Dusty Eyes

葉月零

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愛しき傷

愛しき傷(6)

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 枕元でスマホが震える。無意識に電話をとって、画面表示は、やっぱりな、御堂か。時間は午前5時、相変わらず、早朝から物騒な世の中だ。コールはそのまま切れて、薄暗いベッドの中で、まだ眠る聡子の寝顔を確認した。俺の腕で眠る聡子は、微かに寝息をたてて、すこし、マスカラが落ちている。
「おはよう」
 耳元で囁いて、軽くキスをして、そっと腕を抜いた。電話を持ってバスルームに移動すると、また震え始める。はいはい、出ますから。
「はい、辰巳」
「おっはよー、ご機嫌いかが?」
「この電話に起こされたとこだ」
「今どこ?」
「ホテルに決まってんだろ」
「へえ、てことは、聡子ちゃんも一緒なわけ?」
「他の女と一緒だと問題だろう」
 御堂は軽く口笛を吹いて、現場の住所を送ると言った。
 バスルームは思ったより遥かに豪華で、ガラス張りのジャグジー。ああ、聡子と一緒に入りかたったなあ……まあ、これからいくらでも入れるか。熱いシャワーで眠気と酒を抜いて、さあ、仕事だ。ヒゲも剃って、髪も整えて。鏡に映った俺は、やっぱりいい体。俺もまだすてたもんじゃないか? なんてな。
 ああ、そうだ、聡子のこと、また送ってやれないな、タクシー代、置いていくか。ここなら絶対気がつくだろう。バスタオルの下に挟んで、メモにタクシー代って……書かなくていいか、後でメールでもすればいいよな。
 部屋のドアを静かに開けると、聡子がベッドに座っていた。
「ごめん、起こしたか?」
「ううん……目が覚めたらいないから、夢かと思ったの」
「夢じゃないよ、ほら、指輪もある」
 ほんとだって笑って、俺たちは、初めての、おはようのキス。
「お仕事?」
「そうなんだよ、ごめんな、送ってやれなくて。まだ早いからゆっくりしてなよ」
「うん……寂しいけど、仕方ないよね」
 聡子はガウンを羽織って、いつものように、いってらっしゃいのキスをしてくれた。
「気をつけてね」
「ああ、いってきます。そうだ、部屋、どんなとこがいいか考えといて。それと……またゆっくり話すけど、もう仕事、辞めなよ」
「でも……」
「体もつらいだろう。しばらくゆっくりして、体調もよくなったら、なんか好きなことすればいい。そんな顔するなって、大丈夫、贅沢はさせてやれないけど、普通に生活するくらい、俺も稼いでるんだぜ? たまに、こんなスペシャルくらいはできるから」
 俺は笑ったけど、聡子は少し曇った顔をした。
「一真……」
「なんだ?」
「ずっと一緒よね」
「もちろんだよ、ずっと一緒だ」
 その時は、なぜそんなことを聡子が言ったのかはわからなかった。
「よかった、いってらっしゃい」
「そうだ、風呂、すげえから、絶対入っほうがいい」
 うん、と笑って、もう一度キスを交わして、俺は現場へ。さあ、これからはひとりじゃない。仕事も頑張らないとな。

 現場に着くと、相変わらず、パワフル中津の怒鳴り声が聞こえる。ああ、こいつももういなくなるのか……頼りにしてるってのもあるけど、やっぱり、長い仲間だからな……
「中津、ご苦労」
「ああ、おはようさん、ひどいもんだよ、抗争だな、拳銃でめった撃ちだ……って、なにそのカッコ! 御堂のコスプレ?」
 そうだった、昨日のままだ。
「どうだ? 今日からニュー辰巳になった」
「ニュー? なんだそれ。でもまあ、なかなかいいじゃん、女ができると変わるもんだね」
「……昨日、プロポーズした」
「そう、それで?」
「まあな……中津、許してくれるか……」
「まだそんなこと言ってんの? 女々しい男だね! そうだね、私に悪いと思うなら、彼女のこと絶対に幸せにしてやりな、私みたいに、ひとりにすんじゃないよ」
 中津は笑って、おめでとう、と言ってくれた。
「でも、おまえとはこの現場で終わりだな、寂しくなるよ」
「あー、そのことなんだけどさ……異動の話、なくなったわ」
「えっ、なんで。決まってたんじゃないのか?」
「警察学校には、旦那が行くことになった。子供もさ、刑事じゃないママはかっこ悪いとか言い出して、全く、なんなんだろね」
「じゃあ……いてくれるのか」
「これからも、よろしくお願いします、辰巳班長」
 照れくさそうに敬礼をして、鑑識に指示を出しに行った。
 そうか、よくわかんねえけど、よかった、ほんとによかった。
「辰巳くん」
「お、おお、御堂か」
「うまくいったみたいだね」
「当たり前だろうが、俺を誰だと……」
 にやにやと笑って、御堂はスマホの画面を見せた。
「俺に感謝しろよ」
 こ、これは!
「これ、いつのまに!」
「印鑑の電話したろ?」
 印鑑……そうか、なんかおかしいと思ったんだよ。
 そこには御堂と聡子のメッセージのやり取りがあって、なんとも……

『デート、楽しんでる?』
『うん、とっても。なんか、今日の一真、違う人みたいなの。服もカッコいいし、なんか御堂さんみたい』
『そう、ところで、一真、なんか言ってる?』
『ううん、でも、なんかソワソワしてる』
『そっか、今夜はさ、聡子ちゃんから誘ってやりなよ、あいつ、そういうの苦手だから』
『誘うって?』
『帰ろうとしたら、一緒にいたいって、そう言えばいいから』

「どうせおまえのことだから、言えないと思ってさ」
 よ、余計なことを……まあでも……
「こ、今度メシでも奢ってやるよ」
「俺もセミスウィートでお泊りしたいなあ」
「バカか! キモいこと言うな!」
 なんて2人でやってると、中津に遊んでんな、って怒られてしまった。
「そうだ、中津、こっちに残ってくれるって。よかった、マジで。でも急にどうしたんだろうなあ」
「知らないの?」
「なんかあったのか?」
「実地研修で怒鳴ったら、それはパワハラだって言われて、上とケンカしてそのままらしい」
 なるほど、あいつらしいな。俺たちは思わず笑ってしまって、また怒られてる。
「班長、おはようございます!」
 そうだった、こいつはまだいるんだった……
「死亡推定時刻は昨夜の3時ごろのようです」
「そう、で、ガイシャの足取りは?」
「夜中なので、誰も見てないと思います」
「防犯カメラの解析したのか?」
「ああ……えーと……」
「さっさとやれ! トロトロしてんな、殺すぞ!」
 あっ、しまった、つい……
「は、はい、すぐにやります!」
 なんだ、できんじゃねえか。甘やかすからダメなんだよ!
「一真、ちょっとちょっと!」
 御堂が嬉しそうに耳打ちしてきた。
「なんだよ」
「課長がさ、今のはパワハラだって騒いでるよ」
 うるせえ、もう昨日までの俺じゃない。何がパワハラだ、仕事のできないやつを鍛えて何が悪い!
「どうする?」
「知るか、どうでもいわ。それより、中津、遺留品は?」
「鑑識にまわした。それよりあんたさ……」
「なんだよ」
「ニューじゃなくて、復活じゃん」
 復活か……そうか、どうやら俺は、随分長い間、冬眠してたらしい。
「やっと目が覚めたよ」
 中津はふふっと笑って、耳元で言った。
「惚れてた頃のあんたに戻ってくれて、嬉しいよ」
 えっ、えー!
「ほら、御堂と聞き込み行けよ! トロトロしてんな、殺すよ!」
 な、なんだ、今のは……そうだったのか、全然わからなかった、けど、今となっては、あいつは信頼できる仲間のひとりだからな。
 ふとスマホを見ると、聡子からメッセージが来ていた。
『バスタオルの下にお金があったの。なんだろう』
 あ、いけね、忘れてたわ。
『それ、タクシー代。送ってやれなくてごめんな』
 すぐに返事が来て、写真もついてる。
『こんなにいらないよ、電車で帰るし。今度のデート代においとくね』
 そして画像は……こ、これは! 入浴シーンじゃないか! こんな写真送ってきて、ほかの男に見られたらどうするんだ!
『お風呂めっちゃいい! 今度は一緒に入ろうね♡』
 うむ、厳重に保管しておこう。
『早く一緒に暮らしたいよ』
『私も、楽しみだね』
 家族か、ついに俺にも家族ができたのか。もうひとりじゃない、俺には、聡子がいる。死んでも守らねえとな。
「そうそう、この前さ、バーで声かけた女の子さあ、実は男だったんだよ。びっくりしたよ、ほんと」
「でもそのままOKなんだろ?」
「まあね、俺の愛は平等だから」
 相変わらずだな、こいつも。こいつも、いい友達だ。

 まもなく、俺たちは一緒に暮らし始めて、季節も夏に変わろうとしている。聞き込みの帰り、例のラーメン屋で550円の昼飯を食べている。
「指輪、できたんだ」
「やっとだよ、注文してから二か月もかかったんだぜ、仕事が遅すぎるだろう」
「籍、入れたの?」
「いや、なかなかな……上から承認がおりないままだ。聡子は内縁でいいって言うけど、俺は納得できない」
「辞めるとか言わないよね?」
 御堂は、不安気に、ちらりと俺を見た。
「辞めても構わないとは思ってる。ただ、そうなると聡子がまた気にするから……難しいところだ」
 ふうん、と御堂は言って、スポーツ新聞を広げた。
「辞めてどうすんの」
「昔の同僚が探偵事務所やってる。一緒にやらないかとは言われてるな」
「探偵かあ……それもいいかもね。もし行くなら、俺も誘ってよ。かなりいい仕事すると思うよ」
 人懐こく笑って、新聞をたたんだ。
「俺はずっと一真と一緒だから」
 なんだよ、こいつ……優しいやつだ。
「キモい言い方すんなって」
 パトカーに戻ると、無線が入った。
「こちら辰巳」
「たてこもり事件発生。拳銃の使用許可が出てる、現場に急行」
「了解」
 拳銃か……あれ以来、訓練だけだ。腕は鈍ってないはずだけど……
「御堂、行くぞ」
「拳銃、持てるの?」
「ああ、もう逃げるのはやめるよ」
 罪を償えなかったのは、俺が逃げてたからだ。
 
 逃げるのは、もう終わりにする。
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