Dusty Eyes

葉月零

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愛しき傷

愛しき傷(5)

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 一緒にいたいってことは、アレか、その、そういうこともいいってことか、いや、そうじゃなくて、まずはアレを決行しねえと。
「朝まで……一緒にいたいな」
 唇を尖らせて呟く聡子の手を握って、エレベーターのボタンを押した。
「予約、してるんだよ」
「予約? なんの?」
「その……部屋の……」
「部屋? お部屋、とってくれてるの?」
「ああ、俺も一緒にいたくて」
 心臓が止まるんじゃないかってくらいバクバクいってる。
「嬉しい!」
「お、おい、こんなとこで……」
 抱きついた瞬間、エレベーターのドアが開いて、降りてきた客が気まずそうに会釈していく。
「いいじゃない、早く行こうよ」

 予約した部屋は、公務員の俺、ギリギリのセミスウィート。おおー、テレビでしかみたことなかったけど、こんな部屋なのか、すげえな、泊まるだけなのに、こんなにスペースいるか?
「わあ、素敵……夢みたい。こんなお部屋初めて!」
 俺だって初めてだよ。泊まるとしたらベッドとデスクしかないビジネスホテルだからな。
「気に入ってくれた?」
「うん、とっても! ありがとう、ほんとに嬉しい!」
 興奮した様子でキスをくれて、ベッドに身を投げた。
「ねえみて、寝転んだまま、夜景が見えるよ」
 思わず体を重ねそうになるけど、ダメだ、まだそうじゃない。俺にはまだやるべきことがある。
「のど渇いちゃった、お水、飲んでいい?」
 そうだ、泊まるならもうちょい飲んでもいいかな……
「なんか頼もうか、シャンパンとか」
「ルームサービス? なんか贅沢すぎない?」
「たまにはいいだろ、いつも安い店しか連れてってやれてないしさ」
 なんて、ルームサービスなんて頼んだことあるわけない。予習しておいてよかった、御堂先生、ありがとう。
「ルームサービスでシャンパンなんて、プリティウーマンみたいね」
 それ、なんだっけ、聞いたことあるけど……
「悪と戦うやつ?」
「戦わないよ、ラブストーリーだもん。映画だとね、シャンパンとイチゴなのよ」
 なんだその洒落た組み合わせは! そもそも、酒には塩っ辛いものだろう。
「リチャードギアがね、美味しいよって勧めるんだけど、ジュリアロバーツはふうんって感じなの」
 なんのことかさっぱりわからん。たぶん、俺も、ふうん、だな。
「あっ、チョコレートがある。ねえ、チョコ食べたい」
 酒と甘いものか……俺にはない味覚だ。
 しばらくして、ボーイがシャンパンとチョコレートを持ってきた。派手にシャンパンを開ける様子を、聡子は大喜びで動画を撮って、パキッといきそうなグラスで乾杯。
「美味しいね」
 聡子はチョコレートを美味しそうに口に放り込んで満足そうに笑う。その顔、たまんないなあ。
「はい、あーん」
 あーん、をすると、口にチョコレートを入れてくれたけど、あ、甘い……こんな甘いもん、よくバクバク食えるな。シャンパンで流し込んで、空になったグラスに、聡子が注いでくれる。待て、これ以上はダメだ。酒がまわり始めてる。先に、アレを……
「うーん、幸せ~」
 幸せか、俺も幸せだよ、だけど、これからはもっと幸せにしてみせる。聡子、絶対、幸せにするからな。
「聡子、話がある」
「うん? なあに?」
 酔いがまわっているのか、呂律が甘い。
「はい、あーん」
「チョコレートは、また後で……大事な話だから、聞いてくれ」
 俺のトーンに、聡子はふと俯いて、耳を塞いだ。
「嫌な話なら、聞きたくない」
「そうじゃないよ、聡子……そんな話じゃない」
 聡子は渋々手を離して、シャンパンを飲み干した。
「なに?」
「……聡子、ずっと、ずっと考えてたんだけど……」
 不安な目で俺を見て、両手を握りしめてる。
「一緒に暮らさないか」
「一緒に?」
「ああ、一緒に……そうすれば、もっとふたりの時間も増えるだろう。寂しい思いをさせてるってわかってる。デートもろくにできないし、いつも仕事で聡子のこと、ほったらかしになってる。悪いと思ってるんだよ」
 俺は、どこかで、聡子はうん、と、嬉しいって俺に抱きついて、喜ぶって確信してたのかもしれない。でも、聡子は俯いたまま、首を横に振った。
「それは、できないわ」
 う、嘘だろ……まさか、こんな展開になるとは……
「ま、まだ、早いか……」
「時間とか、関係ない。このままでいい」
 見たことのないくらい、険しい横顔で、聡子はそう言った。
「聡子、言ったよな、俺は本気だって。本気だから、ケジメはつけたいと思ってる、遊びの恋愛は……」
「私は殺人犯なの。知ってるわ、今でも、一真が職場でいろいろ言われてること。生活を一緒にするなんて、絶対ダメよ、これ以上、あなたに迷惑はかけられない。もう、私のせいで大切な人を傷付けたくないの、人生を奪いたくないの。私とあなたでは、やっぱり……」
 唇を噛み締めて、震えた声で続ける。
「私もね、ずっと考えてた。やっぱり……ダメだって、一真に甘えてばっかりで……私……もう、いない方がいいって」
「俺とは、やっていけないってことか」
「そうじゃない! そうじゃないの……でも……私、一真にもらってばっかりで、何も返せない。それどころか迷惑かけて……わかってるのよ、前科があると、警察官とは……ダメなんでしょう……ごめんなさい、やっぱり、別れた方がいい」
 握りしめた両手はガタガタと震えて、必死で涙を堪えてる。バカだな、ほんとに。中津が言ってたっけ、似たもの同士って。そうかもしれないな、変なとこで頑固で、ひとりで背負い込んで……でも、聡子、俺たちはもう、ひとりじゃない。俺たちは、ふたりなんだよ。
「俺とじゃ、幸せになれないか」
「……わかんない」
「なあ聡子、おまえといると、俺……ああ、これが幸せなんだなって、初めて……おまえが教えてくれたんだよ。おまえと、ふたりでいたいんだよ」
「私、ひとりでいいの。ふたりなんて……ひとりの方が気楽なの」
「なんでそんな強がるんだよ」
「強がってなんかない!」
「強がってるよ、聡子、おまえは、そんなに強くない。いつも寂しくて、怖くて、ひとりでなんか生きられない、そうだろう?」
「私は……幸せになっちゃいけないの」
「俺も同じだと言っただろう……俺たちは、それぞれバカみたいに重い十字架を背負ってる。これからはさ、おまえのその十字架、俺にも背負わせてくれよ。かわりに、俺の十字架も、背負ってくれないか」
 ジャケットのポケットから、やっと、アレを差し出した。
「一緒に生きようか」
「これ……」
「開けてよ」
 震える火傷の痕の指で、聡子はリボンを解いて、ケースを開けた。
「一真が選んでくれたの?」
「まあな」
 ダイヤと小さなルビーがデザインされた、プラチナリング。御堂は別のデザインがいいって言ったけど、俺は絶対、これだけは譲らなかった。
「聡子に似合うと思って。受け取ってくれ」
「でも……一真、立場が……もっと悪くなるよね……」
「そんな立場、いつでも捨ててやるさ。覚悟はあると言っただろ? おまえを失うくらいなら、警察官なんていつでも辞めてやるよ」
「本当にいいの? もらっていいの? 私、目も見えないし、体も傷だらけだよ……犯罪者だよ」
「全部知ってるさ。聡子、結婚しよう。ふたりで……幸せになろう」
 聡子は俺の胸に顔を埋めて、うん、と頷いた。
「顔見せて」
 ずっと流れる涙を拭って、左の薬指に指輪を通してやった。
「よく似合うよ」
「キレイ……とっても……ダイヤなんて、私にダイヤなんて……まだ信じられない」
「愛してる、聡子」
 ゆっくりキスを交わして、シャンパンで乾杯。
「写真、撮ろうか」
「あっ、ダメ、メイクなおさないと」
「そのままでいいよ、充分、きれいだから」
 俺たちは、あかくなった目で、写真を撮った。スマホの中の聡子は、まるであの古い写真の少女のように笑っていて、俺も……やばいな、俺、こんな顔して笑うんだ。
「ありがとう、一真……私……幸せよ」
「そうか、よかった。これからは、もっと幸せにするからな」
 ふと、聡子は指輪を見つめて、目を閉じた。たぶん……他の誰かのことを思い出したんだろう。
 付き合い始めてわかったけど、聡子は無意識に、あの昔の恋人と俺を重ねている。もしかすると、俺はあいつの代わりなのかもしれない。俺とよく似た、あの男と……それでも構わない。聡子が笑うなら、幸せだと思ってくれるなら。
「夜景、見たいな」
 小声で呟いて、恥ずかしそうに、俺の手を握った。
「いこうか」
 抱き上げた聡子は、思った以上に軽い。ベッドに下ろすと、ロングスカートが少しめくれて、足の傷が見えた。
 枕元には夜景が広がる。ゆっくりと体を重ねて、長く、深く、キスを交わす。
「聡子……」
 ファスナーに手をかけた俺に、聡子は、躊躇うように言った。
「……体中にね、火傷の痕があるの……」
「見せてくれ」
 痩せた白い肌には、赤い火傷の痕が目立つ。
「気持ち悪いでしょ……」
「そんなわけないだろう」
 ひとつひとつ、傷にキスをする。そのたびに、聡子の悲しみが伝わってくるようで、俺は聡子が愛おしくて、どうしようもなくなっている。
「この傷も、過去も今も未来も、全部、愛してるから」
 最後に、光を失った左目にキスをして、俺たちは肌を合わせる。あの夜は、感情任せだったけど、今夜は違う。壊れそうな聡子を優しく、でも、熱く。仔猫のように甘える聡子を、これから何度抱くんだろう。
「ねえ……」
「うん? なに……」
「……ずっとしてないの」
「そう……優しくする……力抜いて……」
 聡子の中で、聡子を感じる。セックスって、こんなによかったのか、ろくでもないセックスしかしてなかった俺は、最高に聡子を感じている。
「かわいいよ、もっと甘えて」
 俺の言葉に、聡子は強く俺の背中を抱きしめて、掠れた、甘い声で聞いた。
「一真……私のこと、好き?」
 あの夜は、ちゃんと答えられなかったけど、今は違う。今は、はっきり、自信を持って言える。
「好きだよ、聡子、愛してる」
 聡子は色っぽく微笑んで、半開きの唇で呟いた。
「私も……一真……愛してる……」

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