘えて」
 俺の言葉に、聡子は強く俺の背中を抱きしめて、掠れた、甘い声で聞いた。
「一真……私のこと、好き?」
 あの夜は、ちゃんと答えられなかったけど、今は違う。今は、はっきり、自信を持って言える。
「好きだよ、聡子、愛してる」
 聡子は色っぽく微笑んで、半開きの唇で呟いた。
「私も……一真……愛してる……」

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

手を伸ばした先にいるのは誰ですか~愛しくて切なくて…憎らしいほど愛してる~【完結】

まぁ
恋愛
ワイン、ホテルの企画業務など大人の仕事、そして大人に切り離せない恋愛と… 「Ninagawa Queen's Hotel」 若きホテル王 蜷川朱鷺  妹     蜷川美鳥 人気美容家 佐井友理奈 「オークワイナリー」 国内ワイナリー最大手創業者一族 柏木龍之介 血縁関係のない兄妹と、その周辺の何角関係…? 華やかな人々が繰り広げる、フィクションです。

とっていただく責任などありません

まめきち
恋愛
騎士団で働くヘイゼルは魔物の討伐の際に、 団長のセルフイスを庇い、魔法陣を踏んでしまう。 この魔法陣は男性が踏むと女性に転換するもので、女性のヘイゼルにはほとんど影響のない物だった。だか国からは保証金が出たので、騎士を辞め、念願の田舎暮らしをしようとしたが!? ヘイゼルの事をずっと男性だと思っていたセルフイスは自分のせいでヘイゼルが職を失っただと思って来まい。 責任を取らなければとセルフイスから、 追いかけられる羽目に。

あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます

おぜいくと
恋愛
「あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます。さようなら」 そう書き残してエアリーはいなくなった…… 緑豊かな高原地帯にあるデニスミール王国の王子ロイスは、来月にエアリーと結婚式を挙げる予定だった。エアリーは隣国アーランドの王女で、元々は政略結婚が目的で引き合わされたのだが、誰にでも平等に接するエアリーの姿勢や穢れを知らない澄んだ目に俺は惹かれた。俺はエアリーに素直な気持ちを伝え、王家に代々伝わる指輪を渡した。エアリーはとても喜んでくれた。俺は早めにエアリーを呼び寄せた。デニスミールでの暮らしに慣れてほしかったからだ。初めは人見知りを発揮していたエアリーだったが、次第に打ち解けていった。 そう思っていたのに。 エアリーは突然姿を消した。俺が渡した指輪を置いて…… ※ストーリーは、ロイスとエアリーそれぞれの視点で交互に進みます。

前の野原でつぐみが鳴いた

小海音かなた
恋愛
鶫野鹿乃江は都内のアミューズメント施設で働く四十代の事務職女性。ある日職場の近くを歩いていたら、曲がり角から突然現れた男性とぶつかりそうになる。 その夜、突然鳴った着信音をたどったらバッグの中に自分のものではないスマートフォン入っていて――?! 『ほんの些細な偶然から始まるラブストーリー』。そんなありきたりなシチュエーションにもかかわらず、まったく異なる二人の立場のせいで波乱含みな恋愛模様をもたらしていく――。

助けた騎士団になつかれました。

藤 実花
恋愛
冥府を支配する国、アルハガウンの王女シルベーヌは、地上の大国ラシュカとの約束で王の妃になるためにやって来た。 しかし、シルベーヌを見た王は、彼女を『醜女』と呼び、結婚を保留して古い離宮へ行けと言う。 一方ある事情を抱えたシルベーヌは、鮮やかで美しい地上に残りたいと思う願いのため、異議を唱えず離宮へと旅立つが……。 ☆本編完結しました。ありがとうございました!☆ 番外編①~2020.03.11 終了

ドリンクバーさえあれば、私たちは無限に語れるのです。

藍沢咲良
恋愛
同じ中学校だった澄麗、英、碧、梨愛はあることがきっかけで再会し、定期的に集まって近況報告をしている。 集まるときには常にドリンクバーがある。飲み物とつまむ物さえあれば、私達は無限に語り合える。 器用に見えて器用じゃない、仕事や恋愛に人付き合いに苦労する私達。 転んでも擦りむいても前を向いて歩けるのは、この時間があるから。 〜main cast〜 ・如月 澄麗(Kisaragi Sumire) 表紙右から二番目 age.26 ・山吹 英(Yamabuki Hana) 表紙左から二番目 age.26 ・葉月 碧(Haduki Midori) 表紙一番右 age.26 ・早乙女 梨愛(Saotome Ria) 表紙一番左 age.26 ※作中の地名、団体名は架空のものです。 ※この作品はエブリスタ、小説家になろうでも連載しています。

「やはり鍛えることは、大切だな」

イチイ アキラ
恋愛
「こんなブスと結婚なんていやだ!」  その日、一つのお見合いがあった。  ヤロール伯爵家の三男、ライアンと。  クラレンス辺境伯家の跡取り娘、リューゼットの。  そして互いに挨拶を交わすその場にて。  ライアンが開幕早々、ぶちかましたのであった。  けれども……――。 「そうか。私も貴様のような生っ白くてか弱そうな、女みたいな顔の屑はごめんだ。気が合うな」

~春の国~片足の不自由な王妃様

クラゲ散歩
恋愛
春の暖かい陽気の中。色鮮やかな花が咲き乱れ。蝶が二人を祝福してるように。 春の国の王太子ジーク=スノーフレーク=スプリング(22)と侯爵令嬢ローズマリー=ローバー(18)が、丘の上にある小さな教会で愛を誓い。女神の祝福を受け夫婦になった。 街中を馬車で移動中。二人はずっと笑顔だった。 それを見た者は、相思相愛だと思っただろう。 しかし〜ここまでくるまでに、王太子が裏で動いていたのを知っているのはごくわずか。 花嫁は〜その笑顔の下でなにを思っているのだろうか??

処理中です...